如月劇場

如月劇場

2010年06月05日
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 私たちが村上春樹の小説に求めるもの、それは一種のリアリスティックなヒーロー像である。

 物語の中のヒーロー達は往々にして裕福であり、海外の文学に精通している。ユーモアと教養があり、酒とセックスを優雅に楽しむ。
彼らは私たちの想像しうる限り、一番現実に近いところにいるフィクションである。それ故に私たちは「自分たちも、もうすぐで彼らのようになれるかもしれない。あるいはそれは、部屋の模様替えを楽しむかのようにとてもシンプルな事なのかもしれない」といった確かな夢を抱く。

 私たちは幼いころ夢見たように、ウルトラマンにも仮面ライダーにも実はなれないことを知ってしまった。しかし、こういった幻想の破壊と引き換えに「自分にも届きそうな感覚」のラインが形成されたように思う。例えばそれは高校野球選手の甲子園出場であったり、少し美貌に自信を持つ女の子のモデルデビューであったりする。そういった感覚のラインを曖昧にする不思議な魅力(実はそれは不思議でもなんでもないのだが)が村上春樹の小説には至る所に仕掛けてある。
そういったヒーローに自分も届きそうな感覚、このイメージこそが読者に次の1頁をめくらせるのだ。

 なぜ私たちがこういったヒーローに恋焦がれるかと言えば、それは現代の日本人が根底に持つ、欧米へ強い憧れにある。そしてその起源をたどっていけば直接、日本の太平洋戦争における敗戦へとつながるだろう。
いじめられっ子がいつかガキ大将を倒すことを夢見るように、日本の敗戦後を辿っていけば自然とその思想や文化は欧米への従順、ひいては同化を目標としていることがみてとれるのではないだろうか。


 しかしこういった背景よる村上春樹の批判はされるべきでない。彼は当時耽読していたカート・ヴォネガットやブローディガン、フィッツジェラルドといった作家から受けたインプットを自分なりに再構築し、ふんだんにアウトプットしている、いわば作家の大法則を見事に実践しているからだ。

 村上春樹がここまでの絶大なる人気を誇った秘訣、それと同時にその成功のカギを握ったといっても良い評価すべき能力は二つある。

 一つは前述したような「日本人が最も追い求める的確なヒーロー」を生みだすまでの、自身の背景にある欧米文学を脳内で改変し、「日本文学」として再構築する「転換力・順化力」である。

 そして何よりも、現代の日本人たちが望む姿を完全なまでに見通す力である。朝食には手作りのトマト・ソースを塗ったフランスパンにポテト・サラダ、夜にはふらりと立ち寄ったジャズバーでボウルに入ったナッツをつまみながらウイスキーのロックグラスを揺らす。そういった限りなく現実に近い非現実を村上春樹は私たちの前にぶら下げる。

私たちはファンタジー小説よりもタチの悪い魔法に、いまだかけられ続けているのだ。





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最終更新日  2010年06月05日 23時33分51秒
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