2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
買い物の帰り、看板が目にとまりました。 「○○空港、2010年3月開港!」 え?!聞いたことはあったけど、あれ、来年の話だったの?! (まぁ、来年3月を”めど”ということみたいですが) 帰ってきていろいろ調べてみました。就航表明状況をみると、ちょっと、いや、かーなーり前途多難な感じ。 命名までのいきさつには、笑ってしまいました。「トウキョウメトロポリタン・○○○○エアポート」(←○の部分は県名が入る)とか「水戸黄○空港」が候補にあがっていたらしいんですが、結局、ふつーな名前に落ち着いたようです。よかった。普通で。だいたい、トウキョウじゃないわけだし、これ以上、外国の方を混乱させるのもやめて下さい…って感じです。 本体のウェブサイトも見ましたが、マイカーでのアクセスが格段に便利になることを盛大にアピールしてるのがちょっとアレですな、と思いました。お願いですから、空港がらみ以外も含めて、公共交通をなんとかしてください、と思う一県民なのでした。
2009.04.29
コメント(2)
もう4月も終わりですが、新人歓迎会が開かれました。 うちの職場には、数は少ないですけど、日本語以外の言語を母国語とする方もいます。私の場合、英語で仕事の話をするときはまだいいのですが(話さなきゃいけないことがあるから)、食事とか飲み会になると途端に言葉少なになってしまいます。 なので、上司(エイプリルフールカードの人ではない)と私とで、日本語を解さない新人さんを挟む席順になり、ちょっと緊張していました。幸い、上司は話好きな人なので、彼女が楽しく話してくれるのを私は相槌打って笑いながら聞いていました。たまにちょっと言葉をはさむぐらいで。 そしたら。「ふぉんさん、『ブレーメンの音楽隊』ってどんな話だったっけ?」といきなりふられたのです。そのお店が「ブレーメン」っていう名前だったからなんですけどね。その新人さんは、都市の名前だということは知ってたみたいだけど、タイトルさえも聞いたことがなかったらしい。 私も大してかわりはなくて、いくら考えても、動物たちが楽しく音楽を演奏しているイメージしか浮かんでこない。なんで演奏してるんだか、そして、いったいどういうオチだったのか、前後がまったく思い出せない。周りにも聞いたんですが、皆さん「全然覚えてない」「音楽は楽しいよ、って話じゃないの?」などとおっしゃる。ほんとに…?? さっそく検索かけてみました。「ブレーメンの音楽隊」の動物たちは、ブレーメンにたどりついていなかったんですね!知らなかった!そして、音楽隊に入ろうとした動機は切ないものだったんだなぁ…。これまた全然記憶になかったです。 あちこちであらすじを読んではみたものの、日本語でも、なんとも説明しにくい話だなぁと思いました。
2009.04.27
コメント(0)

あっという間に最終日。まずは大浦天主堂へ。ここは信徒発見の舞台となったところ。約250年に及ぶ弾圧の下、信仰を続けてきたというのは本当にすごいことですよね。教会を見ると、やっぱり違う文化のものだよね…と感じることが多いのですが、ここはとけこんでいるなぁと思いました。 次はグラバー園へ。長崎港を見渡せるところに歴史ある洋館が並んでいます。建物も素敵、眺望も素晴らしく、いろんな花が咲いていてとてもきれいでした。 ワタクシ、バラのアーチを見て、思わず、キャンディキャンディ!と思ってしまいました。あらためて、あらすじを読んでみましたが、すごいドラマだったんですね~。幼い頃の私はどんな風に理解してたんだろう? なんの関係もないキャンディキャンディは置いておいて。これは旧オルト住宅。 これは旧グラバー住宅。 グラバー園にはハートストーンなるものがあります。なみちゃん、私たち、さわってきませんでしたね。まして、踏んじゃいけなかったみたいだよ(笑)。 坂やら階段やらが多くてちょっと大変でしたけど、ほんっとに楽しい散策でした~。 さて。タイトルについて。