2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全3件 (3件中 1-3件目)
1
夏休みを利用して一時帰国し約4週間ほどが経過した。 約2年ぶりの日本。帰国して気づいたこと、感じたことをちょっとあげてみよう。 ・日本のケータイ電話は大きいな。(中国と比較して) ・車は左側通行だから気をつけなくっちゃ。 (右側通行に体が慣れてしまっているので道路を横断する時要注意!) ・やっぱ日本のビールはうまい! (たとえ発泡酒であろうと中国のビールとは比べものにならない) ・渋谷に行ったら、若者の黒いTシャツがやたら目についた。 (夏は、黒が暑いのにねー) ・羽田空港へ行くモノレール、運賃が500円もするの? (ちょっと高すぎじゃない!) ・北海道では本当にアジアからの旅行者が増えたんだー。 (あちこちで見かけます。中国語勉強していて役に立つかも・・・) ・日本の歯科医療技術はやっぱり高い。 (中国では歯を抜くと言われたが抜かずに治療で済んだ) ・ラップのCM、面白い! (あみんの、♪♪わたし待つわー♪ってやつ) ・お笑い系のなんかよく分からない人達がたくさんTVに出ていた。 (レッドカーペットとかいう番組、何なんだアレ?) ・実家で飲んだコープのコーヒー、レギュラーブレンドがうまく感じた。 (中国では毎日まずいコーヒーを飲んでいたのだなー) ・買い物でおつりを渡された時、いちいち偽札か確認しなくても良い。 (当たり前のことですが・・・) ・知り合いが年齢を重ねていた。(彼らの目には私も・・・)
2007/07/31
コメント(4)
そのとき私は上海の地下鉄に乗り込んだところだった。 背後から「ヒロさん」と日本語で声をかけられた。振り向くと日本人らしき男が立っていて、「覚えていますか?シゲです。」と続けて言った。彼の顔に心当たりはないが、シゲさんという私の知り合いは一人しかいない。 今から4年前のネパールでのことだ。 ABCトレッキング(アンナプルナ・ベース・キャンプ)の許可証をもらうためポカラの事務所を訪れたら、ちょうどある日本人もABCトレッキングをするところだった。当初一人でトレッキングする予定だったが、もしものことを考えると二人のほうが心強い。そういうわけで彼とと一緒にアンナプルナ・ベース・キャンプまで一緒に行動を共にしたのだ。その日本人がシゲさんだった。 でも、ここは中国の上海。まさか、あの時の彼が今、目の前に立っているとは・・・。ちょっと当惑気味の私に彼はダメを押すかのように「ネパールのアンナプルナで一緒だった・・・」とさらに加えた。 おお、あの時のシゲさんだったか! しかし、こんなところで再会しようとは全くもって意外。地下鉄の車両の中、立ちながらお互いの近況を報告しあう。私はこれから日本に一時帰国するため上海に寄っており、彼は2週間ほど前からこちら(上海)で働いているとのことだった。 それにしても偶然。海外で、しかも上海の大都会でとは! 長期の海外旅行をしていると、同じ旅行者と再会することがある。それは同じ国であったり、近隣の別の国であったりと・・・。私も同じ旅行者との再会最高記録は確か5回だ。ラオスで最初に会い、ネパールで2回、インドでパキスタンでそれぞれ1回、そして最後は中国でと。 旅行者同士の場合、旅行ルートが同じようであれば、どこか別の観光スポットで再会することも珍しくはない。たとえ別の国であっても。しかし旅行者の立場を離れて、それも観光スポット以外でとなると再会する確立は極めて稀だ。 だから、なおさらシゲさんとの再会には驚いた。どうやら私の容貌が以前と殆ど変わっていなかったので、見たらすぐにピンときたとのこと。その晩に飲む約束をしてその場は別れた。人生って面白いものだ。 話しはちょっと変わるが、私は違う意味の「面白い再会」を経験したことがある。それはネパール、カトマンズでのことだった。 ヴィザを取得するためパキスタン大使館に行き、申請書を提出し待合椅子に腰掛けインタビュー(面接みたいなもの)を待っていたら、二人の日本人カップルがやって来た。その女性の方はラオス北部で会ったA子さん、男性の方はラオス南部で会ったBくんではないか。 私はこの二人とはそれぞれ別の場所で会い、彼らはお互い知らないはずなのに、いつのまにか一緒に旅行をしているというわけ。奇妙だ。というか人生は面白い。 ちなみにこのカップルは帰国後も恋愛を続け、そして昨年、「私たち結婚します」との連絡を受けた。今頃はきっと幸せな家庭を築いているに違いない。
