山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月28日
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 天もなく。
 地もない。
 見渡す限り果てもないような、蒼ざめた沈黙の世界だった。
 そこに星の瞬きがないぶん、夜の闇よりもはるかに救いがたい孤独に満ちているようにも思えた。

 ──なんだ、ここは・・・・・・。
 しばし放心して、豊はそこに立ち尽くしていた。
 誰の姿もない。
 山の神は、本当にここに居ますのだろうか。


 視界の隅で、不意になにかが動いたような気がして、豊は我に返った。
 しかし、慌ててそこに視線をやっても、蒼ざめた深淵には揺らぐ影すらなかった。

 ──気の、せい・・・・か。

 ひとりごちて、豊は息をついた。
 それでも、鼓動が一気に跳ね上がるのを自覚せずにはいられない。
 額にも・・・・・後ろにまわされた掌にも、冷たい汗がじっとりと滲んでいる。
 豊はすがるものでも見つけようとするかのように、背後の扉をふり返った。

 が・・・・・・しかし。
 いくら目を凝らしても、出口らしいものはどこにも見当たらなかった。
 入ってきたはずの扉さえ、いつの間にか消え失せている事実に、身体の芯まで凍りつくような気がして、豊はその場に呆然と立ち竦んだ。

 ──なんで・・・・・。


 容赦なくこめかみを打ちつけるものが自分の脈動だと知って、豊の唇はますます色を失って蒼ざめる。

 と──そのとき。
 どこからともなく、低いくぐもった笑い声が響いた。

 ──・・・・・・っ。
 いきなり心臓を鷲掴みにされたような衝撃に、身体が硬直する。


 さらり・・・・・・。
 さらさらさら・・・・・・。

 弾け上がった豊の鼓動を突き刺すように、衣擦れの音はゆっくりと近づいてくる。
 だが、それは絹が擦れる音ではなく、獅子のたてがみを思わせる滝なす見事な銀髪が地に擦れる音だと知れたとき──。

 そうやって、めいっぱい見開かれた豊の瞳の中で、《それ》は、不意に、冷たく嫣然と笑った。

 ──・・・・・・・っ!
 声にならない驚愕に息を呑む。

 瞬間、それが合図であったかのように、洞内に柔らかな灯が満ちた。

 ──出口は、ないぞ。
 忍び笑いを噛み殺すように、《それ》がいった。
 忘れようにも忘れられない、しっとりと深みのある、あの独特な怜悧な声音で。

 だが、豊の眼光のきつさに、今度はあからさまにクツクツと喉を震わせた。

 ──そんな、今にも噛みつきそうな目で睨むな。今朝方のごとく、思うさま啼かせてみたくなる。

 豊は、カッ・・・・・と双眸を見開いた。だが、煮え滾る憤怒を無理やり飲み込んだ。ここで挑発しても、弄ばれるだけだとわかっていたからだ。

 目の前の闇の中に、翠色の双眸が浮いていた。
 魔物のまなざしだった。
 自分はこの眼眸を知っている・・・・・記憶が行き当たったことにはっとして、豊はいっきに正気を取り戻した。そして、猜疑を交えた声音で、はじめの一声を投げた。

 ──あんたと冗談なんてやり合う気はない。出口は・・・・・どこだ。

 すると、闇の奥で、妖しい篝火のように光っていた双眸が、すうっ・・・・と細められた。
 ──ここで我に出逢ったからには、いくら足掻いてみせても状況は何も変わらない・・・・・そうだろう? 不二一品宮よ。
 その口から思わせぶりに呼ばれ、豊はゆっくりと後ずさった。

 目の前には──《それ》の背後には、いつの間にか十畳ほどの洞窟が現出していた。
 あまたに下がる見事な鍾乳石が、窖(あなぐら)の永い歴史を物語っている。
 向こう薄闇のどこからか、カナカナカナと哀しげな蜩の音が聞こえてきた──夜がはじまるのだ。

 在りえない幻惑が──松明(たいまつ)の向こうから豊を見据えていた。

 顔を向けた豊は、その中央でまるで瞑想しているかのように、静かに身を横たえる神人を、双眸にとらえていた。彼は人形(ひとがた)が命を吹き込まれたかと見間違うほどに、高貴で美しいその姿を見るなり、勢いを失い、眼をみひらいたまま立ち竦んでいた。

 だがすぐに豊は、神人が身に帯びた冷たい、皙(しろ)い月のように超然とした麗しさに対する驚きを、嫌悪に変えた。

 いや。
 嫌悪だけではない。
 それは。

 (・・・・・今朝・・・・方の・・・・・?)
 呆然と、豊は金縛りになる。《それ》が自分の見知った者だった──という事実に。
 (──な・・・・・ん、で?)
 大きく見開かれた瞳は、信じ難い現実を拒絶するように凍りついていた。

 夢の続き?
 ──幻覚?

