はにわきみこの「解毒生活」

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2005.02.01
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 時計をのぞくと、簡単な昼食を取る時間があった。コーヒーショップに入り、ベーグルサンドとアメリカンを注文する。昼休みが終わった店内は人影もまばらで静かだった。トレイを持ってテーブルにつき、読みかけだった雑誌のページを開く。

「私は捨てられるのが怖いんじゃなくて、私の良さをわかってくれない彼に腹を立てているだけだったんです。別れてよかった。Sさん26歳」

「勇気を出して婚約を解消しました。それが私の望みだと気づかせてくれたことに感謝しています。そして今は本当に結婚したい人に出会えました Nさん28歳」

「結婚したかった相手が本当は誰なのか、自分の本心がわかりました。隠れていた自分の本音が見えて嬉しくて泣けました Mさん25歳」

 占い特集で龍一がセッションしたという女性達のコメントに目を通す。やはり、女性にとって恋愛や結婚は重要な関心事なのだ。そのどちらも人生を左右する大きな要素。そう考えると、私だって例外ではない。

 私の人生の柱は仕事だ。それに満足しているし、前途は洋々と開けている。そんな私ですら、突然のプロポーズには動揺するし、彼の浮気には腹が立つ。思わず誰かに相談したくなっても不思議はない。龍ちゃんはどうやら腕のいい占い師らしい。建前が大事で本音を押し殺してきた人に対して、自分の本当の望みを引き出す手伝いをしているのだ。
 では、私の本当の望みはなんだろう。
 恋愛するにしても、結婚することになっても、仕事を続けることは絶対条件だ。しかし、私は今の暮らしに満足している。あの家を出たくないのだ。それが人に語れない私の本音。いつまでも親元を離れない、自立できないと責められるのが怖くて言えないでいる、私の本音。

 私は手早くコーヒーを飲み干すと、寒風吹きすさぶ街へと飛び出した。急がなければ遅刻してしまいそうだ。
 教えてもらった漢方クリニックに着くと、束になった問診票が待ちかまえていた。

「うちでは初診の患者さんには必ずこの問診票を書いてもらっているんです。ご面倒でもよろしくお願いしますね」
 受付の女性にうながされ、バインダーに挟まれたその紙をパラパラとめくると、質問項目はなんと10ページにもわたっていた。ひとつひとつ答えるだけで軽く30分はかかりそうだ。

 ようやく書き終わって受付に提出する頃には、ちらほらと順番を待っていた患者もすべて姿を消していた。すぐに診察室に通される。

「はじめまして。清水藍子です。国立さんね?」
「はい、清水先生、えーと、みどり先生のご紹介でおじゃましました」
 藍子医師は、娘とはずいぶん印象が違う。細くて骨張っていて、背がひょろりと高い。その眼光の鋭さは、武芸の達人のようだ。娘が愛らしいめんどりならば、その母は軍鶏(しゃも)というほうがぴったりくる。

「その発疹が、当面の問題ってわけね?」
「はい。子供の頃から時々起きる症状なんです。2、3日すればたいてい自然に治ってしまうので、今までは気にしないでいたんですけど。化粧品の開発研究が仕事なので、この肌の状態ではまずい、と上司から病院へ行くように言われまして」
「まずは、あなたの身体をよく拝見しましょうね」

 藍子医師は、手際よく診断を開始した。口を開けて舌を上下する。目の周りを抑えて、まぶたの裏側の色をチェックする。左右の手首から脈をとる。そして、ベッドに寝かせると腹部を押したりトントンと小さくたたいたりした。一通り済むと、先ほどの問診票に目を落とす。

「発疹の原因については心当たりがある?」
「だいたいは。精神的に大きなショックを受けたときに、ばーっとじんましんのように出ます。食べ物やアレルギーとはちょっと違う気がするんです」
「そう。正直言って私としても、この薬ですぐ治る、っていう提案はできないわね。ただし、身体全体を健康な方向へもっていくアドバイスならできるわ」



「あなたね、今よりも3キロ体重が減らせるわ。そのほうが体調がよくなるはず」
 いきなりダイエット指導? 確かに私はやせ形ではないが。驚く私にアドバイスは続く。
「あなたの身体は、水はけが悪くて冷えやすいの。冬はスカートがはけないくらいの冷え性でしょ。腎臓の働きが弱ってるのよね。だからそこに元気を与えてあげれば、不要な水分が尿として出て行って、身体が軽くなるわ。今出ている発疹は、体内に蓄積された毒素が、ある種のスイッチに反応して皮膚から出てきた、って感じがする。あなた、性格的にはとっても優等生でしょう。まじめ一筋で、人に遠慮ばっかりして、自分のやりたいことを口に出せないタイプじゃない?」

 これではまるで占いではないか。居心地が悪くなって、目をそらせた。

「図星でしょ。精神的に不満がたまっているから、時々身体から出てきちゃうんじゃない?」


「試しにそう考えてみて。それから、あなたのその肌の白さ、ご自慢なんでしょうけど、ちょっと異常じゃないかしら? ずいぶん長いこと日に当たってない感じよ」
「美白は私たちの仕事のテーマですから。紫外線防止対策は徹底しています。夏でも冬でも、素肌が太陽に当たらない工夫をしてます」

 思わず説明に力がはいった。敏感肌だからこそ、今までいろんな苦労があったのだ。昔は日に当たっただけで赤く顔が腫れたこともあった。

「でもそれって、生き物としてちょっと不自然じゃないかしら。確かにオゾン層が壊れてから今の紫外線は肌に有害かもしれないわ。でも、それを防ぐサンスクリーンが開発されているわけでしょう。それを塗った上で日光に当たるなら問題ないはずよ。別に私は日焼けしなさいって言ってるわけじゃないの。生物として、太陽の光を浴びなさいって言ってるだけ。考えてみてくれる?」

