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肩に乗ったまま離れないイグアナ。ケージを開ければ僕の肩に飛び乗って来るほど慣れている。イグアナは人によく慣れる爬虫類である。しかし、性格や流通過程での扱われ方によって多少個体差があるそうだ。シゲオさんとマモル君が初めて我が家にやって来たとき彼らはやはり緊張し僕を警戒していた。僕は彼らを愛でたい気持ちを抑え、そのまま放っておいた。飼い始めは触らずに、放っておいた方が良いのだ。急に変化した環境に慣れてもらわないといけない。今日からここが君達の家なのだから。人に慣れさせるのはそれからだ。僕はイグアナの目に入らぬよう、ストーカーのように物陰からそっと見守った。僕がイグアナのストーカーになって一週間エサもだいぶ食べるようになりそろそろ環境に慣れてきた頃だ。エサといえば、イグアナを手乗りにさせる為の下準備として「エサのあげ方」というのが大事である。イグアナは「早い動き」が苦手で、それだけで怖がってしまう。そして、上からのアタックはぜったいにしてはいけない。イグアナを食べる鳥と間違えられ、怖がらせてしまうのである。エサをあげる時は「イグアナの目線からゆっくりあげる」のがコツである。なので、ケージは上が開けているものより横がスライド式になってるような水槽や、温室で飼うのが良い。これは山内多佳子さん、山内昭さんの著書イグアナマニアに書かれている事を参考にした。イグアナは一見肉食のような風情であるが完全な草食動物である。小松菜、バナナなどをバランスよく与える。慣れて来ると、エサを手から食べるようになる。ここまで来れば、手乗りになるまであともう一歩。「人間の手は怖くない」「エサをくれる」ということを覚えさせ、だんだんと「人の手」に慣れさせる。手からエサを食べてくれるようになったら次のステップへ進む。そっとイグアナの顎に触れてみる。あまり人に慣れてないイグアナは、触ろうとすると噛み付いてくるが慌てて手を引っ込めるとイグアナが更に怖がってしまう為逆効果である。とにかくイグアナの目線になって、ゆっくり動く事が大事なのだ。「よし、触っても良いぞ」と心を開いてくれるようになるまで諦めずに何度も挑戦して頂きたい。必ず人に慣れる日は来るとイグアナマニアでも言っている。
2007/01/31
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人間も観察するととても面白い生き物である。今日も前回に引き続き、リハビリの為に病院へ行った。リハビリというのは、患部に電流を10分間流しその後赤外線を10分間当てるという簡単なものなのだがその計20分間とうのが非常に長い。腕の治療の為、雑誌その他を読むことも出来ず病院なので携帯も使用禁止である。ただひたすらに、カウントされるタイマーを見つめている。何もせずにただ時が過ぎ行くのを待つというのはたかが20分間であっても非常に長く感じられるものである。そんなある日(今日の事であるが)面白い事を発見した。その病院ではリハビリルームというのが1フロア設けてあり高校の教室2部屋程の広さがある。そこに5人の男性医師と数人の女性医師(助手)がいるのだが、その男性医師が漫画のように見事な個性を持っているのである。男性医師その1最年長らしきその医師は、いかにもベテランといった風情で頑固オヤジ的雰囲気も兼ね備えている。至って硬い表情で勤務に励んでおり患者は面接でもないのに緊張してしまう。決して偉そうというわけでは無いのだがお世辞にも「優しそうですね」とは言い難い。男性医師その2色黒で茶髪、髭まで生やしているチャラ男でる。患者からの人気が高いらしく、「○○ちゃん」などと呼ばれターンして振り返るという大変なお調子者だが若手医師の兄貴的存在のようである。マッサージ中も常に患者の話し相手になり精神面のケアも欠かさない、タレント的な医師である。男性医師その3優しさが全身に出てる「いい人」らしき医師。ふっくらとした顔は常に笑顔を絶やさずオーラのカウンセリングも出来そうな感じである。大きな体はその広い心の表れであろうか。話し方も非常に柔らかく、マッサージを受ける患者も心からリラックスしているようである。男性医師その4小柄でつぶらな瞳、オドオドとして気も小さそうである。声も小さい為、患者から「えっ?」「えっ?」「えっ?」と何度も聞きなおされ、同じ事を何度も説明していた。頼まれれば嫌とは言えないタチである為か広いリハビリルームを人一倍せかせかと動き回っていた。小動物のようなマスコット的な要素も兼ね備えており年配の女性患者からは可愛がられているようである。男性医師その5この男性医師が非常に興味深く、目が離せなかった。まず格好からして他の医師とは違った。ズボンこそ白い物を着用しているものの上は紺のトレーナー、髪はボサボサでおまけにサンダルある。表情にもやる気が無く、今にもハナクソをほじりそうな勢いだ。他の医師たちと必要以上に絡む事もなく「一匹狼」という言葉がぴったりであった。しかし腕は確かなようで、患者からの指名も一番多いようだ。治療中は真剣に取り組み、さっきまでのハナクソとは思えない。この医師は自分というものを確かに持っていて流されることなくしっかりと生きている。上司に媚びることも無く、患者に深入りすることも無く自分のやるべき事にはベストを尽くし仕事に潰される事も無い。まさに僕がなりたいと願う生き方であった。自分らしく生きること、流されずに生きることはとっても難しい。好かれたいから媚び諂い失望されたくないから自分を偽る。そんな生き方はしたくないものだと思いつつも今日も上司にゴマを擂る。ちなみに今回の話はあくまで僕の想像であり実際の医師達がどんな人達であるかはわからないが「外見こそすべてである」とアンディー・ウォーホールが言っているようにまったく的外れでも無いと思う。
