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早いもので、大阪に来て一ヶ月が過ぎようとしている・・早かったような短かったような・・たったの一ヶ月・・・されど一ヶ月・・全力で打ち込んだ幸せな一ヶ月・・壁にぶち当たり・・もがき続けた一ヶ月・・・自分の人生を見直した一ヶ月・・本番中に振りを忘れて、真っ白になった事・・3日経っても4日経っても、心臓が口から出そうな程、緊張し続けた事・・本番中に地震が起きて、ショーがストップし・お客さんが席を立って帰ろうとした事・・・・台風の接近で、空席があったこと・・右肩脱臼事件・・・美幸さんにあちこち、ご馳走になった事・・長門さんに食事会に誘われた事・・桂小米朝さんと行った焼肉・・・カラオケ・・なんばの町・・新歌舞伎座・・大阪城・・・京都への旅・・お好み焼き・・シャブシャブ・・焼肉・・友人との再会・・・毎日、階段の上り下り・・朝のストレッチ・・・ベルの音・・・それらの一つ一つが・・全て思い出に変わっていく・・今日の打ち上げパーティーでは・・小米朝さんと、大介と三人で少年隊をやる予定・・・それも思い出に変わるだろう・・・自分の心の引き出しにただセピア色の思い出として残るのではなく今後の自分の人生の礎になってくれればと思う・・・
2004.09.26
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「あっ」と言う間の大阪生活・・・残り、1週間になりました。長いようで短い・・短い様で長い・・・劇場とホテルの往復の1ヶ月。それでも・・・幸せだと思う・・5日以上、緊張して、必死になって・・笑顔が引きつる程余裕もなくて・・それでも食いついて・・やるだけの事はやった・・肩は外れるわ、地震はくるわ・・台風は来るわ・・風邪を引くわ・・自信は失くすわ・・・・今は・・あれほど怖かった舞台が・・好きで好きでたまらない・・・毎日1600人の前で踊れる事が、芝居をする事が嬉しくて・・・・座長、川中美幸は凄いお人だ・・実力も、人間味も、兼ね備えたエンターティナーだ・・心配りもさすがだ・・今日も・・お好み焼きごちになりました・・・ごちになったから言うわけではないが・・・楽しく仕事をする、と言う事にこだわっているからこそ、出演者、スタッフ、総勢100人以上・・みな、一丸となって、楽しい舞台を作っている・・・座長あっての、舞台・・・連日、ほぼ満員の客席・・さすがです・・今回のこの舞台から学べる物は何か・・勿論、芝居、ダンス、舞台度胸に、舞台経験・・・それ以上に、これから生きていく上で、もっともっと大事な、「何か」を・・・そのとっかかりを見つけられた気がする・・その見つけられた事を実行できるかどうか・・これから生かせるかどうかは解らないにしろ・毎日を舞台の為だけに生きると言う暮らしは・・勿論、ストレスもたまるし、しんどい・・が・・・芸事が好きで生きている人間にとっては・・こんなに恵まれた環境はないだろうな・・そして、もっと自分が実力をつけ、出せたら最高だろうなーそう思う今日この頃でした・・・今回仕事が出来た事・・使ってくれた、川中美幸座長に感謝・・オフィスアルデルジローさんに感謝・・東京に置いて来た、女房子供に感謝・・・快く、大阪に送り出してくれた、そして、大阪まで見に来てくれた、ラガッサ社長、摩凰ママ、チーママ、つよし・・に感謝そして・・ラガッサの仲間達に感謝・・・きっかけを作ってくれた師匠小井戸先生に感謝・・つまずきそうになった時、支えてくれた・阿部ちゃん・・山本さん・・始め多くの友人に感謝・・大阪生活を共にした・・俳優、綿引大介に感謝・・一緒に共演してくれている、出演者、スタッフに感謝・・順番的には逆なのだろうが・・・見に来てくれたお客様に感謝・・・生んでくれた親に感謝・・・と・・・・・言う気持ちで今後も仕事を続けていければナーと・・・思ってみました。うーん・・・綺麗すぎるか・・・・・・
2004.09.21
