はにわきみこの「解毒生活」

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2005.01.31
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 清水医師のクリニックは、地下鉄で駅4つほど離れた場所にある。11時半にオフィスを出たのに、着いたときには12時を回っていた。まだ診療まちの患者が3人いる。保険証を出して受付を済ませると、待合室のソファに腰掛けた。バッグの中には、今朝、万里たちから預かった雑誌が入っている。暇つぶしにパラパラめくってみた。

 8人の占い師のトップには、およそ占い師のイメージではない男が載っていた。


 海からうけるパワーをセッションに活かしています」

 アロハシャツを身につけた男が、こちらに向かって笑っている。バックには青い海と白い波。
 真っ黒に日焼けした肌。笑うと横線一本になってしまう奥二重の目元に、太い眉。口元には輝く真珠のごとき白い歯がこぼれている。アップの写真の横には、サーフボードを立てた水着姿のカットある。その下には小さな活字で説明がついていた。

「冬になるとサーフィン休暇を取って南半球にくりだす龍一さん。仕事は半年、遊びに半年というのがドラゴン流、だそう」

 思わず口が半開きになった。
 見開き2ページ、カラー写真の男は、いとこの龍一だった。

 龍ちゃん。ずいぶん大人になったのね。すっかりカッコよくなっちゃって。それにしてもなに? この演出、まるでタレント気取りじゃないの。まったく女性雑誌ってやつは。一体なにが書いてあるのだろう。私は、本文へと目を移した。

――新谷龍一さんの占いセッションは、1回2時間2万円。事前に生年月日と生まれた場所を連絡し、当日はホロスコープとタロットカードを使う。本誌編集部でも数名がセッションを受けたが、その内容の濃さにファンが続出した。彼の占いの魅力とは何だろう?

「まず、ホロスコープによって、その人の本質を見極めます。今、自分らしさを押し殺している女性って多いですよね。いろんな垣根をとっぱらって、その人本来の魅力はどこにあるのかを事前に見定めておきます。そして、セッション当日、話をしたり、その人のオーラを感じながら、問題点を探していきます。現代の女性は、自分が本当にやりたいことにフタをしているようにみえる。いろんな壁があるんですね。その壁とはなんなのか、それを取り除くにはどうしたらいいのか、僕にわかる範囲でお答えします。タロットカードを使うのは、向かいあった相手の心と僕の心をつなぐ役割をするため。出てくる絵柄は必ず、その人の問題点を的確に浮かび上がらせます。カードは、相手が口で言えないことを、表面化させるための触媒(しょくばい)なんですよ」

――新谷さんは、大学時代に心理学を専攻している。なぜカウンセリングという方向へ進まなかったのだろう?



――なぜ、年の半分は仕事、半分は遊びいうスタイルをとっているのだろう?

「僕の占いのやり方は、人対人、です。相手をじっくりみるので、どうしてもその人からの影響を受けやすい。特に悩みが深い人の波動を受け続けているとダメージになるんですね。それを自分の中から取り出すために、海に行く時間が不可欠なんです。海に行くと、すべての嫌なことが体と心から溶けて流れていく感じ。だから一年の半分はサーフィンに出かけているんです。こじつけっぽいかな? ただのサーフィンバカだってことに理由をつけてるだけだったりして(笑)

――冬はオーストラリアにサーフィン旅行に出かける龍一さん。その予約待ちリストは長い。インターネットサイトで登録しておき、後日、占いの日時を決めるシステムになっている。申込は「ドラゴンズ・アイ」http:www//.......

 さらに「彼の一言で人生が変わった!」という証言が続く。いずれも実名は伏せた5行程度のコメントである。美咲のものはどれだろう。探しながらページを繰っていくと、名前を呼ばれたことに気がついた。あわてて雑誌をバッグにしまい、立ち上がる。

「清水先生、ご無沙汰しています」
 清水医師は、私よりも5歳ほど年上の女医だ。専門を美容皮膚科と絞ったことが功を奏し、今や化粧品関連のアドバイザーとしての地位が確立されている。色が白く小柄で元気いっぱいな姿は、小さなめんどりを連想させる。

「久しぶりねえ、阿南ちゃん。お仕事は順調?」
「ええ、おかげさまで」
 イスに腰掛け、向かい合って顔を向けた瞬間、清水医師の顔つきがさっと曇った。

「今日は仕事の用件じゃないのよね」
 慎重な視線が私の顔と手の甲に移る。

「はい。個人的な、体調不良でうかがいました」
「この発疹は、全身に出ているのかしら」

「じゃあ、体の他の部分も診察させてくれる? ここで、ガウンに着替えてね」

 ベッドを囲むように吊されたベージュのカーテンの中で、ピンクのガウンに着替えると、「もう準備できた?」と声を掛けられた。
「OKです。どうぞ」

 座った状態では脚と背中を、横たわった状態では腹部と腕を念入りに診察された。
「かゆみはある?」

「首の付け根は少しかさぶたになってるね。寝ている間に掻いたのかな。この組織をちょっとだけ取らせて」
 ピンセットでかさぶたをはがすと、チリッとしみるような消毒薬が塗られた。

