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1960年代の日本TV界は 空前の西部劇ブームでした そのトップを走っていたのが「ララミー牧場」そして「ローハイド」 他にも「拳銃無宿」(スティーブ・マックイーン主演)や「ライフルマン」(チャック・コナーズ主演)さらには「名犬リンチンチン」「ローンレンジャー」「アニーよ銃を取れ」 いやまだまだ沢山あるはずですが すぐには思い出せませんということで小さい頃によく観ていた「ララミー牧場」にチャレンジしてみました この曲 聴いてる分には楽しそうですが 歌いながら弾くとなるとテンポが乱れてしまうことがしばしばで イントロからしてアウフタクト(弱起)っぽいんですがメロディーはノーマルスタートという? うまく表現できませんが 戸惑ってしまい何時間も練習してようやくという作曲は ウイリー爺さん役のホーギー・カーマイケルさん どうしてこういうつくりにしたんですか??と聞いてみたいものですが すでに他界 他に「スターダスト」や「我が心のジョージア」も作曲している有名人で ちょっとヘソ曲がりなところがあるのか? いやそんなこともないと思うけど 慣れるまで苦労しました それでこの程度かい??て言わないで↓↓ ウクレレやってますにほんブログ村
2020.05.28

数あるLow-G弦の中でも アキーラ(Aquila)赤弦はトップクラスの優秀品ですが 機種によって「弦が太いためナット溝に収まらない」ことがあります そこで誰でも簡単にナット溝を加工する方法を考えてみました これはグッドアイデアです 詳しくは下記動画をご覧下さい工具等は 一切使わないのでお金はかかりませんが エレキ弦(スチール弦4~6弦)が必要です 自分は この方法で すでに3本のウクレレを加工し その後どれも良好なのでおすすめします でも削り過ぎには注意して下さいね【MAHALO】ウクレレEUK-200 誰でも簡単に「ナット溝」を加工する方法↓↓ ウクレレやってますにほんブログ村
2020.05.22

今から50年以上前 自分がまだ小っちゃかった頃の話です うちの父ちゃんは婿養子 性格は時に穏やか 時に怒りっぽいというどういうんだか 後で血液型ABと分かって納得 精神が安定しているときはAB 時にA 時にBと変化するらしい ああその通りだなと うちの父ちゃんは左官職人 仕事は真面目だったが新築 改築 棟上げの後は施主宅のもてなしで 浴びるほど飲んできて 同じ話を何度もしゃべった挙句 大いびきかいて茶の間で大の字で寝てしまう人 足はいつも地下足袋を履いているせいか油足で臭かったそんな父ちゃんとの思い出は映画 よく自分を自転車の後ろに乗せて一緒に映画を観に連れていってくれた 町には映画館が5つ いつもは東映館で 憶えているのは大川橋蔵さん(以後敬称略)「新吾十番勝負」や 美空ひばり「べらんめえ芸者」など 片岡千恵蔵の「いれずみ判官」は 日テレ「笑点」で林家木久扇がよく物まねしている「あ~う てめったちゃこの俺を誰だと思ってやがんだ!あ~う」ていうやつ 「七つの顔の男だぜ」も「あるときは多羅尾坂内 あるときは片目の運転手 …」ていう決め台詞があってどちらも上手いし よく似ている♪それから日活館なら小林旭 「ギターを持った渡り鳥」はよく覚えている しかし今から考えると何とも荒唐無稽な作品で 何でギター持って馬に乗って 見知らぬ町でドンパチやって 浅丘ルリ子と出会い恋をして 別れてフェリーに乗ってまた旅に出るのか 西部劇とアクションとロマンスがごちゃ混ぜになっていて あの頃は不思議に思わなかったけど「男はつらいよ」にも通じるところがある きっとあれが男のあこがれであり ロマンなんだと思う こういうの女性には分からないよね 先日NHKTV「あの人に逢いたい」アンコール放送で亡くなった宍戸錠が出演していて この映画について 当時の評論家連中からは大不評だったらしいです それでも一般大衆から支持されて大ヒット!「何とシリーズ8作まで続いたんですよ」と嬉しそうに話していました そう宍戸錠といえば 人差し指を左右に振って「チッチッチッ・・」ていう台詞がオハコでした エースのジョー カッコよかったな ↓↓ ウクレレやってますにほんブログ村↓↓ お気に入りの音楽にほんブログ村↓↓ F,s LOVEにほんブログ村
2020.05.12

栗山監督の「東京で離れて暮らしている母親のことを心配している」という記事を目にして 自分も小さい頃を思い出して詠んでみました ハムとはカンケーないけど試合もないので日本ハム・栗山監督 一人で東京暮らしの母親を心配「なるべく連絡をしている」(5/4 Sponichi Annex)↓↓ F,s LOVEにほんブログ村「母の日」にちなんで遠い昔の話 自分の実家は農業で 野菜は豊富に採れたが 自給自足生活のため肉を買って食べる習慣はなく 唯一 お正月に遠い親戚が泊りでやってくるときだけ夕食にはすき焼きが でも牛ではなく豚肉という しかも一番安いこま切れ なので結構硬かったのを憶えています自分は9月生まれで誕生日になると母親がお祝いにカレーを作ってくれました もちろんケーキなんていうものは贅沢品でバナナでさえ高級果物でしたから カレーが一枚看板で 野菜サラダもなく沢庵と茄子の漬物 味噌汁の具も茄子とじゃが芋ですべて自給自足当然のこと肉など入っておらず 代打は魚肉ソーセージ これが煮ると膨れ上がってじゃが芋と人参を押しのけ まるでヒーローのように しかし火を止めるとすぐにしぼんでしまい 三振前の馬鹿当たりのように鍋の隅っこにひっそりと これを見るのが悲しかった じゃが芋も煮崩れてルーの表面はざらざら 色も黄色がさらに薄くなってしまい これを我が家はカレーと呼んでいました時は流れてあれから数十年 つい1年くらい前のことです とあるスーパーのお総菜コーナーで何と我が家カレーを見つけました! その店はご飯もカレーもセルフ盛りで肉も入ってない いや入っているんだけど もんのすごいちっちゃいやつ カップヌードルの半分くらい? もちろんルーは黄色 まっ黄色 これこそ我が家カレーじゃないか まさかこんなとこで逢えるとはその後も近くを通る時は必ず買うようにしていたんですが 数か月後 セルフからパック詰めに変わり 味も色もちょっと変わってしまいました もうがっかりでした セルフで詰めるあの湯気と香り そしてカレーの色がよかった 小さい頃 母親につくってもらった誕生日のカレーとおんなじ 自分で盛っていたというのもあるんかもしれないけど懐かしかったな 今でも忘れられません
2020.05.04
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