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「ご乗車のお客様にお願いします。 社内で新聞・雑誌をお読みのお客様は 回りの方に迷惑にならないよう、 新聞・雑誌は折りたたんでお読みください」朝の通勤電車内で流れたアナウンスだ。新聞はともかく、雑誌まで折りたためとは、どういうことか。せいぜいフライデーまでだろう。週刊ポストでは、もうキツイだろうし、家庭画報を持ち込んでる客にとっては至難の業だ。2回折りたたんだら、すでに「立方体」だぞ、家庭画報が。それにしても何というか、文章の組み立てが間違ってるのもアレだけど(すでに多くの人が指摘していることだけど)日本の電車は、とかく無駄なアナウンスが多すぎる。やれ白線の内側まで下がれだの、傘を忘れるなだの席は譲りあえだの、中ほどまで詰めろだの社内は大変暑くなってますだの、ダイヤが大幅に乱れていますだの、息子の生活が最近乱れてきましただの、今日は朝から妻が不機嫌でだのさっき駅長に叱られて気分悪いンだよな俺だのそんなことはどうでもよろしい。「当○○鉄道会社では、お客様の意志とモラルを尊重し、 無駄なアナウンスは一切しませんので各自で責任をもって ご乗車くださいますようお願いします」たとえば、ある日から駅にこんな張り紙がされていたらどうだろう。その路線が目的地にとって多少遠回りになろうが俺だったらその路線・鉄道会社を優先したいと思う。そもそも各自で考えて行動すりゃいいことばっかなのだ。考える機会を奪っちゃイケナイ。普通、混んでりゃ新聞は折りたたむし、雑誌は小さく開くのだ。「当○○鉄道会社では、時々ウソのアナウンスを流しますので あらかじめご了承ください」乗客の誰もが緊張感でイッパイだ。時刻表を食い入るように確認するようになるし事故の原因をモバイルで調べるようになる。「当○○鉄道会社は全体的にヤル気がありません」乗客は何とか列車を出してもらえるよう駅員を励ましてモチベーションを高めてあげる。毎朝、創意工夫や努力が必要になるため、自分の会社でも様々な社員意識高揚の提案が行うようになるかもしれない。「当○○鉄道会社では黙秘権を行使します」乗客は駅員の口を割らせようと躍起になる。「この電車は大宮経由だろう!正直に吐け!」「まぁ、まぁ。ゴリさん」「しかしデカ長!」「なぁ、山田。お前の故郷じゃ今ごろ雪が降ってんだろうなぁ」もう通勤どころじゃない。
2005年01月31日
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う、ううぅっ‥。だぁあーーーっはっはっはっはっはーーっ、‥は。‥はぁ?これは大爆笑の様子を示しており、笑うことは健康のためにもいいと科学的に証明されているのだが問題は、こうやって大爆笑をしてしまうために目を覚ます人がいることだ。ほかでもない。この俺だ。楽しい夢を見てクスクス笑うケースならば全世界共通、グローバルスタンダード的な事象だろうがあまりの爆笑具合に自身が目を覚ましてしまうとなるとその症例はかなり少なくなるはずだ。40代に突入して久しい男が「いやぁ、まだまだ悩んだり苦しんだりして なかなか不惑とはいえません」といえば、いえいえ、ご謙遜を。そのようにおっしゃるだけ、十分大人の証拠ですよ、と気分のいい返事が返ってくるはずだが「いやぁ、けっこう頻繁に自分の大爆笑で目を覚ましてしまうので、なかなか不惑とはいえません」と俺が言ったところで「ほんまやな」くらいが関の山だ。土曜の未明に、そうやって爆笑してしまった時に見た夢はどんなシチュエーションで、どんな前後があったのかは忘れてしまったのだがかなり向こうの方から岸辺シローが正座をしたまま猛スピードでこっちに向かってくる、というものだった。どうやったら正座をしたまま移動できたのかは置いとくとしてもなぜ、今、岸辺シローだったのか。俺は一体、深層心理で日ごろ何を考えているのだろうか。不惑への道のりは、果てしなく遠いと言わねばなるまい。
2005年01月30日
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広告代理事業の部署を任されているわけだが、この部署も設立から8年目を迎えると自然に社内用語ってのが出来上がってきた。営業が自分のとってきた仕事を外部ブレーンに発注することを『外出し』と言い逆に社内の制作スタッフを使って回していくことは、ナント『中出し』だ。社内の制作スタッフの数には限りがあるので全部の仕事を常に内部制作でこなすことは不可能だからしばしばスケジュール調整が社内で行なわれることになる。「俺のヤツ、中で出せる?」「キツイな。外に出してくれないか」「や、今回は大事だから中でやりたいんだよ」「でも来週はヤバいって。無理ムリ。外に出せ」「ちっ!中に出したかったんだけどなぁ知らない人が聞いたら何の相談をしてるのかと思われそうで気が気じゃないんだけど、大の男どもが眉間にシワ寄せながら、そんな会話をしてるのは、非常に面白いものである。人が聞いたら何て思われるか心配になることってのは、俺個人にも覚えがあって、それはたとえばこんなだ。今でこそ熱も冷めてきたが、俺は昔からプロレスが好きでよくプロレス雑誌を買ってきては、部屋で寝っ転がって読んでいた。当時、保育園に通う娘がいたのだがそうやってゴロゴロしてる父親に遊んでもらいたいと思った彼女は、俺によくチョッカイを出してきた。それでもプロレス雑誌を見ながら、テキトーにあしらってる俺に娘は、ある日こう言ったのだった。「もう!お父さんはそんなに裸の男の人が好きなの?」うっ…わぁっ!待てマテ。ナニを言うか、お前わっ!「あのね、これはプロレスといってだなぁ…、えと。まぁいいや。お前ね、保育園の先生とかにそんなこと言っちゃ絶対ダメだよ」「どーして?」「や、それはさ…」「お父さんは裸の男の人嫌いなの?」「お父さんは裸の男の人が好きなんじゃなくて、裸の男の人達がやってることが、好きなの」「これぇ?(プロレス雑誌の試合レポートを指差す娘)」「そ、そうだよ」「この裸の人ぉ?」「…うん」「好きなんでしょ?」「や、まぁそうなんだけど、いや、違う」とうとう上手く説明できなかった。「俺がホントに男好きだったらお前は生まれてねぇよ」なんて言えないし。ま、しかし。言葉ってなぁ不便なモンですな。言葉を操る仕事をして言うのもなんだけど。
2005年01月29日
