・中山七里『逃亡刑事』 は、2017年刊行の警察ミステリー。主人公は千葉県警捜査一課で検挙率トップの班を率いる警部・高頭冴子。通称「県警のアマゾネス」と呼ばれる、男勝りで強烈な個性を持つ刑事だ。続編に『越境刑事』がある。麻薬密売ルートを単独で追っていた刑事・生田が銃殺される。捜査を担当した高頭班は、事件現場を目撃した8歳の少年・御堂猛から証言を得る。ところが、少年が犯人として指し示した人物は、警察内部の人間だった。事件の核心に迫った冴子は、逆に殺人の濡れ衣を着せられる。警察組織そのものが敵となり、冴子は自らの無実を証明できる唯一の目撃者である猛を連れて逃亡することになる。つまり本作は、「犯人を追う刑事」の物語から、「組織に追われる刑事」の物語へと反転する。逃亡先で冴子は、これまで自分が信じてきた警察という組織の正義と、社会の底辺で生きる人々の現実に向き合う。そして、逃げることでしか見えなかった真実を手に、腐敗した警察組織へ反撃を試みる。
・ 「正義」と「組織」は同じではない。 本作の最大のテーマはここにある。警察とは本来、犯罪を取り締まり、社会の秩序を守る組織だ。しかし、その組織に属する人間が犯罪者になった瞬間、正義を守るはずの仕組みそのものが、真実を隠すための装置に変わる。冴子が直面するのは、単純な「悪徳刑事」ではない。 組織が自己防衛を始めたとき、正義はいとも簡単に歪む。 これは企業社会にもそのまま置き換えられる。不祥事が起きたとき、組織が守ろうとするのは顧客でも社会でもなく、「組織そのもの」になることがある。本書は警察小説の形を借りて、 組織倫理の危うさ を描いている。
・ 逃げることは、敗北ではない。 タイトルの「逃亡」は、単なる逃走劇ではない。
冴子は逃げなければならない。しかし、逃げることで初めて、それまで所属していた組織を外側から見ることができる。会社員も同じだ。組織の中に長くいると、その組織の常識が社会の常識に見えてくる。「これが普通だ」「仕方がない」「みんなそうしている」という言葉が、思考を止めていく。冴子は組織から追い出されることで、逆に組織の本質を見る。 距離を取ることによって、初めて見える真実がある。 ここに本作のタイトルの深い意味がある。
・ 弱者を守ることが、正義の原点になる。 冴子とともに逃げる8歳の猛は、単なる「事件の目撃者」ではない。彼は養護施設から逃げ出してきた少年であり、大人の都合によって翻弄される存在でもある。冴子は最初から完璧な人間ではない。強引で、口が悪く、子どもへの接し方も不器用だ。しかし、猛を守る過程で、彼女自身の「正義」が変化していく。 法律を守ることと、人間を守ることは同じではない。 この違いを身体で理解していくことが、冴子の逃亡のもう一つの意味になる。
・ 『逃亡刑事』は、警察組織から追われる刑事を通して、「組織への忠誠」と「正義への忠誠」は違うという現実を描いた、疾走感のある警察ミステリーだ。 そして冴子の逃亡が教えるのは、意外にもシンプルなことだ。 ときには、逃げることが正義を守るための最初の一歩になる。
逃亡刑事 (PHP文芸文庫) [ 中山 七里 ]
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