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22年踊ってきて・・つくづく感じる今日この頃・・ダンサーに未来はない・・好きでやってる仕事だから・・ある程度まではいい・・・一人身ならば何もない・・女房子供抱えて・・・・体を壊したらおしまい・・大きな劇場では、売れてない、新人の役者より、カクシタ・・・大劇場に於いて・・役者は売れていけば看板、窓枠に入るけれど・・・ダンサーは窓枠に入ることはない・・アンケートで・・好きな俳優は?とか好きなタレントは?とか好きなお笑い芸人(タレントは?)とか好きな歌手は?と、聞かれる事はあっても・・・好きなダンサーは?と聞かれる事はまずない・・・聞かれても答えられる人は少ない・・・ダンサーと聞いて・・出てくるのは・・多分・・熊川哲也・・大澄賢也・・くらいなものだろう・・その中に、バックダンサーを生業としている人の名前が上がる事はまずない・・・ピークを過ぎたダンサーに未来はないのか?と思ってしまう今日この頃であった・・
2004.09.19
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全国各地、仕事柄色々と赴いてはいるが・・ゆっくり、じっくり、見てまわる事はなかった・・その中でも、せっかく大阪まで来ているので、たった1日休みの日、ホテルにいてもしょうがない・・大阪最後の休み・・出演者の仲間内では、USJに行く等盛り上がっていたが・・・・・女房子供を置いてきている身・・・親父一人でUSJは似合わない・・・まして、女房子供にも申し訳ない・・・と、言う事で・・一人で京都まで行く事にした・・一番行きたかったのは・・・中学生の修学旅行以来となる、大徳寺大仙院・・・住職の尾関荘園氏にお会いしたい・・・高校1年の時、グレかけていた時・・尾関氏の「一体心」・「不動心」と言う本を読んで更正しダンス、芸能界へ取り組むきっかけを作ってくれた・・今現在も、ダンサーとしての限界・・年齢、体力、気力、環境、義務、使命・・・悩み多き親父は座禅でもしたい気分・・・そこでとにかく大徳寺大仙院を目指す事にした・・が・・大阪の地理も良くわからない・・・とにかく雑誌片手に調べながら進む・・・地下鉄で梅田に出る・・阪急線で河原町を目指し特急に乗り込んだ・・チョコレート色の電車に乗り、雑誌をめくる・・ついたら、まずは腹ごしらえ・・・新京極で、ウナギを頬張る・・地下鉄を利用して、北大路から歩いて大徳寺を目指す・・京都に着いた・・何もかもが目新しく見える・・・真新しい、建物の横に、歴史を感じさせる神社がある・・通りと通りが縦横無尽に繋がっている・・・最新の店の横に、何十年と軒を構えてきた老舗の和物屋などが点在している・・・30度を超えているであろう、日中の日差しが容赦なく照り付けているが、心が清々しさを感じ、だるいと言う感じはしない・・・バスに乗ってしまうのが惜しく思えて、大徳寺までの道を歩いていく・・・やがて、「大徳寺」の文字が見えてきた・・・大きな佇まい・・・大きな門が見えてきた・・・大徳寺・・・中に足を踏み入れる・・・車が止まってなければ、時代がタイムトリップしたような・・静かな時間がそこにはながれている・・・大きな本堂であろうか?・・歴史的建造物が連なっている・・そのずーっと奥に「大仙院」の文字が見える・・大仙院は1509年永正6年正法大聖国師が開かれた・・七世沢庵和尚は宮本武蔵と接見した場所としても有名である。門をかいくぐり、境内の中へと入っていく・・・「ここだ」25年前に来た時の微かな記憶と一致した・・・入館料を払い、抹茶代の200円も払い奥へ進む・・何人かのグループと合同で説明をしてくれている人に合流する・・枯山水と、庭園の説明を聞く・・・重要文化財の上に足を踏み入れる・・意味深い枯山水の庭園を後に・・・・目の前に尾関荘園師が現れる・・・・いささか歳を召したが、エネルギッシュな説法は健在そうだ・・・頂いたパンフレットに師がサインと名前を書いてくれる・・順番がまわってきた「明良です。」「いつも明るく・生まれながら、明るく道を照らす・・」「25年前、修学旅行で来ました・・」「25年前より男前になっているな・・ははは!」「師の本を読んで、ぐれかけた時更正することが出来ました」「ぐれなくて良かったな!」「おかげさまで、今はプロダンサーとして、新歌舞伎座に出ています!」「ほう、誰の公演や?」「川中美幸さんです。」「ワシも、ステージに出してくれや!」等と、会話をする事が出来ました・・その後も、抹茶を頂きながら、尾関荘園師と、しばし、会話をさせていただきました・・至福の時に・・・・・感謝!
