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1966年(昭和41年) 米国・伊国 リチャード・ハリス 175分以前に阿刀田高の「旧約聖書を知っていますか」を読んでいてよかった、つくづくそう思った。読んでなければ、おそらく序盤の天地創造の時点で(3日目あたり)あきらめただろう。「あーなるほど、あのくだりはこんな風景なんだなあ」と観れる喜びは読書する人間の得難い喜び。阿刀田さんの本ではあまり記憶に残っていない(あるいはサクッと省略された?)ノアの箱舟の映像化に感激。さすがに肉食獣は同時撮影していないけれど草食獣たちは同時撮影している(としか思えない)箱舟だって実際製作したんだろう(としか思えない)神さまはパワハラ上司。神さまは傲慢だ、だって全知全能でわたしたちは神さまの産物なんだから逆らうなんてとんでもない。半沢直樹くんみたいな行動は許されない。笑原題は「THE BIBLE -THE BEGINNINGー」まぁ天地創造というよりは聖書物語としたほうがわかりやすいんだろうけれど、この邦題を名づけたほうがしっくりくる。数点蛇足1.気概 ノアの箱舟にせよ、映像化にあたりスタッフ陣の「聖書」を映像化しちゃる! その気概は時と場所、そして宗教を知らないものにでも迫ってくる。2.ピーター・オトゥール 神の御使いで登場してくる。 晩年のオトゥールの顔立ちしか知らないが、それでも彼だとすぐわかる。3.戦争は常に カインとアベルの話から始まり、アブラムの時代だってソドム・ゴモラの町だって。 常に人間は諍いを繰り返している。
2020.08.30
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1996年(平成8年) 豪国 ジェフリー・ラッシュ 105分下にあるようにこのポスターは当時のわたしの記憶に残っている。「鮮やかな青い空に男が手を広げて自由を謳歌している」ポスター「シャイン」と「ショーシャンクの空に」は私の中で混同されていて、シャインはピアノを弾く主人公が何かの事件で囚われて、後日出獄して自由にピアノを弾く喜びを得る。そういうストーリーだと認識していた。その誤解が解明されて自己満足。わたしの見落としなのかもしれないが、物語は「いつ」も「どこ」も説明がなく始まる。どうやら父親はホロコーストを生き延びたユダヤ系のひとらしい。ということは1950年代の風景なのか。ここはポーランドあたりなのか。そういう「あたり」をつけるところから見始めた。父親との確執、というか頑固な父親なために主人公が進みたい道を選べず、唯々諾々と自分の人生を歩んでいく幼年期・少年期。観ていて、痛ましかった。父親へのイエスマンになる少年、悲しい。ロンドンの王立音楽学校へ進路を取ってからの晴れやかさにもどことなく彼には影がつきまとっていて。ラフマニノフの音楽に挑戦し続けることが、その陰を色濃く。画面で見えるラフマニノフの楽譜の音符の多さにその難しさが映し出されて、楽譜が読めないわたしでもそれがどれほどの難関なのかよくわかった。精神を病んだ彼が再びピアノに親しむ(輝く=シャイン)日が来るのか。わたしはそんな日は来ないだろうと思いながら見続けた。数点蛇足1.ジェフリー・ラッシュ このアゴ!どこかで観た!そう思いながらしばらくして。 「パイレーツ・オブ・カリビアン」の船長!!!! でもって「英国王のスピーチ」の教師!!!! これジェフリーだと気づくのは毎回時間がかかる。2.厳格な父親 この映画で最も存在感があったのは父親。 父自身はバイオリンで生計を立てようとしたフシがあり、その夢を息子に背負わせた。 父の夢が大きければ大きいほど息子への期待が大きくなり期待から「押しつけ」に変貌する 星飛雄馬みたいな根性を持つ少年はほとんどいないしね。
2020.08.30
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1960年(昭和35年) 米国 ユル・ブリンナー ほか 128分元ネタは黒澤明の七人の侍というのは知っている(未見だ)豪華すぎるキャスティングユル・ブリンナー、スティーブ・マックイーン、ジェームス・コバーン、チャールズ・ブロンソンこの四人はすぐに「あっ!」とくるほど。みんな若く、腰回りがシュッとしていてガンベルトが凛々しく映える。ブリンナーがガンマンが増えていくたびに指を立てて人数を表す、そのしぐさが「絵になる」このひとの目には力がある。睨まれたら、わたしそれだけでチビります。数点蛇足1.音楽 映像と音楽の調和が素晴らしい。 日曜の夕方五時からFM「安部礼司」のテーマ曲はこの曲とは知らなかったよ。2.太陽にほえろ ブリンナーが石原裕次郎でと以下当てはめていけば、この映画からヒントを得て 太陽にほえろができあがったのかもしれない、ふとそう思った そういや、「七」曲暑だもん3.疾走感 ガンファイトもしかり。 一番感じたのは馬からの落馬しながら果てるならず者たちのアクション スローモーション技術などが未発達だからこそ感じられる疾走感
