如月劇場

如月劇場

2011年11月30日
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久しぶり?に真面目な話を。


明日、夕刻時にバンド会議が開かれる。聞こえはいいが、ただの愚痴の吐き合いもしくは一方的な暴露になるだろう。正直な話、解散も視野に入れている。そういう、話し合いだ。

なんというかまぁ、私は持ち前の社交性と溢れんばかりの協調性によって今までこの問題を流してきた。そのツケがここで一気に爆発した。と言うわけで、私はオフィシャルな場所で何かを否定したり終焉を提案するのはものっそい苦手である。出来ればやりたくない。

バンドメンバーってのはそれ以前にやはり一人の人間であるわけで、どんなバンドも人間同士の衝突や相いれない部分が見え隠れしながら、お互いがメリットとデメリットを天秤にかけながらライブに臨んでいるだろう。

けれど、根底としてやっぱり好きと嫌いってのはものすごく重要なポイントだと思う。「尊敬してるけど苦手」とか、「うっとおしいけど認めてる」とかそういう薄い表現なんかでは包みきれないほど、このバンドは大きなものを抱え過ぎたと思う。



私の場合、そういった「人間としての不和」をここ半年ずっと見てきた。実はね。それはひどく疲れる作業だったし、そういった時の経過はやがて、私がこのバンドで大きな音を出すことの快楽さえも奪って行った。今では私のライブに対する感情は、やりたくもない仕事で高収入を与えられているサラリーマンと近い部分でリンクしている。


段々、「そんなしんどい思いをしてまでこのバンドがやりたいんか」という疑念が生じた。そうなったときに、初めて自分のバンドの技術的な部分、界隈におけるポジション、サウンド、そういったものを直視する事になる。


ファーストデモを作った時は地位や名声、そんな言葉なんて自分達には関係ないと思っていた。とりあえず、速くて格好いい曲を。色んな人に聞いてもらいたいという感情すらなかった。自分達が、求められている場所で好きな音を鳴らすことが楽しくてたまらなかった。


セカンドミニアルバムを作ったあたりから、事態はそんなに楽観視できるものではなくなった。自分としてはファーストの、ラフな視点をいつまでも持っていたかった。けれどいつしか自分達は「メロディックシーンの若手旗頭」なんて言われるようになり、あれよあれよと言う間に全国各地でライブした。何かが少しづつ、重くのしかかっている感じがしていた。



そして今回、サードをリリースするに当たって、私は自分達の曲が凄く曖昧なものに見え始めた。本当に好きな曲が、セットリストから消え去ってしまうような気がした。
メンバーの関係は、本当の仕事仲間になってしまった。事務的、機能的。求められているから演奏する。音を鳴らす理由が確実に前と変化していた。


私たちはバンド内で、全くプライベートな話をしなかった。彼女の話、実家の話、休日に誰かと集まって遊ぶなどもってのほかだった。それが別に悪い事とは言わない。そんなバンドだって山ほどいるだろう。でも、「他の誰かが」とかじゃなくて「このバンドでは」、それがこの結果を招いた一番の原因だったと思う。根っこの部分で、誰も「こいつとやっていきたい」と思えなかったのだ。


「いい音のギターを弾くから」「凄い曲構成を考えるから」「イメージをすぐに演奏できるから」そういった理由は、バンドをキープする理由にはなっても前進させる理由にはならないと痛感した。

「この3人じゃないとできないことがしたい」という理由が欲しかったな、と思う。しかし、だからといって大学一年生の時からこのバンドをやりたいかと言えばそうではない。それは前述した生活の端々に、「やっぱりこいつは好かん」という所を垣間見てきたし、それはその都度正直に話しても解決する問題ではないだろう。人間の問題だから。


おい、知ってるか。テレビでよくありがちなバンド解散の理由が「方向性の違い」ってのは本当にあるんだぜ。でも方向性って言ってもそれは多分、ほとんどの場合が「人間としての方向性」だと私は学んだ。サウンドは増やしたり減らしたり、角度を変えたりできても、人間のベクトルは隠れるか突っ切るか、ニ択なのだ。バンドという3人で作り上げた輪っかを、破ってしまう人間のベクトル。


正解は無い。人生の一部における、ささいなバンドのお話だ。でもそれがそれぞれにとってどんな比重で自分の世界に存在するのかは、理解できなくても確かめあう事は出来る。それを今、する必要があるらしい。


私は正直バンドなんかなくたっていい。それは決して軽視からの発言じゃない。もともと私にとってそれはライフワークなんて大層なものでもないし、富も名声も全く求めちゃおらん。そりゃあ、あった方が良いに越したことは無いが、少なくともそれが理由じゃない。しんどいと思ったら休めばいいし、アカンと思ったら辞めればいい。

いっつも長文チンタラ使いまわしてあることないことアチコチで喋り散らす私だからこそ、今回の話はシンプルに感性を信じたいと思う。楽しくないから、やらなくていい。そういう話だと思う。


今回ばかしはどうなるか分からん。ただ、もし一旦、全部なくなることになったとしてもこの半年間抱え続けたモヤモヤだけは全部言ってみようと思う。そうしないと、わたしはこういう事から顔をそむけてばっかりだ。


周りなんか気にせずに、やりたいことやるだけやってしかも格好いいって、そんなに難しい事じゃないような気がするんだけどな。いつからだろうか、忘れたのは。





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最終更新日  2011年12月01日 03時28分33秒
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