見どころ満載の長崎には、「長崎さるく」といういろんな観光コースが用意されています。「さるく」とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁だそうです。路面電車の駅にも、案内板があるのですが、路面電車の中から見た案内板のひとつに、「長崎はローマだった」というのがあったのです。帰ってきてからも気になっていたので、調べたところ、1580年、キリシタン大名・大村純忠が、信仰心から(+南蛮貿易による収入を確保したかったということもあるみたい)、イエズス会に長崎と茂木を寄進したことを指しているようです。寄進状には、「イエズス会に長崎・茂木を永久に無償贈与する」などと書かれていたそうですが、1587年に秀吉によって同会から没収されたそうです。戦国時代に(というか、戦国時代だから、という事情もあったようですが)、すごい話ですよね~。 お昼ごはんに名物トルコライスを食べ、おみやげに角煮まんとカステラとびいどろを買い、おやつにミルクセーキを食べ、楽しい長崎の旅もおしまい。私たちが空港に向かう頃になって天気があやしくなり、大いに揺れまくる飛行機に乗って、帰ってきたのでした。 なみちゃん、ありがとー!楽しかったよー。これからカメラ修行に励みます。…あと、運転修行にも。 長崎には、私ごのみの見どころがまだまだあるようなので、また行きたいです! おしまい。初めて旅行記を完成させたような気がします。わーい♪
2009.04.20
コメント(4)

長崎3日目。まず目指したのは、遠藤周作文学館。長崎市外海地区にあり、ここは『沈黙』の舞台となった地です。 現在の企画展示は、「遠藤周作とフランス」でした。当時の留学は、ほんと、今とは比べものにならないほどのおおごとだったのだな、と感じました。 遠藤周作文学館の周りの景色に感激しました。空と海がつながってる!ほんとお天気に恵まれたのです、私たち。夕暮れどきもきれいでしょうね~。 次に行ったのは、黒崎教会。『沈黙』の舞台となった教会です。外装も美しいのですが、内装をみたときに伝わってくるあたたかみが印象に残りました。欧米の教会に行ったときに感じる冷たさをあまり感じないのです。 そして、長崎市街に向かいました。道中、またもや、私たちにぴったりついてくる車がいたんですよー。「も~!こんな坂だらけ・カーブだらけのところで、レンタカーと車間距離とらないなんて信じられない!」などとぶちぶち文句言ってました。そうこうするうちに、坂の途中で信号待ち、という状況になりました。信号が変わって発進しようとしたところ、私がアクセル踏みかえるタイミングが一瞬遅れ、ちょっと後ろに下がってしまいました(えへ)。助手席のなみちゃんを恐怖の底につきおとし、そして、後ろの車も、”なにもそこまで車間距離とらなくても…”というぐらい、離れてくれるようになりました。わざとじゃないんですよ、決して。 長崎市街に入ると、さらなる試練が。ヘアピンカーブはなくなったのですが、交通量が増え、道が複雑になるうえ、なぜかナビがあてにならず、さらには、新キャラ・路面電車の登場です。私の運転は、もともと、左に寄りすぎる傾向にあるらしいのですが、運転席のすぐそばを路面電車がかすめていくのがおそろしくて、究極・キープレフトに。またもや、なみちゃんをおそろしい目に遭わせていたのでした…。でも、いっぱいいっぱいだった時点での私に、なみちゃんは何も言わずにいてくれたのでした。ありがたや、ありがたや。 なんとかホテルにたどりつき、ちゃんぽんを食べた後は、稲佐山へ夜景を見に行きました。ここは、三大夜景のひとつらしいです(ちなみに、昨日のホテルから見た夜景は、「日本夜景遺産101選」のひとつらしい)。展望台から見た夜景も素敵でしたが、ロープウェーであがっていくときに目の前に広がった景色もほんとにきれいだったな~。カメラマン魂(?)に火のついた私たちは、途中で買った三脚をフル活用し、もくもくと写真を撮りまくっていました。 ホテルに帰ってからは、パーティー。楽しく飲んで食べておしゃべりして。私の誕生日だったんです。 なにかと忙しいこの時期に旅行を決行した理由は、私が、去年の誕生日に、「次の誕生日を旅先で迎える!」と決めていたからなのです。なんでそう決めたのかはあんまり覚えてないんですけどね~。わはは。去年はあまりコンディションよくなかったからかなぁ。その話をなみちゃんにしたら、「私も行く~」と言ってくれて、「長崎にしよう!」と素敵な旅先まで提案してくれ、あれよあれよという間に決まり、実現にいたったのでした。なみちゃん、ありがとうぅ!! 最終回につづく。
