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キャリアの長さもあっておのずと下に人がついてきちゃったりしてやはりその「部下」なんてのがいます。そーなると「指導」「教育」なんてことも仕事のひとつになってくる。その「指導」やら「教育」の中に「叱る」なんてことも入ってる。タイミングのいい叱り方や、伝わる叱り方というのはあって、これが上手い人って、実はなかなか少ない。ワタクシも常々そうありたいと日々精進しておるわけです。先日も部下を叱っておりました。叱るには緩急が大事です。飴と鞭です。心得ておりますそれくらい。キツく叱ったあとで「なぜならばタイム」に突入したわけです。「お前さ…」みたいな。「どうしてこうなるかなぁ」みたいな。このあともう一回山場を迎えるための幕間みたいな時間帯です。デッパラさん、おもむろにメガネを外し傍らにあったティッシュをひとつまみ。レンズを拭きながら「間」を確かめつつ諭しておりました。そうしてる時にメガネの鼻あて(?)のとこにある金具の回りに思いのほか汚れが付いている事に気づいたのでいつしか「レンズ磨き」から「金具の汚れ取り」に行為がシフトしていったのは必然と言えましょう。「でさ、今回のことだけどさ…」話は、次の山場に向かおうとしていました。声のトーンも微妙に怒気を孕もうかってタイミングのその時。ぽろ「あ」鼻あての金具に付いてるゴムが取れて床に転がってたの。部下が気を利かせてササッと拾ってくれたの。「あ、どぞ」(ペコ)「あ、ども」(ペコペコ)「…。」「………。」山場到達、未遂。不完全燃焼MAX。***************************本日は名古屋オフィスに顔を出した。3月上旬に退職が決まってる部下とタイミング的にたぶん、今日を逃したら直接顔を突き合わせて話せる機会がないだろうと思って、ちょっと別室に呼んでこれまでの仕事のこととか、今後についていろいろ話した。彼の退職の理由は、こちらの期待に応え切れなかったことによる。最後のお説教タイムでもあったが、せめて気持ちよく送り出してあげるための場のつもりでもあった。先輩として、上司として、男として。こうであってほしかった。もっとこんなだったらよかったね。これからどうするの?そうかそうであったか。ま、俺としてもだ。まことに良い時間だったと我ながら思う。部下もありがとうございましたと言ってくれた。その時間を締めとして、名古屋オフィスを出て東京に戻った。戻るつもりで名古屋駅に着き、帰りの新幹線のチケットを券売機で買おうとしている時にケータイを名古屋オフィスに忘れてきたことに気づいた。「あ」確かにデスクの横のコンセントで充電しっぱなしだったはず。大慌てでタクシーを飛ばし会社に戻る。コソコソとオフィスのドアを開けたのだが制作スタッフが全員振り向きやがってからに俺だとわかった途端に、これまた全員がニヤニヤしやがる。ケータイを忘れてったことを全員がすでに気づいてる100%状態。叱ることは難しい。
2008年02月29日
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今度の日曜にオフィスの引っ越しがある。2Fから5Fとなる。先に先客がいて別会社だが仕事仲間だ。「3月からよろしくね」と言ってたのは、先週までの話。一昨日、大ドンデンがあってその先客である別会社がチョイとアレがナニして出てっちゃうことが確定した。ので、1フロアを我が制作スタッフが占有することになった。ので、引っ越しの手順がかわっちまった。それは、まぁ、結果的には丸くおさまる話だ。結果オーライ。オーライじゃない話が飛び込んできた。以前在籍していた会社で新卒で採用した部下というか後輩の男の子が夕べ逝っちまった。まだ40歳くらいじゃないか。くも膜下出血で、直前まで普通に仕事していたらしい。これには参った。いつも飄々としていて、フットワークの妙に軽い男だった。結構シンドイ状況の時もヘラヘラ笑いながらスルリとかわしていくタイプだ。