2004.09.18
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脱臼後・・三角巾の上から固定用のコルセットと言う格好で、病院を後にした・・その日美幸さん主催の慰労会が行われていたため、会場へと向かった・・・入っていくと・・とり合えず、拍手で迎えられたものの、恥ずかしいやら情けないやらで、まともに目をあわせられなかった・・・美幸さんが、気遣ってくれたのが嬉しかった・・出演者の方々の暖かい言葉や、励ましの言葉が、胸に刺さってくる気がした・・その日は、解散後、すぐホテルへ戻る・・疲れと痛み・・・そして不安・・・「明日大丈夫なの?」スタッフ、美幸さん、関係者の方々に「大丈夫です!」と答えた手前、きっちり踊らなくてはならない・・しかし・・氷でアイシングしながら、少し肩をあげる・・痛い・・・ズキズキとうずく痛みと、にぶい痛みが交互に襲ってくる・・アイシングを終え、湿布薬を貼って眠りに付いた・・翌日、目が覚めると・・寝ている最中に腕を動かさないようにと、コルセットを巻いて寝ていた・・まだ・・鈍い痛みは続いていた・・ぬるめのシャワーを浴びる・・右手をかばって、左で蛇口を廻し、左でシャワーを持った・・ユニットバスを出て、タオルを取る・・無意識に右腕でタオルを取ろうとした・・痛い・・・自分の胸の高さより上には上がらない・・絶望感と、暗澹たる気持ちが心を支配した・・・駄目だ・・・・踊れない・・・後は・・エアーサロンパスとテーピングで何処までごまかして踊れるかだ・・・そう思いながらカバンをまさぐっていると・・「あっ・・」カバンの内ポケットからあるものを発見した・・それは・・先々月、女房が熱を出して倒れた時、母親が持ってきた、川崎大師の赤札とお守りだ・・中を見る・・赤い字で「南無阿弥陀沸」と書かれたお札が入っている・「コレを、呪文を唱えながら、下の沸から、6回に分けて飲んで(口に入れると解ける)行くと、体の中で、南無阿弥陀沸となって、悪い所を直してくれる・・・・」と、言っていた母親の言葉を思い出した・・今は、神でも仏でも、いい・・ただ、肩さえ動いてくれれば・・・・今日のショーさえ、きちんと出来れば・・そう思い、実行する・・・困った時の神頼み・・・それのみで赤札を飲んだ・・服を着替える頃・・・気のせいかもしれないが、さっきまでの鈍い痛みが消えた・・その日は、大介と振りの確認の約束をしていた・・さすがに、大きな羽根を振り回すのは無理なので、男2人は羽根なしで踊る事にしていた・・その振りの確認作業を朝からしなくてはならない・・・朝の歌舞伎座の舞台上・・まだ、セットも組まれておらず、素の舞台・・振りの確認・・・多少の痛みはあるが、腕が動く・・・右腕を、斜め45度まで上げる振りもこなす・・・・・・・「奇跡だ・」・・・痛くない・・・その日は1回公演・・全力で1回のショーをやればいい・・楽屋で、1部の芝居の着物の衣装に着替える・・帯を結ぶのが辛い・・・痛い・・何とか結べた・・・いつもの倍近くの時間をかけて帯を結んだ・・2部・・ショータイム・・がっちりテーピングをし、準備は出来た・・皆、関係者が見ている・・音が鳴る・・ショーの幕が開いた・・・俺は、肩が再び外れない事だけを祈り、後は全力で普段どおりに、いや、普段以上に笑顔で踊った・・動かせる・・・痛くない・・・それは喜びだった・・・フィナーレ・・幕が下りる・・・美幸さんに「お疲れ様でした!」と言うと・・「良かったね・・さすがプロ!いつも通りだったよ」決してその言葉に甘んじるわけではないが嬉しかった・・川崎大師に・・・母親に・・・女房に・・・美幸さんに・・全ての人に・・・感謝・・・・
