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割れたゴム風船のような一年だった。ゴム風船の切れ端を拾ってゴムを伸ばしてみるとその日、そのときのできごとが記されているのだが、割れてしまった風船のように一年は、私の前には、形を成していない。新しい年、新しいゴム風船をまた、膨らませていこう。
2003.12.31

やっと終わったよーーー!年賀状。明日すぐに会う人にももう何年も年賀状だけのお付き合いの人にも出すところが、年賀状の不思議。とはいえ、どちらの場合も「もう出さない」と決断できない私は、小心者?でしょうか。わはは。さ~~~ってと、あとは、明日、軽~くお掃除しておせち料理にちょっぴり参加、紅白でも見るかなぁ。年賀状が終わったらすっかり年の瀬の仕事は、終わってしまったような。これでよかったっけ?
2003.12.30

帰省中の友人に会う。なんといっても今年、43歳でママになった友人は、あっぱれ!だ。ママになるまでもママになってからもどんな苦労があったことだろう。どんな苦労もそこに存在するだけでゼロどころか、プラスにしてくれる、ちいさな命。命は、人間の力が生み出せるものではなく、大いなるものからの授かりものだ、と思う。
2003.12.29

昨日のブリザードとは、一転、スキー場も快晴。スキーヤー、スノーボーダーたちは、新雪のゲレンデへと繰り出す。私たちは、雪をかぶった山脈から吹き渡ってくる風を浴びて誰もいない、露天風呂へ。天然温泉、一番風呂は、貸しきり状態。ミネラルたっぷりの透明なお湯とマイナスイオンたっぷりの清浄な風で今年一年分の命の洗濯。大自然の恵みとゲレンデの青春に感謝。
2003.12.28

「運」というものがあるとして、「年上の素敵な女性に出会う運」に実に恵まれている、と思う。彼女たちは、いつ会っても自分の選んだ人生を真摯に前向きに生きている。私がこれから歩んでいく道の先に胸を張って、凛凛と、前進する背中が見えることにいつもいつも励まされる。力づけられる。へなちょこなままじゃ、申し訳ないよね。私もちょっぴり、胸を張る。
2003.12.27

人ひとりがやっと通れる小路に面したアパートのドアで見つけたステッカー。湧き上がる不安を押さえつけようとする私の目に飛び込んできた。これが「メッセージ」。今にも雪が降り出しそうな師走の厚い雲の後ろにも確かに太陽は、存在する。
2003.12.26

しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれたものとしてお遣わしになりました。(ガラテア 4:4)子どもたちとつきあっているとクリスマスは、相変わらず、ケーキとプレゼントの楽しみな一日だ。クリスマスが特別うれしい日じゃなくなってから随分、経つような気がするなぁ。なにゆえ?そうか。もしかしたら、それは、日常生活のhappy度を反映してるのか?!う~む。(気にしない、気にしない)ついに今年は、ケーキさえ食べずじまいだ。いかん!こんなことでは。(やっぱり気にしてる)今年もあと一週間。やり残したことがいっぱいだ。
2003.12.25

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなた方に望んでおられることです。(テサロニケ 1 5:16)
2003.12.24

子どもの頃の一日って、どうしてあんなに長かったのだろう。一日どころか、一週間は果てしなく、一学期なんて夏休みまで永遠に学校が続きそうだった。年をとると自分の過ごしてきた時間と相対的に受け取る時間が短くなるのだろうか。子どもたちにとって今日一日が楽しい日でありますように。短いはずの一日に、費やしたエネルギーは、意外に大きいのであった。疲れた、疲れた。
2003.12.23

ばんざ-い!冬至だよー!かぼちゃがおいしいからでも柚子湯がうれしいからでもない。明日から「米粒一つずつ」日が長くなるじゃーありませんか。「米粒一つ」ってどんな単位か想像つかないけど昔、おばあちゃんがそう言ってたらしいよ。なんだか、うれしいじゃない。実際には、「冬至冬なか冬はじめ」とかでいよいよ寒いのが始まるわけだけど苦手な寒さより、日が短いのって、心細い感じがして嫌い。だから、明日から、ほんのちょびっとでも昨日より、日が長くなってるってそう思うだけでなんとなくにんまりしたくなる。春が来るぞって思える。昨日までの大雪を溶かす、今日の太陽と青空。きーんと澄んだ空気が心地よい冬至でした。
2003.12.22

