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久しぶりに仕事を休み、本日より数日不在です。
2007.01.28
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クリスマスの前の「待降節」や春の「イースター」の時、クリスチャンの皆様は告解し懺悔する。というか、そうするものなのだということだった。残りわずかな教会の入門講座の今日のテーマは「赦しの秘跡」。心身ともに健全な生活を送る為にあるのだという。そうしないと人は身も心も傷つくし、また傷つけてしまうからということだった。納得。† †あなたがたの中に、100匹の羊を持っている人がいて、その1匹を見失ったとすれば、99匹を野原に残して、見失った1匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして見つけたら喜んでその羊を担いで、家に帰り、友や近所の人を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』というであろう。言っておくが、このように悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない99人の正しい人についてよりも大きな歓びが天にある『ルカ15.1-7』† †
2007.01.27
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眠らない、眠れない そんな日々が続いていた。同じ夢を見ることに、そしてそのまま朝目覚める事に疲れてしまっていた。去年の誕生日からティファニーのロザリオを身につけている。私には充分すぎるものだと思っている。けれど、もっとちゃんとしたロザリオが欲しかった為に(飽き足らないわけじゃないけど、これが物欲なのね…)ティファニーと並行してずっと探していたものがようやく見つかった。そして手元に届いた。手元に届いたものは一回り小さい。箱から出して、これに触れた瞬間に…また繋がった。あの日私はマトリューシカのように一つ一つ箱にいれ、厳重に鍵をかけ、二度と開かない、開けてはならないものと決めて記憶の奥底にしまいこんだ箱。教会に通い始めたそのきっかけから始まって私は未だ点を線でつなぐ作業を続けている。ジグソーパズルを組み合わせているより繊細な作業かもしれない。その風貌からはちょっとだけ以外だった「神の子羊」の話。何故知っているの??と疑問だったけれど、有名なミッション系の高校に通っていた事を知り納得できました。アメリカから帰国した後、その胸にあったものは、シルバーのアクセサリーのクロスだと思っていたの。あの一年半近い月日をアメリカで何して過ごしていたのか結局私は話を聴く事が出来なかった。仕事を放り出して旅立ったためなのか、アメリカでの生活について積極的に話たがらなかったことは気づいていました。でも日本に帰って来たその後それまで以上に聖書の話を教会の話をしていた事を、そしてシルバーのクロスは何を意味していたのかという事を…自分のロザリオに触れて初めて気づきました。シルバーのクロスはアクセサリーじゃなかった。あれはロザリオだった。教会に通っていた。そして洗礼も受けていた。そういうことでしょ。誰にも言えなかったのか、言わなかったのか分からないけれど、あなたの周りの人たちの誰一人として知らない事だったということなの?いずれにしても伝えてくれてありがとう。ようやく理解しました。けれど記憶の箱の鍵を開けるのはちょっとつらくて厳しい作業です。あなたのことを思い出すということだから。それでもこれは次に進むためにしなくてはならない事なのでしょう。きっとそういうこと…だと思うの。
2007.01.27
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「釜旬」というお店の看板新名物商品、『キティーちゃんいなり」です。横浜のデパ地下で偶然みつけました。昨年、某バラエティー番組のゲストに登場した大物女優さんが手土産として番組内で紹介したものだそうです。キティーちゃんに凡そ興味のない私でしたが、この後友人と会う約束もあったのでお土産として購入しました。ちなみに1個90円です。
2007.01.26
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『なかよし小鳩組』 著:萩原 浩作家:萩原 浩さんを一躍有名にしたのは渡辺謙さん主演映画『明日の記憶』でしょう。まだこの映画も観ていなければ原作も読んでいないけれど、沢木耕太郎さん依頼、久しぶりに私は一人の作家の作品にハマっている。浦沢直樹さんも好きだけれど、萩原さんもとってもイケてる。『なかよし小鳩組』 ー ユニバーサル広告社という小さな小さな倒産寸前の広告代理店にCI ( Corporate Identity - 企業イメージ統合戦略)の依頼が入った。企業イメージ統合戦略とは会社のシンボルマークとかシンボルカラー、社名ロゴとかそういうものを作り替える事をいう。