2007/01/22
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今日、腕を押さえつけていたギブスが外された。ガチガチに押さえつけられた僕の腕は利き腕にもかかわらず、ただの邪魔な存在であった。ひじを曲げなければ良い、ということでガチガチのギブスから、多少の自由が利くテーピングに変えられた。まだ痛みが残るのに、外してしまっていいものか不安であるが長く固定していると筋肉が固まってしまうらしい。そして、今日からリハビリである。リハビリというと、歩けなくなったような方が汗水垂らしながらゼィゼィと歩く練習をしているのかと実にドラマチックでエキサイティングな妄想を抱いていたがリハビリルームに通されるなりその妄想は打ち砕かれた。まるで場末の銭湯のようである。場末の銭湯は言い過ぎたが、健康ランドのマッサージ室のような、汗水とは無縁の実にほのぼのとした雰囲気であった。日当たりの良い大部屋に、ベッドがズラリと並び大きな機械がたくさん付いていて、マッサージを受けている人や機械に操られている人もいた。お客さん(患者さん??)は、年配の女性ばかりで、茶髪のモヒカンはかなり浮いた存在であった。連休明けの月曜日ということもあり、ベッドは一杯で僕は隅の椅子で座って待つように命じられた。ベッドをみると、整体師(勝手にそう呼んでいる)の方のマッサージは実に気持ちがよさそうである。首にベルトを巻かれ、締め上げられている老人の姿が見える。首のベルトは一定のテンポで老人の首を締め上げゆっくり戻すという動作を繰り返していた。ベルトが老人の首を締め上げる度に「ウーーーーッ…」というかすれた声が耳に入って、何とも言えず気持ちが悪い。僕は一体なにをされるのか、この先の自分の運命を想像する。とりあえず腕なので、首を締め上げられることは無さそうだが。僕の番になり、ベッドに腰掛けるように言われ座る。すると整体師がやってきて、「電流を流します」ととんでもない事をいともあっさり口にした。老人の首を平気で締め上げるような病院である。腕に電流を流し込む等は、朝飯前なのだ。整体師は、なにやらでっかいピップエレキ盤のようなものを慣れた手つきで僕の腕に貼っていった。その大きなピップエレキ盤に、赤と白のコードが接続されいよいよ電気椅子のスイッチが入れられる。…なんとも弱々しい電気が流れた。電気椅子に座ること10分、僕のリハビリ第一回目は終了した。リハビリはずいぶん想像と違ったが、汗水垂らして歩く姿も首を締め上げられる姿も、ドラマチックでエキサイティングであることに変わりはない。
2007/01/09
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仕事に行けないから、チョコやオオスケ達とひたすら遊ぶ。毎日仕事で、一日20分くらいしか遊んであげられなくていっつも寂しそうにしてたんだよねチョコは嬉しいとき、クックックって鳴きながら俺の周りをピョンピョン飛び跳ねる袖を噛んで引っ張ったり、どっか連れてこうとする。「そうかそうか、そんなに楽しいのか」とめいっぱい遊んであげたというより、遊んでもらったって感じっすね。フェレットってこんなに人に慣れるとは思わなかったよペットじゃなくて、もはや俺の娘カメラ向けるとポーズ。うちの娘はタレント志望です。
2007/01/07
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時間にして、午後11時頃。正月の夜は人通りも無く車さえも通らない。僕は、正月くらいしか会う機会のない親父の家で酒を飲みたくさんの土産を持ってひとり家路を辿っていた。駅から離れた住宅街に一人で暮らしている父親。10年前までは家族4人で暮らしていた町並みを駅に向かい独りで歩く。途中、僕はつまずいた。大きな岩があったわけではない。地面が柔らかくなっていたわけでもない。坂道でもない平坦なコンクリートの道路で僕はつまずいた。その瞬間、視線は街灯がどこまでも続く静かなバス通りから街灯に照らされたコンクリートの地面に変わった。脳は無意識に右腕を前に出し、顔面が地面に接触するのを防いだ。手に持っていた荷物は道路に散乱し、左手は空を掴もうとしている。足は揃って気をつけ!の状態なのに、体は斜めに傾いている。組み体操の「扇」の、端っこの体勢、と言うのが的確であろうか。誰も見ていなくて良かったと、人がいなかった事に安堵したが地面に張り手をかましている右腕を見た瞬間顔面が蒼白した。逆さでパーをしているではないか。一昔前の女子高生が、プリクラを撮るときに開いた両手を前に突き出し、「イェーイ!」って言いながら「ギブミー!」みたいなジェスチャーをしているのを良く見た事があるが、そんな感じである。我が脳よ、何故まっすぐに腕を伸ばさなかったのか。さらにあろうことか「ギブミー!」の腕は、への字に曲がっていた。簡単に言うと反対向きに曲がっていたのである。「☆♂★◇▼~~~!!!!!」声にならない悲痛な叫びを上げた。独り組み体操「扇」の体勢のまましばらくその場で子羊のようにクンクン泣きじゃくっていた。新年早々、まったくツイてない。今年一年のスタートに出鼻をくじかれた思いでいっぱいだが気を引き締めて今年一年を乗り切ろうと心に誓い今年の抱負を「人が敷いた道を、ただ歩かない」と決めた、今日この頃であった。
2007/01/03
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今年は、今年こそはもうちょっと頑張って更新して行けたらと思います。こんなブログでも、見に来て下さる方がいるというのはなんだか嬉しいです。頑張ります。今年もよろしくお願いしします
2007/01/01
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