『すでに60年代後半から、そのアウトローな取材スタイルと破天荒なキャラクターで、名を馳せていた作家ハンター・S・トンプソン。彼は、1971年、雑誌「ローリング・ストーン」で連載が開始された“Fear and Loathing in Las Vegas(ラスベガスの恐怖と嫌悪)”で、既成ジャンルに分類できない<ゴンゾー・ジャーナリズム>を確立させます。アメリカの夢を象徴するラスベガスを舞台に、ドラッグに溺れるジャーナリストが到達する混沌の末路は、当時のカウンター・カルチャーと呼応し、多くの若者を熱狂させたのです。(そのなかには、中学時代のジョニー・デップも含まれる)。同時に、あまりにハチャメチャな文体であるため、映画化は不可能とされてきました。 70年代にはジャック・ニコルソンも映画化に関わるなど、長年、ハリウッドの夢であったこの企画。80年代後半には、改稿を重ねた脚本がギリアムの目に触れますが、当時は他作品で手一杯だったため、幻に。いざ、映画化が始動すると、当初、監督予定だったアレックス・コックス(「シド・アンド・ナンシー」/'86などの監督)が執筆した脚本や演出ヴィジョンに、原作者トンプソン自身が拒絶反応を示し、あえなく頓挫(この経緯には諸説あるけど、要はコックスがひどく嫌われてしまったらしい)。そして、主役級のキャスティングが先行するなか、ついに、ギリアムに監督要請が舞い込んできたのです。10年の時を越えて、ギリアムが再会した「ラスベガスをやっつけろ」の映画化。それは、舞台となる1970年前後、活動拠点であるイギリスから祖国アメリカを客観視していたギリアムにとって、<失われた祖国アメリカの姿>と向き合う機会になり、同時に当時、アメリカを捨てた自分との対面をも意味したのです。。』(劇場パンフレットより以下省略)
『邦題』(“原題”) 1975 『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(“Monty Python and the Holy Grail”) 1978 『ジャバーウォッキー』(“Jabberwocky”) 1981 『バンデットQ』(“Time Bandits”) 1985 『未来世紀ブラジル』(“Brazil”) 1989 『バロン』(“The Adventure of Baron nchausen”) 1991 『フィッシャー・キング』(“The Fisher King”) 1995 『12モンキーズ』(“12 Monkeys”) 1999 『ラスベガスをやっつけろ』(“Fear and Loathing in Las Vegas”)
1940年ミネソタ州ミネアポリス生まれ。ロサンゼルス、オキシデンタル・カレッジ卒業後、雑誌のイラストレーターとして活躍。雑誌「Help!」のアシスタント・エディターを務めた後、イギリスの伝説的カルトコメディ番組「モンティ・パイソン・フライング・サーカス」にイラストレーターとして参加、出演もしました。 ギリアムが映画に関わるようにあるのは、「モンティ・パイソン・アンド・ナウ」('75)。この作品で脚本、出演、アニメーション監督を務めました。続く「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」('75)では、同じくパイソン・メンバーのテリー・ジョーンズと共同監督をし、これが彼にとっての映画監督デビューとなりました。3年後には、「ジャバーウォッキー」('78)で単独デビュー。 初めて、興行的成功を収めたのがタイム・トラベル・ファンタジー「バンデットQ」('81)。この作品をきっかけに、ギリアムは世界が注目する映画監督となります。長年の構想を実現化させた「未来世紀ブラジル」('85)は、完成後、映画会社との間で、編集権をめぐり、熾烈な闘いが繰り広げられました。続く、ファンタジー超大作「バロン」('89)も、製作費の大幅な超過など、完成までの紆余曲折は、今や伝説化。<嵐を呼ぶ男>としての名誉と汚名が、彼に与えられました。 製作基盤をアメリカに移した1990年代。それまでの大作路線から脱却した人間ドラマ「フィッシャーキング」('91)は、女優マーセデス・ルールにアカデミー賞助演女優賞をもたらしました。「12モンキーズ」('95)は、ブルース・ウィリス、ブラッド・ピットという2大ハリウッド・スターを迎えたSFサスペンスで、全米興行収入第1位を獲得する大ヒット。名実ともに、ハリウッドの名匠の仲間入りを果たします。 H・S・トンプソンによる1970年代のカルト小説を映画化した「ラスベガスをやっつけろ」('98)は、賛否両論を巻き起こしました。 製作費50億円をかける、待望の新作“The Man Who Killed Don Quixote”は、さまざまなトラブルから、撮影開始わずか6日間で、製作中止に。ギリアムは、再び、<嵐を呼ぶ男>となってしまいます。その修羅場は、ドキュメンタリー「ロスト・イン・ラ・マンチャ」('02)に克明に記録されています。(劇場パンフレットより)