私が新卒で入った会社も私が退職するころ私が秘書していた方の提案で CI戦略チーム なるものが何故だか秘密裏に結成されていた事を思い出した。なんていう私の話は別にして…。今回の依頼主はピースエンタープライズ社。横文字のちょっとシャレた雰囲気の社名。社長は好々爺の小鳩源六氏。でも、でも、この会社、何を隠そう「小鳩組」の表向きの名前。小鳩組って? そう思ったら読んでみてくださいスキンヘッドの河田さんにエリートビジネスマン風の鷺沢事業本部長がいます。迎え撃つユニバーサル広告社は社長の石井さんにバツイチの杉山さん。そしてパンクロッカーの村崎君。紅一点の猪熊さん。紆余曲折の中、エージェントはクライアントのシンボルマークを提案します。そして見事採用!!続いて、更にクライアントの一番の依頼である超難問のTVにてピースエンタープライズの社名を宣伝することに杉山さんのひらめきに基づいて意外な方法で成功します。万々歳です。ですが、ただそれだけではありません。昨年読んだ『オロロ畑でつかまえて』もそうですが、今回も丁寧な人物描写があっという間にページを進めるエッセンスになっています。ピースエンタープライズの面々の人物描写と感情描写。そして杉山さんの別れた奥様や娘さんとの関係、村崎君や猪熊さんの意外な側面を織り交ぜながらこの物語は流れていきます。少し切ない終わりかたでしたが、後味よく読み終わりました。 ずっと一緒にいられたら きっと素敵な毎日が始まる ほら、違う世界が見えてくる さあ、スタートしよう いつも君のそばにいるよ
2007.01.25
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私は『インファナル アフェア 3部作』をすべて観た。だから『ディパーテッド』が公開になったものの、なーんだ、『インファナル アフェア』のパクリじゃん。レオ様であってもマッドデイモンであっても、アンディラウ に トニーレオンの原作にはかなわないでしょう。観るのはDVDでいいわ! と思っていた。最近のハリウッドはネタが尽きたのかリメイクが多い。だから公開になったばかりのこの超話題作になんら興味もなかった。「ディパーテッド』でオスカーならアンディラウにもオスカーじゃない??なんて事を思っていたくらいだ。ところが、肝心な事を知らなかった。監督がMartin Scorseseだということを。そして製作にBrad Pitt が名を連ねているということを。これは観なくては… ということで今日観て来た。骨組みは一緒でも『ウエストサイドストーリー』が『ロミオとジュリエット』でないのと同じように『ディパーテッド』は『インファナル アフェア』ではなかった。マーティン・スコセッシが撮るとこういう作品に仕上がるわけね、と思った。似ているけれど違う別の作品が出来上がっていた。マフィアのボスであるコステロ逮捕に向けて潜入捜査官になったビリーとコステロを「親父」と呼び、手助けし続ける州警察のエリート警官コリン。それぞれの組織に潜伏する「ねずみ」として活動し、敵なんだか身内なんだか分からない周囲を欺き続ける二人。見つかれば命の保証のないビリーと失敗すれば命の保証のないコリン。携帯電話で繋がったあたりは、映画観ながら心臓がバクバクしていた。そして何よりコステロ役のベテラン俳優ジャック・ニコルソンの怪演ぶりは流石だった。ストーリー以外にも、オープニングでいきなりストーンズだし、途中でジョンレノンも流れていたりと音楽もイケてる。記憶が正しければ、ミックジャガーの声はオープニング以外の場面でも流れていたような気がするのだけれど。時々アンディラウとトニーレオンがちらついても、まさにマーティン・スコセッシワールド!!今週末からそのアンディラウ主演の映画やウィルスミス主演の映画と観たい映画が目白押しだ。もうちょっとすると大好きな『スパイダーマン3』が公開される。でもその前に『愛ルケ』どうしようかしら……
2007.01.24
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またやっちゃった…。電車に乗っていて、寝てしまって乗り過ごすという事は自慢ではないけれど一度もない。なのに…起きていながら、乗り過ごすという事を2年に1度くらいはやってしまう。今日もやってしまった…。仕事帰りの電車で、自宅の最寄り駅を通りすぎてしまった。というか気づいたら通りすぎていた状態だった起きて居ながらにして乗り過ごすことはいつも同じ状況で起ってしまう。それは耳を塞いで本を読んでいるという事が原因。ウォークマンがMDウォークマンになり、今や iPod に変わったけれど、私の耳を塞いでいるものであることには変わらない。そして文庫本。過去に乗り過ごしたことがあった時、何を聴いていたのかは忘れているけれど、読んでいた本はすべて覚えている。それなら、音楽聴かなくたって良さそうなものなのに…と自分でも思う。音楽で耳を塞いでいるのは、本当は完全に周囲の音をシャットアウトする道具がほしいのに、それがないからそうしているわけで。それに音楽で耳を塞いで本を読むという事は、電車の中でしかしない事。文庫本+iPod = お出かけ必須アイテムどちらか片方にするなんて出来そうにない。