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『バフンウニ』というものがある。調べちゃいないが、きっとその形が『馬ふん』を想起させての命名だったのだろうと、ナニゲに思っていたのだが、待てよと。そのウニを学者が海で見つけたワケだ。海だと思うぞ、やはりな。打ち寄せる波。磯の香りを乗せた潮風が頬をなでてゆく。千鳥が水平線の向こうを飛んでいる。遥かな尾瀬、遠い空…、まあ、情景描写はどうでもいいのだがそんな海辺で採取したトゲトゲウニを手にした学者はこう言ったワケだ。「うむ。この形。この質量。重量感。まっこと馬糞のごとし。 そうじゃ。このウニをバフンウニと命名しよう」まぁ、ホントのコトはサダカじゃないけども。なぜ、彼は真っ先に馬糞を想起したのか。そこは海だぞ、海。海といえば、誰もいない海だ。2人の愛を確かめたくなるあの海だ。17歳の海なのだ。それにしてもシンシアはキレイだった。や、そんなことはどうでもよろしい。つまり何が言いたいのかというとどう考えたって件のウニがバフンがゴロゴロしてる中に身を紛れ込ませて擬態する習性があるとかじゃあるまいし、そりゃ確かに他のウニに比べりゃ相対的にはバフンに似てるかもしれないが絶対評価としては、ちっとも馬糞っぽくないのだからもう少し落ち着いて、ちったぁマシな名前を付けてやる度量は当時の命名者になかったのかと言いたいのだった。俺はお前の、真っ先に「馬糞」を連想してしまう頭の構造が信じられない。バフンウニも相当ヒドイが、動植物の名前はかようにヒドイ発想のもとに名付けられたモノが多すぎる。冷静に図鑑を見てみればその惨状たるや筆舌に尽くしがたい。深海魚に「竜宮の使いがなんたら」だぁ?お前学者なんだからファンタジーに走ってんじゃねえよ。「猿の腰かけ」なんてのも随分ヒドイ。この世に生を受けた時点で猿の腰かけなのだ。キノコとしての誇り尊厳もあったもんじゃない。一体、学者達は何を考えているのか。けっこう前になるが我が子に「あくま」と名付けようとしたら役所の方で却下となったコトがニュースになりあれよあれよと言う間に社会問題にまで発展したことがあった。子どもにどんな名前をつけようがそれは親に権利があるし子ども自身が将来、自分の名前のために社会生活に困難を来していると感じた場合は名前の変更も許されているのだから、俺としちゃあ、ま、それはそれで全然オッケエなのだが動植物達にとっちゃあ深刻な問題だ。バフンウニが「こんな屈辱的は名前は耐えられない!」と思い名前の変更を届けることはできないからだ。猿の腰かけクンに至っては、役所まで出かけることすらできない。自然界から沸き上がる悲痛な叫び声に我々は今こそ真摯な態度で耳を傾けなければならない。
2005年01月27日
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コンビニの食玩コーナーで「懐かしの雑誌ミニチュア版」みたいなのが箱入りで売っているのを知り、飛びついてみた。出てきたのは'76創刊の『POP EYE』だった。仕事場で部下達とそれを手にワーワーと盛り上がった。1976年と言えば俺が大阪万博から6年後で、俺は中学2年か。芸能年表にダブらせれば、確か百恵・淳子・昌子トリオがいてもうピンクレディが登場していた。ベイシティローラーズが大ブレイクしていて、その頃俺はKISSでロックに目覚めたはずだ。そーゆー時系列による時代考証を一通りやってるうちにそのミニPOP EYEの中に掲載されている車の広告に話題が移っていった。『昔の車』という話題に突入したら何だか急に懐かしさが込み上げてきた車があるのでそいつのコトをちょっと書く。俺が始めて手にしたのは22~23歳の頃で、スズキ・フロンテクーペをベースにした白いセルボだった。もちろん当時でも中古だ。俺は車に対するこだわりとか好みなんて一切なくて取りあえず30万円は出せるからその中で条件のいい車を、ってアナタ任せなオーダーを知りあいの車バカにお願いして彼が探し出してくれたのが、そのセルボだった。出合い頭の出会い(変な表現だ)だったが、コレにはハマった。もはや過去の人になってしまったがジウジアーロがデザインしたスタイリッシュなスズキ・フロンテクーペを、もう少しブリッとさせたシルエットは実に愛らしくも精悍でその後の俺の数年間なくてはならない存在となった。プラグがカブりやすく発火しにくく、エンジンをかけるときはまずプラグを抜いてタオルで汚れを拭ったり、2サイクル・3気筒ならではのオイルを一緒にガブガブ飲みながら走るのでちょっと遠出をする時はスペアのオイル缶を用意しとかなきゃいけなかったり、やたらに車体が低い&小さいので雨の日に対向車線のトラックとすれ違う時はトラックがはねた水で目の前が何も見えなくなったり、運転席で伸びをするとリアウインドウに手が届いたり、エンジンは後ろに積んであり、ボンネットはスペアタイヤしか入ってないのにガソリンスタンドで「ちょっとエンジン見といて」って何も言わずにキーを店員に渡すと、大抵の店員はボンネットを開けてギョッとするからそれが面白かったりで、何しろずいぶん手間がかかった。車には興味がなかったはずだけど始めてのオーナー車であることも含めてとにかく楽しかった。その後、エンジンが完全に耐火年数を超え、泣く泣く廃車にしたが今でも手元に置いておきたい車であることには変わりない。手間と言えば、購入した時点でカーラジカセが装備されていたのだが、どうやって配線したらそうなるのか今でもわからないのだけどこのカセットプレーヤーは、セルボのスピードに同期してるようで、車のスピードに吊られてテープの回転速度も上がるのだ。高速道路を走ろうものなら、あっと言う間に終わっちゃう。誰のどの曲もすべてアグネス・チャンが歌ってるようになってしまうのだった。面白いので放っておいたが、あれは未だに謎だ。その後、何台かの車に乗ったが間違いなく俺にとってのフェイバリットカーはセルボだ。いい出会いと時代が持てたことに、あらためて感謝。
2005年01月26日