「あとねえ、もし差し支えなかったら、写真を撮らせてもらえないかしら。資料として」
 写真なんて大嫌いだ。それに私は実験動物じゃない。だけどそれを口にして断ることはできなかった。笑顔がこわばる。
「いつもお世話になってますからね、いやとは言えないですよ」
 ガウンの下は下着姿だったが、私は承諾した。研究に使う写真は、被写体の容姿など関係ない。患部を撮影したいだけなのだから。現時点での写真がなければ、治療の効果を証明する写真にも意味がない。

 隣の部屋に移動して、一眼レフを構えた清水は、ストロボを反射させる傘のようなものを開いた。バシャバシャッとストロボが光り、顔、首、手の甲と足の甲が、3方向からびしばしフィルムに記録されていった。

 診察室に戻ると、清水医師は私の病歴について質問した。

「この発疹はよく起きるの? 原因って想像がつく?」

「子供の頃から、心理的に嫌なこと、まあショックなことですよね、そういう事件があるとバーッと浮き出すことがありました。医者に行っても原因不明でお手上げ。アトピーとはちょっと違うんじゃないかとは言われましたけど、放っておいても3日ぐらいで引くんです。だから今までは大騒ぎしたことがなかったんですよね。今回は武岡さんが心配しちゃって」

「薬を塗らなくても自然に引いていたのね」
「そうです」
「食べ物のアレルギーって可能性は? 甲殻類、つまりカニとかエビね。それに貝類でも出ることがある。牛乳や乳製品、それに意外な所では小麦に対するアレルギーっていうのもあるのよ。でも頻繁に出ないってことは、日常的な食べ物じゃないか。ダニとかのみとか、その手の虫に刺されて反応するとか? まあ、この辺は血液検査でわかることだけど」

「食べ物だったら食べる度に再現性があるはずですよね。だから心当たりはないです。動物は飼ってないですし、アウトドアの趣味もないから、虫っていうのも違いそう」

「じゃあ、自分でも心理的なものだと思う?」
「その可能性はあると思っています。その証拠に大人になってからはあまり発症してませんから」
 清水医師は、イスをくるりと回して、デスクの方へ向き直った。視線が天井をさまよい、ボールペンのお尻が唇をぺしぺしたたいている。何か考えているようだ。
「一応ね、血液を採ってアレルギーの検査はしておこうね。でもね亜南ちゃん、他の病院を紹介しようか」

「というと? 皮膚の問題じゃないと思われるんですか?」
「そうね、皮膚に限っていえば私は人を紹介したりしない。でも、あなたの場合は、もしかして…」
「どなたを紹介してくださるんですか?」

「今思い浮かぶのは二人。一人は診療内科の先生で、もう一人は漢方治療を専門にしている先生。どっちも女性だから、固くならなくて大丈夫」

 心療内科。その言葉のもつ響きに血の気が引いた。
社会人としてまっとうに暮らす私が、心の病になんてなるわけがない。弱い人間がなるのだ、心の病気なんて。私はそれには合致しない、と反発を覚えた。自分の心は自分で守れる。そこを他人に触られたくはない。

「できたら、漢方の先生がいいんですけど」
「そっか。それがいいかもしれない。紹介するのは私の母なの。母は漢方薬しか処方しない内科のクリニックをやってるんだけど、原因不明のケースをいくつか解決したことがあるのよ。中国四千年の歴史の方が得意な分野っていうのがあるらしいのね。電話をかけておくから、採血が終わったら、着替えて待合室で待っていてくれる?」
 私は採血のために処置室へと移動した。

「もしもし。みどりです。午後の診察で一人診て欲しい患者さんがでたんだけど、都合はどうかしら? OK。うーん、先入観はない方がいいと思うけど。国立さんという女性よ。じゃよろしく」
 清水医師のめんどりボイスが電話の向こうと約束を取り付けている。

「阿南ちゃん! 午後の診察は2時からなの。悪いけどこのままこのクリニックへ行ってみて」
 着替えた私は、文字のかすれたコピーを受け取った。

「清水漢方クリニック」院長 清水藍子

 場所は、ここから会社に戻る途中にある。

「これから行かないとダメですか? 今日は仕事の残りが」

「そうよー、このまま行って。武岡さんから、あなたの体を治すことが最優先って言われてるの。第一、問題の発疹が出ている間でないと、診察の意味がないでしょ」

 なるほど、一理ある。私は受付で会計を済ませると、クリニックを後にした。





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最終更新日  2005.01.31 14:56:04


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