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下田の家を飛び出して天城を越えようとしている健造(伊藤洋一 / 平幹二朗)。彼にとっては これがはじめての旅であり ひどくロマンチックな気分がした。そして様々な人と出会った。その中に一人の女ハナ(田中裕子)がいた。ハナは何故か素足であった。語り合い並んで歩くうちに健造の心の中に母の面影がダブり 甘酸っぱい母への思いが浮かんだ。ハナは美しかった。ところが途中一人の土工(金子研三)と出会うと女は無理矢理に彼と別れ その土工と歩き始めた。何となく気になって引き返してみると草むらの中で情交を重ねている二人の姿を目撃してしまう!!・ 補足しないと分からないかもしれないので・・・ハナが持ち出したマッチ箱を見て すかさず「ください」と言った健造。それを不思議そうに見上げるハナ。これはこの物語の中の重要なアイテムです。このマッチ箱がラストシーンに登場します。そうです 健造はこのハナとの想い出のマッチ箱を肌身離さず ずーっと何十年もの間 大切に持っていたのです。・ここからは蛇足です・・・ハナが歩きながら歌い出した歌は『大利根月夜』(昭和14年 田端義男)。かなりのロングヒットとなったようで少年時代にTVでよく聴きました。ステージに登場するときはいつも薄型のエレアコを胸に抱きかかえるようにして「オーッス!」と観客に向かって挨拶します。それからエレアコは指弾きでイントロを弾いて バックバンドの演奏に合せてコードで弾き語りしてました。今 聴いてもとても懐かしいです。・もう一つ どーでもいいことですが・・・当時は歌を覚えるのに 歌本もありましたが ほとんど耳コピというパターンでした。そのせいか一つ間違って覚えていた箇所がありまして それが かれこれ何十年も経った今になって 発覚しました。それは『大利根月夜』の歌い出しのフレーズ「あれをごらんと指さす方に」を「指さす肩に」とずーっと思いこんでいたことです。発音が同じなので歌っているときは問題ないのですが まさか「肩に」が「方に」だったとは?おそらく同じように間違って覚えてしまった方がおられるかと思いますが 「方に」が正解ですから お気をつけ下さい。ちなみに先日再放送されたNHK版『天城越え』(2025年製作 生田絵梨花 主演)では「恋はやさし野辺の花よ」(1915年 田谷力三)というオペレッタ『ボッカチオ』で歌われたアリアが使われました。こちらのほうはクラッシック音楽といういことで ちょっと格調の高い仕上がりになっています。萩原聖人さんが裸足になって砂浜を歩き出すラストシーンが印象的でした。30年後のハナには若村麻由美さんが演じていましたが 萩原さんが裸足で砂浜を歩き出すシーンは ハナと出会った頃の天城でのシーンを思い出したからなのでしょう。映画版とは対照的にしっとりしたエンディングになっています。・ストーリームーンより家出の途中で偶然出会ったハナと少年は、一時の安らぎを共有します。ハナは少年の汚れなき瞳に救いを見出し、少年はハナの奔放な色香に、自分の中に眠る未知の感情を呼び覚まされました。二人の道中は、一見すると微笑ましい旅路のようにも見えますが、その根底には絶望的なまでの孤独が流れています。少年にとってハナは、厳しい現実から自分を連れ出してくれる「女神」のような存在だったのかもしれません。しかし、この純粋すぎる憧れこそが、後に残酷な歪みを生む原因となります。ハナがふとした瞬間に見せる「女としての生々しさ」が、少年の幼い正義感と独占欲を刺激していくのです。峠の途中で遭遇した浮浪者の男が、ハナを卑しい言葉で罵り、無遠慮に扱う場面があります。この瞬間、少年の心の中にあった「大切なものを汚された」という怒りが爆発します。少年はハナを守りたいという純粋な動機と、自分たちが大切にしていた時間が他者によって穢された屈辱感に耐えられませんでした。大人であればやり過ごせたはずの軽蔑が、少年には耐え難い殺意へと変換されたのです。実はこの心理的な爆発こそが、本作が単なる事件ものではない理由です。加害者の動機が「憎しみ」ではなく「守りたかった」という矛盾した愛情にある点が、この物語の真の悲劇性を高めています。クリックして頂き有難うございます
2026.08.08

ミシュランガイドなら最高位なんだけどねハムはバンクに料理され続けこれでやっとこ三勝目☆☆☆ハム料理 ミシュラン評価に 星三つ小久保シェフのお情けなんかもしれませんがスイープだけは免れましたε=( ̄。 ̄;)フゥ上川畑選手、満塁からの走者一掃のタイムリー二塁打、お見事でした!ハムはこれがなかったんだよね今までめっちゃスッキリしたクリックして頂き有難うございます
2026.08.07
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