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ある日のお昼時。ランチに出かけた折りにヤクルトの販売をしている制服姿の「ヤクルトレディ」が商品を積んだ自転車の前で何ゴトかしていた。どういうワケか俺は、この販売員には思い入れがあって、ボランティア感覚に近いのだろうか、つい「頑張ってね」とエールを贈りたくなってしまうのだ。実際に贈ってもいいのだが、道端で「フレーフレー!」とその都度エールを切ってもお互いツライだろうからそのかわりと言っちゃあ何だが、ジョアとかミルミルなどを購入することにしている。その時もそうした。「いつもこの辺りを廻っているの?」「ええ、そうですね。もう少し奥の方ですけど、今日はこっちにも」「俺の事務所、あのビルの5階なんだけど、よかったら顔出してよ」「いいんですか。ありがとうございます」30代前半って感じの快活そうな女性であった。だから声かけたんだろう、と言われそうだが、その通りだ。あ、いや。でも、名古屋の事務所にいた頃もこうやって声をかけて毎朝事務所に来てもらってたし。いちいち、こんなことで下心を出しませんよ。「でも、私がおうかがいできるかどうか。 一応エリア分けみたいなのがあって、別の人になるかもしれませんが、いいですか」「ああ、かまわないですよ。来ていただいたら買うし」で、翌日から早速来た。ヤクルトおばさんが。「おばさん」は、その実際によって「オネイサン」だったり「レディ」に呼称が変るが俺の事務所に来たヤクルトさんはもはや「おばあさん」と呼んで差し支えない領域に達している「おばさん」だった。話が違うでわないか。あ、いや。違わないんだけどね。「別の人」とは言ってたけど、まさか「おば(あ)さん」だとは思ってなかった。しかも、妙にキャラが濃い。身長は140cmを切ってそうなほど小柄なのは横に置いておくとしてもそのラスタな毛糸の帽子は何なんだ。顔の大きさの倍はありそうな帽子には何かメッセージが込められているのか。どうして入ってくる時に「あいあい、おはようございます」って言うんだ。何だ「あいあい」って。アンガールズか、お前は。まあ、失礼ながら確かにすでに「アンガールズ」な領域のようだが。ま、そんなワケで、爽やかビフィズス菌を全くイメージできないヤクルトさんが来てくれるようになったのでした。昔、名古屋市内に住んでいた時にも似たようなことがあって、風邪を引いて熱を出した時に住まいに近くだからってだけの理由で目と鼻の先にあった内科に行ってみた。名前を呼ばれて診察室に入ってみたら、目の前にはどうしちゃったの?と言いたくなるくらいにキレイな女医さんが座っていた。「どうしちゃったの?」とは聞けないし、むしろ俺は聞かれる立場だ。大人しくされるがままにされていたのだが、「じゃあ、注射を打ちますから隣のベッドでお尻を出してうつ伏せで寝ていてください」などと、まるで俺を誘うかのように(誘ってない)言ってくれた。あらら、どうしましょ。さっき俺の胸を触ったあのヒンヤリした指先が、お、俺の俺の、し、しし尻尻尻を…と、妄想を暴走させながらカーテンで仕切られた隣のベッドに移動し嬉々としてズボンとパンツをズリ下げベッドでスタンバイしたのだった。しばらくすると人の気配がした。「はぁ~い、じゃあ、注射しますよぉ」どうして声がしわがれているのか。注射を打ちにカーテンの向こうから来たのは、ババアのナースだったのだ。ってゆーか、きっと美人女医のお母さんに違いない。何だかボッタクリバーに遭遇した気分だった。俺はあと何度、こういう目に遭うのだろう。--------------------ちなみに、俺は何でも食べる良い子を貫き通して42年になるが唯一トマトジュースだけは未だに克服できずにいる42歳でもある。トマトも食べられるし、野菜ジュースも飲めるのだがトマトジュースだけがダメだ。ダメと言ったらとにかくダメだ。で、ヤクルトさんチの“野菜ジュース”これもキツイ。同じ野菜系でも俺が飲めるのは、できればフルーツもプラス、せめてニンジン系であってグリーン系青汁方面は得意じゃないが何とかオッケエ程度。トマト系列の野菜ジュースは、やっぱりダメだ。ヤクルトさんのはパッケージが緑っぽかったので油断していたのだがりっぱなトマト系列であった。2重に騙された気分だが、悔しいかなコレにしたって“ヤクルトおば(あ)さん”のせいでわない。
2005年01月25日
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昨年までは誰が何と言おうと、完全トランクス派だったのだが(ま、誰かが俺の下着に言及する可能性は極めて少ないが)年末年始のバーゲンで、ナニゲに目にした下着がトランクス型なんだけど、もっと身体にフィットする伸縮性に富んだ生地でできたパンツってモノだった。トランクスとブリーフの境界線上というか。2枚一組で安く売ってたので2セット、合わせて4枚を購入してみた。ま、特に深い考えも哲学もなくて、何度も書いているようにダイエットとともに前から履いていたパンツの何枚かは、もうゴムの伸びもあるがあきらかに身体に合わないガバガバ状態になっていたからで、どうせ買うなら今までとは違うものでしょ、ってレベルだ。これが正解だった。なんだ、この得体のしれないフィット感は。解放感と安定感の共存というか、多い日も安心というか、デリケートなところを優しく守るというか、そのつまり新鮮なオドロキに包まれたのでありました、下半身が。こういう新たな出会いがあるのだから「いつもと一緒の」という判断に慣れきっちゃイカンのだな。しかし、だからといって同時に売り場で見かけた「具」がはみ出してしまいそうなビキニタイプは、さすがにそれは買っちゃイカンだろう。いや、買ってもいいのだろうが、たまたまアレを履いてる日に不慮の事故とかに遭遇して病院に担ぎ込まれたりしようものならナースさん達の眼前にビキニが食い込んでる下半身をさらすことになるかもしれず、しかも場合によっては具まではみ出てるのだ。それは嫌だ。この、いらん気の回しよう、ってのはその昔、レンタル屋さんでエロビデオを借りていた時と似ていて、エロビデオを車に積んで移動している今だけは絶対に警察につかまったり事故にあったりしないようにと極めて運転が慎重になったもんだ。つまんないスピード違反とかで、つい警察につかまっちゃったりしたら面倒なことこの上ない。「ちょっとキミ。その助手席の袋の中身を見せて」などとポリスに懐中電灯かなんかでチラチラやられてしまう。「や、これだけは勘弁してください」「なぜかね。開けなさい!」「ダメです」「見られて困るもんでも入っているのかね」「ダメったらダメです。警察を呼びますよ」「警察は俺だ」なぜ、ここまで抵抗するかというとこういう時に限って普段は手に取らないような緊縛モノとかスカトロとか盗撮とかのチョット問題アリなジャンルを借りてたりするのだ、きっと。つい妄想が暴走してしまったが下着のことであった。そんなワケで、この年明けから俺は新しい世界に下半身を包まれているんです、お母さん。別に母親に報告することでもないが。
2005年01月24日
