全て | 雑記 | 小説
2006.12.03
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カテゴリ: 小説
「あぶないっ!」
こえがきこえた。おとうさんはどうろにとびだして、ぼくとおんなじふくをきたこどもをたすけた。そのこをみおくると、おとうさんはわらってぼくのあたまをなでてくれた。
それは父さんにとっていつものことだった。思えば、僕がヒーローに憧れるようになったのはあの時からだっただろうか。今はもういない父さんの影を追い始めたのは。

線路の真ん中、目の前には踏切が降りていた。つんざくようなカンカンという音だけが僕の耳には届いていた。横からの危険に気づくこともできず、いつの間にか僕の体は中に投げ出されていた。死ぬときは何が見えるか、と思っていたけど、いわゆる走馬燈の類は見えず、少し後で鈍い衝撃に襲われた。
「いっ・・・!」
痛みに声が出た。どうやら地面に擦れるような角度で落ちたらしい。頬にじんじんと痛む擦り傷ができていた。
「痛てて・・・、大丈夫?」
言ってその人が僕から手を離して、ようやく助けられたことに気づいた。立ち上がって、同じように立ち上がった彼女にお辞儀をした。
「あ、ありがとうございました」

服に付いた埃を手で落としながら、目の前の女性は申し訳なさそうに微笑んだ。そのまま「じゃあ」と帰りかけた彼女を、思わず僕は呼び止めた。自分でもよくわからないうちに口から出た声に彼女は振り向いてくれた。
「あ、の・・・ありがとうございました」
上手く言葉が出てこなくて、さっき言った言葉を反復してしまう。
「これでも一応助け舟だからねー」」
「タスケ、ブネ?」
ある単語が僕の耳に引っかかって、聞こえたまま聞き返した。
「そ。まぁそう呼ばれてるだけだけどね。まだまだあの人には届かないなぁ」
苦笑しながら、彼女は夢を語る子供のように無邪気に話した。
しかしそれは聞きたかった答えではない。当然のように話に出てくるタスケブネなるものが一体何なのか聞きたかったのだ。
「え・・っと、あの、たすけぶねって・・・?」
その屈託のない笑みをなくすことに少し抵抗はあったが、それより好奇心が勝った僕は尋ねてみた。

少し驚いた顔をした後、少し予想に反してまた嬉しそうに彼女は話し始めた。生まれも育ちもここ、高佐市である僕だったが、もう一度その笑顔を奪うのには気が引けた。
彼女の話は少し回りくどくて思い出話も混じっていたため、そのまま聞いていると理解できない気がした。なので少し失礼だがかいつまんで聞くことにした。
話によると、高佐市にはいつも誰かを助ける人がいるらしく、その人のことを助け舟と呼ぶらしかった。それと助け舟は一人ではなく何人かいるものらしい、と。
彼女─竹見さんというらしい─は、昔助け舟に助けられたことがあり、その人のように人を助けられるようになりたいと思って助け舟になったそうだ。竹見さん曰く、まだまだ修行中の身とのことだが。
それでも、話している最中ずっとあの笑顔を絶やさなかった竹見さんは助け舟の素質があると思う。僕も助けてくれたわけだし。

全て聞き終えた僕の口からは、そんなつまらない言葉しか出てこなかった。
「うーん・・別に大変じゃないけどね。私がしたいからやってるだけで、できることをできる範囲でやってるんだから」
だけどそんな言葉にもちゃんと竹見さんは答えてくれた。自分が憧れた助け舟に少しでも近付こうとしているのか、単にそういう性格なのかはわからなかったけど。
「・・と、もうこんな時間だ。ごめん、他の所も見てこなきゃだから・・またね」
腕時計に目を移したかと思うと、口早にそう言って彼女は駅の方へ走り去っていった。途中で一度振り返って手を振った彼女に僕も手を振った。
後に残されたのは、また降りてきた踏切の前に立つ僕と、助け舟に憧れる気持ちだけだった。

一度諦めた夢をもう一度見るのはいけないことだろうか。捨てたものは捨てたと割り切る心が正しいのだろうか。だとしたら僕はどうしなきゃならないんだろう。だとしても僕はどうしたいんだろう。
僕こと高宮裕之は子供の頃、少年にありがちな「ヒーローになる」という夢を持っていた。しかしその理由はアニメの影響などではなく、父親という具体的な目標が近くにいたためだった。
そのためか、ヒーローごっこなんかをして一緒に遊んでいた皆が夢から覚めてもまだ僕はその夢を追っていた。
父さんが初めて僕の前で人助けをした時の映像は、今でも僕の脳裏にしっかりと焼き付いている。だけど今の僕はもうその夢を捨てていた。
きっかけは、父さんが目の前からいなくなってしまったこと。目標を急に失ってしまった僕は何をすればいいのか解らなくなったのだ。
それからはずっと母さんや親戚の勧める道をただ歩いた。父さんの最期を思い出す度に夢も思い出されたが、見ないふりをしてここまで歩いてきた。
だけど予想もしない形で夢はもう一度思い出された。傍観者から当事者に変わって、あの状況に出くわした。
この夢は残ってくれるだろうか。僕の心に強く根差してくれるだろうか。
自分でも気付かないくらい微かに、心の中でそう思った。