 思わず、むっとして口を閉じた。なんで私が、こんな他人の言うことに耳を貸さなくてはいけないのだ。そもそも、そんなことは私の利益に反することではないか。

「あら、気を悪くした? でもねえ、健康でなければ、どんなに仕事ができたってむなしいものよ。ひとつしかない自分の身体をもっと大事にして欲しいわ。あなた、お年はいくつ?」
「来年の1月で30です」
「お子さんはまだいないのよね?」
「ええ、独身ですから」
「あらおかしい。まじめな人らしい発言ねえ。独身だって子供を産んでるひとはいるわよ。バツイチだって独身って言うし、私自身も独身。ご存じのように、すでに娘がいるけれどね」
 かちんときた。どうせ私は視野の狭いまじめ人間でしょうよ。この人の意地悪ぶりは、姉の東華を思い出させる。相性がいいのか悪いのかわからないのだが、確実に私のエリアにずかずかと踏み込んでくるタイプだ。

「えーと、阿南さん。私が言いたかったのはね、子供を産まないでこの年齢までくると、身体にはいろいろな不都合が起きてくるってことなの。身体は子供を作る準備が出来ているのに、その能力を使わないでいると、バランスが崩れてくることが多いのよ。そのことを自覚して、せめて、仕事に注ぐ情熱の半分でいいから、自分の身体を愛することに使って欲しいの。日に当たることもそのひとつよ。休みが取れたら、自然のいっぱいあるところへ旅をするとかね」

「それで、なにかお薬は出していただけるんですか?」

 この会見を早く終わらせようと、私は口を出した。
 自分のライフスタイルを他人に干渉されるのはまっぴらだ。これさえすれば必ず幸せになれる、というやり方は、資金集めが目的の新興宗教の勧誘と同じではないか。うさんくさいこと、この上ない。

「そうね、薬としては、水はけをよくするためのものを2種類だすわ。顆粒になっているから、お腹が空いているときにぬるま湯に溶かして飲んで。一日3回、1袋ずつね。それから、生活の中で実行して欲しいことがあるの」
「何でしょう」
 医師は私が書いた問診票をパラパラとめくった。

「あなた、お酒を飲まないのはいいんだけど、少しコーヒーを飲み過ぎね。刺激物はなるべく避けて。特に今みたいに毒が出ているときはよくないわ。コーヒーや紅茶は全くやめるか、どうしても我慢できないんだったら、1日1杯までにして。代わりに、番茶とか麦茶、ハトムギ茶のようなものを飲んで。熱いお湯で入れたものを、暖かい内に飲むの。ハトムギ茶は肌を白くするからお好みにも会うでしょう。それから冷たい飲み物やアイス、果物はしばらく避けて。そして、毎日湯船のお風呂に入ること。身体の中の毒素が出て行きやすくなるわ。途中で冷たい水のシャワーを浴びること。お水、お湯、と3回ぐらい交代で浴びて。肌が活性化して、早く発疹が消えるかもしれない。どう、覚えられる?」

「コーヒーと冷たい飲み物は禁止、お風呂は水と交互、ですね」
「水シャワーはこの季節、つらいわよ。でも必ずやってみて。身体にいいから」
 水をかぶるなんてまるで修行ではないか。軽く口にする軍鶏ばあさんに怒りがわいたが、顔に出ないようにと口を引き締めた。

「ああそれと、肌にしみないようであれば、お風呂にひとつかみの塩をいれてみて」
 なんで塩? 不思議に思っていると、説明が追加された。

「温泉でもしょっぱいものがあるでしょ。塩の入ったお湯は湯冷めを防ぐし身体を上手に暖めてくれるのよ。本当は、海水浴も肌のトラブルには効くことがあるんだけど。この季節じゃとても無理でしょ、太陽を浴びて海水浴なんて。代わりに、塩の入ったお風呂で代用するわけよ」

「わかりました。今日はありがとうございました」
 立ち上がる私に、彼女はたたみかけるように言った。

「ねえ、心と体はつながっているのよ。あなた、口で言いたいことの代わりに、肌がぶつぶつになってるって、気づいてる? 何が言いたいのか、何がやりたいのか。もっと自分を解放してみなきゃ。我慢が一番よくないの。もっと上手に外にだす方法を覚えないと、何かあるたびに発疹が出ることになるわよ。身体の不調には、原因があるの。その原因をよく考えてみることよ。身体からのメッセージを受け取って」

 軍鶏ばあさんは、まるで魔女のようだった。不吉な予言をして、お姫様の将来に暗雲を落とす悪い魔女。これでは心療内科のほうがマシだったかもしれない。

 だけど、彼女の言葉は一枚の紙となって、心の深いところにひらひらと降りてきた。その紙には、なにやら文字が書いてある 「もっと自分を解放してみなきゃ」  解放。でもいったい何から?

 私は自分の自由意志で歩いている。何かにとらわれているわけなんか、ないはずなのに。
 憮然としたまま、会計を済ませると処方箋をもらい、隣にある薬局でカサカサと音のする顆粒の漢方薬を受け取った。次回は2週間後に、と言われたが、またくる気にはなれなかった。今度はいったい何を言われるのかと思うだけで身体がすくむ。

 私は、誰からも責められることのない、日の当たる道を地道に歩んでいるはずだ。
「あなたは間違っている」と言われるのが、なによりもこわかった。
 もしも自分が間違っていると認めてしまったら、いったい何をささえに歩いていけばいいというのだ。





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最終更新日  2005.02.01 12:44:57


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