＜第１７６話＞風の又三郎（その２） | 社交ダンスA級への道

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2005/05/06

＜第１７６話＞　風の又三郎（その２）

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テーマ：社交ダンス(8598)

カテゴリ：社交ダンスA級への道

「手伝いましょうか。」

この状況を打開できるなら、何でもします。ワラにもすがる気持ちで、もう一度私は車に乗り込み、彼の指示に従ってゆっくりゆっくり車の体勢を戻していきました。

何とか危機を脱しましたが、やっとスタートラインに戻っただけ。ここからクネクネの細くて急な坂道を上がっていくのに、あと何時間かかるでしょう。しかし、そんなご迷惑をかけては申し訳ないので、お礼を言って「あとは何とかします。」といいました。

彼は、去っていきました。

カーブで彼の姿が消えてから、私はまた車に乗り込み、ジワジワバックでのぼり始めました。しかし、ちょっとでも気を許すと、溝か電柱か塀です。集中力もそろそろ限界に来ていました。

大きなため息をついて車を降り、坂を見上げると、なんと、さっきの彼が戻ってきました。風に白いジャケットをなびかせて、宮沢賢治の「風の又三郎」のようだと思いました。

「なかなか上がってこないから、やっぱり戻ってきた。」

私がもっと若かったら、きっと、この瞬間に恋に落ちたと思います。その親切な方は、とてもさわやかな笑顔でした。

彼は、「運転代わりますから、溝と電柱、見てて。」といって、車に乗り込みました。こんなまねは、私にはとても出来ない。そういうことが、世の中にはたくさんあるもんです。私は、感心しながら、彼の的確なハンドルさばきを見守っていました。

「それじゃ、気をつけて。」

といって、くるっと背中を向けると、白いジャケットを風にひる返して去っていきました。私は、あまりにもあっさりした別れ方にあっけにとられて、しばらく彼の後ろ姿をぼう然と眺めていました。

風がビュウビュウと後ろから吹いていました。

「あの。」

私は、叫びました。

「ありがとうございました。本当に、本当に、どうも、ありがとうございました。」

風が声を運んでくれたに違いありません。彼は、振り向きもせず、小さく右手を上げて応え、そのまま風と共に消えていきました。

2003年5月9日、金曜日のことでした。

（おわり）