2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全12件 (12件中 1-12件目)
1
BBSに励ましのメッセージをくださった皆様、いつも遊びに来てくださる皆様。新作の童話を楽しみに来てくださった皆様。数日間、日記更新できなくてすみませんでした。うさっささんkuro0703さんクリーンエネルギー伝道師さんkokoroさんまどかさんナイスミドルteruさん皆さん、素敵なメッセージありがとうございました。なんかかなり返事が遅れてすみませんでした。私事ですが、クリスマスくらいからかなり慌ただしかったので、なかなか精神を集中して文章ができなくなってしまってたのです。( ̄(エ) ̄;)「言葉」と言うものはおそらく、飼っているペットみたいなものでしょう。きちんと心で育てれば、素晴らしい芸も覚えます、あるいは飼い主の生活が乱れたら、「言葉」自体も乱れるものです。私は、年末にかけてかなり自分勝手に生きすぎてしまい。 皆さんに返事も出来ませんでした。 すみませんでした。m(__)mと、気づいてみれば、今年も今日まででは無いですか。せてめ今日くらいは私もきちんとなりましょう。今日(大晦日)も、明日から始まる新しい年も皆様にとって素晴らしい日々になりますように心からお祈りいたします。本年、皆様と出会えた事を心から感謝しています。(*´▽`*)ルイジ貴方にとっての今日が、貴方の一生においても素晴らしい思い出の一日になりますように。
2003年12月31日
コメント(4)
今日はもうすぐクリスマスイブ今晩は丸一日、パソコンの前で、童話創作ライブをやっています。書きあがった作品の発表は順時、この日記で更新を行います。現在、papaさんに贈った作品「papaさんの素敵なレストラン」と私のライフワークとも言える超大作聖書的童話「SOULLINK」の発表をしています。お時間がある方は、読んでくださると嬉しいです。ルイジ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。今年のクリスマスが貴方にとって素晴らしい思い出の日になりますように
2003年12月23日
コメント(2)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。「Papaさんの素敵なレストラン」。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。むかしむかしある街に、ゆうちゃんという女の子がいました。ゆうちゃんは、とても優しい子でしたので喧嘩をしてる人達を見るのが大嫌いです。学校でも、街でも、最近は喧嘩が絶えません。隣の国とも戦争が起きそうな世の中です。だから、いつもゆうちゃんは、どうしたらみんなが仲良くなれるのかそればっかり考えてました。学校でも先生に聞きましたし、お父さんやお母さんにも二人のお姉さんにも聞きました。けど、みんなは困った顔して、首を傾げるばかりでゆうちゃんがちゃんと納得する説明をしてくれる人は一人もいませんでした。今日も、街で、学校でもいろんなひとたちが喧嘩しています。テレビでは隣の国といつ戦争が始まるかもわからないとアナウンサーが哀しそうな表情です。ゆうちゃんは今日も食卓で哀しい顔してそんなニュースを見ていました。それに気づいたお母さんが、「そうね。Papa叔父さんなら良い知恵を貸してくれるかも知れないわね。」と、微笑みました。papa叔父さんは、ママのお兄さんです。村はずれに小さいながらも素敵なレストランを開いている。ちょっと変わってる人です。新聞は何種類も毎日読んで、外国語で書かれた本や、いろんな人の伝記や、ありとあらゆる雑誌がそのレストランの壁には書斎のように並べられてます。それを暇な時間には読んで、時にはお店に訪れるいろんな人たちの世間話をニコニコ聞いてスクラップしてはたくさんの人に読んでもらおうと自分の新聞を刷ったりしている変わったレストランのマスターです。ゆうちゃんは、papaさんにどうしたらみんなが喧嘩をしないようになるかを聞きに行くことにしました。けど、ほんとうは人見知りのゆうちゃんはなかなかその質問をPapa叔父さんに聞く事ができませんでした。それというのも、そのお店はあまりにも綺麗なお店ですし、Papa叔父さんはいつも忙しそうに一人でいろんな料理を魔法みたいに作っていますしその顔があまりにも真剣なので怖かったのです。だから、最初はお店の中に入るのもためらわれるくらいでした。でも、お店の混雑が一段落して、休憩時間の札が立つとpapa叔父さんの優しそうな表情がゆうちゃんを勇気付けました。そんな風にして、ゆうちゃんはPapa叔父さんのお店に通うようになったのです。もちろん、人見知りのゆうちゃんは、なかなか、「みんなが喧嘩をするのをやめさせる方法」をPapa叔父さんに聞き出せません。だから、ぽつんと、カウンターの横ですごく美味しくて素敵な香りのブレンドコーヒーを一杯だけいつも頼んで、Papa叔父さんが作ってる美味しそうな魔法の料理を眺めて、Papaさんの方から話し掛けてくれるのを毎日待ちました。そして、思いました。『ここで出される料理は本当に美味しいんだ。』美味しそうな匂いだけじゃなく、料理の盛り付けも、その食器もすごく洒落ている。それらはそんなに高そうじゃないけれど、とても落ち着きがあって素朴な感じだ。それに、ここは確かに町外れだけどお店の中だけは信じられないくらい静かで上品な人たちが多い事に、ゆうちゃんは気づきました。でも、上品とは言っても普通の人たちです。怒った顔して、不機嫌そうな顔をした頑固そうなおじいさんもいますし。