2007.01.23
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そのまんま東さんが当選した。宮崎県民の方々は或る意味「チャレンジャー」なのか「冒険家」なのか…出馬表明した時に、無所属の東さんがタレントの知名度だけで当選は、仮に接戦であっても難しいのではないかと思っていた。ところが、圧勝で当選だった。長野の田中さん以上に驚いた。長野県知事だった田中康夫さんは、東さんと同じ政治未経験でも「作家」で「文化人」だったから、驚きはしたがすぐに納得もした。けれど、そのまんま東さんは少し違う。何しろ不祥事続きのお笑いタレントというお墨付き?まであった。ここ数年で負った「負」の部分を「信用」と「信頼」に変えて県政を進めてほしいと思う。宮崎の人々の為にも。
2007.01.22
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机を ドン! と叩いて「やってられない!」と席を立たなくなっただけどうやら私は「大人」になったようだ。部下の立場を悪くするような上司は…要らない(><)「約束」 ー 幼い頃、それはみじかにいる大人や弟妹、友人と相手があってのものだと思っていた。そこまでの話だった。それが大人になって或るときから少し変わった。「約束」それは自分の戒律の上にするもの。勿論相手があっての話だけれど、それでも「約束事」を承諾した時点で、自分自身の良識とか常識の上に自分と交わすものだと長い間思って来た。上司であるその方は暮れに泣きながらメールをくれた。「悩んでいます」と。私は相手が管理者で或る事を踏まえた上で、それでも出来る限りのアドバイスをした。結果、「頑張るね~」と笑顔だったから「良かったねえ」と思っていた。私自身、朝令暮改の業務について「あり得ないでしょ」と思う事が多々あったのでその事も少し伝えてあった。でもそれは悩み事という程のものでもない。ただ少しやりにくい、その程度の話だった。「一応、もっと上の管理者にも "こういう意見もあります"程度に伝えておくね」と言ってくれたとき、念のため「匿名でね」と伝えたら「勿論です」と返事があった。だからその後は気にもしなかった。それが…というかやっぱり… 何故に私の名前を出して更に上の管理者に話するわけ?「名前出さなくちゃ分かってもらえないから、言っておいた」ん????? 別に名前出す必要どこにもないのに…(><)「誰それさんがこんな事を言ってました。あんな事を言ってました」ってそれって、どういう事??? その器じゃないのに管理者なのね。仕事デキないのに意見した私が、救いようのない愚か者であったのだと言う事は100%認めます。一瞬にして「針の筵」に変わったその発端は、その人に話をしたという最大の過ちを犯した私の行為に帰結するのでしょう。「因果応報」ただそれだけのことなのかもしれない。それにしても… 部下をますます仕事のやりづらい状態におくだなんて。信用も信頼も出来なくなった…。
2007.01.21
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昨秋、数ヶ月かけて『ダヴィンチコード』の原書を完読した。日本語版がハードカバーで上下巻だったので、それより安いペーパーブックの原書に手を出した。そして読み終えるまでは観ないと決めていた映画『ダヴィンチコード』のDVDを仕事が休みだったので今日ようやく観た。原作がかなり面白かった為、どういうふうに映像化されるのかしらと思っていたけれど、さほど悪くはなかった。欲を言えば、もう少し名画を堪能したかった。活字だと “記憶の中" の「最後の晩餐」だし、「モナリザ」だ。映像を伴うと、なるほどね~と納得する部分もある。原書のおかげでストーリーは分かっていたけど、読み終えてから時間があいた分、「そんな展開だったかしら?」と思うところもあった。或る夜、ルーブル美術館で、裸で床に縛り付けられ、死体となった館長がみつかる。そのまわりに残された不可解な文字と数列。つまり暗号。容疑者として現場に連れてこられたトムハンクス演じる大学教授ラングドンは、館長の孫娘のソフィーに助け出される。ジャンレノ演じるファーシュ警部をはじめとするフランス司法警察に追跡されながら、暗号の謎を解き始める。導師様と呼ばれる事が「裏の顔」で、自分の執事以外は自ら手を下すことなく人を殺めてしまう「聖杯」伝説に取り憑かれたリーおじいちゃん。或る意味彼は神に愛されていたのかもしれないと思った。そうでもなければ「取り憑かれない」と思う。「聖杯」 最後の晩餐の時にイエス様が使った葡萄酒の入った杯。ミサの最中、司祭様が高々と掲げてくれる光景を思い出した。イエス様の生涯はわずか三十数年だ。漁師や徴税人という当時の社会では「表」にいながら「表」にいない人々を使徒にした。お酒(葡萄酒)が好きで、分け隔てなく色々な人々と会食することも好きで、笑いもすれば、怒りもし、時に泣く(号泣する)こともある「人間」だった。「人が好き」という「愛」を持って、人々に接していたことが、聖書の中だけでもよくわかる。