南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2007.09.26
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カテゴリ: 私の電子本


〈続きです)


 ピクチャー・ブライドと言う写真結婚は、時として思いもよらぬ事が起こった。大半の花嫁は一人で海を渡って来たが、逢ってみて気に入らなくても、正規の手続きをとって渡米したのだから、まさか「こんな筈じゃなかった」と、日本に帰るわけにも行かなかったし、第一殆どの場合そんなお金もなかった。そういう訳で、的外れの場合お互いに諦めの境地で結婚したカップルも少なくない。『的外れ』の中で一番多かったのは、お互いに可なり修正した写真を交換したり、仲人が話しを大袈裟にした場合で、ひどいのになると、全く違う人の写真を送ったケースもある。中には、男性が社長だとか、弁護士だとか偽りの職業や収入を書いて、着いて見たら食べるにも事欠く日雇い労務者だったという事もあった。勿論その反対もあり、港まで花嫁を向かえに来ても相手がみつからず、やっと係りの人に「あなたを探してる人がいます」といわれて逢ってみれば、写真と似ても似付かぬ女性だったりした。
 富雄はそいう事がないように、菊を自分の目で確かめてみたかった。多くの移民達は、まだその日暮らしであったが、彼は自力で葡萄園を経営していたから日本に行く位の金はどうにかなった。それに、年老いた母親が生きてる内にもう一度あっておきたいこともあって日本で婚礼をする事になったのだ。

「日本食にする?洋食にする?」と、富雄が聞いた。
「なんでも、おまかせします・・・・・・」
 まだ恥ずかしそうに、チロリと数秒顔をあげただけで菊は答えた。
「えっと、僕はやっぱり和食だなあ。だって、カリフォルニアに行ったら、めったに食えないもの。日本食なんてなかなか手に入らないから、高価だしね」そう言って、和食を二つ注文した時は、菊も内心ほっとした。
 朝食は、ご飯の外に、味噌汁、焼き海苔、お漬物とイワシの目ざしと言う典型
的なものだった。富雄は食欲旺盛で美味しそうに食べていたが、菊は、ご飯を一口に味噌汁をちょっとすすっただけであった。ほんのりではあったが、先ほど、大谷の世話をしていた時の臭いが着物の袂にまだ残っていたので気分が悪くなったからだった。
「それだけしか食べないの?ちょっと顔色悪いけど、大丈夫?畑で働くようになったらもっと食べないと、まいっちまうよ。すごいエネルギーを使うからね」といって、笑った。
「すみません」
 菊が頭を下げた。
「あははは!謝ることはないよ。ただ、心配しただけ。君が食べないなら、僕が喰う」 富雄はそう言うと、菊の食器を自分の方に引き寄せて、実に美味しそうに平らげた。

 それから二三日は波の荒い日が続き、菊は船酔いでトイレに行く外はベッドに横たわっていた。富雄が見舞いに来てくれたが、その度に菊が起き上がってお辞儀をしそうになるので、富雄は「そのままでいいから」というジェスチャーをした。折角富雄が持ってきた飲み物も、握り飯も殆ど手をつけなかったが、菊は、こんなにやさしい夫にめぐり合えて幸せであった。未知の国での暮らしの不安も、彼となら上手くやっていけるだろうと本能的に思った。そして、少しでも早く元気になって一日中富雄と一緒にいたかった。
 若いこともあって、四日目くらいから菊はそろそろと歩き出し、その後どんなに揺れても大丈夫なところまで回復したが、同室の大谷はまだ苦しんでいた。そのうちに、菊は同室者の雰囲気に冷たいものを感じ出した。例えば、菊が「おはようございます」と言っても、皆やけによそよそしい応答をしたのである。最初からえばっていた加藤は、まるで自分の部屋だといわんばかりに益々えばり散らすようになり、菊にたいしては特に意地悪になった。
 例えば大谷の手伝いをしてあげようと思っても、加藤がいるときは大谷自身に「あ、だいじょうぶです、結構です」と断られた。
 佐藤は無口であったから、加藤に対しても「はい」と「いいえ」くらいしか言わなかったが、皆、びくびくとしていた。だからといって、食事、トイレ、入浴や演芸会の外は船の見学をしようとかもせず、大抵キャビンにいた。
「あんたに手伝ってもらわなくたっていいよ。私達を放っておいてくれない?大谷さんの世話はあたし一人だって出来るんだから!」と、加藤がつっけんどんに言った。菊は何故加藤がこんな態度に出るのか合点がいかなかった。別に加藤に対しても同室者に対しても迷惑をかけた覚えは無かったから理解に苦しんだ。
(続く)

★これは、フィクションですから、殆ど私の想像なんですが、何十冊と読んだ移民の資料の中の一冊には、沢山一世の思い出話のインタビューが載っていたので、ここにでてくる船の朝食の話しや、後に出てくる虱の話しもそこから借りました。私も1964年に横浜からハワイまでプレジデント号で1967年には移民船のブラジル丸で来たので、その時の経験を元にして菊の時代を想像して書いてます。





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最終更新日  2007.09.26 23:50:34
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