りゅうまちで腰が痛くて痛くてちゃんと歩けないおばあさんもいますし本を抱えるようにして歩いてくる疲れた苦学生もいつもふられて来るのか、ハンカチで涙を拭きながらやってくるちょっと太ったお姉さんもやってきます。でも、どのお客さんもpapaさんの作った料理を食べると不思議なことに満面の笑顔になります。おじいさんは微笑み、隣の席のおばあさんに話しかけます。おばあさんはリュウマチが痛かったことさえも忘れていろんなお話を始めます。そんなおばあさんのお話がとても明るくてためになることばかりですので苦学生も本から目を離して、聞き入ります。さっきまで涙を浮かべてたお姉さんも、いつのまにか陽気に笑って苦学生を励ましたりしています。そんな風にpapaさんのレストランはいつも不思議で静かな空気が流れています。それはおだやかで、静かな、やさしい音楽のようでたくさんの料理とコーヒーの香りがハーモニーのように流れるのです。そしていつのまにか、どんなひとも笑顔になって、たくさんの人が仲良しになる不思議なレストランです。『きっとpapaさんは魔法使いなんだ。』そう思った、ゆうちゃんはいつのまにか、自然にPapaさんに聞くことが出来たのですでも、勇気が無いから、ちょっとだけ、ポツリと…。「どうしたら、そんな素敵な料理が作れるの?」その時、papaさんは本当にやさしそうな笑顔で答えました。「やっと、話し掛けてくれたね。ありがとう。」「ゆうちゃんだね。ママは元気そうだね。昨日も電話があったよ」ゆうちゃんは、恥ずかしくて耳まで真っ赤になりました。「で、どうしたら、そんあに素敵な料理が作れるのですか?」緊張しましたが、ゆうちゃんは、もういちどこんどは、papaさんにもはっきりと聞き取れるようにちゃんと聞きました。「うーん、それは、自分が一番美味しいと思うものを食べてもらう人に本当に喜んでもらうために“贈る気持ち”で作るからだよ。」「贈るきもち?」「ああ、そうだよ。 でもね、ゆうちゃん。 料理にとって大事なのは、それ以外にもたくさんあるんだ。」「それはなあに?」「ふふふ。たくさんあるんだよ、 もちろん基本はさっき言ったとおりだけどね」「たくさんって、困ったな。 あたし、あんまり頭がよくないから」「よく考えてごらん。これは宿題にしておくよ。 もし本当に正しい答えだったら…、 そうだな ゆうちゃんが好きな料理をひとつ、プレゼントするよ」 ゆうちゃんは、とってもおなかがすいていたので そりゃあ、食べたかったのですが、 でも間違えたらお金を払わなくちゃいけないでしょうし ゆうちゃんはまだ中学生でしたから お小遣いもそんなに無いですし 一生懸命考えました。 でもわからないのです。「料理の材料がいいのかな?」ポツリと言いました。「うん、正解だよ。 でもそれじゃあ、50点だね。 どんな風にいいと思うかな?」「うーん。魔法が入ってるの?」「ははは。たしかに魔法かもしれないね。 僕は思うんだよ。 この世で本当の魔法は人が作ったものじゃないんだ。 神様が作った魔法だよ。 たしかに、料理の基本は素材が大事なんだ。 新鮮で、自然で、農薬みたいな害も無く、 だけどそれ以上に大事なのは…」「なあに?」「そうだね、この問題は宿題にしておくね。 ゆうちゃんは今日はがんばったから、プリンをあげよう。」それはそれは素敵な美味しい味のプリンでした。ほっぺたなんか落っこちそうでした。ゆうちゃんは、なんとかしてそのプリンの作りかたを教えてもらいたかったのですが、その前に宿題を答えないと教えてくれないとやさしそうな笑顔で言われました。だから、ゆうちゃんは家に帰ってお姉さんや、お母さんに聞きました。そして、こんどはそんなにむずかしい質問じゃなかったからなのかみんなも美味しい料理をただで食べられる事を知ったから興味が湧いたのかわかりませんが、いろんな答えをやさしく教えてくれたので、ゆうちゃんはたくさんのメモを持って、また次の日も、papaさんのレストランに行ったのです。「ねえ、みて、Papaさん。 こんなにいっぱい いろんな答えを見つけたよ。」 そうしたら、不思議な事に papaさんは今日はあまり機嫌がよくありません。 困ったゆうちゃんはいったいどうしてなのか聞きました。「だめだよ、ゆうちゃん。 誰かの考えを鵜呑みにしただけじゃ。 たくさんの人の言うことを聞いて 勉強をすることはいいことだよ。 でもね、ゆうちゃん。 それよりも、もっと大事なことがあるんだ。」 そして、それが本当の“答え”なんだよ。」 すこし厳しそうに、papa叔父さんは ゆうちゃんを見つめます。 ゆうちゃんは、自分で考えることを papaさんにその時初めて教わったのです。 そして、ゆうちゃんは宿題の答えを今、自分で考えました。「料理の基本は「贈る」ことだって papa叔父さんは言ったよね。 素材も大事、新鮮なのや、自然なのや、害が無いもの 大事。 でもそれ以上に大事なのがあるとしたら…」「あたしは、やっぱり“基本”だと思うの。 お客さんの好みに合わせて作ること 料理の材料同志の相性も考えて作ること。 出す順番も考える事。 どんな小さな事もそれぞれに思いやりを持って考える事。 それが本当の贈り物。」「うん、さすがだね。ゆうちゃん。 満点をあげたいくらいだよ。 でもね、もう少しで、満点で、 あともうひとつ大事なことがあるんだよ。」「あっ…」「そう、昨日からゆうちゃんがやってきたことだよ」そして、今、ゆっちゃんがやったことだよ。」「えっ?。 じぶんで…。考えること…?」「そうだよ、それでこそ“本当の贈り物”なんだ。」ゆうちゃんの瞳から、いつの間にか綺麗な涙が流れました。それは、ずっと、ゆうちゃんが探していた一番大事な答えだったと、ゆうちゃんの心が震えたからです。