2020.08.29
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1973年(昭和48年) 米国 ジーン・ハックマン 117分豪華客船が転覆、沈没。といえば、「タイタニック」それを遡ること半世紀、こんな作品があるとは知らなかった。ポセイドン・アドベンチャーのテーマは「前に進む勇気」転覆→客室は海抜以下の場所→海抜以上は機関室→そこに行かなければたったそれだけの展開にも関わらず手に汗握りながら見入る。そこに派生して友情や愛情といった「絆」「信頼関係」が結ばれていく。たまたま乗り合わせただけの縁なのに、互いに「脱出して生き延びる!」目的を実現させるために、ひたすら前を向いて進んでいく。先導役の牧師はもちろんだけど、私がギュッと心を掴まれたのはベル婦人。数点蛇足1.ジーン・ハックマン ハックマンには悪いが、わたしが見た作品のハックマンは大抵悪役だ。 そんなハックマンが牧師になり、脱出の先達といて皆を率いていく姿、最初は 「何か罠にはめようと?」と思いながら鑑賞2.レスリー・ニールセン 「裸の銃を持つ男」でおとぼけ警部のイメージしかない彼。 エンドロールで船長が彼だと知り、再度船長のシーンで確認。 3.女性陣の脚の露出高め! エロオヤジとしては嬉しいんですがね。 お正月の季節、転覆した船(停電で暖房なし)でこんな涼やかないでたちでは寒かろう! と思いながら。 元娼婦役の女優さんは下着姿まで披露されて、この時代にしては攻めているなあ。
2020.08.29
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1985年(昭和60年) 米国 クリント・イーストウッド 116分同じ1985年といえば、バックトゥーザフューチャーが上映されている。前にも書いたがパート3でマーティが西部開拓時代にタイムワープして「クリント・イーストウッド」と名乗るシーンを思い返して、思わずクスリ。ストーリーはわからんでもないが、ゴールドラッシュの山間部、概ねのシーンは草原だったり荒れ地だったりするのに、雪景色の中で去るシーンとか結構土地感・季節感がぐちゃぐちゃ。でも、こういうテキトー感って21世紀の映画にはない作り方だから微笑ましい。「だって撮影している間に雪が降ったんやもん」と言いそうだ。この映画でもそうだけれど、西部劇にはかなりの確率で聖書の教典(?)や●●章の物語を読み上げるシーンが多い。(食事前やピンチに陥ったときなど)日本はキリスト教より仏教の国だから、聖書への畏敬感がピンとこない、それがもどかしい。数点蛇足1.モテ男、クリント・イーストウッド いやいや、助けた男の妻に、娘に。(娘に至っては15歳ですよ!) 顔はそれほどでもないのに…。笑 女性は絶対的に強い男に焦がれるものなんでしょう2.酔っぱらってクダを巻くのはやめよう スパイダーくんのこと。 金塊をゲットして地主の家の前でクダを巻いたら…。そりゃそうなるよ。3.7人!というのは黒澤明が築き上げた人数か? 敵役が雇った保安官軍団の人数は7人。 7人ってのは正義感が闘うには顔や性格など観ている側が 「”多い”と感じながら、脳にインプットできる」絶妙な人数なんだろうな。
2020.08.27
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1971年(昭和46年) 米国 ピーター・フォンダ 91分1971年製作だから、ちょうど100年前のアメリカがまさしく西部開拓時代。日本人のわたしたちが日本の原風景を演出してくれる時代劇を観ては「なんだか懐かしい」と感じるように米国人も西部開拓時代の原風景を観ては懐かしむんだろうな、と感じた。とは言いながら1980年代後半までオンエアされていたCM「わんぱくでもいい たくましく育て」のセリフとともにあの風景を懐かしく思い出していた。物語は日本の時代劇と通じるような感覚があり、さすらう放浪の旅にくたびれたカウボーイ(侍)が魅力ある地に向かうことよりも不便でも妻が待つ(別れているにも関わらず)里へ帰る旅。