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お昼前まで布団でゴロゴロしてた。今日は月に一度のお寺参りなのだがちょっとその前に腹ごしらえをしておこうと、相変わらずだが雑煮を作った。愛知じゃ『もち菜』を使うのだけど、こっちじゃ売ってないので多分、これで代用できるだろうと小松菜を買っておいたのだった。が、あの小松菜特有のシャキシャキ具合がどうも違って納得いかない。それはそれとして餅を6つも食っちまったのは、どうしたものか。まことに遺憾でありイカン。体重が72-73キロを行ったり来たりでずっと停滞しているというのに。げぇっぷ。すっかり満腹なのだが、このままでは一日が終わってしまうのでひとまず、これにて日記終了。でわ、出かけます。
2005年01月23日
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ザ・ブリリアントグリーン/テラ2001J-WALK/JUST BECAUSE加藤登紀子/TOKIKO SONGSABBA/GOLDフェアーグランドアトラクション/ファーストキッス鬼束ちひろ/ This Armorユニコーン/ベリーベストオブ・ユニコーン坂本サトル/終わらない歌キャノンボールアダレイ/SOMETHIN' ELSEフライングキッス/BEST OF THE FLYING KIDSイーグルス/THE VERY BEST OF EAGLESイエローモンキーズ/SINGLE COLLECTIONレイチャールズマイケル・ナイマン/the PIANO仕事場の俺のデスクの前にはCDが並んでいてその時の気分によって曲をかけている。今日現在のそのCDの列を左から順に書きだしてみたら上記のようになった。全部でどうだろ。40枚ほど並んでいるのかな。時々、家にあるCDと入れ替えたりしているがここ最近はほとんど買わないので新鮮味は皆無といっていい。それは、まぁ、ご覧の通り『最近ほとんど買ってないップリ』が伝わってくるラインナップからもわかっていただけるだろう。そもそも、傾向と対策が立てようがないほどのノンジャンルっぷりはどうだ。遥か彼方の小学時代に桜田淳子のシングルを買い続けたことから始まる音楽キャリアは、そのまま中学・高校のロック・ブルース・つまりは洋楽時代に突入するわけだが20代半ばでついに現実的な壁に直面し、早い話が「正直、英語じゃ何を言ってんのか、わかんね」だったりして、一気にJ-POPへ。時代で言えば安全地帯、レベッカ、小比類巻かおる、コメコメ、チューブ…って頃かな。あれは。そっから収拾がつかなくなって現在に至るワケだ。そんなわけで高校時代にバンドでドラムを叩いたりしてたことも含め音楽が生活に密着気味だといえる。ただし、昔のように1アーティストを追っかけたりバンドメンバーの名前を覚えたりするような根気はもうあんまりないけど最後にハマったのは『ソウルフラワーユニオン』というバンドで、ここ数年は、かなり聴きまくっていたな。その入れ込みようは、ここ十数年なかったはずの異例のことだった。ソウルフラワーユニオンは、大阪のバンドで阪神淡路の大震災の時に書いた曲『満月の夕べ』から入ったクチだが、それが4年くらい前か。今回の新潟の地震や津波のアレなどのニュースを耳にするとき、頭の中に、自然と『満月の夕べ』が流れてたもんだ。さて、今日もとりとめのない日記になってしまったけど明日の日曜は、毎月恒例のお寺参り。晴れてたら布団も干したいな。干した布団の中でゴロゴロするのは、この上ないシアワセの時間なのだ。
2005年01月22日
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小学2年の時に兄とアポロの月面着陸をテレビで見てた世代にとって「宇宙食」ってのは、21世紀を象徴するようなモンで、チューブ入りのグラタンだかなんだかの宇宙食がテレビで紹介される時など、決まってこんなコメントが添えられてたもんだ。「未来では、誰もがこんな食事をしているのかもしれませんね」あの頃(1970年代)の小僧にとって宇宙食もアポロも21世紀も絶対的なモノであってまったく「早く来い来い 宇宙食」だったのだ。で、あれから30年ほど経った今、俺は何を食べているかというと金目鯛の煮付定食やゴーヤチャンプルー定食などを食ってる。どこが21世紀だ。なにがアポロだと言うのか。21世紀は、それほど未来ではなかったワケだが、そういえばサプリメントは常習している。あの宇宙食は、30年の月日を越えて今、マルチビタミンや亜鉛やヘム鉄となって俺の日常になっていたのだな。きっと。鉄腕アトムにはまだお目にかかってないが犬ロボが登場し、民謡二本足ロボがニュースになっている。人の血管の中をはい回る治療用ロボなんてのも出てきた。コンピュータがご家庭の真ん中に居座り、「情報」の価値が飛躍的に高まり、いろんな意味で生命線ともなった。この日本でも水や酸素が商品になっちまった。未来は便利になったんだか不便になったんだかちっともわかんない。生きてるうちに宇宙に行ってみたいと思っているけど日本も参加してる何カ国かの共同開発による宇宙ステーションがいつだっけ。まだ数年先だよな。やっと完成だもの。きっとシャトルには乗れないままだろう。昨日、部署のメンバーと話をしている時に知ったことだがあの金さん銀さんは、その昔、身長が170cmもあったそうな。大した縮みようだ。不謹慎を承知で言わせてもらうが、その事実を知った時「乾燥ワカメ」をふと思い出してしまったくらいの縮みようだ。そこまで縮まなくてもよかったんじゃないのか。もっと前の段階で打つべき手があったんじゃないのか。どんな具合に縮んでいったのだろう。徐々に、だろうか。60を境にズルズルと、だろうか。朝目が覚めたら半分になっちゃってた、のだろうか。つまり、何が言いたいのかというと、期待していたよりは、未来というか文明というヤツはずっとずっとゆっくりな進歩らしいのに対して、人体の衰えや消耗具合は個人単位でキッチリ進んでっちゃうってことだ。それともヒョッコリ不老長寿の薬なんてもんが開発されちゃったりするのだろうか。どうであれ、文明は地球人全員で作っていくだろうし、受け継がれていくのだろうけど、俺がそれを見ていられるのはせいぜいあと30~40年がいいとこ。アポロの月面着陸を固唾を飲んで見守っていた時のワクワク感をこの先、何度体験できるのだろう。身長が50cmくらいになっちゃっても技術の進歩や発見、新しい文化の誕生をキャーキャー喜べる精神だけは錆びつかせたくないなと思ったりしてる。今日はサプリメントのことを書こうと思っていたのに何だかずいぶん様子が違ってしまった。サプリの件は、また別の機会に書く。
2005年01月21日