「自分で考える事…。」「そうだよ。“贈る気持ち”を忘れないで、自分で考える事なんだ。 ゆうちゃんがここにいろんなことを聞きに来た本当の理由は 叔父さんはよく知ってるよ。 もし、みんながゆうちゃんみたいになったら、 街でも学校でも、国同志だって、喧嘩なんか起きないんだよ。 みんなが、誰かを思いやって、 自分自身で何が正しいか間違ってるか考えて 贈り物を作れる気持ちになったら…。 そして本当にそれを少しずつできたら この世に争いなんか起きやしないんだ。」 そして静かに、魔法みたいに ゆうちゃんの前には、 ゆうちゃんが前から食べたかった PAPA叔父さんの腕を振るった特製ランチが出されました。「さあ、明日はクリスマスだよ。 お店は忙しくなる。 ゆうちゃんが手伝ってくれたら嬉しいよ。」papa叔父さんが微笑みました。空からは静かな冬の魔法が舞い降りてきます。今年は素敵なクリスマスになりそうです。【おしまい】。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。この作品は、キリ番を踏んでくださった「papa1311」さんに贈ります。http://plaza.rakuten.co.jp/papa1311/ いつも遊びに来てくださって本当にありがとうございます。皆様にとって今年はとても素敵なクリスマスでありますように♪ ルイジ
2003年12月22日
コメント(3)
今年もあっという間に時間が過ぎてしまって残る所、あと2週間。この間に、自分はいったい何ができるのか?はあ…。慌てても、何もできない。焦っても、空回りする。思考しても、深いところには辿りつけず。。。。。。。。。。。冷静に、今、自分が何を持っているのかを確認する。大したものは無い。中古のパソコンと、古本屋に売っぱらっても二束三文にしかならない汚れた本や、ビデオテープくらいだ。頭の中身はどうだろうか?妄想はいくらでもある。ただ、現実的だとは言えない。原稿に変えても、今の小学生だって疑うような事ばかりだ。世界平和の想いは?最近、実際に最前線に体ごと、そこにいる人に自分が何を言っても、「偽善的」だと思う。かといって、自分がイラクにいけるかというと金も無く、情けない自分が現実にいる。机上の空論でなく、現実に、何かを変えていくということはいったいどういうことなのだろうか?結局、今年も、あと、一週間でクリスマスだ。私は、HPに来てくれた人に約束した、7つの童話だけは書き上げようと思う。今の自分にはそんなことくらいしかできない。ただ、それで、せめて私が信じている、倫理と、生きていくために大切な事はその中に込めようと思う。それしか、今の自分にはできそうに無いし【童話と言う形で、ラブレターを書く事。】もしかしたら、私の生涯はそんなことぐらいでしか、世界になにか貢献できる事は無いのかもしれない。でも、だからこそ。それだけは、きちんとしようと思う。今年くらいは、ちゃんとしたサンタクロースになろうと思う。ルイジ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。というわけで。しばらく、童話の原稿、書く事に集中します。m(__)m
2003年12月18日
コメント(6)
エッジ創作論です。今回は、ちょっと不思議な話をしましょう。作品を描けるときと、描けない時の違いです。私の場合、自分の事で頭がいっぱいになっていると書けません。だからと言って、誰かの事を思っていれば書けるのかと言うとちょっと違います。スタンスとしては、「自分の事はとりあえずどうでもいいや」と思いながら、「今、今日、この時、誰かに大切な事を伝えられたら。」と思えている時がBESTであるような気がします。しかし、言葉や概念で、その表面的な感情になっても作品は書けません。心の底から、当たり前のようにそうなっている状態の時にこそ本当に書けるのです。私はそうなっている時の自分が好きです。もちろん、その「感覚」の状態は求めてなれるものじゃなくたくさんの自己啓発文を読み直したり、書き直したりしてなれるものでもないので、とても不思議です。やはり、心の波と言うものは、内側から作ったものでなかったら大したもんじゃないのかもしれません。外側から、無理やり、形にはめようとして作った波は所詮、偽者なのかもしれません。と言う意味でも、人が書いた良い文章と言うものはどれも、ライブ的なものである可能性が高いです。さて、では人が生きると言う事はどういうことでしょうか?私は多分、自分と共に生きることだと思います。多くの人が、自分と言うものをないがしろにしてるように思います。わからない事があったら、本を読んだり友達や先生に聞いたり、時にはふて寝したり( ̄(エ) ̄;)ゲームや、遊びや、お酒に逃げたり…。でも本当に、自分と向き合って生きれば多分、自分はいろんな事を自分なりにその時その時自分の心で考えることができるし、自分なりの言葉でそれを表現できればひとつの作品だって生まれるはずなのです。だって貴方自身は、今まで、生きてきたのですから。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生の中で大切な宝物になるようなくらい素晴らしい日でありますようにルイジ
2003年12月17日
コメント(0)
