南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2007.12.17
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カテゴリ: 私の電子本



 富雄が予知した通り菊は女の子を出産し、生前に富雄が選んであったチェリー・ちえこと

名付けた。1918年の桜の花の季節で、アンディーが四歳、ブライアンが二歳であった。

朋子が二人を預かってくれていたし、ミセス小川と青木チームは、もうベテランであったから、

出産も手際よく終わらせた。

「トミーさんにそっくりだね~」と、ミセス小川が言うと、

「いや~、キクさんにそっくりだよ」とミセス青木が言った。

「じゃ、両方に似てるってわけじゃん!あはははは!」


 チェリーはピンクの肌に大きな目で赤ん坊にしては可なり長い指をしていた。

三人目ともなると、菊も赤ん坊の扱いに慣れたもので落ち着いた母親ぶりを見せていた。

又、アンディーやブライアンの時のように、二時間毎に起きては乳を飲みたがって菊を寝か

せてくれなかったのと違って、チェリーは最初から良く寝てくれたし、朋子が良くアンディー

とブライアンの世話をしてくれていたので菊も夜はたっぷり休む事が出来た。


 そんなある晩、上の子達が寝静まった後、菊がロッキング・チェアーに座って無心に乳を

吸う赤子を見ていたのだが、急に乳房から口を離したチェリーが「くぅ~」と言ってニッコリ

笑った。

「あれ、もういいの?」と、チェリーの頬をつつくと、チェリーの目が何かを追い掛けているよう

だった。

「チェリーちゃん?何を見てるんでしゅか?ママも眠いから、もういらないならしまっちゃう

わよ」

 菊がブラウスのボタンをしめようとすると、又チェリーが「くぅ~」と言ってニッコリしたが、

目は菊でなく空間を見詰めていた。その途端に菊は、富雄を感じた。

「富雄さん!」

 菊が口に手を当てて叫んだ。突然チェリーの頬に落ちた大粒の涙にチェリーが一瞬びくっ

と痙攣した。今まで気丈に頑張って来た緊張感が一度にほぐれ、菊の涙は堰を切ったように

溢れ出て、その内に「クックック」と嗚咽と共に、しゃくりあげていた。富雄の死後、経営者の

妻として葬式を済ませ、ヴィンヤードを潰すまい、アンディーやブライアンに寂しい思いをさせ

まいと、がむしゃらに働き、出産をし、今の今まで富雄の死を心から悲しんでなかった事に気

付いたのかもしれなかった。菊はチェリーを抱きしめて、もうこれ以上涙が出なくなるまで

「わあ、わあ」と泣き続けた。

『キク、良く頑張ったね。チェリーは僕の思った通りだった。山野や朋子さんは君達にとって

救い主だね、大事にしてあげてくれ』と言う富雄の声を菊は聞いたような気がした。

「富雄さん、どこにいるの?」菊はチェリーに見えるのだから、自分にも見えるだろうと周りを

見回したが見えなかった。

『僕は菊の中だって言っただろう?』と言う声を聞いて、菊が又、しっかりと目を閉じると、

富雄が菊の肩越しにチェリーを覗いてにこにこしているのを感じたのだった。

 しっかり泣いた翌日、菊は本能的にまた新しい人生が始まったと思った。





 あの日から、菊は色々考えていた。ある晩、山野夫妻を夕食に招いた時に菊が口を開い

た。

「私考えてる事があるのですが、聞いてくれます?」

「どうしたの?そんなに真剣な顔をして」と朋子が先ず聞いた。

 山野も、ワイングラスに付けた口を一瞬離して真剣な顔をした。

「いえ、悪い事じゃないのですけど」と、先ず言って続けた。「朋子さん、日本では小学校の

先生をやっていたでしょう?あなたのお蔭で、アンディーも日本語が読めるようになってるの

を見て、昔の寺子屋式に、小さな日本語学校を開いて見たらどうかと思って。小川さんやら、

青木さんの子供達も生徒になれるし、他の日本人にも当たってみたらどうだろうと思って」

「あ~、びっくりした。俺はとっさに、キクさんがヴィンヤードを止めるって言い出すのかと思っ

たよ」と、山野が笑顔に戻って、ワインをがぶりと飲んだ。

「まさか!」と、菊もワインを一口飲んだ。

「そりゃ~、グッド・アイディアだなあ」と、山野が言うと、

「でも、場所が」と朋子が心配した。

「ほら、林さんが日本に帰ってから、あのアパートが空でしょう?だから、当座はあそこにした

らどうだろう?もっと、生徒が増えるようになったら又考えればいいんじゃない?」と菊が言っ

た。

「さすがキクさんだ!そこまで考えていたんだね。ありがとう」と、山野が嬉しそうに言った。

「お礼を言うのは、私の方ですよ。貴方たちなしでは、ヴィンヤードも出産も無理だったもの。

本当に感謝のし続けです」と、菊は頭を下げた。


 山野も、ゆくゆくは独立する事を考えていたので、これは降って湧いたようなアイディアで

あった。そして、真剣にいつかは日本語学校を経営するのも悪くはないと思い始めた。

 菊は早速、外回りをする度に子持ちの日本人に声をかけ始めた。移民のほぼ全員が日本

では学校など行きたくても行けなかった人達だったので、この案には飛びついて来た。

そう言う訳で生徒は最初から十二人もいた。当時の日当は男性一人当たり1ドル25セント、

女性80セント前後であったから、月謝は一人80セントと定めた。月に10ドル弱の収入で

あったが、これはパートとしては大金であった。数ヶ月貯金をすれば、電気ミシンや電気掃除

機まで買える金額であった。朋子には一年分貯金をして、菊のように洗濯機を買う夢が出来

た。

 日本語学校の噂は、あっという間に日本人の移民の間に広まって数ヵ月後には

生徒が二十人にもなってしまったので、山野はヴィンヤードの外に家を一軒借りて、

そこを正式に日本語学校とした。


★砂漠は風が吹くと肌を切るような寒さでしたが、空気がきれいで、星空がいつもぎろぎろしています。さっき、帰宅しました。







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最終更新日  2007.12.17 14:24:57
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