山口小夜の不思議遊戯

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2005年10月28日
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 豊は平静を装ったまま、綾一郎にそう尋ねた。
 だが、それは語るに落ちたも同然の言いぶりだった。
 そして、この計画に全神経を傾けている綾一郎がそのことに気づかないはずはなかった。

豊はこの文字のことを知っている。

 これを確信すると同時に、綾一郎は豊が小夜と似たような問いかけをしてきたことにも、好ましい兆しを見てとっていた。今や、彼はすべてのことが腑に落ちていた。

 暗号文字──これはとりもなおさず、豊と小夜がふたりだけの秘密の交信に使っていた文字であったのだ。綾一郎は今日、同じ精神をもつふたりの人間を、期せずして目の前に見ていたのである。

 急展開とも呼べる事の運びではあったが、綾一郎はそこまで思い当たった新事実については、ひとまず胸の内にしまっておくことにした。それを切り札として持ち出すのは、自分の計画するところの相生村文化振興事業に豊の協力を要請するという当初の目的を遂げる折で、充分遅すぎるということはない。
 最終的に、豊は自白のうえ協力せざるを得なくなるだろう──綾一郎は、証拠のとれた刑事のような気持ちになっていた。



 ──ねねだが。
 ──なにて?
 ──ねねだっちゃ。小夜だいや。小夜がこれを書いたとや。この書きつけは昨日、おまいの席の下から拾ったもんだが。おおかた、おまいに遣ろうとした文(ふみ)だっちゃ。

 豊は押し黙り、そして二度とは言葉を話さなかった。
 この文が自分に宛てられたものであるとの綾一郎の言が本当のことならば──

 豊の頭の中には、ただひとつのことだけが席巻していた。


 醇風や 乙女こもごも 春の膳
あなたは醇風の中、春の膳をともにとったその少女なのですか──。

 音寧と聞いて 誰とも知らぬ 吾亦紅 今年ばかりは 墨染めに咲け
私のことをねね(紅い花)とわからないのなら吾亦紅よ、今年ばかりは墨色に咲くがいい。


 曖昧な好意に対する苛烈な糾弾。


 愛するのも憎むのも、この者は同じ激しさでするのだろう。

 この句を神聖文字を解さない綾一郎が目撃したこと自体はたいしたことではなかったが、書き手の少女が自分に直接に渡そうとしていた文ではないかと思うとひどく心が動き、それが彼の顔色にも表れた。

 自分の顔色が変わるところをだれかに見られたのではないかと、豊は頬を熱くした。あたりの様子をうかがおうとして顔をあげて、さらに耳まで熱を帯びるにいたった。
 綾一郎が彼を見ていた。

 鼓動が早鐘を打つのを感じながら、豊は必死に気を鎮めようとした。

 ──今日はもう、小夜と話はせんだか?
 彼はそう尋ねつつ、疑わしげな目を向け、豊は内心たじろいだ。

 ──せんわ。
 返事をできるだけ短くすることで、なんとか声を平静にたもとうとした。
 だが綾一郎の目のなかにある、詮索するような表情は消えなかった。

 ──わしは・・・、(小夜っちゃなんは、よう知らんわ)
 豊は言葉を継ごうとして、呪(しゅ)にかかったように自分の口が動かなくなるのを知覚した。

──わたしを誰だかわからないと言うのなら・・・。

 小夜の呪だ──。
 豊は小さく身をふるわせた。
 だがそれは彼を寒からしめるものではなく、未来への期待と憧れに高揚する気持ちがさせた、武者震いのごとく熱い身体の震えであった。

 綾一郎はそんな豊の様子にじっと目を留めていた。
 概して言うと、やみくもな感情にすっかり混乱している少年にすれば、彼は可能なかぎり自制心をたもっていた。

 それでも、ほとんど綾一郎の目はごまかせなかった。
 人が抱くある種の感情がはた目にどう映るものか、それがわかる程度に早熟であった綾一郎は、豊と小夜の顔に同じものが表れているのを見てとっていた。

 綾一郎は、たとえ誰であれ、人がその感情を抱くのをとがめる気にならないような器の大きな少年だった。彼らの感情が村の子供たち全体になんの面倒ももたらさないであろうこともその気持ちの決め手であった。
 このふたりが互いに興味を持つのは必然性のあることだと綾一郎は心から認めていた。
 なんといっても、彼らは異分子同士なのだ。

 それになにより──と、綾一郎は心の中で誰に向けるともなく笑顔を見せた。
こういう話はいつだってええことじゃなくってよ?

 そして、豊の肩を引き寄せると、彼が聞いているか否かに関わらず、楽しげな調子で大将命令をその耳に吹きこんだ。

 ──あすは話をしてもらう。おまいたちはもっと、自分のことを話さねばならん。



 本日の日記---------------------------------------------------------

 【男性を格好良いと思うポイント】

 この日記だけでも軽めのコーナーにしたいとは常々思っているのですが、あまりに本文とのトーンが変わってしまうのも困るし・・・。
 でも、たまにはこんなテーマなどいかがでしょう。ほんとにたまですが(笑)。

 小夜子の独断と偏見による「男性の格好良くみえる仕草」について

 ・車をバックさせるとき、助手席に手をかける仕草(これは案外定番かもしれない)。
 ・受話器を肩に挟んで電話する姿(これも賛同者が多いと思う)。
 ・ふだんは「ぼく」とか「わたし」と言っている人が、「おれ」と言い間違えた時。

 ちなみに、このマイセオリーはある特定の男性に限ったことではなく、「男性であれば誰でも、この仕草さえすれば格好良いと思える」というのがポイントです。

 格好良さを演じる男性がカッコ良く見える年齢は過ぎました。
 今は演出された格好良さにはもうひっかかりません。
 逆に、男性が期せずして自然に女に垣間見せる‘男性を感じさせる’仕草というものに、惹かれるようになりました。
 格好をつけない大人の男性の余裕というものを、私も理解できるようになったかな(笑)。

 明日はこの章の終わり●相生文字の隆盛●です。
 前章からの長い長い一章が完結します。
 皆さま日ごとに応援くださり、ありがとうございました。
 やっとやっと、ふたりが直接に出会うことが叶います。
 タイムスリップして、豊と小夜の接近遭遇をはるか高みから見物にきなんせ。






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最終更新日  2005年10月28日 06時46分40秒 コメント(6) | コメントを書く


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