2006/02/16
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テーマ: 社交ダンス(8410)
人生山あり谷ありといいますが、「今日が人生最高の日だ。」なんて思っても,後から考えるとちょっとした上り坂の途中だったななんてこともあるものです。

2004年の夏は、私にとってかなり「どん底」のような気がしていましたが、今考えてみると、ちょっとしたくぼみくらいのものだったのかもしれません。

IDSF日本代表選考会を直前に控え、私は足首のギブスがまだ取れず、ただでさえ練習がままならない状態だったのに加え、リーダーの仕事が忙しくなってますます厳しい条件が重なってきました。

とうとう試合までの1週間,一度もダンスシューズを履くことができず、リーダーは土曜の夜中過ぎに帰ってきて大慌てで荷物をまとめ,ほとんど寝ていないまま新幹線に飛び乗って会場の静岡に向かいました。

「ここで寝たら、大阪まで行っちゃうから,絶対寝ちゃダメだよ。」

2004年7月18日、ダンスグランプリin静岡。会場は軍艦のような形をした、グランシップ大ホールです。

全日本選手権シニアラテン,出場組数25組。準決勝まで,ジャイブを抜かした4種目で競います。世界への切符を手にするのは優勝者のみ。周りを見まわすと、よく見る顔ぶれです。

世界戦の連続出場記録を伸ばしている神奈川の超人Mさんから、優勝カップをもぎ取るのは誰か、みんなこの日を目指して練習に励み,トレーニングを積んできたカップルばかりです。

私たちはこのときが2年目の挑戦で、前回予選落ちだったので、なんとかそれよりはいい成績を取りたいというのが悲願で、あわよくば優勝なんて思っていました。



1次予選,2次予選を突破して、準決勝に進みます。しかし結果は7位で、後もう1歩及ばず決勝進出できませんでした。

しかしこの時ばかりは、こんなコンディションで、よくここまでの成績を出せたものだと、自分たちを誉めていました。

優勝は岩手のYさん。ついに、第1代表の座を受け渡すことになった神奈川のMさんは2位の成績でした。

試合が終わるとどこを観光するでもなく、すぐにまた新幹線に乗って帰ってきました。次の日の仕事に備え、1時間でも長く眠りたかったからです。

そしてここから、私たちの試練の夏が始まったのでした。

(つづく)






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Last updated  2006/02/16 12:03:39 AM
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