2009.04.19
コメント(0)
同じ業界にいらっしゃるみなさん、IISDが作ったこれ、やってみましたか? 今の仕事を始めてとまどったことのひとつが、略語がとても多いことです。ケルロス(QUELROs: Quantified Emission Limitation and Reduction Objectives)とかパム(PAM: Policy and Measures)とかレッド(REDD:Reducing Emissions from Deforestation and Degradation in Developing countries)などなど。読むのはいいのですが、聞きとりに慣れるまでは結構時間がかかりました。 このクロスワード、どマイナーな問題もあって結構面白かったです。これは関係ないんじゃ?っていう問題もありましたけどね。 この業界のオタクへの道を歩んできたなぁという感じがしています。しみじみ。
2009.04.16
コメント(0)

山をのぼったら、おりてこなくちゃいけません。ヘアピンカーブだらけ(下り)は私が運転することに。前日、のぼるところを見ていたので、だいぶ楽だったはずなのですが、日光・いろは坂より大変でしたよ、確実に。ちょっと気を抜くと、だーっとスピードが出てしまいますし、タクシーが車間距離狭めでついてきてましたし。レンタカーにぴったりつけるなんて、大胆にもほどがあると思うんですけど…。 目指すは、展海峰(てんかいほう)。この展望所から、南九十九島(みなみくじゅうくしま)を望むことができます(おとといの日記の写真はここからの眺めです)。展望所の下のいちめんのなのはながとってもきれいでした!秋は、コスモスが咲き乱れるらしいです。コスモスもきれいだろうな~。 西海パールシーリゾートに移動して、遊覧船に乗りました。晴れていて、日が高すぎず、風が気持ちよかったです。写真は、島の名前は忘れてしまいましたが、ライオンが横たわってる姿に見えますよね、と案内されたところ、…だったような気がします。 ホテルへ移動。このホテルは、九十九島の夕景と市街地の夜景を楽しめます。 夜景を撮るのは難しいですよね。このときはまだ三脚を買ってなかったので、なみちゃんがあーでもないこーでもないと、部屋にあるものを活用して、カメラを置く場所の高さを調整してくれました。ベランダでやってたので、隣の部屋の人に何事かと思われたみたいです…。そして、セルフタイマーを使って撮ると、きれいに撮れるんです!翌日も長崎市内で夜景を見る予定だったので、三脚を買おう!と決意したのでした。 つづく。
2009.04.15
コメント(0)

朝イチにお願いしたタクシーが来ないというハプニングはあったものの(私がすべてのチケットを持っていたので冷や汗かきました)、なみちゃんと羽田で落ち合い、飛行機に乗り込み、長崎空港に到着!このちゃんぽん↓、こわいんですけど…。 レンタカーでいざ雲仙へ!一応、毎日運転している私がまずはハンドルを握ることに。お昼どきだったので、まずは、諫早に寄って、うなぎを食べることにしました。ナビさまの仰せのとおりに、すいすいと気持ちよくドライブ。いよいよ、うなぎやさんに近づいてきて、ナビさまが右折しろとおっしゃる。 え??????まさか、ここ???ここ、車でのぼれるんですか?っていうほどの急な坂。おまけに狭いので、対向車がきたらどうするの??という感じ。(写真を撮ってくればよかった!) 対向車が来ませんように!