その妻は貞淑な顔立ちをしていると思ったのに、あからさまに自らの性欲について語る(他の男に)抱かれたいときもあるのよ、と言われる夫(いや、元夫だな)。それでも妻とやり直したいと願う夫。こう書くとメロドラマみたいに読めるけれど、非常にドライ、ストイック。淡々と映されていくシーンにはいやらしさは皆無。カウボーイが故郷に帰りたくなったのは妻子がいるからではなく、生まれ育った地に根を下ろしたいからなのだろうか。50年前の世相も加味されて製作されていたのか、男は女とどう接するのか(この時代なら”どう扱うか”かな)が反映されているような気がする。数点蛇足1.スローモーション技術 チャプター毎にと言っていいほど、スローモーションになり余韻を残す2.フェードイン・フェードアウト技術 1ほどではないけれど、同様に前のシーンをフェードアウトし、次のシーンを フェードインさせる この2つの技術、1970年ころの最先端技術だったんだろうか。3.ピーター・フォンダ 「シュッと」した優男だなあ。 彼が着こなしていたジーンズの上に履いている(漁師のおじちゃんが履くようなあれ)ものが やたらとかっこよかった。
2020.08.27
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1968年(昭和43年) 米国 チャールトン・ヘストン 112分言わずと知れた名作、結末は既に知っている。それなのに、ついつい見入ってしまう。普段、下に観ている猿が自分ったいより上の存在だとしたら。そのIFが思いついた時点で柔道でいえば「技あり!」加えて、宇宙船で銀河を旅して遥かかなたの星での出来事だよ、としながらの結末柔道でいえば「一本!」数点蛇足1.ノバの衣装が妙に艶めかしい 50年を経過して来るっと流行が回転し、この水着でプールにいたらオトコたちの目はくぎ付けだよ2.創世記のCGよりもこの着ぐるみのほうがいい。 SFだもん、創世記のシーザーみたいにリアルすぎると怖くなる3.聖典は何条まであるんやろ? 文明が起こるとき、伝えるために文字に残す。。。。 それが元でトラブルにもなりますね。。。エルサレムとか。。。
2020.08.23
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1966年(昭和41年) 日本 吉永小百合 渡哲也 92分主演の二人がこのころは「演技派」とは言えないほど若い。ほとんどか或いはオール広島ロケなのだろう、橋をはじめ、かつてわたしが訪れた(2010年ころ)の橋が変わることなく映像として残っていることに個人的に感慨深かった。爆弾投下から20年を経過して製作された映画。このような美男美女をキャスティングすることで放射能の後遺症に苦しむひとがいても、愛し愛される権利は誰にも奪えないというメッセージが感じられる。ちょっと綺麗すぎることが被爆者のみなさんからすると違和感を覚えたのかもしれないけれど。原爆病院や原爆ドームでのロケーションが実施されていることは被爆者の皆さんの思いや願いだったんだろうなあ。今も吉永小百合は原子爆弾の被爆者たちの朗読など、戦争により傷ついた一般市民の声を丁寧に拾い上げる活動をなさっている。その起こりはこういった作品(NHKドラマの夢千代日記もあるし)を通じて、自らの使命として受け止めていらっしゃるのかなあ。蛇足数点1.吉永小百合には白いブラウスがよく似合う 本当にこのひとは美しい、そして意外に目に力がある2.中尾彬が爽やかな好男子 出演者で彼の名前を見つけたからわかったけど、なかったらわからん3.オートバイをノーヘルメットで二人乗り この時代当たり前なんだけど、観ていてドキドキするわたくし。 こうやって新しい常識は古い常識を否定するのね。
2020.08.23
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2013年(平成28年) 日本 多部未華子 倍賞美津子 125分まあ、よくあるSFです、「もし若返りしたらどうしたい」昨年「これは経費で落ちません」で多部未華子が演じている姿を観て(先入観で大したことないと決めつけていた)思ったよりも上手い女優さんだなと。今年お亡くなりになった志賀廣太郎さんがいい味出している。倍賞美津子は演じているというよりそのまんまなんじゃ?というくらいやりたい放題。感想らしい感想も浮かんでこない作品。
2020.08.22