ここのところ個人的に色々忙しくなってきまして日記の更新が遅くなってしまって申し訳ありません。まあ、私はどこからどう斬っても、アホなくらい平和主義者だと自分では思っていますがそれでも時に愚かな事もします。頭にくる事があったら怒鳴ってしまいますし、自分の大切にしている人や、家族や、友人が不条理に意味も無く暴力にさらされてしまったらその相手を憎んだりする事もあります。もちろん、それが完全なる平和主義者として間違っていると言う事は、後になって反省したりしますがもしかしたら、完全なる平和主義者などというものはこの地球上にひとりも存在できないのかもしれません。例えば、4本足の動物なら食べていいとか魚なら食べていいとか、植物なら食べていいとか、一体、誰が決めたのでしょうか?それらの種族にしてみれば、人間は脅威です。ぜんぜん、平和じゃあありません。結局、人は、自分の都合のいいように、その時々の自分の行動を、正当化する言葉を駆使して安心してるだけなのかもしれません。(もちろん、それは私も含めてです。)しかし、それを踏まえてもやっぱり、あきらかに間違っていると言う行動を、たとえ総理大臣だろうと決定する事には、腹が立ちます。最近、あるMLで私は以下のような発言をしました。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。私は、自衛隊派遣(派兵)には、徹底的に反対です。ご存知の通り、署名もしました。理由は、説明するまでもありませんが、日本はこのままいくと強大な軍事国家になりかねません。現在でさえ、世界第2位の防衛費(軍事予算)を使ってます。とんでもない話です。核兵器の被害を体験し、敗戦を契機にみんながむしゃらに夜も寝ないで、学んで働いて来た結果がこれですか?かなり腹が立ってます。もちろん、私のようなアホがひとり怒ってもどうなるものではない事も知ってますが日本が世界平和のシンボル的国家を目指さなくて一体どの国が、それをできるのでしょうか?と、皆様に聞きたいです。小泉の馬鹿野郎にも聞きたいです。今回の派遣(派兵?)は現イラク内での反米テロを抑えるものだと思いますが「武力による威嚇又は武力の行使が目的ではない。」とこちらが言ったって向こうから見たら、そう受け取られたってしかたがありません。それに自衛隊員は、1発で戦車ひとつぶっ壊せる小型バズーカ砲をそれぞれ標準装備で行くのですから「威嚇じゃない」と言ったって聞いてくれるはずがありません。これでイラク人を一人でも自衛隊員が殺したら、これからは、日本国内でのテロの被害もありえるでしょう。とんでもない話です。日本がやるべき事は、もっと遠くを見つめて、もっと自分たちの足場も見なくてはいけないのだと思います。それが、本当に皆が傷つけあわない世界を創る道だと思います。というわけで、せめて、その方向性を示すべくそろそろ私は活動を本格的に始めなくてはならないようです。これから忙しくなりそうなので大変ですが、まあ、これも自分が生まれてきた使命のようなものだと思いますし。ルイジ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。と言うような内容です。しかし、世の中はやはり、お金で動いています。ここまで来てしまった以上、私も覚悟をしてやらなくちゃならないことをやらなくちゃならないのかもしれません。それは、本文中にも書きましたが「人々が本当に傷つけ合わない世界を創る方向性の提示」です。結局、私ができる事はたったひとつだとも思います。そして、そのひとつ以外、私には想像もできません。基本的には「ひとりでも多くの人たちが他者に、 その人が本当に幸せに、笑顔になれるように ラブレターを書く事です」私は、それ以外には方法は無いとさえ思います。もしそれがみんなでできたら、友人に刃をむけることなんかできなくなるはずです。下手したら、地球上に住むありとあらゆる生き物に対してさえも慈愛の心を持てて、新しい世界を創る道も見つかるかもしれません。というわけで、私は、これから、がんばります。私の出来る限りの事は、これからここでも発表していきたいと思います。ルイジ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生においてとても素晴らしい日でありますように
2003年12月14日
コメント(3)
おはようございます。皆様。今日もエッジランナーズに遊びに来て下さってありがとうございます。今日は「エッジ創作論・6」です。(5)は、走り書きになってしまったので後で修正しておきますね。今日のテーマは「どんな時に人は自分の過ちに気づくか?」です。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。えーと、結局の所、この世の中の多くのトラブルの最大の原因は「いたらなさ」にあると思います。思慮のいたらなさ思いやりのいたらなさ研究のいたらなさ熟考のいたらなさ行動のいたらなさつまるところ、どんなこともきちんと行動する前にきちんと考えてする事が理想であると言えます。それも、一方向から考えるのでなく多角的に考えて、よりBESTなラインで物事がトラぶらないように正確に行動する事が大事だと言えるでしょう。なんか、こんな風に書くと、「おい。急にクソ真面目になっちゃって大丈夫かよ!」などと、突っ込み入れられそうなのでまさに、私らしくないので、その通りだと思いますがまあ、現在自動書記状態なのでご勘弁を(^^ゞ。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、「いたらなさ」を極限まで無くす事ができてBESTな行動ができたとします。しかしそれでも、やはり、いたらなさは存在してしまうのです。いかなる行動でさえも…。なんでかと言うと、いかなる行動もボタンを押す行為である事には変わりはありませんし、ひとつの行動が全人類の、全生命体の良い方向性に行く事などはありえないという可能性があるからです。