山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月12日
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 彼らの秘儀に満ちた生活を興味本位に暴こうとする邪な眼から守るために、各々が自然に身に付けた表向きの顔を持っているのだ。だが、ひと度一族の内懐に戻るや、彼らはいままでの禁欲的でかまえた態度とはうってかわった、まったく新しい一面を見せる。一族のなかにあって彼らは一様に陽気で物怖じを知らぬ人々であり、それはかの少年も同じであった。


 ──ゆーたーぁ!!

 一九八六年、七月四日。
 山の神の《御魂鎮(みたましずめ)》の祭礼の三日前、ここ相生村は休日の一日。

 不二屋敷に正午を告げる銅鑼が鳴り終わるやいなや、軒先から物凄い足音がし、いきなり何者かが豊に飛びついてきた。夏真っ只中、戸外にあってなお汗ばむような、照り返しの強い萱葺き屋根のふちで。

 ──ゆ・た☆

 がぶ、と浴衣を羽織った肩に思いっきりかみついてくる。

 ──うわっ!!

 後ろから羽交い絞めにされた豊は、兄の相変わらずの奇行に、思わず声を上げた。

 ──ここにおると思ったで! バ○と猫は高いところが好きっちゅうからな!!

 もがく豊の耳に、一番年の近い兄の熱心な祝詞が吹きつけられる。
 ──ほんにでほんにで、おめでとうな!

 兄の円(まどか)は心底嬉しそうな顔をしてみせる。
 そう、彼は二十八年に一度の大祭礼に当たり、山中の御神体に奉じられる神子(みこ)として白羽の矢が立った弟を自分のことのように喜んでくれる良い兄──ではないのが惜しい。

 豊の背中で、円がいっひっひと邪悪に笑う。
 ──おめでと!! きっとこのために帰ってきてくれるぜよ、はるさん(長兄:遼)もしずさん(次兄:静)も!

 ──こっの・・・・・! 暑い!
 ──ああ、神の子!
 ──円。


 豊は切れ長の目を流して背後を睨んだ。
 だが円は余裕である。

 ──おいおーい。せっかくのめでたい日に、そんなコワイ顔するなや。もっと喜べよ。ふふっ。そうかぁ、おまえもついに神子として【うろ様】に奉げられるんだなぁ・・・・ついに・・・・ふふふっ。
 耳元で囁かれる円のこれは、祝いの言葉ではなく呪いの言葉なのだ。

 ──ああ、今まで長かっただなぁ。な、これから男同士、おなごのことではお互い傷舐めあっていこうで!


 ──ふふふふふ。
 ──まど・・・・おまえ怖いで。
 ──ふふっ。
 豊はふたつ年上の兄に引きずっていかれながら、上目遣いで訴えた。

 ──なぁ、まど頼む。頼むから見逃してくれ。 わしら仲良しだが、な?
 よく見れば、本当にちょっと涙目。だが、相手は弟の目元などに注意が行く兄ではない。
 ──わしは掛け値なしで‘そういうこと’にはビビッとるっちゃが! 聞いてごしなれな。実は今朝方、風呂場でワイセツ目的の神だかに・・・・・、
 ──なに、おまえがワイセツ目的で? 風呂場で覗きでもしてたんかい、青少年!
 ──神に、と言っておろうがよ! しまいまで話を聞け!
 ──だめぇー。

 嬉々として屋根裏に入っていく円とは対照的に、どこかで辛気臭くカラスが啼いた。

 ──父さまー! 連れてきましたぁーっ。
 この裏切り者。
 円だけは年齢も近いし自分の味方だと思っていたのに・・・・・歯噛みするような心地で、豊はその呼び声を聞いていた。
 ──おんさらんですかぁ、父さまーぁっ!

 五百年も変わらずそこに建っている、古びた日本家屋。ここが自分たちが生まれ育った屋敷。

 呼んでもいないのに集まったカラスどもが、屋根といわず門といわずに占領しながら、なにを昂奮したのか、ガァガァと鳴き騒ぎ始めた。

 ───

 ──あっ! サイエンス・ジャーナル来てるでないか!