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1973年(昭和48年) 日本 小林桂樹 丹波哲郎 藤岡弘 いしだあゆみ 143分おそらく原作はすごく分厚い作品なんだと思う。加えて、政治や経済、国際情勢がどう変化していくのかが書かれているのかもしれないなあと思いながら鑑賞。小林桂樹が演じる田所博士が中盤で一旦退場する藤岡弘は潜水艦の総舵手なんだが、中盤以降の彼の役割が「?」いしだあゆみは美しい、黒いビキニ姿は艶めいて美しかった国土がなくなって世界のどこかに住んでも日本人なんだろうか。パレスチナ難民の話が劇中にも出てくる(公開から40年経過した今も何も変わっていない)エンディングで藤岡弘といしだあゆみ(結婚の約束をしたカップル)が世界のどこかにそれぞれ生き延びている。最近の邦画だと、そこを無理やり再会させたり、「心は通じているよ」みたいな演出をするのだが潔くお互いが生きていることも知らないが生きて再会することを信じながら、の演出はよかった。丹波哲郎は(大根なセリフ読みはご愛敬)貫禄がある。このひとが首相役を演じているんだが、どっしり感があって頼もしい。
2020.08.22
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2011年(平成23年) 英国 メリル・ストリープ 106分 ティーンエイジのころ、イギリスの首相といえばこのひとだった。「鉄の女」と呼ばれていたこと、おぼろげながら記憶にある。晩年のサッチャーの回顧録のような展開。認知症を患っているようで、亡き主人「デニス」が彼女と暮らしている(妄想だけど)彼女が生んだふたりの子供のうち娘は近くに住んでいるよう、息子は南アフリカ。サッチャーは息子とも同居している(妄想だけど)というシーンは、詰まるところ、「鉄の女」首相でありながら妻・母親としての一面にクローズアップしたかったのかなあ。それから彼女が政治家としての立志伝が続く。彼女の主義は「公正」ということなのかな。大富豪も一般労働者も同じ税金にするというのは理解できないけれど、サッチャーの理想は誰もが労働し、GNP(彼女の時代はまだGDPではなかったはず)を上昇させたい。そんなことなのか。政界から去った彼女は言う今は「どう感じた」のことに重きを置くわたしのころは「どう考えるか」に重きを置くそのまんま21世紀を20年を過ぎた今、とても重要な彼女の言葉だ。何よりこの映画はメリル・ストリープのメリル・ストリープによるメリル・ストリープのための作品。老後のサッチャーを演じているのだけれど、「本人やん!」としか思えなかった。
2020.08.22
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「まるこ」と言えば平成になってからは「ちびまる子ちゃん」の代名詞だけれど昭和の「まるこ」と言えば彼の顔が容易に浮かぶ。彼のフルネーム、初めて知りました「マルコ・ロッシ」というTHEイタリアなお名前。思わずニマっとした。カルチョ選手みたいやん!テレビ放送で50話を一時間半に集約した映画。「完結編」というより「簡潔篇」なのでは??調べてみたらテレビ放送されたのが1976年、わたし小学一年から二年にかけての放送。前作が「フランダースの犬」、これは覚えがある。それに比してこちら「母をたずねて三千里」は殆ど物語やさまざまなシーンに感慨、思い出、記憶が出てこない。きっと観ていたはずなんだが…。同時期に放送された「一休さん」は覚えがあるのに(まあ一休さんは放送年数が4年以上あったようだから諸々記憶が混同しているにせよ)7歳、8歳のころには全く知らなかった地理がわかった今、いろんな地名・人名が脳内の地球儀でピンが立つことに感慨を覚える。イタリアジェノバ地中海ブエノスアイレスコルドバアルゼンチンフィオリーナパブロペッピーノ無銭乗車(乗船)など、21世紀にはNGな場面もある。警察官が少年に暴力を振るうシーンも今ならNGなのかな。けれど、このアニメ、池波正太郎の作品にも通じる「ひととひとのぬくもり」が感じられる。機械、ロボット、IT(インフォメーションテクノロジー)が発達し過ぎたがゆえに、人間は他者を思いやる気持ちが減退、あるいは喪失してきているんじゃないか。そんなことを感じながら懐かしい4:3のアスペクト比と粗いタッチのアニメに現代社会の病巣を感じてしまった。世界名作劇場で観る「スープ」飲んでみたいなあと思っていたのは思い出しました。(ま、これも千と千尋の神隠しなどでも度々描かれるテイストですが)
2020.08.22