つまり、Aという行動をすると、Bという結果が起きるがその結果、誰かにとってのプラスと、誰かにとってのマイナスが発生するのがこの世の中の仕組みと言うか、宇宙の法則のような感じだからです。じゃあ、何もしない方がいいのか?いえ、そういう意味じゃあありません。「“何もしない”というのも、 “何もしない”ということをしている。」と言う事になりますから、結局は誰かのなにかの行動に加担していると言うわけです。さて、そうなってしまうのなら貴方の人生貴方なりに正しいと思う事をしなければ、結局貴方の人生は誰かに利用されるだけの、とてもさみしいものになるでしょう。だから、まあ、ある意味では気楽にもちろん、できる限り、「至らなさ」を無くすような方向性でいろんな行動を少しずつ行うべきなのかもしれません。さて、そうなってきますと、このエッジ創作論らしく今日のテーマでもある「至らなさ」を解消する提案をするひとつの例題的物語を今から即興で書いて見ましょう。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。「天使のイタラナくん」僕の名前はイタラナ君。いかなることにもイタラナさを無くすために神様が創った天使だよん。とはいうものの、僕はな~んにもできないんだ。だって、どんなに僕があーだこーだとお説教言ったってみんな、無視して、結局、へんてこりんなことばっかりやっちゃうんだ。お金がすぐに欲しい人は高利貸しのところに借りに行ったりギャンブルなんかに走ったり恋人がすぐに欲しい人は、何も考えてないかのようにナンパしまくったり、出会い系サイトにはまったりおなかがすいた人は、自分の体のことも、時間もきにしないで食べまくってでぶちんになったり、グルメに走ったり洋服欲しい人は、かっこばっかり気にして、自分の知性に磨きをかけようなんて事はわっすれてますし大金をかけて新しい家を欲しい人なんかは、自分が今住んでる空間をどうすればもっと住み心地のいいものにできるかの考えを無くしてたり~。でも、そんなことは、別段、構わないのです。神様が言いました。「イタラナよ。 おまえは天使であるが故に、たったひとつの 魔法を授けよう。 その魔法は、まったくの「無力」じゃ。 おまえが、誰かにアドバイスしようとしても だれも耳を貸さないという魔法じゃ」そう、だから僕はただ、みんなを見つめるだけしかできない。でも、それでいいんだ。みんな、なんども、いろいろ失敗すればいいんだ。そうしてそこから、何かを、自分なりに学べばいいんだ。失敗したら、また、やり直せば良い。その時、その人は、本当に素敵に輝くんだから…。ほら、あそこでも、今、自殺しそうなくらいに自分が嫌いになった男の子がまた、立ち上がった。今度は、何をするのかな…あはは…あいかわらず、間抜けな事考えてるねイタラナイ事だらけだよ。でも、素敵だね。きっと、また、失敗するんだね。だけど、また、君はいつか、今日みたいに立ち上がるんだね。僕は、君みたいに生きたいよ。僕も、人間になりたいよ。君みたいに、笑顔で輝きたいよ。(おしまい)。。。。。。。。。。。。。。。。さて、今回の童話は、少し意地悪なものでしたがいかがでしょうか?そうですね。もしかしたら、深く考える事以上に大事な事があるかもしれないなあ…。と、今、この小さな物語を書き終わって、思います。結局、今、今日、自分が正しいと思う事をやる以外、人は何もできやしないのです。でも、やりたくも無い事を、いやいややるより、誰かに言われたから、ロボットみたいに生きるより本当に大事なのは、自分らしく、自分が今、今日信じている、正しいと思う事を自分の体を動かしてやる事なのかもしれません。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生においてとても素晴らしい日でありますように。ルイジ
2003年12月09日
コメント(4)
おはようございます。皆様。今日は哲学系のMLでいつも大変お世話になっているさいとうさんが、BBSに素敵な書き込みをしてくださったので、皆様にその内容を紹介すると共に、その返事を私なりの形でここに表現できたらと思います。以下が、さいとうさんの書かれたものです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。なぜ人は罪を犯してしまうのか。なぜ神はそのような自由を与えたのか。最近、友達から衝撃的な言葉を聞きました。神が人にさせようとしているのは「失敗と後悔」。そして「心からの悔い改め」であると。ガーン!しかし、さいとうの直感的理解においてもこれは正しい。ああ、これが「大悲に満ちた愛」なのね。(’-’*)。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。と言うような内容でした。大変ありがとうございました。さいとうさん。実は、私のこの「エッジランナーズ」は、そんな思いで立ち上げたHPです。『人はいったいどんな時に、本当に生きる事ができ始めるのか?』それを考えた時、なんと…。「失敗した時、 死にたくなるくらい自分が嫌いになった時、 そして、心の底から後悔して、そこから生きようとした時」だったのでした。そして、その事をわかっていながら私は何度も同じような失敗をしてしまいます。と言うより、そういう愚かな時は上記の大事な事を忘れてしまって行動してしまっているわけです。まったくもって、しょうがないと言うかアホと言うか、我が事ながら、あきれ返ります。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、今回の、タイトルで、「北斗の拳」という漫画の究極奥義のタイトルをつけたのにも理由があります。