陶玄郷だより (フラクタルの森)

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皆既月食は見られなかったが、月食は、チョットだけ見えました。

月と比べてもそんなに大きくないんですね。

最近焚き火をしながら夜空をながめ、色々と想像しています。
天の川をながめて、初めてそれが、銀河系の渦の中を見ている事に気づいたりしました。
太陽系を越えて、銀河系を越えて、そんな星雲が数限りなく浮かんでいる宇宙を想像して見て、今、ここに座っている自分が、なんと小さな存在なんだろうと思いますが、
一転してミクロの世界を想像すると、自分の体内でも無数の生命体が活動しています。
微生物の世界を考えてみても、いろんなドラマが展開しているようです。
ミクロの世界でも、想像を超えた世界がある。


もしかすると、ミクロの世界のその奥はマクロの世界に通じてでもいるかもしれません。
マクロの奥には、ミクロの世界が口を開けてたりして・・・・・・
無限大のマークの如く、メビウスの輪の如く循環していたりするかもしれません。

仏教の教えの中に「一即多 多即一」という言葉があるそうですが、
如来界の悟りで、詳しいことは分かりませんが、
ひょっとしたら関連しているかもしれません。
1人として存在することも多人数として存在することも可能な認識レベルらしいです。

神(創造主・根本仏)は、人間を自身に似せて作られたと言われることがあります。
どうしても私たちは、自分の立っている場所からしか考えられませんが、ひょっとするとこんな事かもしれません。
宇宙全体が、神(創造主・根本仏)の体であり、星雲などが肉体の諸臓器であったり、私たち1人1人は、ある細胞(地球)の中の一つの酵素とか、赤血球であったりするのかもしれません。
ミクロからマクロ、一本の線で貫かれ、タテ糸とヨコ糸の中に編み込まれた刺繍のごときものかもしれません。


わたしたちが存在する以上、存在に至る原因があります。
あらしめようとする動機(なぜ?)があります。
そのなぜ?を探して、科学も宗教も努力しているのでしょう。





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Last updated  2007.08.30 00:28:46


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