と祈りながらのぼったところに、うなぎやさんの駐車スペースであることを示す看板が見える。でも、ここ、なだらかではあるけど坂の途中だし、しかも、カーブに沿って縦列駐車しなきゃいけないんですけど…。教習時代、”今後、決して、縦列駐車はしないので、お願いですから、免許ください…”と祈ってた私にはあまりにも高度な課題。途方に暮れている私を見て、なみちゃんが偵察に走ってくれました。そしたら、もひとつ、急な坂道をのぼったところに、平らな駐車スペースがありました。なんとか駐車もできて、ほっとした私たち。 お店で、頼んだうなぎ蒸籠がきて、またびっくり。とてもおいしいんだけど、むちゃくちゃ量が多い…。ごはんがもち米混じりのうえ、1合近くあったような。無理して食べたら、かなりきついことに。その後、丸一日近く、おなかいっぱい感が抜けなかったのでした。 うなぎやさんでの駐車まででいっぱいいっぱいだった私を見て、なみちゃんが、「ここから雲仙までは私が運転するよ!」と言ってくれました。ありがとー!! これまた、すいすいと気持ちよくドライブしていたのですが、途中から、ヘアピンカーブだらけのところにさしかかる。ナビの画面を見てると、M字を押しつぶしたような、すさまじいカーブの連続。すぐ後ろの車は車間距離つめすぎだし、そのあとに何台か車が続いているし、というとってもいやーな状況。助手席の私にできることは、「次、ピン2つくるよ!」などと予告することぐらい。2人できゃーきゃーいいながら、ようやく旅館に到着。 すぐには出かけられないくらい、ぐったりした私たち。しばらく休憩して、雲仙地獄散策に出かけました。ここはキリシタン迫害の地として知られるところ。いろいろと考えてしまいました。 あまりにもおなかいっぱいで、雲仙地獄温泉たまごを食べられなかったのがちょっぴり心残り。 つづく。
2009.04.14
コメント(0)
今日、長崎旅行から帰ってきました!長崎に行ったのは初めてだったのですが、すっごくいいところでした~。写真は、展海峰から見た九十九島です。 めちゃくちゃ楽しい4日間でした!持つべきものは、ノリがよくて、地図をよめて、ジェットコースターみたいなドライブを一緒に楽しんで(?)くれて、私以上に写真への熱意(美しく撮る方面にも、アホ方面にも。私たち、あふれる情熱をおさえきれず、旅行中に三脚を買いました)がある友人だなとおもいました。 なみちゃん、ありがとー!さすが18年のつきあいって感じでしたな。
2009.04.13
コメント(4)
今日のお昼前のこと。職場に宅急便が届きました。 中身は、今月下旬に出る本の見本でした(先日ここでお知らせしたのとはまた別口)。数年前に初版が出たのですが、改訂版が出ることになり、補章の加筆(分担執筆ですが)と資料の追加を担当させてもらったんです。 この作業が、一昨年、大幅に調子を崩して以来、初めてのまとまった仕事だったように思います。数か月かかりましたし、資料整理にうなされもしました(この作業、自分で志願したんですけどね)。また、この作業の節目が全部出張中にきちゃったんだよね~などとしみじみしながら、ページを繰ったのでした。私は、普段、自分の書いたものはほとんど読み返さないのですが(校正のときは仕方なく読みますけど)、この本の完成はとても嬉しかったので、ゆっくり読みました。 読み終えて、ふと奥附を見たんです。そしたら、私の肩書きが間違ってる…。あわてて、本のカバーに記載されている肩書きを見てみたら、そちらはあってました。 見本が届いた日に誤植を発見するなんて、とちょい凹む。うちの職場では、私のひとまわりぐらい上の年齢の方がつくポジションになってたんです。一文字違ってるだけなんですけどね。ほら、省庁で言うなら、「事務次官」と「事務官」とでは、一文字しか違いませんけど、大違いですよね(こちらはひとまわりどころのさわぎじゃないですが)。あー。どうせ間違うなら、下方向の方がまだよかったのにー。←そういう問題じゃないような気もする。 しばらくはちょっと凹んでいたのですが、ま、いいか、本文には(あくまでも今のところ)誤植はないわけだし、やっぱり、この本の完成を素直に喜ぼうっと、と特に根拠もなくテンション復活。 きっと、この根拠のない復活も含めて、この仕事はずっと印象に残ることになるんだろうな、と思いました。