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都内某所に事務所を開設しているのだけれど、時々、物売りが飛び込みでやってくる。基本的にアポ無し営業は失礼、というスタンスなのだがこのHPのプロフィールにも書いたように『面白き こともなき世を 面白く』を座右の銘にしている根っからの面白がり屋なので「妙な飛び込み営業」に限り相手をしている。今日来たのは、証券会社の新人で資産運用がナンタラかんたら…だったので即お帰りくださいとなったのだが、そのことで「妙な飛び込み営業」について書きたくなったので書く。名古屋にいる頃には見当たらなかったジャンルといえばどっかからタダ同然で仕入れただろうバッタもんを持ち込んでくるタイプ。これは東京に赴任して1年未満だが、もう数度出会った。ドライバーセットと電動ハサミ、あと何だっけ。3つの商品を全部で1000円でどうだっ!と持ちかけてきた。ドライバーセットは確かに欲しいと思っていた矢先だからそれだけ興味があったのだが、他は見るからに必要ない。どうしよっかなぁ~、と思ってたところに、その人が「そうですかぁ、ダメですかねぇ。 コレさえサバければ私の荷物が軽くなるんですけどねぇ」と、あまりに個人的な、自分さえよければそれでよし的な独り言を言ったのだった。あまりといえばあまりのセールストークに大爆笑し購入してしまった。愛知にいる頃に印象的だった営業はこうだ。その頃、俺の部署が借りていたビルの構造上、事務所の部屋の壁には非常階段に出るためのドアがあった。普段使うことはなかったのだが、空気の入れ替えのために時々、細く開けたりしてた。つまり外から入れるかどうかは、その時次第の大博打状態なのだ。だから、それを知ってる社員は非常階段を使うことはなかった。が、たまたまカギをかけてなかったある日、ヤツがイキナリ出現したのだった。「牛乳買ってよ、牛乳」こきたないオヤジが今どき珍しい瓶入りの牛乳を手に突然現れた。「…!な、なんですか。あなた」こちらのオドロキなど全く意に介することなくオヤジは平然と「新鮮。味は保証するよ」などと言う。氏素性のわからないお前自身が保証できねえだろうが。ってゆーか、なんでイキナリ非常口から出てくるんだよ。昼下がりの仕事場にイキナリ牛乳販売・フロム非常口。何だか非常に貴重な時間を共有させてもらった気になったが、冷静に考えれば、やっぱり何をしでかすかわからないイリュージョンオヤジであることには変りがないので丁重にお断りをしたのだが、法人相手に瓶入り牛乳を売りに廻るビジネスがこの世に存在することがわかったことは収穫だったと言わねばならない。ドンと来い、飛び込み営業&訪問販売。
2005年01月20日
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とある駅前で、ふと缶コーヒーが欲しくなり自販機にコインを投入した。軽快な電子音とともに、どこからか声が聞こえてきたような気がした。しかし俺はその時、「さて、無糖にしようかビターしようか」とダイエット生活上の判断に頭のほとんどを持っていかれておりその「声」を意識していなかったのだ。まぁ、いいや。ビターで。押すべきボタンに狙いが定まった頃にようやっと、その「声」が耳に飛び込んできたが、もう遅い。「…あったか~いコーヒーやこう」かまわずボタンを押す。ガチャン、ガラゴラッ「まいど、おおきにぃ~」何だナンダ。誰だ今しゃべったのわ。自販機であった。ダイドードリンコさんチの自販機が、缶コーヒーを買った俺に関西弁でお礼を言ったのだった。雨の中。誰もいない駅前広場で。くどいようだが関西弁で。どうすればいいのだ。こんなシチュエーションでお礼を言われても困るでわないか。「いえいえ、いたみいります」違うだろう。「ぼちぼちですわ」そうでもないはずだ。しかし相手がいくら機械だと頭では理解していても『関西弁』というファクターというかギミックを使ってきた瞬間、受け手として、どうしてもツッコまなくてはならないという使命感に駆られてしまうのはどうしたものか。どうしようもない。なにしろ相手は関西弁なのだ。そこが誰もいない雨の駅前広場だろうが買ったものが缶コーヒーだろうが関係ない。商品の取り出し口から缶コーヒーを抜きつつ返す手の甲で取り出し口の上ブタを軽くはたきながら心の中で「ええかげんにしなさい」とつぶやいてみた。ま、大声でソレをやると、ちょっと危ない人になっちゃうからね。誰も見てないんだけど。
2005年01月19日
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部下のお祖母さんが亡くなられて、今日から忌引となった。母親の実家にある山梨に移動中の部下をケータイでつかまえた。「会社から弔電を出させてもらうから詳しいことを教えてくれよ」「ありがとうございます。えっと、喪主はですね…」喪主とその住所を聞き取る。「で、お祖母さんの名前は?」「あ、ボク、知らないんですよ」「…。」ヲイ!そーゆーモンか?自分のおばあちゃんの名前だぞ。最近、日記にも書いたが自分自身が極度のおばあちゃんっ子だったこともありこの会話の成り行きには絶句してしまったのだが「信じらんねぇ。コイツ、自分のおばあちゃんの名前、知らないんだってよ」という俺の声に近くにいた一人の部下が反応した。「や。ボクの母親は7人兄弟の末っ子だったんですけど 長女が死ぬ時まで長男と長女のどっちが先に生まれたのかわかってませんでしたよ」と、これまた信じがたいネタを披露しはじめやがった。「しかもですねぇ、長女の名前をずっと『マツ子』って呼んでたくせに 正式には『マツ』だったってことも死んで初めて知ったんですよ」いくらなんでもそれはヒドイんじゃないか。年が離れていようが、兄弟だぞキョウダイ。「ボクの家系、けっこう家柄はいい方なんですけどねぇ」などとシャーシャーと言いやがって。ちょっと、しかし。俺にはオドロキの事実だった。別の部下が発言。「名前はともかく、誕生日になると家族でもアヤシイもんですけどね」確かに。それは俺もそうで、いまだに両親の誕生日がちゃんと覚えられない。どっちかが4月で、もう片方が8月だ。血液型は父親がA型で母親がO型。それは覚えている。昔、自分がホントに捨て子だったらどうしよう、と不安になって調べたからだ。
2005年01月18日
