娘と、双子、年子の息子達との日々。時々スピリチュアル。

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2024.12.27
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カテゴリ: 日常



私は、人の奥底にある想いと共感することが好みなので、本人がその深い思いを
どれくらい顕在意識で捉えられているのかという事と

表現方法の成熟度を見ている。



私自身を観察すると

自分自身の深い想いに気がつくことは、

回数をたくさんやったのでだいぶ分かるように

なってきた。

しかし、表現方法が非常に未熟だ。



どう表現すれば、現実を創造すれば

私が求める「場・空間」となるのだろう。

今、まさにその経験を積み重ねている真っ最中だ。



滋賀での生活は、自分自身と向き合うには

本当に良い環境で、自然はすぐ側にあり

空気は澄みわたり、空に流れるエネルギーの純度が高い。



そこで、人との間に起こることを観察しながら

様々なことを感じている。



義母と仲良しのご近所さんが、訪ねてこられ

近況をお話したりした。

体調が突然悪化した義母を、病院へ連れて行ってくださった方達だ。



「もう少し、早く気がついてあげれば。。

本当はしんどかったんやろな」

と会う度に悲しみや後悔として表現して下さる方



「いやいや、本当に元気だったのよ~

先生に、ちゃんと自分の意思を

しっかり伝えるのを見て、私なら言えんなと思ったくらいよ~

とにかく、彼女は私たちの癒しやねん」

と義母が自分にとってどんな存在であるかを伝えるという表現方法の方



ふたりの想いは、

「また、会いたい。

居てくれるだけでいい。

そして、毎日会いに行ってくれてありがとう」だと感じた。



「今は、まだ難しいけれど

会いに来てくださいね」と伝えた。



その後、私の母と電話する流れになり

黒猫を飼うという夢が突然叶った喜びと、亡き父への不満これまで大切にされてこなかった事への怒りの報告のような電話だった。

数日後には直接会うのに、なぜ私が滋賀にいる

今この時に、その話題が必要なのだろうか。。。



電話を切って感じ直す。

母は、自分では全く捉えられていないが、

私の選択が、犠牲的に傾きかけている事を

察知しての電話だったのだと感じた。



前の晩、娘がインフルエンザにかかり

珍しく高熱が続き、辛いとLINEをくれていた。

実家で過ごすありがたさや、

お母さんのうどんが食べたいと言った。

高速をとばして行けば

娘の家まで3時間程で着く。



心が行きたいと叫ぶ。

今から行けば、義母の面会時間には

何とか間に合う。



けれど、頭が全力で止める。

娘の所へ駆けつければ、私が罹患しなくても

インフルエンザの菌を持ち込むことになる。



行かないかわりに、LINEの言葉に愛をのせる。

いつも気にかけていること、

エネルギーを送っていること、

大好きだという気持ち、

絶対大丈夫だよという言葉をかけた。



朝、娘の熱は下がった。



けれど、その瞬間の娘と一緒にいたいという

想いを叶えられなかった。



一体、私は誰の想いを叶えるために

滋賀にいるのだろう。

誰かの想いを代わりに叶えるために、この世界に存在しているのではないという想いが湧き出してとても悲しくなった。



母は、そんな誰かの想いを叶えるための選択を重ねて、自分の人生をこれまで歩んできた。



「あなたは、私のような想いを感じたい訳では

ないんでしょう?

あなたのやり方で、調和していく事を目指しているでしょ?」

そう言っているように感じた。



どれくらい顕在意識で深い想いを

捉えられているか

表現方法が、相手の心地よい方向で出せるか

これは本当に大切な事なのだと感じる。



母は、自分の最近起こった奇跡的な出来事と

父に対する愚痴しか言ってない。

けれど、深い深いところにある想いは

私の心のバランスが傾きかけている事を察知して、
贈られた「愛」。



結局、みんな私に愛を届けにきてくれているけれど(愛の交換)

私の好みで受け取ろうとする時、

全く違う言語に翻訳している気分になる。



おそらく、みんなそうやって生きているのだろうけれど。

誰ひとりとして同じ言語で話している人は

存在してないよな~とその度に想う。



全ては「愛」だという感じ方を選んでいる人

達との会話は、翻訳する必要があまりないので

私にとっては分かりやすい。



私にとって、自分の好みで

ひとと関わるということは

他言語を習得する感覚だ。

非常に骨が折れる。

この世界には80億の言語が存在しているのだから。



今回は、末っ子とふたりで過ごした。

「ポケポケ」というポケモンのゲームを

執拗にすすめてくるので、しぶしぶ携帯へ

入れた。

ゲーム解説を丁寧に息子がしてくれたのだが、

それは、私が今知りたかった

この世界を生きていく為に必要な

個性の使い方とリンクしていた笑



なんと、ポケポケに詰まっていた笑



息子にゲームを教えて貰いながら、私は生きていく為の表現方法を重ねて学んでいる。



息子も同じ課題に取り組んでいるので、

ポケポケを例に出しながら伝えると、

息子に私の想いが届きやすいなぁと思った。



ひとの言語を翻訳して

自分の好みで受け取る方法も素敵だけど

「ポケポケ」のような共通言語をひととの間に作って、それを元に受け渡しをする方法も素敵だなぁと思った笑



この事は、私にとっては

イナズマのような気づきをもたらした。

共通言語は、楽ちんだ。

きっと、これからもっと多くの人達と

関われる気がする。



ワクワク😍

最後まで読んでいただき

ありがとうございました😊






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最終更新日  2024.12.28 08:24:16
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