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「100%の商売人というものは、100%の詩人同様、一人として存在しない」これはそうだろう。どんな嫌な人間にもいいところのひとつやふたつはあるものだ。凶悪犯と獄中結婚する人すら存在する。損得勘定だけの商売人から夢想家の詩人まで無数のグラデーションが存在する。その間に明確な境界線は引けない。
2026/02/25
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「人間は利己主義的であるよりもはるかに狭隘で偏った存在である」これは紛れもない真実だ。これこそが社会が分断される理由だろう。実際、人は、家族や友人に対してはそこそこ利他的だ。ただ、利他性が多少及ぶ範囲は、精々、郷土、自国、民族までだろう。そして、その中でも、しばしば、性別、年齢、階級、思想、宗教などの違いによって分裂する。人間は、同類としか仲良く出来ない生物なのだ。
2026/02/13
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「猿とは、人間にとってなにか。嘲笑の的、あるいは苦痛に満ちた恥辱の種である。超人にとって人間とは、まさにこうしたものとなろう」。なかなかこれほど傲慢な発言もない。しかし、ヒトラーはもちろん、プーチンやトランプのごとき超絶ろくでもない人間が大きな影響力を持つ現代社会を見渡すとあながち傲慢だけで済まされない。しかも、プーチンが、ウクライナ侵攻に反対するロシア人を「口の中のハエ」と呼び、トランプが、移民を排除する ICE に反対するアメリカ人を「ゴミ」と呼ぶ傲慢さは笑えない冗談だ。
2026/02/07
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" 未来は過去に類似している " これは色々な言葉を連想させる。まず「歴史は繰り返す」や「反復強迫」だ。そして、終末医療に携わる医師が言った「人は生きて来たように死んでゆく」だ。確かに人間は習慣的生き物である。ただ、その習慣をよい方向へ変えることにも価値がある。
2026/02/04
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ヴィトゲンシュタインによると、言葉の意味はその人が属する言語ゲームの規則に帰着する。つまり、「" 真理 " とは、ある言語ゲームの規則に基づく、プレイヤー同士のやりとりにすぎない」ことになる。これは、ニーチェの「" 真理 " とは、ある生物種がそれなしには生きられない妄想である」を連想させる。しかし、「すぎない」や「妄想」という文言が気に食わない。まるで、どこかに真の真理があるかのように感じる。そんなものはないだろう。ある言語ゲームのプレイヤー、あるいは、ある生物種にとって、それらは真理そのものなのだ。
2026/02/01
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