一年経ったね。おーーーーい。今、どこにいるの?一年旅をしたら、ずいぶん遠いところにまで行ってしまったのかなぁ。けれど、あなたは今も一番近いところ、私の中にいるよ。
2003.12.21

何気ないおしゃべり、毎日のメール、大人の心遣い、すべてに感謝。なんとか、一年、やってこれました。よいっしょっとあと一日。がんばる。その後は、また、前を向いて歩こうっ!
2003.12.20

今日から明後日まで雪が降るらしい。去年の今日、去年の明日、私は、何をしていただろう。何をしたかも憶えていないような一日が、その人との最期のかけがえのない一日になる。「不可逆的」な時間の軸をただ一つの方向にしか私たちは、進むことができない。
2003.12.19

「ゴム」の綱渡り、じゃなくて、「ゴムの綱」渡り、だ。綱渡りだけでも命がけ、なのに、その綱はゴムでできていて、真っ暗な奈落へと身体がどんどん沈み込んでいく。鬱のせいで、自分の考えが悲観的になっているのか、はたまた、実際、この程度の、悲観的状況なのか、どこに水準点があるのか、今では、とうにわからなくなっている。再び、浮上できる予感はなく、それより、足の下にあるゴムの綱がいつまでもつのか、不安になっている。いちかばちか、ゴムの弾力を信じて浮上するためには、一度、今よりも下降する賭けに出なければならないのか。
2003.12.18

「まったく勉強してない」「全然やる気がない」それは、言わないで、ママたち。やる気は、あるんだよね、それなりには、やってるんだよね、もうちょっとは、努力しなくちゃ。心の中では焦ってる。自分が一番わかってる。だから、ちょっぴりでも認めて欲しい。「今日はよくがんばったね」って。そしたら、力が湧いてくる。明日はもっとがんばれる。スタートラインに立つのは、自分だからね。
2003.12.17

子どもたちがクリスマス・パーティーの計画をしています。その名も「アポンガ・ヘイヘイ クリスマスパーティー」えっ?英語じゃないよ。何語だろうね?彼らのオリジナル言語です。意味もあるらしい。去年まで企画・実行してくれてたグループが中学生になったので、めでたく「ご引退」。というわけで、今年からは、自分たちが!と張り切っております。本日は、おちびさんのグループに当日の注意点を書いた紙を渡してましたよ。もらったほうも、なんだかわかんないけどすっごく楽しみにしてるみたいです。私は・・・そうだなぁ、ひたすら、たこ焼きを焼く係。去年は、納豆入りとか、キムチ入り、わさび入り、梅干入り・・・なんてのもあって、さながら「ロシアンルーレットたこ焼き」。今年は、品よく、ホットケーキミックスで甘いたこ焼き(?)ツリーを計画中。ホイップ・クリームもチョコレートソースも大量に用意しておりますよ。でも、子どもたちは、またまた、中身を検討中らしいよ。あんこ、グミ、チョコレート、黒蜜、マシュマロなどが(公表されたものだけでも)入りそうです。おひとつ、いかが?
2003.12.16

夜になって、学生時代や以前の職場の友人たちから立て続けに電話やメールが入る。今の立場や状況が違っても、何年も会っていなくても、一瞬で、お互いそばにいて共感できるような感覚になるのは、なぜだろう。なんとなく安心して、なんだか元気をもらいあって、繋がっていたlineを切る。閉じたまぶたに映る残像のように、確かにお互いを繋いでいたlineがほの暖かさを残している。
2003.12.15

フセインが拘束された。穴の中から発見されたと聞いて、炭小屋から赤穂浪士に引きずり出された吉良上野介を思い浮かべた。(って、ドラマのイメージ、ね。)逃走用にか、大金を携えていたようだが、いざと言うとき、米軍に拘束されるぐらいなら、と自分に向ける小型のピストルなどは、持っていなかったのだろうか。白い付け髭まで付けるぐらいだから、そんな勇気(?)はないのかなぁ。神の名の下に死んでいったものたちは、どう思っているだろうか。
2003.12.14