俺がその会社を辞めたあとは、全然疎遠だったが仕事仲間を通じて時折、仕事っぷりを耳にしていたんだけどな。あの時代(24~32歳)は、それこそ働き盛りで鬼のように仕事してた時期だ。それこそ毎日が戦争状態で、1週間会社に泊まり込みもザラだった。その中を一緒に駆け抜けた仲間だっただけに彼も俺にとっちゃ紛れもない「戦友」の一人だ。そんなわけで今夜、名古屋に向かう。明日の午前中に告別式があるそうで、放ったらかしにしていた償いを込めて手を合わせてこようと思っている。昨年末には、さらに一つ前に在籍していた会社の先輩が白血病で亡くなっていて、「同世代」として、くくって構わない仲間が立て続けにこの世を去った。何となくだけど「来たな」って思いがある。デッパラさん、現在45歳。亡くなった後輩同様に、相変わらず飄々と暮らしているし「生活感無いよね」とか「年齢不詳だね」とか「タフだね」などと言ってもらっているけれど間違いなく「折返し」を回ってることを今さらながら実感。これ読んでる人も、どうかご自愛を。逝く順番、間違えちゃイケナイや。ま、行って来ます。
2008年02月28日
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その昔、日本は土着の宗教がデフォになってて それこそ山や海、太陽、水、火、便所と そっこら中に神様がいるってぇ宗教観があった。 それが神道の八百万(やおよろず)の神々へと つながっていくワケなんだけど、そんなある日 「いやいや、神様っつったらホトケさん、シッダルータでしょうが」 と、仏教がやって来ちゃった。 最新モードなワケです。 見たこともない、けど便利そうな カッコイイ漢字も使いまくりだ。 聞けば「死んだら人も仏さんになる」って辺りは 日本としても「使えそう」だったするわけで コイツは魅力的でありました。 でも、日本には神道があり八百万の神々がすでにいらっしゃる。 ミーハーな聖徳太子が言いました。 「いいや、シッダルータだか何だかわかんねえけど 早い話、そいつも神様だろ?いいよ。じゃあ 八百万の神様ん中のひとつにしちゃえ。許す。 仏教伝来、決めっ!その代わり漢字教えろ」 こうして日本は宗教的ダブルスタンダードに突入したんだよね。 あのメデタイ「七福神」なんてのは実に象徴的で 日本古来からの神様と仏教系とのコラボだったりする。 そう、日本人には 外からの文化を飲み込んじゃうしなやかさがある。 改宗、宗旨替えの感覚が薄くて「取り込んじゃう」んだな。 「こいつも、貰っておこう」なワケです。 ところがキリスト教になるとそうはイキマセン。 「神っつったらキリスト以外考えらんけんね」ときたからだ。 しかも「神の前では皆平等」とか言うじゃないですか。 お殿様がテッペンにいる日本の構造を否定しちゃダメなのだ。 伝わった時代がマズかったのだ。 だから弾圧されちゃった。 現在ではこの日本にも少なくない数のクリスチャンがいるけれど 思いの外、普及しきらない理由のひとつには 「八百万の神々」の流れに乗っかれなかったからだと思う。 キリスト系列のクリスマスやバレンタインが あっさり広まったのは、イベントとして持ち込まれたからだ。 もちろん、両方とも商売の戦略として業界が張ったキャンペーンだけど 大衆はこれを受け入れた。 やっぱり「便利」だったんだ。 高度経済成長が済んで、多少フトコロに余裕ができて 一億中流時代に突入した日本人たちには 家族や好きな人にプレゼントを贈る口実が欲しくなったんだ。 クリスマスの本質的な意味は 『神様が人間として産まれてきてくださったことを祝う』 だけど、そこは綺麗さっぱりとすっ飛ばしちゃった。 バレンタインにしてもそうで、ローマ史にさかのぼる由来も キリスト教の祝日もどうでもいい話で「イベント」として 取り込んじゃった。 「神様としては、キリスト教はチョイと融通が利かないけど これはイベントだからオッケェ」 ものすごいしなやかさというか、割り切ったおつき合いだ。 現代人も。