2004.09.17
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楽屋のスピーカーからは、美幸さんの歌が続いている・・右肩は外れたままだ・・美幸さんのマネージャーが駆け込んできた・・「たけちゃん!大丈夫?動かしたらあかん!」「はい・・」「今、病院連れて行くから・・待ってられる?」「大丈夫です・・・」嘘でもそう言うしかなかった・・楽屋のモニターからは美幸さんの歌声が流れている・・1秒が10秒にも、20秒にも感じられる・・とにかく痛い・・腕がうっとうしい・・肩から先が無い方がいっそ楽かもしれない・・そんなバカな事さえ考えていた・・もうこれで、大きな舞台の仕事はこないだろう・・美幸さんに申し分けない・・・ダンサー引退した方がいいのでは?・・・次から次へと暗い気持ちばかりが、弱音ばかりがこみ上げてくる・・・どれほど時間が経っただろう・・・大介が「これしとき!」と言って、腰紐を三角巾代わりに首からさげてくれていた事に、今頃気づいた・・・新歌舞伎座のスタッフの方が迎えに来た・・「歩ける?」「はい・・」付き添われて、楽屋口へ向かう・・楽屋口を出ると、間もなくタクシーが来た・・乗り込む・・「日曜日だから病院やってないんだよね・・」隣の席に座った、歌舞伎座の方が呟いた・・「○×△病院へ行ってください!」タクシーの運転手に告げた・・「いつ頃はずれたの?」「脱臼は初めて?」「肩が入れば踊れるの?」質問に答えるのもつらくなってきた・・・タクシーが信号で止まる・・激痛・・「うっ!」呻く・・・冷や汗が出てきた・・こんなに長時間、外れたままだった事は無い・・タクシーに僅かにかかる遠心力で、又激痛・・痛いのを通り越して、苦しくなってきた・・今はとにかく、この肩が入ってくれる事を祈るしかなかった・・・何とか病院にたどり着いた・・救急口に入る・・「先ほどお電話した、新歌舞伎座のものですが・・」電話で段取りは取ってあるらしく、スムーズに診察してもらえるようだった・・今はとにかくありがたい・・診察室の椅子に座る・・目の前にがっちりした感じの医者がいた・・少し言葉のやり取りをした後、腕をつかんだ・・後ろから体格のいい看護婦さんがしっかりと体を押さえる。腕を上げる・・「うっ!]まだ入らない・・腕を内側に折り曲げるように動かす・・「あっあー」思わず大声を上げる・・「力を抜いて!」看護婦さんに言われるが、体が反応してしまう・・「いつもはどうやって入れてるの?」医者が聞いてきた・・「腕を上げたり、前に引っ張ったり・・・です・・」医者が肘を持ち上げ上に上げていく・・激痛!「ううっ!!」「ぐきっ!」鈍い音・・「入った!」看護婦の声・・肩に違和感がある・・「まだ入ってません・・」答えたのは俺だった・・一瞬入ったように思えたが、入り損ねた・・「向こうに移動しましょう・・」医者に声・・医者がさした方にはストレッチャーがあった・そこに寝かされる・・いや、痛過ぎて、寝れない・頭の方を少し持ち上げる・・介護用のベットのように角度をつけられるようだ・・「あまりにも痛がっているので、筋肉が硬くなって入りづらくなっているので、少し麻酔をします・・:」看護婦さんが点滴の針を刺した・・右側に医者・・左に看護婦・・「6ミリ注射します・・」左腕にチクリとした痛み・・目の前に天井・・・「どうにでもなれ・・」と思った・・天井の模様が白くなっていく・・意識が無くなっていく・・「入りましたよ・・」医者の声・・あの激痛も、体の拒否反応も無かった・・「レントゲン室に運びます・・」俺はストレッチャーに乗ったままレントゲン室へと運ばれていった・・左腕に刺さった点滴を見ていた・・麻酔薬の成分を薄める為のものらしい・・このストレッチャーに乗ったまま、眠ってしまいたかった・・・・・
