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信仰を生活の中に置くようになって、本当に色々と知る事が多くなった。どれもこれも学校で教わる事のなかったことばかり。それは「知らなくても良い」ことなのかもしれないし、「知っていて然るべき」ことなのかもしれない。そして、今日また新たなことを知った。今年は何故か同じカトリックの「イエズス会」に驚かされてばかりいる。今日知ったことも然り。希代のカブキ者である、オダさん家のノブナガさん。彼は、「イエズス会」ととても仲が良かったのは有名なこと。その「イエズス会」に、ヴァリニャーノさんという1人の宣教師がいらっしゃいました。1581(天正9)年2月23日、ヴァリニャーノさんは、ノブナガさんに謁見することになり、従者をつれて、ノブナガさんの元へ向かいましたそこで運命の出会いが…ノブナガさん、ヴァリニャーノさんが連れていた1人の従者に ”ヒジョ~” に興味を引かれ、その従者を家臣として引き取ります。 歳の頃、25~26歳くらい。彼は「ヤスケ(弥助)」という名をノブナガさんより頂戴し、手厚く迎えられ、その恩義に応えて、ノブナガさんにお仕えしたそうです。森蘭丸たちと本能寺に同行し一命を取り留め、ノブナガさんの最期を知る貴重な人物だったという話もあるそうです。ノブナガさん亡き後、紆余曲折ありながら、結城氏の家臣になったとか諸説あるのだそうですが、詳細不明とはいえ、どうやら最終的には「イエズス会」に引き取られたようです。以上が今日私が知ったこと。ノブナガさんの家臣に外国人がいたということに驚き、さらにその外国人が黒人だったというので、改めてびっくり『信長公記』や『松平家忠日記』にも記述がある、ヤスケと名付けられた彼は、どんな思いで、ノブナガさんに仕えていたのだろう。手厚く迎え入れてくれたノブナガさんに恩義を感じて、忠誠を誓い、本能寺まで仕えたというのは確かなのだと思う。最終的に「イエズス会」に引き取られた ー と記したけれど、ヴァリニャーノさんにお伴した日、あの日まで、彼は、宣教師だったのかしら? それとも奴隷?もし後者、否、おそらく後者だったと思うけれど、後者だったとしたら、ノブナガさんに仕えたことで、日本語を習得し、武家社会で必至に生きた彼が、本当に「イエズス会」に戻ったのかしら?そんなことをふと思った。 それにしても、ノブナガさん、ある意味、カッコ良すぎる~
2009.10.31
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Education 日本語に訳したら 「教育」。中学からず~っと、そう記憶してきた。 というか、辞書引いても、そう書いてあるし、何も疑わず、そう覚えて来た。幕末から明治初期、日本に英語が入って来た時に、「教育」と訳されたことで、それが今日の日本人にまで伝わっているということだけど、「本当のところ」は少し違うらしい。Education の 本来の意味は、人独りが、一人で生きて行くことの出来る力を身につける事。身につけさせる事なのだとか。 そう知ったら、「本当のところ」は、なんて地に足ついた意味合いなのかと思う。そして今迄覚えていた意味とは全く異質なもののような気がする。まさに 目からウロコ な話だった。
2009.10.12
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