なかなかどうして 聖徳太子に負けず劣らず「かわし方」を知っているらしい。 日々おてんとうさんに手を合わせたり、初詣に行ったり、 免許を取ったら安全祈願に行ったり、受験でお守りを買ったり 日本人は今も八百万の神々のもとで暮らしている。 オウム以降、宗教法人の設立は厳しくなったとはいえ 相変わらず、カルトも含めて新興宗教がポコポコできるけど すぐに弾圧する風潮はなく、様子を見るスタンスがある。 宗教に対して実に寛大なのだ。「だって神様っていっぱいいるから」 あの日、聖徳太子が決定づけた日本人の体質を 僕らは今も引きずって生きているし、それを楽しんでもいる。 八百万の神々と共にイベントとしてのバレンタインに ドキドキさせてもらってるわけで 今の日本人は、とりあえず自由だ。 バレンタインやクリスマスの日には、 むしろ僕らは「聖徳太子に感謝する日」と定めてもいいんじゃないか。 ジャパニーズ・ルールとして。 遅まきながら「ハッピー・バレンタイン」 14日は、いい日になったかい?エビバデ。 ※14日にアップしようと、ちまちま下書きしてた日記、 本日アップとなりました(w
2008年02月17日
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名古屋にチョイ帰省。 新幹線の指定席が3つ並びの通路側であった。 左隣の真ん中は熟年女性。 一番右の窓側には若い男の子。 もしかしたら二人は親子かもしれない様子。 俺が席についた時は、すでに熟年女性は就寝モードに突入しようとしていて 男の子はDSでゲームの真っ最中だ。 俺は着ていたムートンのハーフコートを脱いで網棚の上にやり、 さらにハンチングをそのコートの上に載せた。 手荷物からタバコとケータイを取り出し 例の折り畳み式の簡易テーブルに置き、 さらに文庫本とお茶も手にしたところで 「新幹線における移動時間の快適な過ごし方」の 態勢を完了させた。 ま、そんなこんなで一時間半もすりゃぁ 名古屋に到着だ。 本→タバコ→茶→本→居眠り→タバコ→居眠り→本みたいな ローテーションも名古屋近づく頃には居眠りオンリーでありました。 これもいつものことだ。 「もーすぐ名古屋に着くけんね」 のアナウンスにちゃんと反応して目覚めた自分を 心の中で目一杯褒めつつ (過去に岡山まで乗り過ごしたトラウマがある) 下車の準備に入る。 タバコや文庫本、ケータイを仕舞い ポケットの中のチケットを確認。 立ち上がり棚からコートを取り羽織る。 新幹線はすでに名古屋駅のホームに滑り込んでいる。 えっと。あとは そうそう帽子帽子ハンチングっと。 あれ? 確かコートと一緒に棚の上に載せたんじゃなかったっけ? 今見なかったよな。 キャーーーッ! 辺りを見回すと、ナント! 隣の席ですっかり眠りこけてる熟年女性の胸元に ポンと見慣れた俺のハンチングが。 どうやら知らない間に棚から落ちてたらしい。 それにしても、またなんとも微妙な位置に落ちやがったもんだ。 完璧に胸の上だ。 ババァも、すぐ気がついてくれよ。 えぇ~っ!どうすんだどうすんだよ俺。 もう着いたっちゅーの。 ドア開くし。起こすか?オバサン起こすか? 何となく起こしづらく そーーっと手を伸ばしハンチングを取ろうとしたら もひとつ隣の席の坊主が不審な目で俺を見ている。 いや、坊や。これは違うんだ。 見りゃわかるだろ? 俺の帽子だこれは。 何だそんな目で俺を見るのは止めれ。今すぐ止めれ。 しょーがないだろ?不可抗力だこれは。 お母さんかこの人は君の。だとしたらごめんな。 だけど、俺は降りるんだここで。 な?わかるだろ? 許せ。 という俺の想いを込めた愛想笑いを男の子に全力で投げ掛けつつ 帽子回収を無事に完了させつつ、そそくさと新幹線を降りた。 大きな仕事を成し遂げた男の顔がそこにあったと 後年、 あの男の子は語るであろう。
2008年02月11日
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