「公的生活」と呼ばれる最後の2年だか3年のそれ以前恐らく沢山苦労したのに違いないと私は思う。だから人々は彼の前にかしづいた。男が惚れる男、カッコいいと思える男、職を放り出しても「ついていく!」と思わせてくれる男。その上、男尊女卑の社会で他の人が目もくれない女性達にも、とても優しい。そうしたら数こそ多くなくても、女性だってそんな紳士を放っておかないと思う。それは古今東西通じるものがあるように思う。それを考えれば、彼が誰かと恋に落ちても良いではないかと思ってしまう。子供がいたら、どうだったの?? 親は親で子は子なわけだし…(なんか話がずれたみたい…)やはり私は「敬虔」とは無縁のクリスチャンのようです。† 主よ、あなたの御心のままにこの愚か者をお導きください †
2007.01.19
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朝からみのもんたさんが語気を荒げて怒りを露にしていた。連日続く、理不尽に命が奪われる事件の数々。山村美紗か横溝正史の小説の中だけの話で十分だ。消費者を、従業員を軽視した大手企業の不祥事。「人の闇」に関する報道が、うんざりする程続いている。未だ嫁にもいかず、子も持たない私だけれど、もしこれから先の将来、縁があって結婚して子供を授かった時の事を考えると、正直言って「命」があまりに軽んじられているこの国で、産んで育てていく自信が持てない。いつからこんなに「人」に冷たくなってしまったのか?そしてどうするとこうも簡単に「人」を傷つける事が、殺める事ができるのか?挨拶する事とか、高齢者に席を譲る事とか、既に並んでいる人の列に割り込みしないとか、女性に手を挙げないとか… それってそんなに難しいことなわけ?心も魂も大人になれないまま、年だけを重ねてしまう「子供」。「相手」の事を考える事すらできない(考えすぎるのも問題だけれど)そういう「子」ばかりが増えたということなのかもしれない。それにしても、もううんざり…
2007.01.17
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久しぶりに仕事漬けの日々から解放されて、今日は丸一日オフだった。最近週一ペースの通い方だけど… 行きつけの大型書店にまた出かけて来た。先週はさっぱりなかったのに、今日は今話題の「華麗なる一族」はメインの棚に並び、人がそこに群がっていた。一昨日から始まった木村拓哉さん主演のドラマは「ツッコミどころ」が多くて、ストーリーよりそっちの方が楽しかった。このままだとドラマの展開より「ツッコミどころ」の方が気になってしまう。そのうち原作読もうかしら…。沢山の書籍が並ぶ大きな書店の中で、今日も偶然見つけた一冊の本がある。あれだけある蔵書の中で、本当に一冊しかなかった。韓国のエッセイスト リュ シファ さん(隣国の韓国では相当に有名人らしい)の著書で訳者:蓮池薫さん という作品に出逢った。蓮池薫さん ー 北朝鮮拉致被害者の蓮池さんだ。蓮池さんの訳本が何冊かあるのは知っていたけれど、買ったのはこれが初めて。タイトル:『君がそばにいても 僕は君が恋しい』とても綺麗な言葉が綴られた詩集だった。表題の詩もとても心地よかった。透明で、繊細で、暖かくて… 時に哀しいくらい空虚な一人の詩人の感性が静かにそこに綴られていた。久しぶりに、本を読みながら泣いてしまった。
2007.01.16
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先週、行きつけの書店で偶然見つけた『ガチャピン日記』そもそもそれがブログ(ガチャピン日記/http://gachapin.fujitvkidsclub.jp/)の書籍化だと知って、今や日々のガチャピン日記の愛読者になってしまった。幼い頃、随分お世話になったガチャピン&ムックは相変わらず仲良しでとても元気。久々に二人(でいいのかしら?それとも2匹??)に会えて嬉しくなった。そして、今日偶然同僚がガチャピンがパッケージにデザインされているポケットティッシュを持っていた。「あ、ガチャピン!」と私。「ムックもね」と同僚。指差した場所に隠れるようにムックがいた。私が見ていた「ポンキッキ」はいつの間にやら「ポンキッキーズ」になり、今や番組自体がなくなってしまった。同僚と仕事中だというのにガチャピンとムックの話で盛り上がった。「私達は年をとったけど、あの二人は一体いくつになるんでしょ??」そしてその同僚から貰った、ポケットティッシュと同じデザインのタワーレコード(http://www.towerrecords.co.jp)オリジナルガチャピンステッカー「ガチャピン、なんかFUNKYだね~」という私に「ロッケンローラーでしょ」と同僚。FUNKYでもロッケンローラーでも良いんだけれど、なぜだかとってもガチャピンの「おめめ」は眠そう…最近、ガチャピンとタワレコがコラボして、色々なグッズを販売しているということだった。ネットのタワレコでもコラボグッズがいっぱいある。同僚曰く「タワレコにガチャピン&ムックが住んでるよ」
2007.01.15