「ん・・・っ」
目を覚ますとそこはいつも通りの自分の部屋。何の変哲もないアパートの一室。
カレンダー付きの時計に目をやった。日時は10月27日火曜日、13時20分。
火曜日はバイトを入れてなくて、特に誰かとの約束があったわけでもない。食料も冷蔵庫の中に十分にあった。
だけど僕は外に出た。いつもなら買い出しの日以外は全く外に出ない僕なのに、今日だけは何故か、少し肌寒くなった風を感じていた。
「・・・よしっ」
独り呟いて、町外れのアパートからでも見える駅へと僕は歩いていった。
目的は人助け。昨日の助け舟による影響が大きいが、それだけではなかった。新鮮であり、どこか懐かしい感じがした。何故だか少し誇らしい気もした。
どんなことをしようかと考えながらしばらく歩いて、駅に着いた。座れる場所を探して少し彷徨っていると、助けを求めそうな人なんていないように見えた。僕の視界には慌ただしく行き交う人ばかりが写っていた。
その人混みから少し外れた場所にベンチを見つけて腰掛けた。外からその人混みを見ると、何故だか虚しさがこみ上げてきた。
「なに、やってんだろ。僕・・・」
自分に問いかけるようにごちると、視線を床へ落とした。何の変哲もないタイルと喧噪の中、いつの間にか僕の意識は落ちていた。
そしてまた夢を見た。父さんの夢だったが、いつもとは違った。道路に飛び出した子供を助けるシーンは出てこなくて、ただ僕の前で父さんは優しく微笑んでいた。彼は一度だけ僕の頭を優しくなでると、「後は任せるよ」と言った。そうしてそのまま父さんは僕に背を向け――
「父さん!」
自分の声で急に現実に引き戻された。状況がつかめず、僕の声に少しも反応しない人混みを見て呆けていた。
僅かな温もりを感じた頭に触れて、その手を見た。何があったわけじゃないけど、ただ「任せる」という声がひたすら頭に響いていた。
僕に何を任せると言ったのか。何を思ってそう言ったのか。全く解らなかったが、何となくしなければいけないことは解ったような気がした。
「えーん・・ぐすっ、おかあさぁん・・・ひっく」
多分しばらく前からあの状態なんだろう。僕は僕の視界に入っている、誰も見向きもしない子供の側まで行って手を取った。
「きみ、迷子? ・・僕と一緒にお母さん探そうか?」
父さんが僕に微笑んだように、優しく。その子供は涙を拭う手を止めて、僕の手を握った。
その手はとても温かくて、不思議と涙が零れそうだった。だけどどうにか抑えて、男の子の頭を反対の手で軽くなでた。

しばらく経ったある日、孫に会いに来たというお爺さんに道案内をした後のこと。
「やっ、高宮君。頑張ってるねー」
久しぶりに聞く声だった。そっちを見ると、軽く手を挙げてウインクしている女性と、その後ろに親子が歩いていく姿が見えた。
「竹見さん。お久しぶりです」
簡単にお辞儀をすると、竹見さんは照れたように笑った。
「あははっ、二ヶ月前に話したばっかじゃない。『僕、助け舟になります』なんて言っちゃってさ」
僕があの迷子を助けようとして、一緒に迷子になってしまった日からちょうど一週間後。竹見さんに一言言いたかった僕は、あまり深く考えずに、降りた踏切に挟まれてみた。すると予想通りと言うべきか、竹見さんは突如として現れ、僕の体を抱えて飛んだ。今度は顔に傷は付かなかった。
きっかけを与えてくれた彼女にお礼が言いたかった。心の底から感謝の言葉を伝えたかった。それと、報告を。
「あの時はびっくりしたな、ほんと。・・・やっぱ、血は争えないってヤツ?」
嬉しそうに言う彼女は、少し残念そうにも見えた。
「・・少しは」
「ん?」
「・・・少しは、父さんに近づけてるんでしょうか」
二ヶ月前に聞いた話だったが、彼女は僕の父親を知っていた。それどころか彼女が憧れていた“助け舟”は父だったと聞いた。少しだけ驚いたけど、あの父さんは助け舟であって当然だなと納得もした。
それから僕は、僕が見た父さんに近付きたくて、助け舟としての仕事を毎日続けた。肉体的にも精神的にも疲れることはあったが、目標があるからか気にならなかった。
「・・ん、まぁ・・・40点ってとこかな」
「ははっ、手厳しい」
そしてこれからも。僕は立派に助け舟として一生を全うしたいと思う。
それが父さんへの手向けであり、僕にできる最高の恩返しなのだから。





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Last updated  2006.12.04 00:55:33
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由遠 @ Re:うわー(10/17) うおをおなつぃwwぶるじゃないか! 覚…
ホネホネ@ うわー めっちゃ久しぶりやなあ。 ていうか覚え…
 セツ@ 休日出勤オツカレサマですっw! お久しぶりですwお兄様w お兄様があの…
松田@ ランキングサイトご参加のお願い 突然のコメントで失礼いたします。 携帯…
せつ@ 日記が既に作品っぽいですwてかマジ売れますヨw!?ワラ お兄様wせつはどこまででも付いていきます…

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