 弟を階下にひきずってきたのち、玄関のたたきに置かれたままの英字新聞を円が手にとっている。
 昨夜豊が睨んだとおり、外科医を目指して京都の大学に籍をおく次兄も帰っているということだ。

 うわ。 牛乳六本、ひとりで飲んでるし。

 軒先にぽつんと置かれた牛乳の空き瓶。その数六本。不二屋敷の本家に住む男の兄弟たちの二倍の数。

 豊には実家を出ている長男と次男を入れて兄が四人、さらには姉が二人、妹が二人いる。つまり、豊自身は怒涛の九人兄弟の五男である。
 女の子の姉妹たちは仲良くパックの牛乳を分け合っているのだが、屋敷に残る三兄弟はその誰もがひとりぶんずつに分けておかないと、やがて血を見る抗争に発展する危険性があるため、このような規定になっているのだ。

 コーラの瓶でさえ、兄弟によっては油性ペンで名前が書いてある。
 名前を書いても飲まれることは承知だから、さらには自分がどこまで飲んだかを横棒で記してもある。豊などは兄弟の名前が書かれているコーラにあえて口をつけてから、減ったぶんだけ水を入れて涼しい顔をしているのだが。

 次兄の静(しずか)は、京都に住んでいてたまにふらっと立ち寄るだけの影の薄い人物である。だが、そういった存在でも、遠慮して兄弟の牛乳の一本くらいは残しておくという心遣いは皆無という、実に次男らしい性質を持っている。

 う。 水やりだけは忘れずにしよる。

 漆喰造りの重厚な壁に、大きな影がふたつ。
 庭に植えている橘と楓だ。水をやった証拠に、根元に黒いしみができていた。向かい合うように立っている橘と楓はかなり老木だが、どちらも春には花を咲かせる。

 静は独立する前、家の用事を忘れても、この老木の水やりだけは忘れなかった。そんな静の気持ちが通じているのかいないのか、二本の大木はただ黙々と生き続けている。なんというか、大木特有の安定感があって、こんな古びているばかりの屋敷を味わい深いものにしているのは、きっとこの橘と楓のおかげであると豊は思っている。

 だが、円は縁側に落ちる大木の影をずかずかと踏んでいき、遠慮なしに土間への扉をぴっしゃーんと開ける。

 ──父さまー! ゆた連れて来たが! 早くせんと日が暮れちまうでっ。
 情緒もあったものか、円が叫ぶ。

 ──父さまー! 逃げるで、こいつ! 出立の儀をやるなら今! 今、ズドンと決めちゃおうで!

 その時である。

 扉を開け放ったところで、円はその途端、末妹である組(くみ)の猛突進を食らうことになった。

 ──あっぶねえ! チビは走るな!
 声を張り上げた円に、しーっしーっとゼスチュアをすると、組はべったり床に座り込んでしまう。

 ──まどさん、聞いた?
 ──なにが。
 ──今しがた裏木戸のきしむ音、はっきり聞こえただよ。
 ひそひそ声で言うその顔面が、蒼くなっている。

 ──あそこは神さまの扉やから、誰も使わんはずなのに。
 ──・・・・・・?

 二十畳ほどもある広々とした土間は、今はしん、と静まりかえっている。

 ──よっ、と。
 と、豊が自分の肩を掴んでいた円の手を外して、姿勢を正した。

 きれいに糊があてられた柳の葉の染め柄に、くしゃっとした手の跡が残ってしまったのを見て、そっとため息をつく。あきらめたように頭をふると、自分の胸までしか身長のない末妹を見下ろした。

 ──変やな・・・・・・空耳じゃないだか?
 ──まさか、ゆたさん。ほかの姉(あね)さたちも、ガララララッて大きげな音、聞いとるっちゃよ。
 組が言うのを聞いて、円は笑顔で豊をふり返った。

 ──泥棒かもしれん。ひとつわしらで行って、脅かしてやろうで?
 ──やめぇや、変質者かもしれんで。
 ──そりゃおまえだろ。
 円と豊が声をひそめて言い合っていたその時、

 ── ぶえっくし!

 という爆音が二回ほど聞こえた。

 このオヤジくさいくしゃみは・・・・・!







 「ゆたかのゆかた」「ゆたかのゆかた」「ゆたかのゆかた」と2.8秒以内でつっかえずに一発で言えた方は、本人からお歳暮をお送りするそうです(笑)。私もこの物語を長く書いていますが、何度変換ミスをしたことか・・・・。ゆかたじゃねーっての!

 あ。お歳暮というのは、 こちら だそうです。
 それにしても豊くん、君は楽天でアフィリエイトでもしたらどうだ?

 明日は●遼●です。‘はるか’と読みます。一番上のお兄さんです。
 豊とはおそらく十ほどの年齢差があると思われます。
 大人の男・・・・というか、大人の‘余裕’といものを、かなりのレベルで感じさせる方です(←いろんな意味でな)。
 タイムスリップして、明日は不二屋敷の土間に集まりなんせ。

 ◆番外編登場人物のご紹介は こちら へジャンプ。

 ◆備考として、番外編の 「呪の子」 を読み返していただければさいわいです。


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最終更新日  2005年12月12日 05時22分01秒
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