曹操注解 孫子の兵法

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May 15, 2005
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テーマ: 中国&台湾(3344)
カテゴリ: 人生
◆中国:反日デモ 「中日交流促進会」が外相に300万円--被害の補修費で /兵庫

 ◇「反日デモで被害の大使公邸窓ガラスの補修などに」
 ◇林会長「同胞の青年に代わっておわびしたい」
 中国内で起きた反日デモの参加者が騒ぎ、北京にある日本大使公邸の窓ガラスなどが割られた問題で、神戸にある任意団体「旅日華僑中日交流促進会」(林同春代表)が先月13日、補修費の名目で額面300万円の小切手を外相あてに郵送していたことが12日、分かった。外務省は「原状回復については中国政府と交渉している最中。ご好意は誠にありがたいが、お気持ちだけいただく」とし、同会に近く返還する方針。
 林代表は、神戸華僑総会の名誉会長。交流促進会は小切手とともに、「中日友好を心から願う在日中国人として、同胞の青年に代わっておわびしたい」と話している。しかし、今回の抗議活動については、「日本で言われているような、中国の現体制に対する不満や、愛国主義教育が原因ではなく、日本の首相の靖国神社参拝や教科書問題について、中国人民は心から怒っている。半世紀以上にわたって日本に住み、戦争の悲惨さ、平和の尊さを身にしみて経験してきた者として、両国の人々の気持ちを理解している者として、両国の民衆の誤解を解くためにも、真実を正しく日本の友人に伝える義務がある」という趣旨のメッセージも添えた。
 中国内での反日運動は、小切手が外務省に届いた翌日の先月16日には上海、杭州などに飛び火。しかし、22日にはジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議で、小泉首相が「かつての植民地支配」などについて、痛切な反省とおわびを表明。その後の胡錦濤国家主席との会談では、関係修復に向けた対話を促進させることで一致。中国内でも公安当局が破壊活動を行った容疑者の摘発に乗り出すなどし、反日デモや日本製品のボイコットは鎮静化している。【三谷佳弘】〔神戸版〕[毎日新聞 2005年5月13日(金)]


◆林同春さん-中央実業株式会社取締役社長
波乱に満ちた在日69年◇学校は華僑の精神的支柱

 1925年、中国・福建省生まれ。9歳のとき、出稼ぎのため日本に渡った父を訪ねて来たが、蘆溝橋事件を機に日本の中国侵略が本格化すると、華僑は「敵国人」とされた。

 「竹槍を抱えて、三人が一斉にその尖端を私に向けて前進してきた。恐怖で叫びだしそうになったが、必死でその声を飲み込んだ」と、著書の『橋渡る人』(エピック刊)に書かれた忘れがたき体験。戦中、スパイ容疑で特高警察の拷問を受けたこともある。
 終戦後、三宮高架下の自由市で食べ物や古着を売った。それが契機でビジネスが急成長し、53年に大阪・船場で繊維卸売りの林商店を設立。海外との取引も拡大した。
 「あのころ海外に住む華僑のネットワークにどれほど助けられたことか。華僑は地縁血縁を大切にするので、絶対的に信頼できますから」
 10年後には、ボーリング場を経営する中央実業(株)も設立し事業を伸ばしていった。その半面、中国大陸と台湾当局の対立や、中・日間に国交がないため在外中国人の悲哀を噛みしめたことも少なくない。故郷に帰ったのは、中・日国交が樹立された72年、実に37年ぶりのことだった。
 神戸華僑総会会長(現・名誉会長)、在日華僑連合会副会長などの重職を歴任してきた林さんの業績のなかでも、私が特筆したいのは教育事業である。
 神戸中華同文学校は1899年に創設されたが、神戸大空襲で全焼して以後、日本の小学校を借りて授業が続けられていた。莫大な費用、台湾当局からの干渉など問題は山積していたが、李萬之校長らと共に「自前の学校を建てよう」という念願を果たすため奔走した。そして59年についに校舎と講堂の竣工式を迎えた。林さんは副理事長を経て、理事長に就任した。
 「学校は華僑の精神的支柱です。わたし自身、厳しい差別のため学校に通えなくなり、涙を流した日々を体験したので、子どもらには決して同じ悲しみをさせたくなかったんです」
 現在、同校には小・中学部に600人以上の児童生徒が通っている。華僑の青年たちは結婚式の日に、必ず祝儀の一部や全額を同校に寄贈するという。
 教育に対する熱意は同校だけに留まらない。95年の阪神大震災は県内にある19の外国人学校・国際学校にも甚大な被害をもたらした。同年7月、全国初となる「兵庫県外国人学校協議会」が結成され、林さんが会長に推された。
 2カ月後、協議会代表たちが貝原知事を表敬訪問した光景を私は鮮明に記憶している。懇談会の場で知事は「兵庫県と神戸市にとって外国人学校は財産です」と明言した。その後、全国で最高レベルの教育助成金が拠出され、また外国人学校と日本人学校と活発な交流が広がるなど、画期的な変化が生じたのだった。
 「教育は、この地で生まれた子どもたちを、その地に感謝する子に育てるか、嫌う子に育てるかという問題です。行政の人々はもっと真剣に考えるべきです」と強調する林さんは、国連人権委員会や文部科学省にも足を運び、外国人学校差別の是正を求める運動を続けている。

 「三通ーー郵便、貿易、往来の自由が早く実現してほしい」という悲願は、在日だからこそより切実なのかもしれない。中国、台湾、日本の間に心の橋を架ける人として、林さんにはまだまだ奮闘していただかなくてはなるまい。

http://sangbong-net.hp.infoseek.co.jp/hitomihonbun2.htm#第6回:2004年6月20日



☆中国の人は立派な人物が多い。
 閣下もね、中国で嫌なことはたくさんあったし、ひどい目にあったことは山ほどある。

 林同春先生が一人で奮起されたことに、衷心より最敬礼したい。
 ただ、林先生はおそらく靖国神社が何で、どんな組織なのか、実は知らないと思う。
 林先生のために、手紙を書こう。
 そして、彼と靖国神社とが対話することが一つの解決策になるかも知れない。





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Last updated  May 15, 2005 10:52:55 PM
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