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結局、雪にはならなかったワケで残念。しかし、土曜の午後に俺のケータイが鳴り「祝ってやるから今夜そっちに行くぞ。泊めろ」と、テロ並みの一方的宣言をしてきたバカがいた。岐阜県在住の人だが、勤務中にイキナリ思いついたことらしい。計画性皆無なのだがすごくバカなので仕方がない。ところが、その電話に出たコッチも相当にバカなので「わーい」と無条件に喜び、今抱えている仕事を全部放り出すという暴挙に出た。その電話がかかってくるまでは「うぉおっ!仕事が終わらねえ。減らねぇ。大変だぁ」などと部署のメンバー達とワーワーやってたんだが、電話を切って部屋に戻るなり「俺、今日帰るね」という豹変ブリに一同絶句させる。まあ、いい。日曜に帳じりを合わせればいいのだ。で、その晩は、鍋。またかよ、と言われそうだが、俺は鍋なら毎日でもいいと思うチャンコ体質なのだ。生まれて初めての豆乳鍋となった。エビ、魚、豚を投入した豆乳鍋は、クリーミーで美味でございました。バカ二人鍋を一日遅れの誕生日祝いとして42歳を踏み出すことになった。う~ん。それもどうか。ま、とにかく、祝いに駆けつけてくれた人、電話くれた人、社内メールの人、郵便にカコつけてメッセージをくれた人、すべての人に、あなたに、ありがとう。
2005年01月17日
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雪が犬並みに好きだ。どうやら天気予報によれば今日は雪が降るらしい。なるほど確かにそんな気配が濃厚な寒さ加減と冷たい雨が降っている。そんなワケで、寒さに震えながらも心の中はしっぽを振りつつ庭駆け回る心境だったりします。実際には電車が遅れたり足を取られたり不便なコトもあるのだけどそれを遥かに上回るほどの『雪だるま作りてぇ』という欲求が沸き上がる42歳の冬、だったりするのだ。雪に対して悲喜こもごもな北国ではなく愛知県で生まれ育った身だからこその感覚なのかもしれないな。雪は白いからいいのだ。冷たくて、手のひらの上で溶けてしまう儚げな性質も、きっといいのだ。赤とか黒だったらきっと好きにはならなかっただろう。妙に生暖かかったり、妙に粘り気があったりしてもやはり好きにはなれなかったはずだ。『一夜明けると街並みは雪で赤一色で染まっていた』『粘り気のある紫色の雪が彼女の肩に積もっていた』『あ、雪。そういって彼女は降りはじめた雪を手のひらで受け止めたが指の間から糸を引きながら垂れ流れていくばかりであった』『きっと彼はこの道を進んだはずだが、黄緑のゼリー状の雪は足跡を残してはくれない』う~ん。やはりダメだな。もう10年以上前に亡くなった祖母が雪好きだった。俺は彼女に育てられた強烈なおばあちゃんっ子だったからきっとその影響もあるんだろう。彼女は雪が降ると「雪見」をしたらしい。祖母が亡くなったのもこんな寒い冬の日で告別式の日はその年一番の大雪となった。「あぁ、喜んでいるだろうな」と思ったものだ。久しぶりに祖母を思い出しつつ、積もってくれよと願う42歳の冬だったりする(←やっぱりまだこだわってる)
2005年01月15日
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実は今日、1月14日が俺の誕生日だ。生まれてこの方42回目の誕生日となるワケで、さすがに新鮮味もなければ感慨もない。とりあえず免許の更新もまだ先の話だ。ところで、朝、会社のパソコンを立ち上げてみたらあるメルマガから誕生日メールが届いていて1月14日について触れている一文があった。こんな具合だ(部分抜粋)↓1月14日愛と希望と勇気の日1959年の今日、前の年に南極観測船「宗谷」からヘリコプターで飛び立つ際に置き去りにしたカラフト犬15頭のうち、タロ・ジロの2頭が生存していたことを確認した。三島由紀夫(作家 1925)、田中眞紀子(政治家 1943)、ルー大柴(タレント 1954)、石田純一(俳優 1955)↑どうでもいいが、何なんだ、この顔ぶれは。極めて濃い。いろんな意味で。昨日の日記で占いのたぐいは信じないと書いたばかりだがなんとなく傾向がありそうな気がしないでもない。じゃあ、俺はどうなんだと言われそうだが、客観的に見てけっこう濃いのだ(きっと)さてと。個人的には記念日であるが、社会的にはフツーの出勤日。ちゃんと仕事が山ほどあるわけで、愛と希望と勇気を持って働こうかね。本日はこれにて失礼(今、仕事中)
2005年01月14日
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占いの類はテンから信じていない。したがって細木さんとかも俺にはどーでもよろしい。血液型も「どんなもんだかな」だ。本人は、はなはだ懐疑的なワリに、初対面やそれに近い人から「血液型は何ですか?」ではなく「O型ですよね?」とほぼ決定事項のように言われてしまうのは、どうしたワケか。大当りだバカヤロウ。悪かったな簡単で。それでも信じない。信じたくない、というのが心情に近いか。姓名判断というのがある。昔、開運の印鑑屋の営業マンに名前を見てもらう機会があった。やっぱ興味あるんじゃないか、とツッコまれそうだがやんごとない事情で「印鑑は買わなくてもいいから、見るだけ見てもらって」と頼まれたに過ぎない。さて、目の前に示された用紙に本名を記入して営業マンに渡すと、彼はその用紙にナニやら書き込みを始めた。しばらくするうちに、彼の眉間にシワが寄りはじめた。やがて恐る恐るといった表情で彼は口を開いた。「いいですか。怒っちゃイケマセンよ」とこう来た。「あなたのお名前はね、9画なんです」ふん。「名前の画数は自画と言いましてね、ご本人が本来持ってる力や運勢を表すんです」で?「で、あなたの9画はものすごく弱い数字なんです」ほぅ。「今、こうして生きてらっしゃるのが不思議なくらい…」なんだとぅっ!お前なにを…「じゃあ、なんで今ちゃんと生きていられるかというと、ほら、この外画と総画。最高にいい数字なんです」だったら何だよっ!「つまり、あなたのまわりの人や出会う人に恵まれているからなんです。つまり生かされているんです」だったらいいじゃねえか。「でもこのままでは、あなたいつ亡くなられてもおかしくないんですよ」よくもまぁ、ヌケヌケと…。「ほら、これを読んでください」そういって彼は一冊の本を取り出した。姓名判断のポケット本のようだ。彼が開いたページの一文が今でも忘れられない。こうだ。『暗い夜道を独りトボトボ』淋しい。これは淋しい。この恐ろしいまでの寂寥感は何だ。「ですからですね、大過・災いに遇う前に印鑑を…」「帰る!帰ります!ふざけんなっ」実は俺の名前は、けっこう珍しい。個性的とも言えるが、間違えられたり一発で読んでもらえないサダメの名前だ。でも、それはそれで印象に残りやすいワケで画数が悪かろうが「名力」はある、と実感しているのだ。と、楽観的に開き直るところがどうにもO型ですよね(←気にしているクサイ)
2005年01月13日