2004.09.14
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細心の注意を払っていた・・ステージに上がる前・・楽屋入りする時には塩を撒き・・ステージ上、踊る前には、怪我しないように・・と右肩を撫でる習慣も身についていた・・12日間の内、9日目まで緊張で張り詰めていた・・10日目頃から、やっと辺りが見えるようになってきていた・・・同じ楽屋の大介に「武さん、楽しい?」と聞かれたとき、正直、「Yes」とは言えない状態だった・・毎日、1600人の前で踊るのが、快感ではなく、プレッシャーになっていた・・1曲、1曲、振り、場所、タイミング、繰り返し踊る内に、プレッシャーが快感に変わり始めていた時だった・・夜の部・・2回目のオンステージが始まった・・いつものように大きな羽根を持ってステージ上で軽くウォーミングアップ・・女性ダンサーもスタンバイに付く・・川中美幸さんも階段の上にスタンバる。舞台監督の「パネル下さい!!」の声を合図に、階段の上、美幸さんの前に大型パネルが降りてくる・・・場内アナウンスが、始まる趣旨を告げる・・「ビー!!」とブザーが鳴る・・・バンマスの「スリーフォー!」の声!曲が始まる・・羽根を持って踊りだす・・・1回転する・・緞帳が上がり始める・・いつもの通り・・・ダンサーのみの、オープニングナンバーが終わる・・俺と、大介が階段の3段目に片足を掛け、客席を向いたと同時に曲が終わる・・・拍手・・次の曲が始まると同時に大型パネルが上がる・・真っ赤な大きなドレスを着た美幸さんが現れる・・大歓声・・・俺と大介が階段を昇り、美幸さんを迎えに行く・・片手を持ち、エスコートして、階段階下まで歩く・・1曲目終了・・・メドレーへと続く・・美幸さんのオリジナルヒット曲のメドレー・・女性ダンサーとにからみ・・羽根を持って、美幸さんとのからみ・・タンゴ・・美幸さんのステージ上での早着替え・・羽根を持って、ダンサー全員でのダンス・・全て、無事終えた・・・・今日もノーミス・・このまま気持ちよく終われ・・と思っていた・・今日はショー終了後、出演者全員で、美幸さん主催の慰労会がある・・・シャブシャブ食べ放題!だ・・衣裳部屋に駆け下り、天狗の衣装に着替えさせてもらう・・隣では、大介が大僧正の格好に着替えている・・天狗の衣装は山伏みたいな衣装で、一人では着れない・・その格好で、天狗の面をかぶり、高下駄を履き、60センチ以上の、大きなウチワを持って踊るのだ・・着替え終えると、舞台袖へと階段を駆け上がった・・美幸さんが4分間で、センターのセリから下りて、着物に着替えて、花道のセリから上がってくる間・・このダンスナンバーで、キツネの面を付け、黒い全身タイツに、黒い着物をまとった女性ダンサーと、俺、演じる天狗VS大介演じる、大僧正との戦いだ・・舞台上は暗い中、ブラックライトに照らし出された・キツネ、天狗、大僧正のみが物語を演じるダンスナンバーだ曲が始まる・・カウントを数える・・2X8を数えステージへ飛び出す・・天狗の面をつけているため視界が狭い・・おまけに暗い・・そして高下駄のせいでバランスが取りづらい・・歩くのがやっと・・と言う感じだが・・人間なれれば何でもできる・・今は足をひっかけて、1回転するくらいわけない・・キツネ役の女性ダンサーと絡み、大介演じる大僧正へと向かって歩いていく・・大きなウチワは木製で、重い・・大僧正めがけて振り下ろす・・振り払われる!