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『洗礼』とは何か?という、難しいテーマが今日の入門講座の課題だった。聖書の必要箇所を抜粋して読んだところで、そうすぐには理解できない。曖昧な解釈しかできなかった。結局「アダムとイブ」から始まって、「ノアの箱船」「モーセの十戒」と続き、そして「キリスト降誕とその死」を迎え、最後に「キリスト復活」までを理解しなければ『洗礼とはなんぞや』なんて言えない、そんな気がした。最近の私は教会のミサに出ないと一週間が終わらないし始まらない。そんな生活が当たり前の事になって早8ヶ月。もっと明確に言えば、万障繰り合わせても教会に行くようになって半年。職を失いたくないから会社の同僚には勿論、家族にすら未だ話す事のない教会通い。「来るべくして来た」「やっと辿り着いた」場所。そして何処よりも楽しいところ。教会に通い始める少し前、丁度一年ほど前の今頃、ある方から言われた事がある。「精神世界」の住人は、感性と心の繋がりが何より大事。物質(モノ)は二の次。常に向上するために歩を進め、何事にもけじめをつけ、お金がなくてもそれほど苦にせず、どれだけ哀しい思いをしようが、真っ直ぐに人を、その心を信じる事を優先させる人。そこにプラスされる「現実主義」 ー それが「私」だと。† † † † † † † † † †One and the same spirit gives an endless diversity of gifts to the church to make it onein its rich variety.There is a variety of gifts but always the same spirit ; there are all sorts of services to be done,but always to the same lord ; working in all sorts of different ways in different people,it is the same god who is working in all of them. The particular way in which the sprit is given to each person is for a good purpose.one may have the gift of preaching with wisdom given him by the spirit ;another may have the gift of preaching instruction given him by the same sprit ;and another the gift of faith given by the same spirit ;another again the gift of healing, through this one spirit ;one, the power of miracles ; another prophecy ; another the gift of recognizing spirit ;another the gift of tongues and another the ability to interpret them.all these are the work of one and the same spirit , who distributes different gifts to differentpeople just as chooses.【コリント12:4-11】
2007.01.13
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今日届いた数枚の年賀状で、私がこのお正月に送った年賀状分の返信が返って来たことになる。仲間は「今年も楽しい企画待ってま~す!」「新たな催し頼みま~す!」みたいなことを書いて来た。気づいたら、私は仲間の中で幹事になっている。このグループはどうやら持ち回りではないらしい。職業も違うし、幅広い年齢層で女性ばかり(一人だけ男性ですが)のメンバーの私は年齢だけなら丁度真ん中あたり。是非とも私に一票を!と運動したわけでもなければ、襲名披露したわけでもない。なのにいつの間にやらメンバー総意の「班長さん」になっている。元旦に会った叔父にこの話をした時、叔父が言っていた。「お前の仲間内はいいなあ。だって、飲まないお前が幹事やるんだろ、そりゃ~楽だよ」何故?と聞いたら「酒飲みばかりの集まりじゃ、最初の予算だけで済まないよ。絶対追加料金かかるもの」という。確かに追加料金はかからない。このグループはお酒の飲めない私以外、兎に角よく飲む。持ち寄りでパーティーなんて言う事になったら、何も言わなくても各自アルコール持参だ。ワインにビール、焼酎とあらゆるものが揃い、皆で酒盛りしている。おまけにアルコールに関しても食事に関してもグルメだ。そろそろ、班長さんの仕事始めをしなくては…さて、少し遅れたけれど『新年会』連絡しよう!
