南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2007.12.15
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カテゴリ: 私の電子本
九章・その2


 富雄はハウス・ボーイ時代にクリスチャンになっていた関係で、普段教会などに行かな

かったが、葬式はキリスト教会で行われた。当日、日本人はもとより、仕事関係で大勢の

白人も列席し、それぞれに富雄の人柄を褒め称え、惜しい人を亡くしたと言う弔辞を述べた。

 中には、「ビジネスの事で困ったらいつでも相談に来なさい」と、菊に名詞を渡す人もいた。

女性達は「出産を控えて、何と言うことでしょう。これから大変でしょうが、どうぞ頑張ってくだ

さい」と言うような意味の慰めの言葉をかけてくれたが、菊は上の空で聞いていた。


 しかしこの日、菊にとって忘れられない出来事があった。それはカルロスの運転するトラッ

クで、従業員全員に混じってラモナを抱いたマリアが参加したことであった。まだ、菊がアメリ



かった。彼女もやっと、この苦しみは彼女一人のものではないと気付いたからであろうと菊

は察した。

 このインフルエンザでは、両親を一度に亡くした為に孤児も一時に増えたのである。マリア

は、菊を見ながら、『こんなに小さな女性が、遠い国からやって来て、もうじき生まれる子供と

三人これから一人で育てなければならないと言うのに、気丈に頭をもたげて頑張っているの

だ、夫のいる私に出来ないことはない』と思っていた。


 葬式は簡単で、ごく短いものであった。何故なら順番を待っている家族が後を絶たなかった

からである。噂によれば、死人が出ても棺桶を作る人さえ病気にかかって死んで行くので葬

儀屋も死体の山に途方にくれ、一つの棺桶に二人とか、ひどい場合は、家族が自分達で穴

を掘って、死体をそのまま土に埋めなければならならなかったと言う。葬式をしようにも、

神父も足りないと言うのである。 菊は富雄の葬式が滞りなく終わったことに感謝をした。





 ヴィンヤードでは、皆寂しさと同時に経営者のいなくなった未来を心配している様子も隠し

きれなかった。菊がどう出るか、誰にも分からなかったし、山野は富雄の片腕だったとは言っ

ても法的な持ち主ではなく、例えその後を引き継ぐ貯えがあったとしても、1913年に出来た

外国人土地法のために購入する事が出来なかったのである。元々、アメリカのそういう所を

苦々しく思っていた山野は、ますますアナキスト的考えに陥って行った。


 実際問題として、菊はこれから出産をするわけであるし、当座はしのげるが事業だけでなく

子供の将来をも考えねばならず、富雄の死を悲しんで泣いている場合ではなかった。

 日本にいる菊の両親からは、「キクはまだ若いのだから、一郎と二郎は日本で自分達が育

てるからすぐよこしなさい。そしてキクは生まれる子供と一緒に再婚しなさい」と言う手紙が来

ていた。

 アメリカのビジネス仲間からも、「三人の子持ちで、女手でやっていくのは無理であるから、

我々に売らないか」と言う話しも再三入ってきた。

 菊にとっては以外なことに、一番理解があると思っていた日本人社会が一番強く攻撃して

きた。

「ヴィンヤードの仕事は女のやるものじゃないよ。再婚して家庭の主婦となって子育てを

するほうが子供にも、あんたにも一番幸せだと思うよ」

「悪い事は言わない、女手一人じゃ、出来ませんよキクさん」

「今までは、平岡さんと一緒だったから菊さんも色々出来たんでしょうが、一人

じゃ無理じゃないでしょうか」と言う類のものであった。


 日に日に富雄に似てくるアンディーを見ながら、菊は、日夜考え通した。

『上の二人を日本へ送れだと?富雄さんの形見をどうして送られるものか!再婚しろだと?

 富雄さんの代わりになれる人なんかいるもんか!』

 菊にとっては、たった五年の結婚だったが、人生で一番充実且つ女として成長した期間だと

思っていた。富雄は菊にとって夫だけではなく、自転車や車の運転も教えてくれた友達でもあ

り、英語やアメリカの文化を教えてくれた先生でもある。また菊が白人に対しても怖気づくこと

の無い自信も植え付けてくれた精神的なメンターでもあった。富雄に代わる人などいるもの

か、と思っていた。

『ここで、私達の愛が始まって花を咲かせたんだ。どうして手放せようか。時と共に変わる

だろうが、焦ってはいけない。今はここにいるのだ。』





 富雄の葬儀を終えて数週間後に、ミセス林が菊に話しがあると言って家までやって来た。

「ま、どうぞ入って下さい。今お茶をいれますから」と菊はリビング・ルームに招き入れた。

「あ、すみません。あのねキクさん、私色々考えたんですよ」と、ミセス林が、日本茶を飲み

ながらしみじみと話した。

「お互いにつらい思いをしましたね」夫を亡くした同士であるから、菊はミセス林の辛さが身に

沁みて分かった。

「トミーさんやキクさんには、お世話になりましたが、私、他の人のように子供もいないことだ

し、主人のいなくなったアメリカに一人で残りたくないので、日本に帰ることに決めました」

と言った。

「そうですか。よくよくお考えになった事でしょう」と、菊は頷いた。

 林は十年もアメリカにいるが英語は殆ど話せなかったし、菊や青木や小川達の

ように家族があるわけではないから、その気持ちは良く理解できた。

「まだ、両親も健在ですしね。この十年に貯えたお金で日本だったら、小さな家

の一軒も買えて結構楽に暮らせると思うから、小さな店でも開きますよ。やっぱり古里が

恋しいしねえ」

「お里は茨城でしたっけ?」

「ええ、そうです。貧乏で苦労し続けた両親を温泉にでも連れてってやろうと思ってます」

「うんうん。これからはうんと親孝行が出来ますね」


 ミセス林の帰国が近付いた時、菊は従業員を全員家に招いて送別会をし、出発の日も

大きなお腹をかかえて山野の運転で港まで送って行き手続きも全部すませてやった。

「キクさんは英語が達者でいいですねえ。山野さん、キクさん本当に何から何までお世話

になりました。感謝します。もう会うことも無いでしょうが、キクさん安産を祈ってますよ」

と言って、ミセス林は船の上の人となった。





 幸い山野夫妻が残ってくれる事もあって、従業員もミセス林以外はやめなかったし、得意先

も今まで通りにビジネスを続けてくれる様子であったから、菊は富雄の夢に向かって生きよう

と決意した。そして、富雄がまるで、こうなる事を予知していたように真剣に一人前の、独立心

の強い女に育て上げてくれた事に菊は今更ながら心から感謝をした。


 葡萄は人間共の悲劇を無視してどんどん育った。菊は今まで以上に働かなければならず、

めそめそしている閑などなかった。山野は外回りが嫌いであったから、菊が富雄の後をそっく

りそのまま継いだため、菊は益々英語が上達して行った。山野はいつかは別の仕事に移ろう

と思っていたが、今ここで辞めても他に行くあてもなかったから世の情勢が変わるのを待機

することにした。

 マリアも、段々元の陽気さを取り戻し、アンディーとブライアンをまるでホゼとフリオの身代

わりのように可愛がるようになった。そして、次の年に生まれた男の子には、富雄のニック

ネームをとってトミーと名づけた。


★内緒で教えてあげます。
7月3日のブログに、菊のモデルとなる人の孫(私の友達)が写ってます。
ご主人は歯科医です。

★明日は砂漠の家に一泊してきますので、ちょいと長めの章をいれました。





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最終更新日  2007.12.15 20:15:51
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