「ぐき!」肩に激痛!対面した大介と戦う・・右腕が上がらない・・・大介の前にひざま付き仰け反る・・反転して、起き上がる・・振りはこなしたが、肩は抜けたまま、右腕は上がらない・・「やばい!!」左手で右手を持ってかばうが一向に入る気配はない・・客に気づかれたくない!ウチワが重くて持ってられない・・左手に持ち替える・・とにかく必死に振付をこなす・・最後の決めのポーズ・・仮面をはずす・・拍手・・上手の袖に走る・・美幸さんの歌が始まった・・袖で騒がしくなっては大変だ・・何とか衣裳部屋までたどり着いた・様子のおかしい俺の姿に衣装さんが「どうした?」「肩が・・抜けてしまいました・・とにかく楽屋に戻ります・・」言い残し、楽屋に戻る・・俺の姿に大介が「どないしたん?」「肩が外れた・・」肩を見るや、「骨の後が出てるやん!動かしたらあかん!進吾さん(美幸さんマネージャー)呼んでくる!!」俺は何とか肩を入れようと腕を何度も持ち上げた・・入る様子は無かった・・・今入れれば、フィナーレに間に合う・・それしか考えてなかった・・腕を引っ張ってみたが、入る気配は無かった・・
2004.09.13
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大阪に来て早、16日・・・・「あっ」と言う間に時間が過ぎていく・・朝、9時半に楽屋入りして、劇場内の客席で30分のウォーミングアップ・・10時からメイクアップ・・10時半に挨拶回り・・戻ってすぐに着物に着替える頃には、2ベルが鳴る・・(開園15分前・・)着終えて、階段を駆け上がり、ステージ上に・明治時代のセットが組まれたステージ上で、出演者と挨拶を交わしているうちに5分前・・ブザーと音楽が鳴り幕が上がる・・・1幕1場の出番を終え、楽屋に戻る・・着物を脱いでたたみ、別の衣装に着替える・・着終えて、再びステージへ・・1幕3場の出番を終え楽屋に戻ると、間もなく、30分の休憩・・その間に、2幕1場の衣装に着替える・・・一服しているうちに、2幕開園15分前のブザーが鳴る・・ステージへと向かう・・2幕1場を終え楽屋に戻る・・今度はオンステージ・ショーに向けて、髪形、メイクを変える・・軽いストレッチを済ませる頃には芝居が終わる・・燕尾服に着替えてステージへ向かう頃には、2ベルが鳴る・・ステージ上では、オンステージのセットが組まれバンドさんがスタンバイに入っている・・大きな羽根を持って、オープニングナンバーへ・・始まればショー終了まではすぐだ・・1回目のステージを終え、楽屋に戻る頃には、もう2回目の客入れが始まっている・・飯を食べ、一服すると、もう開演30分前だ・・恐ろしいほど時間が早く流れていく・・
2004.09.12
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大阪新歌舞伎座の舞台に出演している・・思っていた以上にハードな日日・・1日1日が「あっ」と言う間に過ぎていく・・伝統のある歌舞伎座の世界では、衣装のたたみ方、衣装の着方、かつらのつけ方、毎日の芝居の内容、反応・・一つ一つに意味があり、意義がある・・同じ芝居をしていても毎日、進化していく人、変わらぬ人がいる・・・同じ踊りを踊っていても、変わっていく人、変わらぬ人がいる・・・少なくても俺は変わっていく・・進化できる人間で有りたい・・進化できる芸人でありたい・・重ねた年齢より、重ねた芸暦より、今、何が、どのくらいできるのか?