2007.01.10
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今日職場の先輩と大学受験の話から、この話題になった。化学や数式、論文大好き、韓流ドラマや話題の連ドラには全く興味のない男の子 と 地学や絵画、小説が好きで、韓流ドラマも見れば話題の連ドラもしっかりみている男の子果たしてどちらが世に出て女の子にモテるのか?きっと女の子ウケするのは 後者の方でしょう。だって、ドラマや小説で「女心」を知らず知らずに学んでいると思うから。でも女性としては本当は、 と~っても簡単 な 女心 を理解してくれるなら、どちらでも良いのかもしれない。
2007.01.08
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4月の洗礼式の前に、なにやら色々前段階としての「式」がある。来月その一つの「志願式」というものがあり、その式の為に今月中に司祭様と面接しなければならない。司祭様はお忙しい。勉強会に葬儀告別式に結婚式。慶事も仏事も一人でこなす。だから、今月の早い時期に司祭様をつかめて、面接のアポをとらなければならない。そのために、今日は仕事を半休し、午前中ミサにでた。ミサの後やっとの思いで捕まえたのに「今日は駄目だよ~。またにして~。」とつれない。う~ん(;;)実は昨夜、今月末日までの予定を手帳に書き込んだら、私の今月のスケジュールがとんでもないことになっていることに気がついた。全くの空白が2日しかない…。ど、ど、どうやって司祭様と折り合いつけるの?これってまた某カード会社のCMのオダギリジョー君みたいじゃない。「どうする、私」ツメが甘いどころか、ツメ過ぎた…(><)。心を多く亡くす事(=多忙)という状態だけは絶対に避けたい!神様、たすけて……
2007.01.07
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『春の海』~和楽器の調べ~ / 演奏:日本音楽集団横浜みなとみらいホールで行われた、和楽器の演奏会に親友と行って来た。建設当初から知っているのに、足を踏み入れたのは2人揃って今日が初めて。大ホール内正面のパイプオルガンに圧倒されながら、座席についた。その途端、親友のぼやきが始まった。(Mちゃん)「は~。オケなら間違いなく満席だよね。(座席見渡しながら)何これスカスカじゃん。言っちゃ悪いけど、じいちゃんばあちゃんばっかりだし。はああ(><)。Luckyちゃん、うちら若いね。」(私)「かなりね」(Mちゃん)「あ~あ(邦楽界)どうなっちゃうの? 確かにオケは華やかだけどね。やっぱり教育なのかしら?」(私)「シンバルがジャーンとかあるし。だって学校で伝統芸能教えないもの。この国の伝統を教えないってなんか変じゃない?芸事に同じお金かけるならバイオリンの前にお箏じゃない? ギターの前に三弦(=三味線)いこうよ。フルートの代わりに篳篥(ひちりき)とか。そっちの方がめちゃめちゃカッコいいと思うんだよね。」(ギターやバイオリンを嗜む皆様ごめんなさい m(_ _)m )そんな会話をしているうちに演奏が始まった。二部構成の第一部で、いつもCDでしか聴かない「春の海」を初めて生演奏で聴いた。フルで聴くと意外に長いんです、この曲。今だ邦楽界に燦然と君臨するお箏の達人・宮城道雄先生の超代表曲「春の海」。故に多くの方々が大きな誤解をされているのかもしれないけれど、この曲は、お竹(=尺八)あっての曲。お箏はあくまで伴奏であり、脇役なのです。このお竹(=尺八)担当の方が、すっごく上手で私達二人のなかでは今日のMVP。他にも第一部では、琵琶の演奏で平家物語の一説「那須与一」の語りがあったり、獅子舞があったりと楽しく過ごし、20分の休憩を挟み第二部へ。スカスカの座席のため移動自由だったので、第二部は、演奏者の手元が真下に見える2階席へ。箏奏者の手元を気にしながら、打楽器(太鼓とか)奏者の立ち姿に感心し、アンコールに演奏された氷川きよしさんの曲に手拍子し、演奏会そのものが終了。第二部に至っては曲聴くどころではなかった。演奏会終了後「琵琶やりた~い!」というMちゃん。luckyちゃんは?と聞かれたので「お竹(=尺八)は殿方のたしなみだし、強いて言えば笛かしら」。なんてことを言ってはみても、金銭的・時間的余裕のない二人。「お互い暫くお箏で行きましょう」と言う事で落ち着いた。今日は親友から教えてもらうことも多く、更に邦楽の奥深さを知った貴重な日だった。和楽器と邦楽を語れる私達二人は或る意味相当にマニアかもしれない。
2007.01.06