2007/07/12
コメント(4)

夜に開かれるという年に一度の「龍蕎菜節」という祭りを期待しつつ、まずは村長たちと酒を飲み交わす。 2杯、3杯・・・。確か3杯目までは覚えていた。 気がつくと私は村長宅の簡易ベッド(?)に横たわっていた。辺りはもう暗くなっている。家の中には誰もいない様子だ。朦朧とした意識の中で記憶の糸を手繰り寄せる。 そうだ、私は昼間に村長たちと酒を飲んでいたんだ。そういえば、必死で柱にしがみついて体を支えていたような、ふらふらになりながら何とかまっすぐ歩こうとしていたような、そして突然、嘔吐が襲ってきて・・・。 ああ、私は酒を飲んで酔いつぶれてしまったのだ。何たる不覚!それにしてもひどく気分が悪い。何かを考えることすら辛い。今、私に出来ることは、瞼を閉じて、いち早くこの苦しみから逃れることだ。とにかく眠るのだ。 翌朝、苦笑いを浮かべ村長一家に挨拶、そして昨日酔いつぶれてしまったことを詫びた。何ともきまりが悪い。それにしても、私は何のためにここまでやって来たのか?イ族支系白ルオ人の年に一度の「龍蕎菜節」というお祭りを見るためにわざわざ来たというのに・・・。ああ、自分が情けない! 二日酔いの渦の中、後悔の思いにくれている私に村長は、「今日、村の広場で踊りをやるので見ていかないか」と声をかけてくれた。なぜだか知らないが、彼らの踊りが見れるらしい。 ラッキー! そして村長は家の中に設置されている有線放送機器のマイクをつかみ、だみ声で「○○××△△・・・」と私の理解不能な言葉で村人に用件をがなりたてた。後から推測するに、「今日の○○時より広場で踊りをするから、皆、着飾って集まるように」とでも言っていたのかもしれない。 午前10時頃、広場から太鼓の音が聞こえてくるので行ってみると、小中学生の女の子が8人くらい先生のような男の指導のもと踊りの練習していた。傍らには、スピーカーやテーブル、椅子が設置されている。 でも、この踊り、全然民族舞踊なんかじゃない。中国のイベントなんかでよく見かける、なんというか、なんちゃって民族舞踊的な中途半端な代物だ。踊っている彼女達には申し訳ないが、別に見るほどのものでもない。 そうはいってもなにかが起こりそうなのでそれをしばらく見ていると、徐々に村人達が着飾って集まってきた。これは良い機会だと思い、写真を撮り始める。 何枚か撮っていたら、偉そうなある男が近づいてきた。彼は、「お前はどこから来たのか?身分証明書は?ここに何しに来たのか?」というまるで公安の職務質問のような問いを投げかけてきた。 なんか厄介な男だな。そうして彼は「ここで写真を撮ってはいけない。」と言い出した。せっかくのチャンスなのに、それに写真のことは村長は何も言っていなかったはずだが・・・。 どうして? まあ、あれこれ文句を言っても仕方ないので彼の注意に従うことにした。昼過ぎ頃になると何台かの車で十数人くらいの一団がやって来た。村長の息子に彼らのことを聞いてみると、昆明から来た政府の役人ということ。なるほど、彼らの為にこのイベントを設けたというわけだ。 そしてその一団の中から1番偉そうな太った男がマイク片手に何やら話し始め、それが終わると踊りが始まった。 まずは、先ほど練習していた女の子達が民族衣装に着替えて出てきた。それから、村人の三分の一くらいが参加して大きな輪を作り、彼らの民族舞踊を披露した。銅鑼のリズムに合わせ、先頭の2人の老人がゆったりとした動作でちょっと不思議な踊りをする。そして、その後には男達が、次に女達がそれぞれ年齢順のように並んで踊っていく。 この踊りがしばらく続き、その後には最初に踊った女の子達がまた登場。2人が向かい合わせになり、2本の長い竹の棒の両端をそれぞれ左右の手で持ち、リズムに合わせてその竹の棒をを閉じて打ったり開いたりする。これが2組4人いて、その4本の竹の棒の間を他の女の子達が踊って通っていくというもの。なかなか面白い。 最後は木の枝を持った踊り手総出で村のあちこちを練り歩いて終わりとなった。この間、例の役人達はデジカメやビデオでバシバシと村人の踊りを撮っていた。何なんだ一体! 今回は彼ら白ルオ人の「龍蕎菜節」は見ることが出来なかったが、彼らの民族衣装は見れたし、ついでに踊りも見れたから(写真は殆ど撮れなかったが)よしとしようか。 だけど、次回このようなお祭りの時は、村人が差し出す地酒(白酒)には要注意だとつくづく思った。
2007/07/09
コメント(2)
全3件 (3件中 1-3件目)
1