山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月20日
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 父にしてみても、豊にはっきり‘諾’と言わせるつもりはないようだった。
 小角さまは、息子の応(いら)えを聞かないままに、つと立ち上がって部屋を出て行ってしまったのだ。

 あとには、茶道具を手にしたまま、父の消えた方向を呆然と見やっている豊が残された。

 まったく予期していなかったわけではない。だが、頭は混乱していた。
 二十八年目の夏が巡ることも知っていた。
 兄たちが次々に次世の守宿の条件を捨てていくのも知っていた。

 しかし、その時が迫ってもお声掛かりがない以上、もしかしたら・・・・とのん気なことを思っていた。


 父の去った部屋にひとり、豊はじっと坐ったまま、ひとしきり様々な物思いに沈み込んでいた。

 だが、小一時間もすると、それまでの混乱を極めた思考をきっぱりと脇にどかし、彼は次に起きる事態について、自分なりの策を考えあぐね始めた。

 虚空を見つめたまま、唇をきつく噛む。
 儀式に及ばないための手立てはあるさ・・・・・必ず。
 今回の守宿の件の手立てと一緒に、きっと見つける。

 思考の密度に呼応するかのように、じっと虚空を見つめたまま高速で脳を回転させる豊のまわりを、不思議な真空が包み込んでいった──。

 ───

 小角さまは豊の部屋から戻るその足でほかの息子たちの部屋に立ち寄り、それぞれの敷居のなかで五分ほど話をした。

 豊がいくらも待たないうちに、三番目の兄である和(のどか)が部屋の外に現われた。彼が襖の隙間からのぞいているのが見えた。

 ──ここでなにしてるえ。
 和が訊いた。

 豊の返事に、和が訳知り顔でほほ笑んだ。

 ──当分待たねばならんだろうな。
 彼はくつくつ笑った。
 ──今しがた父上は馬に乗って、鎮守の森のほうへ出て行ったが。しばらく帰らんようだぞ。


 そして、ふと、和の顔に薄笑いが浮かんでいるのに気づいた。

 ──入ってもいいだか。
 和がいわくありげに訊いた。
 ──ああ、どうぞ・・・・・・坐れば。
 彼は豊の前に陣取った。小学生のようにすましこんでいた。

 ──わしは父上を待っているのだが。
 豊はそっけなく言った。
 ──のどさんはなんの用事だっちゃ。

 和が軽く身を乗り出した。まだ薄笑いを浮かべている。
 ──おまえが神子(みこ)に選ばれたという話があるだ。
 豊の顔色が、みるみる変わりはじめた。ほんの数秒のうちに、陶器のごとく滑らかな頬から血の気が引いていく。
 だが、和は声をあげて笑った。

 ──誰が言った。
 ──父上が。
 和が言った。
 ──わしはそう聞いている。

 ──わしは・・・・・・、
 ──おまえの気持ちは聞いておらん。
 和がさえぎった。
 ──守宿(すく)の言動には無謬性(むびゅうせい)が宿る。つまり、ひと度守宿の言うたことは、くつがえらんということだが。

 兄は前よりも真剣な顔で言い、豊は自分の身の上・・・・・彼自身が生け贄になることへの道のりが一歩先に進んだことをさとった。

 ──わしはどうすればいい。
 弟にげんなりとした様子で尋ねられて、兄はほとんどからっぽの殺風景な部屋を見やった。
 ──おまえはまったく物持ちでないな、ええ?
 和は言った。

 ──これで儀式に及べるのかどうか、わしにはわからん。今宵、秘儀の成ったあと、明日よりおまえは守宿としていろいろと着飾らねばならんのだが、見たところ、ここにはなにもないようだ。

 豊もあたりを見回した。
 古びた重厚な本棚に囲まれているだけの部屋。
 彼自身が狭くなることを厭って、机さえも置いていない。
 ──ああ、なにもないだな。
 彼は認めた。

