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tajim

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Aug 15, 2005
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先日日本で見た、原爆投下60年を記念する番組。


でも、恐ろしいことですが、このアメリカ人の態度は戦勝国の間では決して特異なものではないのです。今現在そうであるように、アメリカも、イギリスも、自分達は「正義」だと信じて疑わない。原爆も「evil」な日本に対する当然の報いだったと言う人がどれだけいるか。戦争を終わらせるためには原爆が必要で、素晴らしい効果をあげたと信じている。このアメリカ人は原爆の一番の犠牲者となったのは学校で朝礼を受けていた子供だったということに対してどう思うかと聞かれ、「罪のない市民」なんていうものはいない、戦争に参加している以上誰もが罪を犯しているんだ、と言い切った。戦争の罪を負う日本人は大人も子供も関係なく、処罰されてしかるべきだということか。いったん国外に出ると、原爆の投下が人類の恥ずべき歴史だと思っている人間は、思うよりも少ないのです。

初めてイギリスに留学に来た20歳のころ、戦争について自分がいかに無知だったかを知り、驚きました。イギリスでは日本では語られないような歴史を、日本人が何をしたのかと言う事実を突きつけられる。マレーシアで日本人と戦ったと言うイギリス人に会い、日本人が学校で事実を教えていないことに憤慨する韓国人に会い、「VJ Day(Victory over Japan Day)」として終戦記念日を祝う国民に会う。戦争中に日本人がしたことは正当化できないし、それを正しく教育していないのも事実です。誰かが隠そうとしているのは明らかだし、きちんと教えてこそ未来があると思う。日本人の中には「被爆国」としての被害者意識を戦争責任とすりかえようとする気持ちすらあるような気もします。でも、少なくとも、日本人は戦争を悔いている。もう二度と戦争が起きないように祈り、後悔の念で「終戦記念日」に黙祷する。

こちらにきて初めて、戦勝国にとっての終戦記念日が日本人にとっての同じ日と全く違う意味を持つことに気づかされました。彼らは戦争に「勝った」のです。戦いの力を持って自分達の「正義」を世界に知らしめた。言ってみれば、戦争は彼らにとって成功だったのです。終戦記念日は勝利を祝う日。だから、後悔することなんてないし、謝ることなんてない。彼らにしてみれば原爆は必然だったし、結果的に彼らの勝ちを決定的にしたものです。どうして後悔する必要があるでしょう?必要があればまた同じことをしようと思っているかもしれない。

私の中では、戦争は戦争。勝ちも負けもありません。時代が違えばイギリスだって日本と同じようなことをしていたし、大きな目で見ればどちらが正義ということはない。自分達がおよそできる限りの植民を終えた後だから日本を悪者にしただけで、イギリスやアメリカが特別に正義を語れるような性質を持っているとは思えない。長い人類の歴史の一部分を切り取って、自分達に「正義」という肩書きを与えているようにしか見えない。戦争を成功として後悔しない精神が生み出すものは、また新たな戦争だけ。「勝った」「負けた」ではなく、戦争そのものを、戦争が人に何をしたのか、させたのかを考えるべきだと思うのですが。

そう思うのはやっぱり戦争に負けた日本人だからなんでしょうか。





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Last updated  Aug 15, 2005 09:18:38 PM
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