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お蔵入りしていた春の「床もみじ」です 2013.4月の記録です、桜はいまもう東北以北でしか見られない時期となりましたが、ご紹介する実相院その折さくら満開でした、ここでご紹介せねばUPする時期が又遠のくと思い、記事にしましたご覧下さい 岩倉実相院 天台宗系単立寺院 正式には岩倉山実相院です 鎌倉時代1229年、静基(ジョウキ)僧正により北区・紫野に開基され、のち今でも実相院町の町名が残る小川・今出川に移転、応仁の乱の戦火を逃れるため現在地の洛北・岩倉に移っています 1600年代 後水尾上皇の庇護を受け興隆し、後西天皇の皇子義延親王の入寺以来皇孫の門主が続く門跡寺院となり、岩倉門跡とか岩倉御殿とも呼ばれます 本尊には、鎌倉時代に創られた木造立像の不動明王が祀られています ↓正面の門「四脚門」です 1721年大宮御所より移設されています 外塀は五本の筋塀 門跡寺院の証しです ↓実相院門跡の表札と菊の御紋入り提灯が架かる門前より さくら望めます 門跡寺院、京都には30ヶ寺以上を数えます 主なところでは 三千院・曼殊院・青蓮院・仁和寺・大覚寺・知恩院・随心院・霊鑑寺などがあります ↓門内入ったところの庭園 幕末岩倉具視ここで暫く隠遁生活を送ったとされています、又その後暮らしていた幽棲旧居はここより南200mにあります ↓「玄関」筋交いが渡され入れません 左は「お車寄」ここより出入りします ↓「客殿(本堂)」外からです 建物内は写真すべてシャットアウトです ↓建物は相当古くあちこち つっかい棒で補強されでいます 客殿・四脚門・お車寄は1700年代承秋門院幸子 数少ない女院御所の遺構です ↓客殿から西の庭園に出ました ↓池泉回遊式庭園です 逆光で見づらい写真です すみません ↓ひょうたん池と呼ばれます ↓池UP この池には天然記念物 モリアオガエルが生息すると謂われています ↓庭北方です 実相院の最大の見どころは、薄暗い部屋の床を鏡にして映るもみじです 春新緑の「床もみじ」と秋の紅葉が映る「床もみじ」の様子は幻想的にも見え一見に値します しかしお寺では紅葉の時を「床もみじ」とそして春の青いもみじを「床みどり」と表現し紹介していますが、どうも教科書的でいけませんね 両方とも「床もみじ」の表現の方がより風情が感じられいいと思うのですが・・・ ↓ この写真は寺のポストカードからです 「滝の間」の襖絵は狩野派・狩野永信筆によるものです ↓春の「床もみじ」 先ほどの説明の場面です こちらの写真はお寺のHPよりの転載です この「床もみじ」の撮影禁止がお蔵入りしていた原因です、屋内のご本尊や狩野派の襖絵の禁止は致し方ないとしても、この床に映るもみじの写真が撮影不可でした、何か出し惜しみの理由としか理解できなかった為気に入らずご紹介を保留としていました ↓もう一つの庭「こころのお庭」です 元は「蹴鞠の庭」と呼ばれる庭でしたが、2013~14年にかけて「こころのお庭プロジェクト」と名付けられ、植治・小川勝章氏の監修により市民参加も募り作庭されています ↓少し角度を変え庭の全景 苔にさくらや楓が植られ、石と白砂に木製オブジェが配され海を描く枯山水庭園です、後ろの比叡山をバックにしてと説明されていますが?