北海道廃線2000キロ ― 廃線跡を歩く・写真で記録するウォーキングブログ ―

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カテゴリ: はじめに


こんにちは。

当ブログ「北海道廃線2000キロ ─ 廃線跡を歩く・写真で記録するウォーキングブログ ─」を運営してい る喜多美歩です。

「​ はじめての方へ ​」 では、このブログの活動内容や​ 北海道廃線2000キロプロジェクト ​ についてご紹介しました。

この記事では少し視点を変えて、

「なぜ私が北海道の廃線跡を歩くようになったのか」

についてお話ししたいと思います。


​

活動のあゆみ
鉄道に興味を持つ
   ↓
廃止された鉄道や駅跡に関心を持つ
   ↓
仲間との北海道廃線跡ツアーに参加
   ↓
北海道の鉄道遺産の奥深さに魅了される
   ↓
東日本大震災を契機にウォーキングに目覚める

   ↓
廃線跡ウォーキング開始(筑波鉄道跡など)
   ↓
北海道での現地調査を本格化
   ↓
計画・実踏・振り返りを繰り返し
独自の調査スタイルを確立
   ↓
​ 北海道廃線2000キロプロジェクト ​始動
   ↓
そして現在
```


​

鉄道そのものより「失われた鉄道」に惹かれた
​

子どもの頃から鉄道には関心がありました。
学生時代は列車に乗ることそのものを楽しむ、いわゆる「乗り鉄」でもありました。
その後、駅舎や鉄道遺産に興味を持つようになり、やがて廃止された路線や駅跡へ関心が移っていきました。
現在では、失われた鉄道の痕跡をたどることが活動の中心になっています。
使われなくなった橋梁や築堤、線路跡。地図から消えてしまった駅の痕跡。
そうした場所を訪ねるたびに、

「なぜここに鉄道が必要だったのだろう」

「なぜ廃止されてしまったのだろう」

と考えるようになりました。

廃線跡は単なる鉄道遺構ではありません。

その土地で暮らしてきた人々の歴史や産業、地域の発展の記憶が刻まれた場所でもあるのです。


​

北海道との出会い
​

そうした関心が次第に向かった先が北海道でした。

かつて北海道には全国有数の鉄道網が存在しました。

炭鉱、農業、林業、水産業。それぞれの産業や人々の暮らしを支えるため、多くの鉄道路線が建設されました。

そして時代の変化とともに、その多くが廃止されていきました。

現在も各地には、駅跡や橋梁、築堤、切通しなどの痕跡が残されています。

私が北海道の廃線跡ツアーへ参加したとき、 そのスケールの大きさと地域ごとに異なる歴史の奥深さ に強い衝撃を受けました。

以来、北海道は私の活動の中心となっています。


能取湖沿いに続く湧網線の廃線跡。北海道の風景の中で鉄道の記憶をたどる楽しさに魅了されました。 




大きな転機

​

私の活動に影響を与えたものの一つが、東日本大震災でした。震災当日、首都圏では帰宅困難者が多く発生しましたが、私は地方出張中で免れました。

自分なら家まで歩いて帰れるだろうか。

そう思い自宅から職場までの鉄道に沿って、毎週末早朝に歩いてみることにしました。

当初、防災訓練のような位置付けで始めたウォーキングはいつしか習慣化し、私のその後の人生を健康面でも、趣味面でも大きく変化させる出来事となりました。




「見る」から「歩く」へ
​

震災以前は駅跡や保存施設を訪ねることが中心でした。

しかしウォーキングが趣味に加わったことで、

「駅だけではなく、その駅と駅の間も歩けば良いのではないか」

と思うようになります。

駅跡だけでは路線の全体像は見えてきません。

実際に歩くことで、

- なぜこの場所に線路が敷かれたのか

- どのような地形を通っていたのか

- 沿線にはどのような集落があったのか

- どのような遺構が残っているのか

が見えてきます。

こうして 私の活動は「廃線跡巡り」から「廃線跡ウォーキング」へと変化 していきました。


筑波鉄道跡。廃線跡を実際に歩く楽しさを教えてくれた思い出深い路線の一つです。


​

北海道を歩いて見えてきたもの
​

活動を始めたきっかけは鉄道への興味でした。

しかし歩き続けるうちに、私が見ているものは鉄道だけではないことに気付きました。

廃線跡をたどっていると、

- 地域の歴史

- 人々の暮らし

- 沿線の風景

- 食文化

- 温泉や観光資源

など、さまざまな地域の魅力に出会います。

空港から地方都市へ向かい、バスや徒歩で地域を巡る。

その過程で出会う景色や文化も、廃線跡ウォーキングの大きな魅力になっています。

私は次第に、 「廃線跡を歩くことは、その地域を知る旅でもある」

と考えるようになりました。


現地調査を終えた後、地域ならではの食や文化に触れる時間も廃線跡ウォーキングの楽しみの一つです。 


​

現在の活動スタイル
​

現在は首都圏を拠点に、航空機・鉄道・路線バスなどの公共交通機関を活用しながら北海道各地の廃線跡調査を行っています。

限られた休暇と予算の中で効率的に調査を進めるため、

- 情報収集

- 訪問計画立案

- 現地踏査

- 記録整理

- 振り返り

を繰り返しながら活動しています。

この過程で培ったノウハウについては、別記事「廃線跡ウォーキング実践講座」で詳しくご紹介し、 「北海道の廃線跡を訪ねたいけれど、首都圏からだと遠くて叶わない」と考え諦めている方への参考情報 として提供していきます。


これからの目標
​

現在は​ 「北海道廃線2000キロプロジェクト」 ​に取り組み、北海道の旧国鉄廃線をできる限り歩いて記録しています。

廃線跡は年々姿を変えています。

線路が撤去される場所。

駅跡が再整備される場所。

自然へ還っていく場所。

今日見ることのできる風景が、数年後にも残っているとは限りません。

だからこそ私は、自分の足で現地を歩き、写真と記録として残していきたいと考えています。

失われた鉄道の記憶をたどりながら、地域の歴史や風景もあわせて伝えていくこと。

それが、このブログを続けている理由です。


草に覆われながら静かに残る旧標津線上春別駅ホーム。こうした風景を記録として残していくことも、​ 北海道廃線2000キロプロジェクト ​の大切な目的の一つです。 

これからも一歩ずつ歩きながら、北海道に残る鉄道の記憶と地域の風景を記録していきたいと思います。


​

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最終更新日  2026.08.25 20:14:47
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