 短い沈黙があった。

 和は苦心しながらこの場面を演じつくした。彼の口元が、どっちつかずにぴくりと動いた。
 頭を落とし、ひたいを指でこすった。そして、やおら顔を上げてくると、弟の目をまっすぐに見た。

 ──みなに助けてくれるよう、わしが頼んでみるっちゃ。

 この日は、兄たちには愉快な一日だった。
 彼らは豊のことで冗談を言い合い、新しい知らせを吹聴するために、親戚中の屋敷を歩きまわった。

 祭礼はすべてにおいては、しわぶきひとつ許されない静寂さを厳守するものであるが、儀礼の前においてはだれもがその報せにわき返り、善意と期待のこもった歓喜の声をあげた。

 ───

 あ──。とここまで思い返してきて豊は思った。
 そういえば、彼は儀式について話は聞いていても、詳しい仕方までは知らないのだった(←ふー。ここまで不勉強だと、かえって書いていて爽快な奴だ)。

 豊は自分自身にため息をつき、拝殿に集う皆の衆をふり返った。
 ──なぁ、まど、儀式ってどうやるだ?
 とりあえず、数ヶ月前にめでたく「喪失した!」と豪語する身近な経験者に聞いてみる。

 すると円は目を丸くして、
 ──なに!? ちょっと待てや、おまえ知らんのか?!
 思わず立ち上がってしまってしまっている。
 円のすらりと高い身体ごしに、別の用向きを思い出したかのように、すでに立って行こうとしていた、更に長身の静の姿があった。

 不二一族は男子も女子も身長は平均値を軽く超えている。
 特に成長期を終えた四人の兄たちは皆、六尺(180cm)を越える長身を誇っており、彼らがひとところに集まるときは、四天王到来と称えられた(ちなみに豊はこの時点で172cm、まだまだ伸びるぞ)。

 ──しずさん・・・・・・、
 ついふらふらと寄っていってしまう。この人も円と同じく、いわゆる‘経験済み’なのだろうから。

 ──どんなだった?
 ──なにが(←いじわる)。
 ──儀式だが、儀式。
 ──ゆた・・・・詳しく知らないの?
 ──知るわけないやろ。
 ──・・・・・・。

 十五で女を知らないなど、いわばふつうのことであろう。ここはホンマものの日本昔話なヤマンバはいるが、渋谷のど真ん中ではないのだ。                        
 ──どんなだった?
 ──ぼくに聞くな。ただ・・・・・・、
 静にしてはめずらしく歯切れが悪い。何か考え込むようにして、顎に手をあてた。

 ──恋愛がそうであるように、‘儀式’というのもまた個性によって異なる。父上とゆたに対するあの人のやり方が同一とは限らないしな。
 ──そうか・・・・・・。
 聞くのではなかった。一層不安になってきてしまっただろう。

 だが、‘つくづくこの場にいないでくれ’と豊が本心から思えるのは、すでに出立の露払い(先導者)の白装束の上に豪華な花嫁さんの打ち掛け、ひとつに結わえたおたまじゃくし髪を、拝殿を吹き抜ける折からの風にそよがせている勘違い野郎であった。

 風呂上りには日本庭園の池のほとりで、
 ──ひと~つ、ひとよの生き血をすすり、ふた~つ、ふらちな悪行三昧、み~っつ、ミッチーゆんゆんが好き・・・・・♪
 などと鼻歌を歌いながら錦鯉をキャッチ&リリースしていた遼が、今はその恰好で拝殿の奥に片膝をつき、こんがり焼いた子持ちししゃもをかじりながら、「半生わさび」と書き上げた自作の書道作品を吟味している。

 ──気を落すな、迷える子羊っぽい諸君。基準値にも幅がある。父と同じサイズになれなかろうと、自分を引け目に感じる必要はないのだ、少年よ。
 ──てめー、寝言は寝て言え!