そもそも日記を始めたのは、お友だちのHPの日記が更新されるのをいつのまにか、心待ちにしている私がいて、HPの材料はないけど日記はいいなぁと思っていたからだ。子どもの頃から、日記は苦手で、三日坊主であることと、(悲しいよ、10年連用日記の三日坊主)読み返したときのなんともいえない、居心地の悪さ、こっぱずかしいって感じが嫌だったのと、あんまり本音を書いちゃって、頓死した後、家族とかに読まれるのを天井の隅から眺めるのも、うらめしい。死んでも死にきれん、って成仏?できない気もするし、ま、言い訳はどうあれ、続けられなかったのが、理由。しかしながら、今日。NHKで戦争中に兵士が書き綴っていた日記を60年ぶりに家族に届けるっていう感動ドキュメンタリーを見たら、うわ~~~、こんなもの、人の目に付くところに書き散らしちゃって、どうもすみません、って感じもしますが。まあ、比べること自体が、不遜、ですね。気にせず、更新しようと思います。
2003.12.13
疲れまくり。なんだかんだと疲れまくって一日、寝込む。以前にはありえなかったことだが、これが、寝込めるんだなぁ。寝ている間、何も考えずに済むというのか、逃げ込むに近いかも。
2003.12.12

罪なきものが祝福されるのは理解できる。が、罪深きものをも神は招きたまうのだ。
2003.12.11

神様ってすごいな、って思うんだけどなにかが私に足りないとき、必ず、なにかで補われているんだよね。これ、説明が難しいんだけど最近、しばしば、そういう感じがするの。あー、今日は、まだ、誰かからあるべき連絡がないな、とかどうなってるわけ?なんて思っていたりすると必ず、ほかのま、私の場合、ほとんどが周りの女友達だったりするわけですが、電話くれてたりだとか、メールだったり、なんらかのサポートがあったりするの。自分の思い込み、といえば、それまでなんだけど必ず、なにかできちんと補われて、完結してしまっている、って感じが、よくある。うまくいえないんだけどね。私の場合は、神様が見ていてくれる。って、そんな感じがするのです。そういうときは、やっぱり、神様、ありがとうと思います。
2003.12.10
友人からお年賀の欠礼のはがきが届いた。珍しい苗字だし、住所があっているから彼女なんだけど一瞬、「あれっ?!」名前が変わってる。漢字2文字から3文字に。読み方も(聞いてないから正確にはわからないけどたぶん、微妙に)変えてる。う~む。そう来たか。そう来たか、っていうのは、なんとなく、そういうことがあってもおかしくないと思っていたからだが。それはそれとして、自分の名前って、当たり前だけど自分以外の誰かがつけたものであって気がついたらそう決められているよね。うちの甥っ子なんかもわかっているのか、いないのか、名前を呼ぶと振り返ったりする。私も珍しい名前なので、小学校の頃は、悩みました。もっとかわいらしい名前がよかったな、とかね。でも、「自分の名前を自分でつける」ことによるとなんらかの理由で誰かに変えたほうがいいって言われてそうしたのかもしれないけどそれって、すごいことだなぁと思う。その、決心、というのか。小さい頃、別の名前で呼ばれていた頃の思い出みたいなものはどうなるの?って、思ってしまった。ま、いいのか。私は、とりあえず、私にとっての彼女は、いまだ、前の名前のほうがしっくり来るし、今回も正式に「名前を変えた」ってアナウンスがなかったので前の名前でお返事の手紙では呼びかけちゃったけどこれって、なんだか、かえってこちらのほうがこだわってるみたいで失礼な感じだったかな、と思っていたりもする。どうして変えちゃったのかな。聞きたいような、でも、想像できる理由だったら、つまり、画数とかさ、そういうものだったりしたら、やっぱり、聞かなくてもいいかな。いろいろあるね、人生。(って、ひとことで、まとめるな)
2003.12.09
月に一度の通院日。先月から今月は辛い日が多かった。「認知療法」の本を買い込む。とりあえず、日記をつけてみる。激しい感情がおこったときに、「ちょっと待てよ」と思ってみる。すなわち、これが私が理解した「認知療法」。お医者さんにも「難しく自動思考、なんて考えなくていいんですよ。普通のことです。自分の斜め後ろから、自分のことを見てみればいい。自分の考え方の癖に気がつけばいいんです」と言われる。昔、母にも「頭にきたときには、10数えなさい」って言われてたっけ。それと同じか。起きた瞬間に、今日、やらなければならないことを考えてみるのも、とりあえず、役に立つ。もう少し、時間が欲しいね。今日も小春日和。お日様は何より薬。
2003.12.08
今日は、夕方から母と温泉に行ってきた。満月だったのだろうか、露天風呂から眺める冬の冴えた月は、すべてを清らかにしてしまうような刺すような厳しさのような神々しさを感じた。
2003.12.07
三日坊主だからね、あまり、むりしないで今日あったこととか、おもしろかったこととか、できることなら前向きな言葉で一日を振り返りたい。
2003.12.06
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