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今日から仕事始め。早速あった、「本人確認法について」の研修。信販会社の『債権回収係』(俗っぽく言えば「取り立て屋」かしら)としてはどうしても知っておかなければならない重要案件だ。アメリカの同時多発テロ以降、国際的マネーロンダリング(資金洗浄)を防ぐためとか国際テロの資金集めを防ぐ為とか、そういった事で今回国際法に沿う形で、本人確認法が改正された。銭洗弁天で お財布の「資金洗浄」するのは どうなんでしょう…昨日1月4日から10万円以上(10万1円から)の現金による振込は、ATMからの手続きが出来なくなった。そうはいっても可能な方法はある。1)金融機関の窓口からの送金2)預貯金口座からの送金3)電信為替以上3件はOK。但し、1と3は「本人確認書類」と言われるものの提示が義務づけられた。2に関しては従来通り手続き可能だ。(CASE 1)Aさん(男性:既婚) 某家電量販店で 12月のボーナス一括払いにて 15万円の薄型液晶テレビを購入。 でもなぜか口座振替出来ず、延滞になってしまいました。 これに基づき、私達はお支払いをお願いすべく、Aさん宅に連絡します。 奥様曰く「交通事故で本人は入院しており、意識不明です。私が代わりに送金します」 個人情報保護法とか色々あり案内できない可能性もあるのですが、事情を考慮して、 今回に限り送金をお願いします。 この場合、奥様が金融機関の窓口で支払いをする時に必要な「本人確認書類」とは? →契約者本人(Aさん)と送金する奥様自身の「本人確認書類」が必要になります。というような事を踏まえて、今日私が抱えたお客様方は皆様「高額」なありがた~い方ばかり。なので、丁重におもてなしして差し上げた。「金融機関よりご送金いただく際、本人確認法の改正に伴い、昨日1月4日以降御本人様確認のための書類の御呈示が必要となる場合がございますので、ご了承くださいませ。なお、ご不明な点がございましたら、誠に申し訳ございませんが、ご利用いただく金融機関もしくはその窓口までお問い合わせください」【金融庁】~今般の本人確認法施行令の改正について~http://www.fsa.go.jp/policy/honninkakunin/
2007.01.05
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『オーラの泉』を観た。いつもちょっとだけもらい泣きとかしてしまうのに、今夜は何故だかワクワクしていた。観ている間、誰かが私にずっと囁きかけて来た。(←気がフレたわけではありません(笑))いくつもの映像を私の脳裏に映し出し、いくつかの単語を差し出して私にせっせと語りかけてくる。去年の11月頃、何かがざわざわし始めた。あの時は心が落ち着かないだけ、乱れているのだと思っていた。けれどそのすぐ後に教会の入門講座で異例と言われる神父様の特別講義があった。ざわざわしていたものが繋がった、そんな気がした。「来た~!!!!!」という感じだった。それからというもの先月の自分の誕生日に「大我」だ「小我」だと、自分でもよくわかってないような言葉を使っていたりする。そして、今日は明らかに誰かが私に語りかけてきた。これからの私がどう歩を進め、どう生きていくのかという方向性をせっせと語りかけてくる。しかも時に美輪さんや江原さんの言葉がそこにプラスされる形で。けれどぐったりするどころか妙な高揚感に包まれた。番組が終わろうかというそのとき、友人からメールが届いた。新規プロジェクトの立ち上げに手を貸してほしい、と。私は昨年9月に諸事情あってメインの仕事を替えた。でも、新しい仕事は朝令暮改の業務運営にややうんざりしている所だった。学ぶ事もないし、仕事の上でのえげつなさみたいなものが見えてしまっている。「仕事だから」「これでお給料貰ってるんだから」そう自分に言い聞かせて、心のどこかで「割り切れ!」と思いながらの日々が続いている。この新しい職場でたった一人、教会に通っている事を打ち明けた相手が年末で退職し新たな会社で勤め始めた今夜メールをくれた友人だった。彼女に教会に通っている事を伝えたとき、「私はこの人に会う為にこの会社に来たのだ」というはっきりとした思いがあった。そして今夜、彼女もメールの中で「あなたには会うべくしてあった」というような事を記してきた。「転職を考えて動き始めた時にあなたと出会ったのは、あなたが私の力となる人だから」と。『天職』とは 自らの心と魂が喜ぶ仕事。『適職』とは 生活する為に必要な収入を得る仕事。故に、私はこれから『天職』の為に一歩、歩を進めようと思います。ただ、しがらみがあるのですぐには身動きとれそうにないけれど、そう遠くない時期に間違いなく、その扉をあける事かと思います。折角、扉の前に立っているのに、開けない手はないですから。