・・・ ↓右方のさくら 後ろは四脚門です ↓さくらの後ろの比叡山 借景どころか何処から見ても比叡の全景が見られません? ↓正面さくらUPです ↓石庭、石と白砂で描かれる砂紋です さくらは綺麗に見て頂きましたが、この庭初めから比叡山を借景にする意図はなかった様に思われ、また海を描き木製のオブジェは白波を現すとされていますが、島を表す石とのバランスが理解に苦しむ仕上がりだと思えてなりません、ご紹介しながら申し訳ありませんが「床もみじ」の写真対応とその説明と共に、得心がいき難い実相院でした 今年のさくら、これで終わります お時間が許せばご覧下さい、昨年までの京都のさくら名所の数々です *勝運と開運の神様...石清水八幡宮のさくら *京都を護る........平安神宮のさくら *京都・東部のさくら数々.....醍醐寺・清水寺・哲学の道・なからぎの道ほか *京都・中西部のさくら数々..京都御苑・嵐山・平野神社・東寺・退蔵院 他 ***************** 京都ええとこ一覧下 京都市の地図をクリック拡大して、各所に付されたNoをお控えのうえ下記 3区分の中のNoの説明をクリックして頂ければ記事にリンクしますのでご覧下さいただ、最近の2018年以降の各所記事については図の中に表示出来ていません、区分3.よりお入りください 「京都ええとこ記事一覧」 1.(No. 1~ 48はこちらから) 2.(No.49~ 96はこちらから) 3.(No.97~158はこちらから) ←2018年以降現在迄の記事はこちらからです京都各所について何かお尋ねになりたい事などありましたらコメント欄にお入れ下さい、こちらの判る範囲でご返事差し上げます そしてもう一つ拘っていた「京都ええもん」少しだけですが画像クリックして下さい 京都ええもん
2020.04.24
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今回さくらをご紹介する寺院は我が家の菩提寺の宥清寺です、さくらはその折々に見て頂いていますがお寺のご紹介は初めてです、こちら法華宗の一派で観光寺院ではありませんので、一般の方は桜の時期しかその姿みかけません ただ今年はコロナ感染の心配もあり信者以外は立ち入り不可とされています 咲く桜は種類が異なり開く時期が一緒でなく、写真は三日にわけて撮っていますので咲き具合また空の様子が異なって見えますご了解下さい本門仏立宗・本山 宥清寺(ユウセイジ) 本門仏立宗の根本道場となります 本門仏立宗は、釈尊に始まり日蓮聖人を宗祖と仰ぐ宗門です 拠り所とする根本経典は釈尊が最後に説かれた法華経(妙法蓮華経)で、日蓮聖人が定められた南無妙法蓮華経のお題目をご本尊とし口唱(クショウ)修行する宗門です 1253年日蓮聖人が、南無妙法蓮華経を久遠の本仏として弘めるとの布教を始めた20数年間、様々な迫害を受けられてきましたが1283年に没するまで自説を全うされます、ただその後数十年その教えに濁りが生じた期間を経て、丁度100年後蓮師後身(日蓮の生まれ変わり)としてその教えを継いだのが門祖・日隆聖人です 宥清寺は、1308年日蓮聖人の直弟・日弁上人によって開かれ、もと青柳山本門寺と称し京都における日蓮門下最古の寺院です ↓宥清寺門前です この折奥の紅枝垂れ桜はまだちらほらでした 日蓮聖人の教えは日隆聖人に引き継がれましたが、多々その道を異にする別派が生まれ法華宗は別れ衰退の長い時期もあり、宥清寺は一時本門法華宗・妙蓮寺の末寺に入る時をも経過しましたが、1858年日蓮・日隆の正統をを継ぐ後継者として長松清風 後の日扇聖人が「本門仏立講(宗)」を開かれる事となります、以来難しい教えの内容を平易な和歌にして詠み、三千余種の御教歌(ゴキョウカ)に替え一般に親しみ易い形でその教えを伝えられ広まって来ました、爾来日扇聖人を開導聖人(開発教導)と呼ばれる事となります ↓山門より 桜満開を迎えました 