 だが、息苦しいほどにはやる鼓動が、目の前の現実から逃避することを許さない。
 そんな豊の視線の先で、神人がゆったりと口を開いた。

 ──数刻ぶりだな・・・・・。否、つい先程も逢ったな。夢見の裡で。

 この一日のうちに二度も聞いたことのある、声音の確かさが現実感を不動のものにし、立ち竦んだままの彼の耳を刺激する。一度目は、朝方の禊のうちに。二度目は先程の夢見のうちに。
 豊は思わず身震いした。

 ──ふふ、待ちかねたぞ。不二一品宮(ふじのいっぽんのみや)・・・・・いや、現世では守宿多(すくのおおい)と呼ぶか。

 ──おまえが・・・・・荒神だっていうのか!
 本能的に身構えて、吐き捨てる。
 なにがどうなっているのか、考える余裕もない。

 だが、何か言わずにはいられなかった。

 そうやってはっきり言葉に出すことで、豊は自分の意思を明確にしたかった。それができると、信じたかった。

 しかし、
 ──おやおや、これはこれはご挨拶だな。
 玲瓏な美貌は、笑まうだけで凄絶なほどの酷薄さを増す。ぶしつけな言葉を投げつけたことを瞬時に後悔したくなるほどに。

 開かれた双眸はこの世のものではない翠色、口吻は紅に染まり、青銀にも見える髪との色彩の対比をなしている。
 そのすべてが、それが人に属さぬものであることを余すところなく物語っている。

 誰がこの姿を見てきたというのだろうか。
 伝説は語り継がれるだろうか。

 そうして古(いにしえ)の奥津城(おくつき)より現われ出で、生贄を求めて生きながらえてきた神人を見つめながら、同時に豊は自分の破滅も現実のこととして覚悟しつつあった。

 ──疑うならば、我が荒神である証を見よ。

 目に映る光景を、自衛本能が拒絶する。
 これは、悪夢だ──と。
 じっとりと、額に汗がにじむ。
 その冷たさが、豊を現実に引き戻す。まやかしでも何でもない、これが真実なのだと。

 ──守宿多よ、許さぬぞ・・・・・おまえには、見届ける義務がある。
 その口調の冷徹さに、豊は絶句する。

 荒神の背後に、開けた小洞が見えた。
 その向こうには潅木らしきものさえ存在する。
 月の光が森の床にこぼれおちて、冷ややかな輪を広げていた。

 だが、その場所は恐るべき冒涜をうけていた。
 洞窟の中央には小さな匣(はこ)があり、なかにはばらばらにされた人間の、四肢も首もない胴体が、あふれそうになるほど詰め込まれて腐臭を放っていた。そしてその後ろに見えた光景は──。

 豊は反射的に息を詰めた。
 ──・・・・・っ・・・・・!

 遅れて覚醒してきた嗅覚が腐臭に反応する。
 息を詰めても喉の隙間から滑り込んで来る濁った空気が、咽喉を刺激した。違う、刺激なんてぬるい表現では収まらない。ありとあらゆる臓腑を粉にして、肺に詰め込んだ気分だった。







 昨日、年賀状を書くヒマもないと書きましたが・・・・一念発起!

 あれからいろいろと煮詰まり、ならばと思って年賀状に手を出してみたら、これが止まらない。一気に150枚仕上げてしまいました。今日の午前中までに本局に投函すれば、元旦の配達に間に合うでしょうか(祈)。

 明日は●犠牲●です。
 豊が守宿多の末路を見定めます。
 タイムスリップして、三番守宿までの犠牲に心を寄せてあげて下さい。


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最終更新日  2005年12月28日 04時29分13秒
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