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2011年10月27日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
『トーク・トゥ・ハー』 (2002) HABLE CON ELLA TALK TO HER  


前作『オール・アバウト・マイ・マザー』から3年、本年度アカデミー賞監督賞、脚本賞ノミネートのほか世界中で絶賛された、ペドロ・アルモドバル監督が贈る究極の愛の物語。愛する女性が昏睡状態に陥った時、悲嘆に暮れるしか術のない男と、諦めることなく呼びかけ続ける男。彼らの運命を、世界的舞踊家ピナ・バウシュの舞台やサイレント映画を巧みに挿入し、時空を交錯させながら描く。全編を貫く現代人の孤独と、切ないまでのコミュニケーションへの渇望が胸に迫る。

ストーリー:
病室のベッドに横たわる若くて美しい女性アリシア。彼女は4年前に交通事故に遭い、以来昏睡状態に陥ったまま一度も目覚めることはなかった。看護士のベニグノは4年間彼女を世話し続けるとともに、決して応えてくれることのない相手に向かって毎日語り続けていた。一方、女闘牛士のリディアもまた競技中の事故で昏睡状態に陥っている。彼女の恋人マルコは突然の事故に動転し悲嘆にくれていた。そんなベニグノとマルコは同じクリニックで顔を合わすうちいつしか言葉を交わすようになり、互いの境遇を語り合う中で次第に友情を深めていくのだったが…。
(シネマトゥディより)




製作国 スペイン

監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar

出演: ハヴィエル・カマラ Javier Camara ベニグノ
ダリオ・グランディネッティ Dario Grandinetti マルコ

ロサリオ・フローレス Rosario Flores リディア

深い眠りの底でも、女は女であり続ける。


公式サイト


トーク・トゥー・ハー .JPG


だいぶ 前にみた作品です。

一度見たら、忘れられない種類の映画ですね~。
好きか?というと、、好きではない。人間について、生とか性とか、もちろん愛とか、いろいろ問われる内容で、映画が趣味の人は、避けては通れない作品のひとつでしょうね。見るほどに、感想も変わるのかもしれません。スペインというお国柄か、欧米モノとも違う、邦画とも違う、問題提起しているものがすっごく重い。ジョークにくるみもしない、グレイゾーンで曖昧にもしない、そのものズバリを目の前にどうだ!っと、突きつけるって感じでした。


近頃は、こういう鮮烈な映画を観てません。疲れないもの、楽しめるもの、安心して見れるもの、、にどんどんなってます。 
だから『トーク・トゥ・ハー』は、そうした軽いものに慣れていると、びっくりしちゃうんですよね。映画って、こういうことを問うたり描いたりできるんだ。って、目からウロコというか、衝撃を受けるんですよね~。それまで、楽しいアクションもの娯楽系やらが、大好きだった自分なんか、ホントそうでした。



眠り続ける女がいて、男があることをして女は目覚めた。→『眠り姫』的展開?

アリシアは、童話の『眠り姫』のように眠り続けており、目覚める筈がないと思われていた昏睡状態から、奇跡的に目覚めることができた。ベニグノという、彼女を想い続け献身的な看病を施してくれた男のおかげで。 何故、目覚める事ができたのか、男は彼女が目覚めることを信じて、ある日キスをした。。
だけではない。ここが恐ろしい所で、キスよりもずっと先のことをしてしまう。ただし、それですぐ目覚めるわけではなく、その後いろいろあって、、ふたりがめでたしめでたしになるかどうかは、ネタバレになりすぎるので、書けません~。





それに、ベニグノの行動は、是か否か?
という疑問がぐるぐると回ります。 反応のないアリシアの世話をしながら、好きなように見て、触れる。下心がまったくないのか?といえば、人間ですからないわけないでしょう。かといって、純粋に愛してないかといえば、ベニグノほど純粋な人もいないだろうという気になります。あまりにも孤独、あまりにもコミュニケーション能力が低い、なだけの人に思えます。ちなみに、ふたりは、一度か二度言葉を交わしているだけで、まったくのベニグノの片想いです。この辺が、ベニグノはストーカーだろ、ット思われる所以でもありますね~。周囲から理解されない、ベニグノだけの愛。相手不在の自己愛とみるか、これが究極の愛のひとつの形と見るか?