この作品を読んだことがない方もいると思いますので簡単に説明しますが、主人公のケンシロウは、世紀末の覇者を目指す長兄「ラオウ」との戦いにおいて、この北斗2000年の歴史でも誰も体得しなかった究極の奥義を使う事によって、今まで、全然勝機を見出せなかった拳王(ラオウ)に対してさえ、ケンシロウは優勢に闘う事ができるようになるシーンがあるのです。その「北斗神拳・究極奥義無想転生」こそが実は、今回、さいとうさんが言われた事とそっくりなのですね。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。某・アニメ研究サイトからの引用となりますが「哀しみ、怒り、愛。 それらが北斗の男達を変えていく。北斗神拳究極奥義 無想転生は、それらの要素が入り組んで初めて体得できると言っても過言ではない。長き2000年の歴史がある北斗神拳といえど、この奥義を会得した者はまだひとりとしていない。この世の最強のものは無。 その無より転じて生を拾う。哀しみを背負った人間だけが成しうる。」という感じですし、私なりに、さらに付け加えるならば「真の哀しみを知ったものでなければ 真の思いやりを持つ事はできず。 真の思いやりを持つ事が出来た者であるならば ありとあらゆるものが見えて当然」と言う事にもなります。なんか、漫画の話と現実の話を混同してると笑われそうですがまあ、超ベストセラーになった漫画には、かなり凄いことが、名シーンにこっそり、しっかり、ちゃ~んと書かれてることも多いのだということを皆様にも知ってもらいたく、ここでちょっといたずら書きしたくなったもので(^^ゞ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、私はといえば、少々、また自己嫌悪になるくらい馬鹿やっていたような気がしてますのでとても、今、心は哀しみに満ち溢れています。というわけで、そろそろ、再び「北斗神拳・無想転生モード」に切り替わるかもしれません。そうなってくると、あまり、返事なども書けなくなって創作活動のほうに行ってしまうかもしれませんが、皆様のメールは毎日きちんと目を通すようにいたしますので、多少返事が遅れてもご心配なさらないでください。というわけで、「ルイジ、行きまぁーす!」ヽ(`△´)/グオオオオオオオオオオオオオオオッツ。ガンダム発進!。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日がいつか人生を振り返った時にとても素晴らしい宝物のような一日でありますように。
2003年12月08日
コメント(0)
今日はエッジランナーズ大忘年会です。急遽、参加したい方はこちらの携帯メールアドレスまでご連絡ください。bluerose21@ezweb.ne.jp。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。予定していた、エッジ創作論5は、あまり時間が無いのでざーっっと、今、書きますね。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。えーと、基本のいちばん簡単なのは「自分の失敗したことを、我が子には体験させたくない」「自分が壁にぶち当たった時に、乗り越えられた時の知恵と 勇気を伝えたい」「自分が本当に大切だと思う事を、心からわかるように伝えたい」と言うような感じです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。たとえば、約束を守れなかったことで大切な友人を無くしてしまった辛い思い出があったら、その時の思い出を描くのです。そして、それを後悔したなら、どうやってそれから、その問題を解決できるのかを考えるのです。昔自分ではできなかった事でもいまの自分なら、アドバイスくらいは考えられるはずです。もちろん、後悔先に立たず。覆水盆に帰らず。という諺もありますように、一度失ってしまったものをとり返すのは、そう簡単にできるものではありませんね。そこで、ラブレター(作品)を書く意味もできるのです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。一度してしまった失敗、それを本当に心の底から後悔した者を描けてそれからの前向きな行動をきちんと描ければきっと素敵な物語になります。人は、若いうちは何度も同じような失敗をします。それは、当たり前の事でもあります。そんなときに、手にとった一冊の本にそんな人に勇気贈るような知恵がしたためられていたらきっと、素敵なことになるような気がします。私はそんな物語を読みたいです。そして、世の中のありとあらゆる本屋で探しても無かったら自分で書けばいいのです。最初の読者は貴方自身です。多分、その物語は必然的に生まれるでしょう。なぜならば、貴方自身が今、その物語を読みたいのだから心から読みたいのだから。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生の中で最も素晴らしい日々の中の一日でありますようにルイジ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
2003年12月06日
コメント(2)