2009.04.06
コメント(0)

今日は、大学時代の友人の結婚祝いの会があり、母校周辺でランチ。久々にほぼ全員がそろって、すっごく楽しかったです!食事もとってもおいしかったですし。 その後、せっかくだから桜を見て行こうということになり、キャンパスへ。 私は、9年間、この学校に在籍していましたが、愛校心があるか、と言われると、うーん、ないとは言いませんけど、そんなには…、というのが正直なところ。でも、母校の桜は、ほんっとうに大好きなのです。心の底から。つくばに来てからも、毎年、桜の季節になると、ああ、見に行きたいな、と思っていました。 桜はとってもきれいに咲いていました!風がふわーっと吹くと、少しだけはらはらと散る感じ。 キャンパスは、新入生勧誘の時期。どう見ても新入生ではありえず、その親世代でもない、よくわからないお年頃のハイテンションな女性9人グループがばしばし写真を撮っていると目立つみたいで(…そりゃそうか)、心優しい後輩達が、「あ、あの。写真撮りましょうか?」と何度か声をかけてくれました。 名物校舎のピラ校がなくなったり、新しい建物がいろいろ建ったりして、キャンパスの雰囲気もだいぶ変わりましたが、桜が変わらずに美しかったのがなんだか嬉しかったです。
2009.04.04
コメント(4)
部署内で私だけが別の部屋どころか別の建物にいます。私以外の人はみんな上司と同じ部屋。ええ、ほされてるわけではないと思いますよ、たぶん。上司とは専門分野も違うので、顔を合わせるのは、月1回の部署内ミーティングと、たまにある飲み会だけ、という感じ。メールやスカイプではやりとりしてますけどね。 昨日の夕方のこと。さすがに2週間近くも職場を留守にすると、いろいろなことがたまって大変なことになってるのに、全然進まなくて、きーーっとなっていた私。そこに、一定水準を超える衝撃度のある話を3件も立て続けに聞いたために気分も沈む(まぁ、私には関係ないといえばそうなんですが)。時差ボケもひどくて眠くなってきたので、気分転換のため、いったん家に帰ることに。 家でだらだら仕事していると、上司からグリーティングメールがきました。開けてみると、録音するから、このボタンをクリックして、とか、この文を声出して読め、とかいろんな指示が出てくる。??とは思いつつも、素直に従っていたワタクシ。 モニターの前でこんなことしてたおバカは私ぐらいだったと思いますが、エイプリルフールのグリーティングメールだったのでした。自宅にいるときで本当によかった。私、その時点では、4月1日だっていう認識さえなかったです。しっかし、上司も結果を見届けられないのに、よくこんなメール送るな…。 これには返事しなければなりますまい、と思い、あちこち見て回り、”上司と同じサイトのじゃおもしろくない””これ、全然おもしろくない””これ、オチまでにひっぱりすぎ”などあれこれ吟味を重ねた結果、名前を入力するよう指示されて、クリックしていくと、最後の画面で名前入りの「バカ証明書」が出てくるアメリカのサイトのカードに決定! 嬉々として上司に送ったところ、すぐに返事がかえってきて、「最高!これ、僕も使わせてもらうよ!」とのこと。そうでしょう、そうでしょう、あちこち探しましたもん、とほくほくしてたのでした。 そうこうしてるうちに、自分の追い詰められてた感が少し和らいでいたのに気付きました。上司は別にそれをねらったわけではないと思いますが(笑)、ありがたかったです。 今日になって、ちょっと冷静になり、「バカ証明書」を笑ってくれる上司で本当によかった、と思いました。笑ってくれない人だったら大変なことになってますよね。ま、そういう人は、エイプリルフール・カードなんて送らないか。
2009.04.02
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1