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解せないんだよなぁ→韓流ブーム。今年もあの韓流ブームは続くのだろうか。俺にはわかんないんだよなぁ。どーにも。本屋に寄ったら、例のヨン様とかって人の(←剣のある言い方)写真集が売っていた。や、正確には売っていたのかさだかじゃない。ポスターが張り出してあったのを視界の隅にとらえただけで「あー、ハイはい」って勝手に納得して通り過ぎただけなんだけどなんだかなぁ、なのだな。どーして、あんなに大騒ぎしてんだろ。あの「ヨン車」に殺到した人のうち何割かは、少し前までは「ベッカマー」だったんじゃないのか。ひょっとしたら別の何割かは「○ツケンサンバ」のスパンコールにもヤラレてしまっているのではないか。もしかしてもしかして、「ジャニ系」ともカブってるのかもしれない。しかも○ムタクでなく「慎吾ママ」とか。いやいや、それなら「タマちゃん」に群がっていた人達はどうだったのか。まぁ、その。ナニが言いたいかというと、あーやって誰かにお熱を上げて具体的に行動に出る(追っかける)人達ってのは実際にはカブってる人が案外多いんじゃないのかと思ってるわけだ。熱しやすく、冷めやすい。バカにしてるとかじゃなくて「ちょっとぉ、落ち着きなさいよぉ」とも思って。ま、しかしあの人達が『旬のモノには、とりあえず乗っかっておこう』というスタンスでいるのかも知れず、であるならば、そのフットワークの軽さや切り替えの素早さは見上げたモノだと思うし、正直、羨ましい。それにしたって、いちいち盛り上がり過ぎだ。ギター侍だって、俺そんなにというか全然笑えない。申し訳ないが顔も嫌いだ。そもそも観客が「言うんじゃなぁあい?」が出たらまず笑おう、ってスタンバっている状況も気に入らない。今日の日記は全般的にボヤき入ってるけど特に何のエピソードもないまま書き始めちゃったからだ。許されたい。でもね、あの「ハイ、ここ笑うトコですよ」「さぁ、オチが出たから今、笑おう」のお約束っぷりは俺の世代には別の場面で体験済みのデジャブなのだ。アメリカのホームコメディドラマでセリフの合間に入る「笑い声」と同じなのね。実は。笑いは大事。自分の笑いドコロやセンスを磨く努力はもっと大事。やはり簡単に「とりあえず乗っかっちゃ」イケナイのだ。
2005年01月12日
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渋谷に行ってきた。ホントは別の目的で行ったのだが東急で竹久夢路展を開催してることを知り、寄ってみた。夢路は美人画も児童画もみんな好きなのだ。入ってみて驚いたのは、上野の夢路記念館にも劣らないくらいの充実ぶりだ。かなりの作品数で、後半ちょっと疲れてしまったほどだ。でも、満足。俺も好きなことを生業にしてきたけれどやっぱりここまで好きなこと(描きたい絵を描くこと)をやりきったら満足なんだろうなあ、と思う。そのエゴイストっぷりが心地いい。全然違うかもしれないけど、去年上映された『KILL BILL』の監督タランティーノにも言えることだ。「こんなけやったら、あんた満足だよね」って、そう思わせてくれることが、まず大事なんだな、観る側にとって。少なくとも俺はそう。ま。ともかく満足して外に出る。次にタワーレコードに立ち寄ったんだが店内をブラブラしてるうちにDVDコーナーの前に来た。で、どうゆうわけだか店を出たときには10500円が懐から消滅していた。どういうワケだかカバンが重くなっているぞ。何なんだ、この『ラーメンズDVD4枚組BOX仕様』ってのは。夢路展の会場が暖房が効きすぎてて、ボウッとなってしまったのかもしれない。今年初めての散財だ。散財のはずだが内容に満足しているから散財じゃないぞ。ラーメンズは最高だ。まだ一度もライブ公演を見たことはないが言葉への執着がここまで強いと、もはや芸ではなく芸術だ。どれくらい最高かというと、つい竹馬に乗りたくなるほどだ。わかる人だけにわかればいいが俺は「QA」「万引き」が好きかな。そんなわけで、この連休は仕事を持ち帰っていたのだが、なんだかずっとラーメンズしてたりしてその上、こんな日記なんか書いちゃったりして大変なんすから、もう(←やや三平風)
2005年01月10日
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冬の寒さが頭皮を直撃して、寒いというより“痛い”スキンヘッドになって数年目の冬を迎えるが年々、寒さに耐えられなくなってきたのは歳をとったからだろうか。昨日の仕事帰りに、ついに帽子を買った。スキンヘッドの難点のひとつに『髪の毛が伸び始める夜に服を脱ぐと、 頭と服がマジックテープ状態で引っ掛かってしまい、上手く脱げない』 という悲劇がある。夜、風呂に入る時にTシャツを脱ごうとしても頭にTシャツがヘバリついてしまい、やむなく脱衣所でヘッドバンキングをしまくるという事態が発生する。この髪の毛がわずかに伸び始める時間帯のアクシデントには冬期限定の難点もあって、それは『毛糸の帽子が被れない・脱げない・脱いでも頭が毛玉まみれ』なんてコトだったりするのだ。頭に絡みついた毛玉を粘着式のコロコロ・ローラーで巻き取るなんて作業が日課になるのはたまらない。そんなワケで、いわゆる、なんていうんですか?あれ。ハンチングかな。そーゆー帽子を買ったワケだ。いやぁ、あったかい。やはり髪の毛は偉大だ。別に髪の毛はちゃんとあるんだけどね、言い訳めくけども。41歳ですが毛根は今も元気です。世の男性が“茶パツ”に走り出した時に「みんなと一緒は嫌だから、じゃあ、俺は剃っちゃえ」ってのが、そもそもの動機だったのだけど30代前半のうちはソレはソレで“ファッション”“スタイル”として通用したけれど、40代に突入しちゃうと俺を見るまわりの反応が微妙に変化してきた。「それ(スキンヘッド)って、マジ禿げ?」ホントは、そーゆー詮索を避けるためにも帽子をかぶり始めたんじゃないか、なんて思われるのもシャクだ。まことに遺憾である。
2005年01月08日