おはようございます。今日は、現在連載中のエッジ創作論の第4回目になります。実際、このコーナーで書かないといけないことはそりゃあ、山ほどありますので、実はいったいどこから話して良いのか悩んでしまうというのが本音です。とは言うものの、基本的に言わないといけないことはただひとつだけでして、それは、やはり我が子に、素晴らしい人生を送ってもらうようにするが為のメッセージをしたためたラブレターを書くこと以外に他なりません。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。というわけで、今日は倫理学と言うものを少し考えてみましょう。倫理とは一体どんなものでしょうか?簡単に言ってしまうと、やってはいけない事を認識する学問。と言う感じでしょうか。歴史的には、ギリシャの哲学くらい古いと聞きます。哲学とは「知を愛する」という語源から生まれた学問ですし宗教との最大の違いは、信ずる事以上に、自ら思考して学んでいこうとする世界観であると言う感じです。倫理学は、ほぼそれらの中間に存在するような気もします。というのも、倫理的な感覚で問題を思考する場合、現代までの歴史から学んできた人類の体験がベースとなっている事も多く、その歴史的な知恵が、社会をより円滑に、諍い無く動かすために必要だと言う理由で、かなり構築されてきた観があるからです。例えば、オーソドックスにはこんなものがありますね。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。人からものを盗んではいけない。人を殺してはいけない。人に迷惑をかけてはいけない。戦争をしてはいけない。嘘をついてはいけない。年上の人を敬うべきである。怪我や病気をしてる人には面倒を見るべきである。約束を破ってはいけない。嘘をついてはいけない。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。どれも、大昔から、親から子供に伝えてきた当たり前の大事な事です。しかし、そんな倫理的だと言われる事も歴史の上で何回も、何百回も、何千、何万回も、みんな間違って失敗して、同じような間違いを繰り返して人の歴史は繰り返されてきたような気がします。戦争はいつも地球上のどこかで起きたり、起きそうになったりしてますし、犯罪もなくなりませんし、皆、自分の事で精一杯で他者に対する思いやりをもてないことのほうが多いからです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。だからと言って、その倫理的な、道徳的な事を親から子に伝えていく事をやめてしまって良い訳ではありませんし、それらの手法も、改善&改良されていかなくてはならないのだとも思います。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。「エッジ的創作論」においては、その事を考えていくと共に、本当にこれからの時代を生きていく上で大事な事を、哲学的にも考慮して、それをこめることによって楽しみながらラブレターを描く事はできないか?に挑戦をします。明日からは、その例題的な作品をここで書きながら作り方の具体例を発表したいと思います。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生の中で、とっても素晴らしい日になりますようにルイジ
2003年12月05日
コメント(2)
こんにちわ、今日も遊びに来てくれてありがとうございます。今日は、エッジ創作論の番外編になりますが私の理想とする人間像を考察すると共にひとつの古典的名作の紹介をしたいと思います。その作品と言うのは皆様も一度や二度は誰で聞いた事があると思いますが、正確な内容は忘れたと言う方も多いと思いますが「鰯の頭も信心から」というお話です。その内容は、まず、こちらのインターネットで読める絵本コーナーをお読みください。http://www.mahoroba.ne.jp/~nda/KAMI/IWA/iwa.html <進む>をクリックしていけば、どんどん次のページにジャンプできるし短いセンテンスで文章がまとめられていて大変読みやすいので、3分もあれば読みあがるでしょう。内容も、起承転結、落ちと、4拍子揃ってますので大変素晴らしいです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、読み終わった方達にこれからお話をしたいと思うのですが、信仰とはいかなるものでしょうか?私は、究極平和理想論において、いかなる宗教も認めておりますし人が真剣に信仰をしているそれぞれの宗教や信仰に対して、他者が文句を言えるものではないと、信じてもいます。もちろん、言うまでもなく他者に迷惑をかけるような教え、危険思想などを、妄信的に教え信じてさせようとしている団体と言うのは困りものなので、その部分はその団体に改善を提案しますが、人は、何かを信じてその人生が素晴らしいものになるのであればたとえ、畑から掘り起こした木の枝であろうと鰯の頭だろうと、ご本尊はなんだって良いとさえ思います。ここで、大事なのは、このおとぎ話のテーマでもあるなにかを信仰する事の大事さと、誠実に着実に生きる人の強さでしょう。さらに、信仰する何かを持っていれば、人は物事に対する考え方をきちんとする事が出来るし、してはいけないこと、なさねばならないことなどが、自然に自からの心の声から聴こえてくるのかもしれません。とここまで、私の理想を語ったわけですが私は、誰かが教えている神様を信じているわけではありませんしキリスト教でも、日蓮正宗でも、イスラム教徒でもありません。そういう意味では無宗教の人間ですので人に提案できる資格さえないのですがもしかしたらこんな私でさえ、ひとつの宗教を持っているかもしれません。それは、「究極平和理想論」であり、「エッジ的創作論」であり、「このHPすべて」が私の宗教なのかもしれません。すべて人にそれぞれに、大切なその人なりの聖書はあるべきだと思いますし、私はこれからも、自分のそれをここで作っていこうと思うのです。そして、他の人たちのHPで、その他の人たちのそれ「My Bible」(自分だけの聖書)をいっぱい読んで、いいところがあったら自分のその世界の中に書き込んで生活の中で自分のものとしていきたいと思っています。それが私のひとつの夢です。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。貴方にとっての今日が貴方の人生の中でとても素敵な宝石のような宝物になりますようにルイジ
