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みなさま、ごきげんよう。紅茶ソムリエの永田 聡子です。 今回は、とってもすてきなケーキスタンドのご紹介です。お皿に乗っているのは、下からサンドイッチ・生ケーキそして、一番上が焼き菓子です。 実はこれ、ケーキスタンドなんです。ケーキスタンドというと、ホテルのアフタヌーンティーセットで出てくるようなシルバーのスタンドをイメージされる方が多いと思いますがもともとは、こういう家具調のものでした。 時代とともに、シルバーのものが作られるようになったのですが 当時は、執事がゲストの間を回り食べ物をサーブした後に、それでもまだ残る分をこのスタンドに乗せて置いておいたという使い方でした。 そもそも、アフタヌーンティーとは、19世紀中ごろの英国において、夕食までの長い時間(当時の貴族の夕食は、8時ごろでした。夏など日の長いときは9時始まりもあったとか。) 空腹に耐えかねた貴婦人方が、軽食と紅茶を愉しんだということに始まります。 今では、このスタンドは英国ではとっても一般的なものになっており使い方も ケーキなどではなく、観葉植物や置物を飾っておく飾棚的な家具の一つとなっています。 この写真は先日、私の紅茶教室で行われた【アフタヌーンティーパーティー】に使用した時のものですが、(詳細をご覧になりたい方はHPをご覧ください) 『LadyStyle』で検索 ケーキスタンドとして使用する場合は、このような感じで使います。 先ほど紹介した様に、置く順番も決まっています。アフタヌーンティーは、もともと非常に身分の高い貴婦人の間で流行したものでしたから マナーはとても厳しいものでした。 頂く順番どころの話ではなかったのですよ。 教室のパーティーでは、『当時のマナーを学ぶ』がテーマだったのですが、みなさん驚きの作法がいっぱいでした。 では、みなさま。 ごきげんよう
2009年01月31日
みなさま、ごきげんよう。そして、あけましておめでとうございます。今日は、インドの紅茶についてご紹介したいと思います。インドの紅茶が、作られたのは、19世紀のことです。1823年、一人の少佐がアッサム地方にて、茶の木を発見したことにはじまりました。 彼の名は、R・ブルース。 それ以後、弟であるC・A・ブルースの尽力によりイギリスは、永年の夢であったインド帝国紅茶を生産するようになります。でも、すんなりと生産できるようになったわけではありませんでした。 R・ブルースが発見したのは、アッサム種という種類の茶樹でしたがイギリス資本の製茶会社(アッサム・カンパニー)は、 中国種の茶樹を育てることにこだわったからです。なぜか? それは、紅茶のふるさとは中国であり、今まで紅茶は中国でしか作られてこなかった為、中国が一番だと思い込んでいたからでしょう。それに、インド・アッサム地方で発見された茶樹は、野生のものできちんと栽培されてきたものではないため、品質が劣っていると考えられたことも一因です。 そんなこんなで、初めて紅茶が生産されるまでには、15年近い年月を経たわけですが、 今日は、インド紅茶と和菓子の組み合わせをご紹介したいと思います。インドのダージリンは、中国種にこだわったイギリスが、唯一栽培に成功した中国種です。 もともと、中国種というのは、緑茶が主ですから、ダージリンは、緑茶に近い味わいを持っています。カテキンが他のこうちゃと比べると少なく、アミノ酸が多いこともその理由のひとつです。 さて、本日は羊羹と、最中、そして抹茶をふんだんに使ったシフォンケーキを合わせてみました。 シフォンケーキには、生クリームではなく、餡子を添えました。 インドの紅茶は、 アッサムとダージリン、それからニルギリなどが有名です。 アッサムとダージリンは、北東インド、ニルギリは、南インドです。
2009年01月16日
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