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むかぁ~し、むかしのことじゃった。
って、本当の昔話じゃないんですけど^^;
今をさかのぼること約20年前。
私はアマチュアバンドを組んでおりました。
そのちょっと後くらいの時代はバンドブームで、(若い人は知らないだろうけど)『イカ天(イカすバンド天国)』って言う番組が夜中にあって、そこから次々とデビューするバンドがいました。
私が組んでいたバンド。
本当にアマチュア。
当時は男の子のバンドは『BOΦWY』、女の子のバンドは『レベッカ』のコピーバンドばかりだった。
ご多分に漏れず、私たちもレベッカのコピーバンドをしていた。
『ガールズ・ブラボー』『フレンズ』『ラブ・イズ・キャッシュ』・・・・・
それに加えて私の好みでアン・ルイスも。
『六本木心中』『あゝ無常』『リンダ』・・・・・・
非常にメンバーの入れ替わりが激しいバンドでした。
今はそんなことないんだろうけれど、当時は『バンドをやりたい!』と思うヤツなんて、ひとくせもふたくせもある変わり者が多かったのです。
『個性的』と言えばいいのかな?
もちろん私もその1人。
まだバンドを組む前からバンド好きの集まる楽器店に入りびたりの毎日でした。
子供の頃から歌を歌うのは大好きだった私。
小学校や中学校で、全校生徒の前に出て何かをやる時にも、『緊張』と言う言葉を知りませんでした。
みんなの前で何かをやるのが大好き♪
そういう素質を見抜かれたのか、『お前、ボーカルをやれ!』と言われました。
『手に職があれば、それをやってもいいけど・・・』とは他の人。
私は譜面は読めるけど、楽器は一切弾けません。
ピアノ?全然ダメ。
ギター?フォークギターなら少しは・・・・
ドラム??なんで両手両足が違うことが出来るのか、理解できない!!
『何も出来んのなら、歌でも唄っとれ!』←最初に声かけてきた人。
そういういきさつでバンド活動を始めた私。
高校時代は男性ばかりのバンドで唯一の女性と言う状態でした。
高校卒業と同時にメンバーは散り散りに。
しかし一度スポットライトを浴びた私は、そう簡単にバンドを辞める気にはなりませんでした。
短大に入れば迷わず『フォークソング部』へ入部。
そこでは女の子バンドを組んでいました。
ところがこれがまた・・・・
強烈なキャラばかりのメンバーだったので、ケンカが絶えません。
で、他の大学の人もいれて『ジョイントバンド』を作ってそちらで活動。
曲は浜田まり(ヘビメタ)から小泉今日子(歌謡曲)まで、何でもありでした。
ライブハウスにも出たし、市民会館やホールを借りていろんなバンドとセッションしました。
短大卒業のときに部のほうから『バイバイコンサート』というのが毎年開かれます。
もちろんそこにも出ました。
そこであることが・・・・・・
某レコード会社の方が見に来ていたらいのです。
こんな田舎の小さなコンサートになぜ??←まぢで不思議だった。
ぼちぼちバンドブームが到来していた頃で、地方を回っていたらすぃ。
名刺を差し出し、『うちで本格的なレッスンを受けてみないか?』と。
『君なら絶対やれる!!』←とってもうれしい太鼓判
『やりたい!!』
背中から『やる木』がニョキニョキはえて来そうなくらいやりたかった。
でも・・・・・・・
あの厳しい母を説き伏せる自信と勇気は・・・なかった。
母は私がちょっと反抗すると寝込むと言う得意技を持っていて、本当にそのまま入院してしまうのです。
ソコマデシテジブンノヤリタイコト、シナクテモイイヤ・・・・・
毎回そう思いあきらめる習慣がついていた私。
その時もしばらく迷ったのですが、数週間後お断りの電話を入れました。
就職も決まっていて、断りの電話を入れたときはもうすでに研修中で大阪のホテル住まいでした。
何度もホテルに電話がかかり、名刺をくれたおじさんも何度も大阪まで来てくれました。
『君はやりたいと思っているはずだ!』って。
思っていました。
証券会社の営業なんかとは比べ物にならないくらいやりたいと思っていました。
しかし私が選んだのは『無難』と言う言葉でした。
一番やりたかったことを逃してしまった私。
チャンスがあったのに、自分でそのチャンスを逃してしまった私。
それ以来、どんな仕事に就いても満足できることはありませんでした。
そして今。
結婚もし、娘もいる身となった私。
『これでいいんだ・・・』と、やっとあきらめることが出来ました。
だって・・・もしもあの時スカウトを受けていたら、今とは違う人生となっていただろうし。
そうなるとと~ちゃんとも知り合うこともなかったし、娘も生まれていなかっただろうし。
こうやって皆様と仲良くしてもらうこともなかっただろうと思います。
歳とともに声の伸びも張りも艶もなくなっていく自分を感じ、『これでよかったんだ』と自分を納得させます。
先日王女とちびろちゃんといっしょにカラオケに行ったときにも、改めてそう思いました。
そう、これは昔話。
『私にはこんなこともあったんだ』という、ただの戯言。
私は私。
今の状態で満足し、上を決して臨まないが、下も見ない。
それが今の私。
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