2003年12月03日
コメント(1)
皆様、おはようございます。今回は哲学の問題なのか、私自身さっぱりわからないのですが私の心の中の4人の賢者が、皆、興味深くひとつの物語にしたいと考えているひとつの問題を発表します。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。昔から、大抵のおとぎ話や、オーソドックスな名作と呼ばれる作品には悪い奴が出てくると、そしてその悪い奴が、なにか腹黒い計画するシーンがありますと必ずと言って良いほどに、計画したことが上手くいきそうな時、「ふふふ…、しめしめ…、くくくっ…」と、笑う、悪党がいやらしそうに微笑むシーンがあります。しかし、もちろん、たいていの場合は、そんな悪党はその物語の中の主人公や正義の味方にこてんぱんにやっつけられてしまいます。「めでたし、めでたし♪」という感じです。さて、問題は、ここからが難問なのです。たとえば、ここに、まったくその悪党と同じ事をした主人公のバカがいるとします。たとえば、魚を川で大量に捕る発明をしたという感じでも何でもいいのですが、それで、その主人公は決して「しめしめ」なんとは思いません。なんといってもただのバカですから、偶然、その技を発明というかいつもおまじない程度に思ってやっていたという感じです。つまり、その主人公にとってはお魚を大量に捕れるか捕れないかは、いつも確定していないドキドキワクワクの、ある意味とても神秘的な挑戦であり賭けであるわけです。よって、「しめしめ…」なんてことは一切思わなかったとします。しかし、片一方の悪党は、そのやり方を発見して「しめしめ」と思い、大量に魚を手に入れる方法を乱用します。すると一体、どうなるでしょうか?主人公はバカですから、いつまでも「しめしめ」なんて思わないからいつまでも幸せです。悪党の方はどうでしょうか?多分、なんかよからぬ事で痛い思いをしそうですね。川から、魚がいなくなるとか、もっと悪い奴らに利用されるとか。天罰が当たるとか?つまり、ここで仮説が始まるのですが「罪の意識が無い場合は、『しめしめ…』なんて思わない。 故に、その行動をした者には、罰も発生しない。」「『しめしめ』と思うような事を、いかなる事でもすれば おのずとその者は、なにかどっかで痛い目に合いやすい」この仮説が正しいとしたら、そこからこの世界の普遍的な倫理観を少し楽しく色々考えられるかもしれないなあ。などと、私は「しめしめ」とほくそ笑んでいるのですがいかがでしょうか?。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。あと、これはオフ会用にとっておきたいネタなのですがもうひとつ、『凄い問題』もあります。これは、とあるSF作家のエッセイというか対談に載っていたのが始まりだったような気もしますが、出典の詳しい事は忘れました。こんな内容のものです。【“女性”と言う存在は、男たちにとっては永遠に神秘である。 それもそのはず、実は、女性たちは男たちに決して死んでも 教えてはいけない事を隠しているからである。 その超トップシークレットは、母から娘にのみ伝えられる 内緒の言葉で、娘が成人した夜に、本当にこっそり 誰にも聴こえないように、伝承されるのだ。】たとえば、こんな感じで…。母 『いい、これから、ママの言う事をよーく、ちゃんと聞くのよ 絶対に忘れちゃ駄目だし 絶対に、男の人には言ってはいけないことなの。』娘 『え~、男の人には絶対言ってはいけないの? パパにならいいんでしょ?』母 『冗談じゃないわよ、パパになんかにも絶対言っては駄目。 そんな事をしたら、パパはきっと死んでしまうわよ』娘 『えーっ、そんなこと聞きたくないよ』母 『駄目よ、女はこのことは絶対に知らなくちゃいけないの。 そして、いつか、おまえが母親になった時、そして娘が生まれて 今のおまえみたいに大人になった時、教えなくちゃいけない義務があるの。」娘『それをしないとどうなるの?』母『その時は、きっと全人類が滅びるのよ…』娘『男の人にはぜったい、しんでも、しゃべっちゃいけなくて その言葉を知らないと、いつか全人類が滅んでしまうのね。 でも、もし、つい、しゃべっちゃったら?』母『その時は、その男の人が誰かにしゃべるまえに殺してしまうか…。 そうしないと、やっぱり世界は滅びるの…』娘『…。』母『いい、誰にも言っちゃ駄目よ。 そして、忘れてもいけない…。 ボソボソボソ…』娘『…。嘘…』母『ふふふ…』。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、母は、娘に、いったいどんな事を教えたのでしょうか?皆様の考えた【答え】は、掲示板にでも書き込んでくださいね。ルイジ「今日も貴方にとって 素敵な日になりますように♪」
2003年12月02日
コメント(2)
全12件 (12件中 1-12件目)
1