日隆上人時代、日蓮宗(法華宗)は多くの分派に分かれます各派はそれぞれ本山のもと教義を広めて行きます、本山には宥清寺を始め京都十六本山と言われる寺院があります、知られる所では信長・光秀の本能寺・金ピカ寺院といわれる本圀寺・雪乃庭がある妙満寺・花の寺と言われる妙蓮寺など有名寺院があります ↓境内、正面が本堂です ↓右手は講堂・寺務所・二階の法悦殿を始め和室・講義室などがあります ↓門内左手百万霊会供養塔とソメイヨシノです ↓宗門納骨堂と銅像は「開導・日扇聖人」像です ↓本堂右手の桜少しまだ色は白い様ですが綺麗に咲きます ↓左前は大きく枝を拡げる紅枝垂れ桜です ↓本堂正面です ↓本堂横に咲く桜 ↓本堂前から ↓本堂内 正面は祖師 高祖・日蓮聖人で、右に門祖・日隆聖人 左に開導・日扇聖人が祀られています↑木造日蓮上人坐像は聖人の直弟子日法上人の彫刻で祖師自ら開眼(手自開眼テジカイゲン)された貴重なもので、肖像彫刻として最古のものと謂われています(重文) 現在本門仏立宗には、本山宥清寺をはじめ全国に300ヶ寺の系統寺院があります、知られる所では東京・乗泉寺、大阪・清風寺、名古屋・建国寺などがあります ↓以下、紅枝垂れ桜に戻ります 今年の桜は千本釈迦堂と宥清寺、名は知られていますが桜の木が多くなく見る人の少ない名所でした、 下記は昨年お届けした京都の桜の名所ですコロナ感染報道にお疲れの合い間の気休めとしてご覧下さい *勝運と開運の神様...石清水八幡宮のさくら *京都を護る........平安神宮のさくら *京都・東部のさくら数々.....醍醐寺・清水寺・哲学の道・なからぎの道ほか *京都・中西部のさくら数々..京都御苑・嵐山・平野神社・東寺・退蔵院 他 ***************** 京都ええとこ一覧下 京都市の地図をクリック拡大して、各所に付されたNoをお控えのうえ下記 3区分の中のNoの説明をクリックして頂ければ記事にリンクしますのでご覧下さいただ、最近の2018年以降の各所記事については図の中に表示出来ていません、区分3.よりお入りください 「京都ええとこ記事一覧」 1.(No. 1~ 48はこちらから) 2.(No.49~ 96はこちらから) 3.(No.97~158はこちらから) ←2018年以降現在迄の記事はこちらからです京都各所について何かお尋ねになりたい事などありましたらコメント欄にお入れ下さい、こちらの判る範囲でご返事差し上げます そしてもう一つ拘っていた「京都ええもん」少しだけですが画像クリックして下さい 京都ええもん
2020.04.14
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今年は新コロナウィルス騒動で全般に自粛花見どころではない昨近です、人も多くなく静かにさくらの観られるところご紹介します、「千本釈迦堂」です といいますと間違い易いですが 2月にご紹介したのは閻魔さん祀る「千本えんま堂」でした、さらに釈迦堂というと嵐山にある「嵯峨釈迦堂・清涼寺」があります、同じお釈迦さんを祀るお寺ですが古来より区別してこちら千本釈迦堂です 千本釈迦堂 正式の名は、真言宗・瑞応山(ズイオウザン)・大報恩寺です 鎌倉時代初期の1221年比叡山で修行し終えた義空(ギクウ)上人(藤原秀衡の孫)により創建されています、当初は小さな草庵でしたが材木商からの寄進も受けて、1227年に現本堂が上棟され完成しています 本尊には釈迦如来坐像(重文)を祀り、例年催される釈迦念仏会(シャカネンブツエ)で僧侶の声明(ショウミョウ)がお堂一杯に奉誦されます 12月7日はお釈迦さまが悟りを開かれた日「成道会(ジョウドウエ)」が盛大にに行なわれ、諸病・厄災を祈願しお払いする「大根炊き」も又千本釈迦堂の名物行事となっています ↓表参道から山門・釈迦堂です この時少し晴れ間が覗いていたのですが・・・ ↓表門から境内を見ます ↓境内左手にある「稲荷社」まえには百度石ならぬ千度石です ↓ここにも綺麗な椿咲いていました ↓「北野経王寺」足利義満が1392年北野天満宮に明徳の乱の戦没者を悼み建立したが、明治初年の神仏分離により、ここ大報恩寺に移されています ↓「観音菩薩像」ぼけ封じの観音さまです 年を通して多くのお詣りがあります ここには我が身に緊急性も感じ、念入りにお詣りして置きました ↓境内中央にある「阿亀桜」 曇り空で少し愛想なく白色に見えますね、僅かにほんのり桜色がかかっているのですがUPしないと分かりませんね ↓さくら見上げます ↓さくら根元には「阿亀桜」の表示 本堂の「釈迦堂」は創建当時のままのものといわれ、応仁の乱(1467年~)の戦火をはじめ、数度に及ぶ大火からも焼失を免れ、800年の年月を歩んできた京都で最古の国宝・木造建造物です ↓本堂の「釈迦堂」 桧皮葺き和風の寝殿造りです 本堂建立に関して伝わるのが「阿亀」の伝説です「おかめ伝説」 この本堂の建築時大工の棟梁 長井高次が重要な柱の寸法を間違え切り落とし、責任ある立場にあって苦悩している時、妻 阿亀が「枡組み(ますぐみ)で補えばどうか」と助言して夫の窮地を救ったのですが、「女の知恵で棟梁が大仕事をなし得たと云われれば夫の恥」と本堂の上棟式を迎える前に人知れず自害してしまうとの逸話です ↓釈迦堂本堂を間近に見ます、柱の上少し暗いですが先程の枡組みが見られます ↓本殿「内陣」 中央に四天柱で囲まれた内々陣が設けられ、須弥壇にご本尊釈迦如来坐像を祀る厨子が置かれています ↓本殿柱の刀・槍の傷跡です 応仁の乱にも焼けることはなかったものの主戦場となった名残りが見られます ↓おかめ塚、阿亀を祀る「宝篋(ホウキョウ)印塔」です ↓その隣に建てられた「おかめ像」です 手には発案した枡組みを持ちます 「おかめ」のふくよかな笑顔は夫想いの明るい人柄を今に伝へ、全国の「おかめ信仰」の発祥となり多くのご参拝をみます ↓伝説から、現在でも新家屋の上棟式に使われています、おかめに因んだ福の面と扇御幣を付けて飾られます ↓おかめの徳にあやかって福の顔が描かれ、「招福祈願」「夫婦円満」を祈願お詣りされる人に授与されます ↓本堂より見る阿亀桜 いい姿をしています ↓境内に戻ります ↓枝しだれています ↓間近に見ます ↓念のため、晴天時の阿亀桜です 4年前の写真ですがこの時友人の突然の来訪を知らされこの時これ一枚のみの写真です *TOPの醍醐寺・霊宝館前桜の名前「深雪桜」です (2012.04撮影) 次回もう一ヶ所、静かなさくらご紹介します ***************** 京都ええとこ一覧下 京都市の地図をクリック拡大して、各所に付されたNoをお控えのうえ下記 3区分の中のNoの説明をクリックして頂ければ記事にリンクしますのでご覧下さいただ、最近の2018年以降の各所記事については図の中に表示出来ていません、区分3.よりお入りください 「京都ええとこ記事一覧」 1.(No. 1~ 48はこちらから) 2.(No.49~ 96はこちらから) 3.(No.97~158はこちらから) ←2018年以降現在迄の記事はこちらからです京都各所について何かお尋ねになりたい事などありましたらコメント欄にお入れ下さい、こちらの判る範囲でご返事差し上げます そしてもう一つ拘っていた「京都ええもん」少しだけですが画像クリックして下さい 京都ええもん
2020.04.05
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