2007.01.04
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友人と六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで行われていた、俳優 福山雅治さんの写真展に行って来た。正直、写真家福山雅治の写真展なのかと思って出かけたが、そうではなかった。5人の写真家とコラボした展示会。被写体は「福山雅治」さん一人なのに、5人の個性が出ていて、それなりに楽しめた。ファンにとってはたまらないのでしょう。ランチに和菓子の老舗「とらや」さんのプロデュースする「Toraya-Cafe」で美味を堪能。和三盆のアイスクリームと小豆のアイスクリームが甘さ控えめで美味しかった。いつも行列だから入らずに別のお店に行ってしまうところが、今日は、流石東京。人がいないし、ヒルズも閑散としていたので、すんなり、このお店に入れてしまった。霞がかっていたけれど、東京タワーがとてもきれいだった。何度も行っているのに、今日は人の少なさも手伝ってか、「おのぼりさん」を楽しんでしまった。
2007.01.03
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『希望の国、日本』(御手洗ビジョン:http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/vision.html)新聞の記事が気になった。日本経団連が、今後10年を見据えた将来構想「希望の国、日本」を正式に発表したと伝えている。企業や官公庁が日常的に「日の丸」を掲げ、「君が代」を斉唱する事を初めて提言し、「愛国心」の必要性や憲法第9条を改正する事を求めているという。教育現場では「君が代」斉唱や「日の丸」掲揚は議論の対象だ。それでもサッカーW杯やオリンピックでは斉唱されるのは「君が代」だし掲揚されるのは「日の丸」だから、矛盾しているといえば矛盾しているのかもしれない。けれど、次代を担う日本人を教え育てている場所で反対意見があるのに企業や官公庁に日常的に ー というのは教育現場以上の反対勢力がいるのではないのかしら。昔、母の実家では祝日になると今は亡き私の祖父が「日の丸」を門柱に掲げていた。隣近所も掲げていたから、幼い私はそういうものなのだと思っていた。でも、今そんな事したら、明らかに「右」の家になるのでしょう。それに改めて「愛国心」という言葉が鍵括弧付きになると、背筋がぞくっとする。「愛国心」とは「日本人としての自覚」が根底にあってのものだと思う。「日本人としての自覚」 ー 難しい漢字が使えるとか沢山諺を知っているとか、正しく敬語を使いこなせるとかそんな事ではないのはよ~く分かる。けれど、「愛国心」も「日本人としての自覚」も他者から強制されるものではない。多角的に物事を教えられでもしないかぎり、一朝一夕には身に付かない。…だから10年構想なのね。というか10年で足りるの??「防衛庁が防衛省」になり、「君が代斉唱」に「日の丸掲揚」。そして自衛隊を認めた「憲法第9条改正案」。後10年の間に、隣国韓国のように「徴兵制」が始まるのかもしれない。この国は、右傾化しているのかな…。「靖国」行くと、こんなこと考えられなくなるのに…
2007.01.02
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良き新年をお迎えの事と存じ上げます。昨年は本当にお世話になり、深く感謝いたしております。この新たな一年に訪れる「一期一会」を大切にしていきたいと思っております。本年も何卒よろしくご指導賜りますよう、厚くお願い申しあげます。2007年 元旦† † 洗礼式を迎えるこの春、その式の後、教会は建て替えの為に取り壊されてしまいます。そのため、それから1年、私達はミサに預かりたければ、他地域(海外含め)のカトリック教会に赴かなければなりません。そこで多くの出会いがあるのかと思うと今からわくわくします。もちろん、出会いは教会だけではありません。そして「人」との出会いだけでもありません。様々なところで巡り会うであろう様々な形をした一つ一つの出会いを大切に今年をスタートさせたいと思います。後一歩だけ前に進もう~† †
2007.01.01
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