とにかく、自分がもしアリシアだったら目覚めて何を思うか?
眠っている間のことは知らない方が幸せ?ですよね~。苦しむのが分かって、真実を知りたいかな? でも、真実から目をそむけてはいけない?でも、知ったからってどうなんだろう。そこから先も、生きて生活していくだけ。 
人によって抱く思いもいろいろでしょう。ベニグノを憎むのか?感謝の念も混じるのか?嫌悪感にゾッとするか、失った〇〇にはどんな思いを?すっごい複雑なんで、もっと深い解釈をしている、いろんなブログがあるようですから、そちらで考えを深めましょ~~^





こんな風に えぐるような問題提起をしてくるって、アドモドバル監督ってすごいです。
初期のドタバタ作品をあまり知らないまま、「オール・アバウト・マイ・マザー」と
同時期に見て、コレはどうしても感想をまとめられなかったお話でした。
とにかく 衝撃度は凄かったです。
アドモドバル監督は 愛を描きたい人なのですね。
このお話でも、手に入らない愛を求めて求めて求めて。。尽くして。。
っというペニグノという人が 主役ではないでしょうか。
(女闘牛士とその恋人と、4人が軸のお話ですが、時間が経て観るとペニグノの事ばかり思い出されます)
13年間、実母の看病で、他とのコミュニケーションがとりにくくなってしまった彼が
恋したアリシア。 彼女のバレエ・レッスンの様子を見つめるペニグノ。
でも、彼の愛はアリシアには 伝わらない。
突然、彼女が事故で昏睡状態になったときは、 まさか、ペニグノの策略か??
なんて疑いを感じるほど、彼女への執着心?はちょっと不気味に感じました。
ストーカー映画だと 一部に切られてしまうペニグノは このあたりにあるのでしょう。
しかも、彼女の専属看護人にうまいことなることも出来て、彼女の身体を好きなだけ触れる。
このへんは、同じおんなとしてはどうも嫌悪感を感じてしまうところなんだけど。
でも、 彼は彼女に語りかける。
爪の手入れから、肌の手入れと、これでもかと世話をする。
彼女の体のことで 知らない部分はない。 それは、やっぱり不気味な気もするんだけど、
その真摯な姿に、コレはストーカー映画ではないと、徐々に分かり始める。
ペニグノの孤独というのが 伝わってくるから。
一方的なペニグノの愛。 でも無償の愛。 彼女の愛 言葉は返ってこない。
昏睡状態のなかで、でもコミュニケーションが成立していたということなのかな~。
ペニグノは幸せそうというか、楽しげにやってるし、マルコにも「話しかける」ことを教える。
だけど結局ペニグノは事件をおこしてしまう。
もし、相手を ただの"病人" "人形"としか見ていなかったら、事件は起きなかった?。
ペニグノには彼女はあくまで"恋人"で、生身の"女"なんだということだ。
愛と性は 切り離せない。
昏睡状態の4年間は、ペニグノには愛の記憶、思い出、死ぬまで抱き続けたい宝。
けれどアリシアには存在しない時間。 自分の身体ではなかった期間。
 忘れたい出来事。(←そもそも、知らない出来事)人生から抹殺したい出来事。
最後まで、ペニグノの愛は伝わらないの。

●監督が描きたかったものとは
"愛"と"孤独" "生と死" "痛みと希望" "コミュニケーションへの渇望"(公式サイトより) 
どれも、普通の暮らしの中では、痛切に感じることはできないことかもしれません。
日常的とは程遠い設定の話の中で これらは確かに浮き彫りになってます。

●フェレ・マルチネスとナイワ・ニムリ
テレビの無声映画の 役者で登場してます。

他にも、ドイツが世界に誇る舞踏家・振付家ピナ・バウシュの『カフェ・ミュラー』の舞台をアルモドバルは映画のオープニングとエンディングに彼女の舞台を起用してます。
彼女の芸術こそこの物語の主人公たちが生きている“天国と地獄の中間地帯”を象徴すると、監督は考えたのだそうです。

●レオノール・ワトリング
「マルティナは海」を観たので、彼女の無言でもアレだけの存在感があるのはもっともだな~っと感じました。
瑞々しいナイスなバディだけでも 十分雄弁ですけれど!







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最終更新日  2011年10月27日 21時31分57秒


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