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公開時は映画館で鑑賞したのだけれど、、途中で記憶喪失になった作品。原題「SULLY」機長の愛称。カップラーメンの蓋を開けてお湯を注いで蓋を開けるまでの時間と大して変わらない208秒。208秒で前代未聞のハドソン川への着水を決断する。それが正しいとか正しくないとかいうのが事故調査委員会。事故調査委員会を悪と決めつけず、機長を善とも決めつけず、相変わらずイーストウッド監督は中立的な立場で撮影している。わたしも、事故調査委員会の見解に一理あると思ったり、機長の決断は正しいと思ったり考えがブレまくった。調査を受けている間、周囲は機長を疑惑のひととして見る。これは2020年に鑑賞した「リチャード・ジュエル」でもイーストウッドが静かに突き付けてきた報道によって左右される民意は時として当事者には最大の凶器になる。報道は機長の決断は誤り(または早計だった)と主張し、機長の自信も揺らいでいく。わたしはたぶんに報道に対して素直すぎて額面どおりに受け取る。報道に載らない事実、報道の主観に寄りすぎない目線を養わなければなあ。もう50も過ぎたのに、未だに報道はなんでも正しいと信じるのは危険だ。クリント・イーストウッド監督、陰影の見せ方が上手いなあと思う。トム・ハンクスの顔を映し出し、真っ暗な顔から目がじわじわと見えてくるシーンには機長の苦悩をセリフなしで演出。バットマンで悪者だったアーロン・エッカードが機長と篤い信頼関係を維持し続ける副機長。(そんなことはないのはわかっているけれど)副機長、いつ裏切るか?と思いながら観てしまった。笑繰り返すが僅か5分も満たない時間で自分だけでなく乗客の命を守るために「前例もなければ、正解なんてない」中で幾つもの決断を下す勇気に感じ入る。
2020.08.22
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池波正太郎作品にしては物語に起伏がない。途中で何度も睡魔に負け続けた奇妙な作品。(先生、すみません。)山中鹿之助は名前はよく知ってる人物。だけど何をした人かは戦後高度経済成長時代生まれの私にはピンと来ない。太平洋戦争のころには忠臣として教科書に取り上げられた人物、と言われてもどれだけの功績があったのかもよく知らず。功績や武勇を知りたくて手に取ったものの、池波正太郎のペンはどこか冷ややか。尼子家再興のため獅子奮迅の働きをするのは立派だけど「過去のもの」に成り下がったものへいくら想いを込めたところで「未来」は拓けない。富田城を奪還し本領安堵してもらって、その先は?領民との触れ合いもなく、ただただ故郷に住みたいから、というのが再興の動機だとすれば統治者としては失格なんだろう。眠けに襲われたのは鹿之助が再興なったのち、未来へのビジョンを描いてないからかなあと自分を正当化してみる。作中、ところどころで信長など、戦国の大局を紡いでいるのは天下一品です。こんなに分かりやすい歴史の先生もいない。
2020.08.11
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Back To The Future、Part3でマーティは西部開拓時代にタイムスリップする。名を聞かれた彼は名乗る「Eastwood,Clint Eastwood.」と。さしづめ日本なら「海老蔵、市川海老蔵」と名乗るようなものか。クリント・イーストウッドが西部劇のスターだというのを知ったのはこのセリフから。私がイーストウッドを目にしたのは「ダーティーハリー」だったからなあ。この「荒野のストレンジャー」観ていて「?」な展開も幾つか。特に流れ者(イーストウッド)が街の女性を無理やり抱いてしまう(いや、あれは強〇とちゃうのか?)強いオトコにオンナは抱かれてなんぼ、みたいな。さすがに西部開拓時代から200年(?)経過のいまは不思議でしかない。こちらの時代劇でもそれに近い描写はあるにせよ。いきなり!感が半端なかった。赤いペンキは、血の比喩だったのか。ならず者への警告だと、すぐには気づかなかった。口数が非常に少ない流れ者。そこに魅力がある、翻って思えば言葉が足りないから「いきなり!」感が強いのかもしれないなあ。
2020.08.10
