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tajim

tajim

Aug 20, 2005
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カテゴリ: 簡単な言語学
イギリスで言語学を勉強しようとすると、どうしても逃れられないものがある。
それが、チョムスキー。
今は政治家として活動しているけれど、その昔「生成文法」なるもので一世を風靡し、現在の言語学論理への流れを作った第一人者。いまだに言語学者は、彼の理論を発展、あるいは論破しようとして一生懸命なのだ。

なにがそんなに特別かと言うと、アイデアの中心となるものは一つ。

つまり、人はみな「言語中枢」を持って生まれ、その中には全人類共通の「普遍文法(Universal Grammar)」なるものがあるということ。(この場合のGrammarというのは、ある一定のルール、法則みたいなもので、いわゆる文法のことではない。)
もっと突き詰めて言うと、 人の言語はみんな同じ 、と言っているようなものだ。

あたりまえじゃん、とも思えるこんなことが、彼が理論を打ち出すまでは当たり前じゃなかった。
それまでの言語学者は「言語は違うものだ」という前提で、共通点と言うよりはその差異を研究していた。


英語はSVOだけど日本語はSOV。
いや、そもそも日本語では英語ほど語順は重要じゃない。
日本語では「花子さんが本を買った」と言ったって「本を花子さんが買った」と言ったって意味は変わらない。
でも英語でそれをすると「Hanako bought books.」が「Books Hanako bought」になり、同じ文にならない。
英語には「が」とか「を」とかの助詞がないから、語順で「主語」とか「述語」が決まる。
「主語」「述語」と言う概念は共通だけど、日本語では助詞という方法で、英語では順番でそれを表している。

そんな風に、ようするにどうやっておなじ機能、概念を違う方法で表しているか、そんな研究をしていた。

でも、チョムスキーの考えは違った。
日本語も英語も元はおなじ一つのgrammarに基づいている。
その表れ方が違うだけだと言うのだ。

例えばこんな文がある。

私は昨日花子さんと本を買いに行きました。




I,    yesterday,  Hanako,   with,  books,  buy,   to  went


となる。

これを逆から読むと

went to buy books with Hanako yesterday, I

なんと、主語以外は完璧な英語の文ができあがる。

どうして主語が特別かは置いておいて、偶然にしてはこれは出来すぎにも思える。
たぶんこれが、チョムスキーの考えの根幹にあるもの。

言語中枢にあるルールは一つ。でも、言語によって裏が出たり表が出たりする、ということ。

もちろん言語はそんなに単純なものじゃないし、こんなに綺麗に裏表が出ることばかりではない。
文が複雑になると何かが省略されたり、移動したり、いろんなことがおきる。
そういう時は省略されたものを補い、移動したものを元に戻して考える。
そうすると段々と、この裏表のどちらかに近づいてくる。
「本を花子さんが買った」の元には「花子さんが本を買った」という基本文型があると考えることになる。

こんな風にして、言語学者は様々な言語がいかに「同じ」か、という研究をするようになった。
今ではこの理論もさらに発展して、裏も表もない、文法は一つ(しかもなぜかそれは英語の語順)だなんてことにもなっているけど、根底にあるこのチョムスキーの考え方はとてもシンプル。
人間の言語はそんなに違わないと言う考え方は、「英語はラテン語から堕落したもの」と考えるよりは思想的に正しい気もする。
何より、日本人にとっての英語というものも、それほど手の届かないものじゃないように思えてくる。

真理は単純なものだ、ということかも?





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Last updated  Aug 21, 2005 10:32:44 AM
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