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夕べは仕事の帰りに新橋と銀座の境辺りにあるとある古びたバーで飲んだ。東京オフィスの所長が「昔、自分が仕事仲間とよく出入りしてたバー」へ連れていってもらったのだった。2階にソファーのあるそのバーはいつから開店してるのか昭和の古きよき時代を感じさせる店内で「フードメニューありますか?」の質問に「焼きそばかソーセージなら」という微妙に嬉しい品ぞろえのお店でありました。2階のソファー席を所長と独占しながら、話題はモッパラ、彼の深刻な相談事ではあったけど店のチョイスのおかげでザックバランな話ができた。「こっちを真っすぐ行けば銀座の晴海通りに出ますから」と、小学生におつかいを頼む時のようにこれでもかというほど丁寧に「帰り方」を教えてくれた。俺が関東圏でもベスト8に進出できるくらいの方向音痴なことを重々承知している彼ならではの丁寧さだ。有り難いアリガタイ。「俺もしっかりしなくちゃな。ちゃんと方向がわかるようにならなくちゃ」なんてことは、ちっとも思わないからこの歳になるまで無敵の方向音痴のままだ。だってどこをどう間違おうが迷おうが、必ずソコは「日本」じゃねえか。と、そう思っちゃうんだもん。自分を正当化するために日本などという最大級の単位を持ち出してくるかお前わ!と、おっしゃるムキもあるだろうが俺は自分を守るためには、何だってするぞ。そんな決意を胸に秘めたまま銀座三越のライオンの頭をポンポンとたたく41歳の冬なのでありました。
2005年01月07日
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いよいよシゴトハジメで、数日ぶりに部下の顔を見る。「どうしてた?」って、話で盛り上がっていたのだが一人からの報告で「新宿のプリンスでノゲイラの弟を見ました」というのが個人的には一番感銘を受けたのだが、わからない人にはわからないだろうから、わかった人だけ「ほほぅ」と感心しなさい。遠恋してる別の部下は「休みの間に彼女がコッチに来ることになってたのに 前日にどたキャンされて、しょうがないからコッチから 向こうに行ったんですけど、ケンカして帰ってきた」らしい。他人ゴトとしては、まことに心温まるエピソードと言わねばなるまい。ざまーみろ。しかし、急に行かないと言い出したり、久しぶりに会ったのにケンカしたり、ってのは本当にそれは『彼女』なのだろうか、と思ったのも事実だ。言わなかったけど、お前が彼女だと思ってる相手は本当に『彼女』なのかと。俺が名古屋にいた頃の話だ。友人数人と集まって酒を飲もうって時に、仲間の一人が彼女とデートだから「ちょっと無理かなあ」などと不思議な理由で断りを入れる男がいた。「ケッ」とは思ったが、まあ、それならそれでいいや、ってコトで彼は『パス1』となった。ところが、お店に入って1時間もした頃に、その彼がやってきた。お前、デートじゃなかったのかよ。「いやぁ、今日はねチョットだけだったんだ」どういうことか。「彼女から電話がってさ。『会いたい』って。 で、迎えに行ったらさ、『デパートまで送ってほしい』って言うから 送って戻ってきたトコ。 早く済んだからコッチに来たの」…。「目を覚ませ」「なんて可哀想なヤツなんだ」「アッシー君ってホントに存在するんだ…」「お前にとっちゃあ彼女でも、向こうにとってお前は『彼氏』じゃないぞ」「本当のデートってなぁ、デパートの中まで一緒に入ることを言うんだ」彼の報告に俄然盛り上がったというかこれもまた大変に心温まる出来事であったと言わねばなるまい。
2005年01月06日
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お香を買ってきた。人生2度目となるが、初めて買ったのは二十代のコトで今となっては記憶が何が何やら状態なので、ほぼオハツと言っていい。ただし前回は、円すい型の、なんだ。そのお灸みたいなアレを香炉…、んと。陶器でできたメッシュな茶壺みたいなのに入れるタイプだったのだが、今回はアジアンなその、やたらに細長いポッキーというか花火というかそーゆーお香で、受ける器も細長くて、こう端っこが上向きになっててそこに穴が…(以下略)描写というか説明が面倒なので省くが、つまりまあ、そういうタイプだ。ここまでの記述で、もう大体つかんでいただけたと思うが俺はお香に関して全然詳しくない。ただ好きってだけだ。あまり甘ったるいのは苦手だけど、ほのかに香る程度なら大歓迎、ってくらいの好きさ加減だな。名古屋時代に通っていたバーは、通りに面した入り口のドアから店内につながる奥のドアまでの薄暗くて細い空間にだけお香が炊いてあった。表のドアを開けた途端に、ふっとお香の匂いが鼻の奥をくすぐると「あぁ、今夜も来たぞ」って気分にさせてくれた。今になってお香を買ったのも、きっとそれがアタマのどこかにソレがあったに違いない。寝る前に布団が敷いてある部屋のコーナーでお香を炊いてみた。部屋の明かりを消して、わずかに流れる音楽とお香の香りで穏やかに眠りにつく…はずであった。グェッホーン!ゲホゲホ。煙くてかなわんぞ。古いマンションの悲しさか、すきま風の通り道がアタマの上にあるらしく、部屋の中の暖まった空気とともにお香の煙が室外に流れ出ているようだ。その空気の通り道の途中に俺の顔があるので煙の束を全部俺が吸い込んでしまってたようだ。あ~あ、せっかく布団の中で身体が温まってきたのにぃ、とボヤきつつ、ゴソゴソとお香を隣の部屋に移す新年の夜なのでありました。
2005年01月05日
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邦題「海の上のピアニスト」をDVDで観た。我が家のDVDにはもうひとつピアニスト物があってご存じ「戦場のピアニスト」だ。そうなると「屋根の上のピアニスト」とか「鴨川沿いのピアニスト」「市役所のピアニスト」などもありそうな勢いだが残念ながらそんな作品はない(はずだ)この2つ、監督も役者も違うワケで決してシリーズ物ではない。配給会社が語呂がいいからって勝手につけたら似てしまったか「参考にした」のだろう。原題は「戦場の…」こそ『THE PIANIST』で邦題に近いが「海の…」に至っては『LEGEND of 1900』であってかすりもしていない。作者的には、こーゆーエエ加減な状況をどう感じてるのだろうと他人事ながら気になる。作家が本を出す時に編集者が考えたタイトルを採用するケースがあるがそれとは違う気がするのだ。俺なら邦題どうするかなぁ。『船とともに去りぬ』(←結局いい加減)「海の…」は、俺のフェイバリット・ムービーである「ニューシネマパラダイス」と同じ監督ジュゼッペ・トルナトーレ、音楽エンニオ・モリコーネのコンビというので手に入れた次第。最近じゃあCG合成技術もハンパじゃないトコまで来てて「お金と手間かけてまっせハリウッドだっせ作品」は食傷気味だ。今年は帰省も取り止めた。何の予定もない三が日をこうして「映画らしい映画」三昧で過ごしている。考えてみればできそうで、できなかったことだ。そういう時間の使い方は41年生きてきて初めてのことだ。それなりに悪くない正月を迎えてる。
2005年01月02日
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