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不覚にもクライマックスの逃亡劇でポロポロと泣いた。少年たちの純粋な気持ちが心に響いたから。1982年、中学2年生。少年サンデーの巻頭カラー総力特集で最初にE.T.の姿を観てビビった覚えが強い。この異形なものを観に行く気にならず、結局スルー。中学2年生、反抗期、誰もがいい!というものにそっぽを向きたがるお年頃。今回、50歳を超えて初めて観て、「オレってバカだったなあ!」と反省。洋画は憧れの地で撮影されたファンタジー。カリフォルニアの町並み、NASAの宇宙服。ああ、こんなものにあこがれていたよなあと懐かしく。有名な月のシーンは中盤のクライマックス、てっきりこれがエンディング直前の最大のクライマックスかと思っていた。自分と形が違うもの、見たことがないものを受け入れる子どもの無垢な心。対して大人は区分けしたがり、必要以上に知りたがる。E.T.以前には「エイリアン」で宇宙人は人類を滅ぼす存在。スピルバーグはこどもたちに敵対する存在としてではなく、友だちとして宇宙人を観てほしかったんだろう。E.T.以降、コクーン、ハワードザダックなどが登場してきたのはスピルバーグの賜物なのかな。
2020.08.01
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嵐の二宮くんでもないし、Madonnaの90年中盤のアルバムタイトルでもない。(あれは、エロチカ)1939年製作、当時の日本は日中戦争突入して軍国主義へ傾倒していく時代。自由を謳歌することは基本的人権だ!と海の向こうでは説いてくれています。作品の冒頭「サイレンは妖精の歌声であった時代、警報のことをサイレンとは呼ばない時代」第一次世界大戦が終わり、フランス帝政をロシアが潰した過去がまだ記憶に新しい時代。ヒトラーが幅を利かせはじめ、作中で揶揄されている。1939年はもうナチズムを危険因子と表現している、ということか。社会主義、共産主義、資本主義、世界の覇権を握るのはどれかな?と投げかけ。ま、冒頭からロシアの三人の役人がお国から命じられて、宝石を換金して食糧に変えようとする時点で資本主義に軍配はあがっている。物語のプロットは超古典的で、主義主張の異なる国家(組織)に属する男女が恋に落ちて、というもの。グレタガルボはお名前だけは辛うじて聞いたことはあるという程度。失礼ながら、とびっきりの美女というわけでもないような。この時代、銀幕に登場する女優は必ずしも憧れの地位ではなかったのかもしれないなあと思った。ガルボや先日のマレーネ・デートリッヒたちの活躍があり、後のグレースケリーやオードリー・ヘプバーンに繋がってきたのかも。翻って現在は女優さんは圧倒的に美女と呼ばれるひとが大半で、こすっからい役どころや醜女(しこめ)を演じられる女優さんの慢性的人手不足では?三人の役人を二体のドロイドに女たらしのジゴロ貴族を宇宙船操縦士(海賊)にロシアの役人女性を宇宙のどこかのお姫様にそうするとあれ不思議!ハンソロとレイア姫の物語に置き換わります。
2020.08.01
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戦争の映画だ。俳優も知らないし、あらすじも知らない。尺が100分程度というのが嬉しい。船と戦艦が戦闘をするシーンはさすがに模型なのが丸わかり。ウルトラマンの特撮と同じ、でもそれが味わい深い。CGがいいと言いながら、これはやはり特撮のほうがいい。戦闘でモノが壊れたり、ひとが傷つき倒れていくさま、これは特撮(つまりあまりにリアルなものではないほう)が脳みそが受け入れやすい。でも、実際の砲撃シーンはほんまもんの弾薬とか使っているようで、その迫力!ふたりの武人の駆け引き合戦。この作品、後の海戦映画のプロトタイプになっているんだろうな。箱(船や潜水艦)と道具(武器)がその時代その時代の最先端にさえすれば、二番煎じでもじゅうぶんだもの。ドイツ軍艦長。ヒトラーを信奉しておらず、第一次世界大戦(彼にとっては古きよき時代)を懐かしみながら、今(第二次世界大戦)の武器が便利になりすぎていることを嘆く。米軍船長。民間出身で部下からの信頼はなく、船長室にひきこもり。このふたりが相まみえる計略のかけひきはほんとうに面白い。ドイツ艦長が物語のクライマックスで「友だちなんだ」のセリフにはシビレます。フィナーレのふたりの行動、会話もシビれまくり。戦争はあってはならないし、加担もしたくない。世の中、本当にきな臭くなっていく今、この願いは持ち続けたい。こんな映画はないにこしたことはない。ただ、計略を楽しむだけのシミュレーションゲームとしてならいいんだろうけど。ここまで書き終えて、この映画は。戦闘を観るものではく。先頭に立つ者の立ち振る舞いを学ぶ映画。
2020.08.01
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