それだけが、その出演者の価値を決める・・きっちり仕事をこなして当たり前・・・プラスアルファーの人間性を鍛えてくれる場所・・それが・・大舞台だ・・・今回、仕事が出来る事に感謝すると共に、今後、家庭との両立について悩む今日この頃・・・俺はただ毎日精進するべく、できることを精一杯するだけ・・人間としての本質が問われ、器が問われ、芸の力が問われる・・・今はただ、出来る限り、人に尽くし、芸に尽くし、自分の本性向かい合うだけだ・・・
2004.09.07
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踊りを始めて22年・・色々なショーに出演してきたが、今回は初体験・・大阪新歌舞伎座に出演中・・・川中美幸さんのオンステージの最中にそれは起こった・・いつもどおり、大きな羽根を持って踊っていた・・・宝塚使用の白とピンクの大きな羽根だ・・川中美幸さんの隣で、踊っていると・・・客席がいつもと反応が違う・・皆、一様に異様な物を見ているような感じだ・・踊りながら「あれ・・・振付間違えたかな?・・」等と思いつつ・・あたりを踊りながら・・見ようとする・・お客さんが上を見上げる・・中には席を立っている人も・・「羽が客席に飛んでいったのか?」「あるいは、雨でも漏っているのか?」川中美幸さんは、一生懸命歌い続けている・・相方の綿引大介も踊っているが異常に気づき、表情が違う・そのうち、女性ダンサーが「地震!」と言うと踊るのを中断してしまった・・・「えっ!」バンドさんは曲を奏で続けている・・川中美幸さんは歌い続けている・・踊りを中断するわけにはいかない・・とりあえず踊り続けて、その曲が終わるまで様子を見ようと、心を決めた・・・その曲が終わる頃、前に座っているお客さんの5分の1位が席を立ち上がっていた・・俺はその曲が終わると・・・・まず、下手袖に履ける・・・・そこではスタッフが慌てていた・・・美幸さんは・・ステージ中央で何とか喋っている。上を見上げると照明の機材が揺れていた・・
2004.09.05
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大阪・・・新歌舞伎座に出演している・・半年前には考えられなかった事だ・この半年間、人生が動いていると感じられる日々・・初日、ショーでは間違いを犯した・・ダンサーとしては有り得ないほどの・・ただ・・今は全力でやれる事をやるしかない。後も先もない。今、このステージで全力を出すしかない。落ち込んでる場合でもない。先を見据えて・・なんて生き方も出来ない・・踊りが好きで・・芸事が好きで・・・ただ・・人を楽しませたり、喜ばせたり・・そんな事に純粋に立ち向かいたい・・が・・若い若いと言われても、もうすぐ40歳。女房子供を食わせて行かなければならない・・自分だけよければいいという訳でもない。40男にこの先何が出来るのか・・いつまで踊れるのか・・・何て弱気になったりもする。父ちゃん踊れんかったら子供らおまんま食い上げや・・今・・公演中のおもろい女・・長門先生演じる、芸人、十三里に自分をダブらせて見たくなる。大阪と・・芸人・・芸の為なら女房も泣かす・・難波時雨そんな気分にさせる街だ・・明るい気分でセンチメンタルになってしまう今日この頃であった・・
2004.09.03
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