 いつの間に会話に入ってきていた遼をふり返り、豊は思いっきり怒鳴りつける。

 ──わしは‘そのこと’の常識についての質問をしているだけだっちゃ。そこにいるなら黙ってろ!
 ──ふふふのふ。常識かぁ~。素敵そうだなぁ。

 豊は遼の今回の手土産──マルセイユの蚤の市で買った高級ハリセンをふりまわしたい欲求と猛烈に戦いながら、ふるえる拳を握りしめていた。

 ──年長の者としてひとつ言っておきたいのはだね、相手は‘のぞき’じゃなくて‘実力行使派’ってことだ。風呂でハンパな露出ばっかしてると、今度の守宿は‘水戸黄門’の由美かおるかッ・・・・て、クレームが来るぞ。
 ──いちおう年上だから質問してやるが・・・・それは誰が誰について語ってんだ? 5W1Hで答えやがれ。
 ──だから。ゆんちについて、明日の朝、不二一族に【うろさん】からクレームが入るだよ。

 肩で息をしていた豊は、それを聞いて盛大にため息をついた。
 ──なら、あんたは明日の朝を楽しみに待っていやがれ。
 ──ふむ。するとやはり、父上から正式に初恋の小○ちゃんとの結婚のお許しが☆
 ──・・・・・・・なわけないだろッ!!

ドカッ!!

 必殺の気合いを込めた守宿皇子の一撃で背中から蹴り倒され、
 ──・・・・・・ここにムヒが・・・・・・アルファー。

 ガクッ。けいれんして息絶える遼の手。

 ───

 逢魔ヶ刻・・・・・・というにはいくぶんか早い時間だが、不二屋敷裏手の沢の淵は、深い暗闇に閉ざされていた。

 拝殿での喧騒を聞きつけて、さっそくに覗き見するため、人間離れした早足で、急ぎひょいひょいと崖を駆け上がっていく カッパ 水霊。

 だが、同時に彼は、ふり払ってもふり払っても浮かび上がる自問と戦っていた。

 ──やっぱ不二屋敷って会う人、会う人、みんな濃ゆいよな~。
 ──なんだかんだ言って、ゆたさんも・・・・・必ず気にかけてくるヤツがいて、いつもゆっくりひとりで悩めないっていうのも、なんかかわいそうな気が・・・・・。

 一億総フツーということだけが取り柄の日本国のなかで、なぜにこのような昭和の田舎の一軒家にだけ、個性と呼べる幅を楽々超えるキャラたちが生まれ続けてしまったのか・・・・・・。

 ‘明治は遠くなりにけり’的感慨が、そのカリンと痩せたうすっぺらい胸を締めつけるのだ。

 ───

 ──まど。出立の儀にあたって、部屋を清めているだろうな! そこらへんに書籍の‘あんなもの’とか小物の‘こんなもの’とか、落ちてないだろうな。最終チェックしに行くぞ。

 呆れ果てたかのような静の無気力な号令により、それぞれが出立の儀に際しての正装の支度をするために、ひとまずその場を引き上げることとなり(遼はしずさんに髪の毛を引きずられたまま連れていかれ、洗濯機のなかに封印された)、豊は拝殿に残って彼らを見送った。

 ──はーっ、はーっ、はーっ・・・・・これであの連中もしばらくはおとなしいだろ。
 むやみに息を切らし、額の汗をぬぐう。

 だが、屋敷を出る直前、兄弟たちが自分の支度にかかりきるこのときこそが、豊が今朝方、父の指名の後から虎視眈々と狙っていた、長くひとりになれる時間であったのだ。






 明日は●出立●です。
 いよいよ豊が出立の儀に臨みます。
 ここまで来るのに、十節もかけおって・・・・・出立したら、それなりの働きはしてもらうぞ。
 タイムスリップして、月明かりの不二屋敷の玉庭に集まりなんせ。

 追:ごめんなして。昨日の予告の●血の奉献●は明日の内容にまわします。
 400字詰め原稿用紙にして12枚という制限──今日もまた、字数がオーバーなのです(涙)。

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最終更新日  2005年12月20日 02時00分59秒
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