南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2007.09.25
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カテゴリ: 私の電子本


〈続きです)

 消灯時間になった。波が荒くなってきたのか、船は前後左右に揺れた。ぐーんと前につんのめる感覚になったかと思うと、又浮き上がって来たりでベット・レールに掴まっていないと、ゴロゴロと壁まで転がってしまう。前の年にタイタニックの惨事があったことを思い出して、菊はそうならないように祈った。上段のベッドから落ちまいと大の字に両足を踏ん張り、右手でしっかりレールに掴まっていた。昼間船酔いをしかけたのも、横になったら楽になったようだが、今度はこの揺れに『どの位こんな格好をしていなければならないのだろう?寝られるだろうか』と心配になって来た。
 休むことなくトントントントンと鳴ってるエンジンの音も、大きく揺れるたび
にギィーっときしむ音も気になって仕方がなかったのだが、そのうちくたびれた体には、快い子守唄のリズムに変わって行った。両腕や両足がリラックスして体の内外の差が無くなった時、四肢の筋肉が葡萄の蔓のように指先やつま先から生え始めた。その蔓は、やがてベット・レールに巻きつき壁に網のように這い上がって菊が両手をはなしても安全なように固定してくれた。

 菊は夢を見ていた。大勢の見知らない人々と一緒に葡萄を摘んでいた。その人達は親しげに菊に話しかけるのだが、何を言ってるのかさっぱり分からない。『一体何語で話しているのだろう?』と考えていた。日照りに汗をかきながら、朝から晩まで働き、喉が渇いたら目の前にたくさんある葡萄を食べればよかったので助かった。
 突然下腹に圧迫を感じてバランスをそこなったが、本能的に葡萄の蔓につかまることによって地面にドサンとは落ちなかった。菊が周りを見ると、どこからともなく女の赤ん坊が現れてにこにこ笑っていた。『なんて不思議な!この赤ん坊は誰?私の子?』と思いながらその赤ん坊を抱いて立ち上がると、さっきつかまった蔓の反対側を富雄が握ったまま地面に引っくり返っていた。
「あら、さっき助けてくれたのは富雄さんだったのね」と、手を差し伸べた途端に、富雄は煙のように消えてしまった。

 急にキャビンの明かりがついて、物々しい気配に目をさました。菊のほかに五人の女性がこの狭い場所を分かちあっているのだが、その内の三人が大谷と言う人の世話をしているところだった。どうやら彼女が極度の船酔いに苦しんでいるようで、加藤という一番年長らしい人が大谷の背中をさすりながら皆に命令をしていた。物静かな佐藤という人が床の汚れを拭いている間、気の弱そうな渡辺という女性は、吐き続ける大谷の顔のへんにバケツをかかえていた。山田は、どうやらまだ寝ているようだった。
「あら、お気の毒に。何か私にも出来ることありますか」と菊は聞いた。
「あるよ、もう一つのバケツにきれいな水を汲んできてよ」と、加藤が命令する
やいなや、菊は部屋を飛び出た。嘔吐の臭いで彼女まで気分が悪くなって来たからだった。廊下で深呼吸をしたのもつかの間、トイレに行くと船酔いの船客で込み合っていたので、菊はまた胸がむかついてきた。順番をまってバケツに水を汲んだのだが、揺れが激しいためにあっちこっちにぶつかってこぼし、キャビンに戻ってきた頃は半分しかなかった。
「今までかかって、たったこれだけ?」と、加藤が睨んだ。
「どうもすみません」そうあやまって、何往復かした後に、菊がやっと加藤から役目を解除された頃は、もう朝になっていたので富雄を探しに行った。 お腹は空いていなかったが、朝食を富雄と一緒にすることになっていたからダイニング・ルームに行った。ドアのところで、もう待っていた富雄に菊がすかさずお辞儀をすると。
「あはは!おはよう!」ときれいな白い歯を見せて富雄が笑った。
 朝食の時間だというのに、ダイニングはがらがらに空いていた。
「なんだか、私達、早すぎたのかしら?空いてますね」
「いや、まだ寝ているか、船酔いしてるんだろ。あのねキク、僕にお辞儀なんてしなくていいんだよ」
「すみません」と、菊はまたお辞儀をして笑われた。
 富雄は菊と腕組みしてテーブルまでエスコートした。富雄にしてみれば長いアメリカ生活の習慣でなんともない仕草だったのだが、菊はまだ慣れていなかったので、他の日本人の手前ちょっと恥ずかしかった。
「良く寝られた?」
「はい、ありがとうございます。でも、あんな高い所に寝たのは初めてですから、落ちるのではないかと始めは心配だったのですが、その内に寝てしまいました。きっと疲れていたのでしょう」
 菊は、まだ、なんとなく富雄を直視する勇気がなかったので、赤くなって俯いて答えた。富雄はそれをみて、日本では相手を直接見るのは失礼に当たることもあるのを思いだした。富雄自身は異国の習慣に早く慣れたが、菊のそれを見たとき、可なり昔に失った宝物を見つけたように感じて、テーブルに向き合って座っ
ていなかったら、抱きしめたいほどいとおしかった。
『なんと美しい女性だろう。僕はラッキーな男だ』と、富雄は菊をじぃっとみつめていた。





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最終更新日  2007.09.25 22:42:40
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