はにわきみこの「解毒生活」

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2005.02.02
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 会社に戻る途中、つらつらと考えた。


 祥二の浮気に怒ること? でももう怒るのにも疲れた。あのあとどんな言い訳をしてくるのか。気にならないことはなかったが、昨夜からずっと携帯電話の電源は切ったままだ。
実のない会話の応酬はむなしい。だいたい、私は彼とこれからもつきあい続ける気があると言えるのだろうか。…保留。

 それとも、東華の言葉に憤慨しても反論できないこと? でも私の口べたは今に始まったことじゃない。むしろ東華は私のことを理解した上で言葉を発している。あれは口論じゃない。あくまで会話の範疇ではないか。…これも違う。  

 それじゃあ、今は文句も言えないところにいる奈々への怒りのぶつけ先がないこと? だけどあれはもう10年前の話だ。現に、会話に上らない限りあの妹のことは思い出さずにいる。あきらかに違う。却下。

 どれも、決め手に欠ける。身体からでる毒の源になっているとは思えない。
 いままで一番、我慢をしてきたのは、何に対してか。

 否定できないのは、かつての親友、龍一とあれ以来会話をしていないことだ。もういちど会いたい。会って話をしたい。悩んでいることを打ち明けたい。それは確かに我慢している。


 奈々から龍一を取り戻そうという努力はしなかったではないか。

 仕事は順風満帆。恋愛に紆余曲折があったって、私は幸せなはず。でもどこかで求めている。親友との関係を取り戻したいと。

 そうだ、あのハガキがいけないのだ。今まで何の連絡もなかったくせに。それにあの雑誌。どうしてこのタイミングで私の目に入るのだろう。これじゃあ呼ばれているみたい。
 こだわりは捨てて、もう一度会おう。
 そう誘われているみたいだ。
 これは拡大解釈だろうか。でも…。

 龍一に会うためには、飛行機に乗らなければならない。彼のいる場所を探し当てなければならない。もちろん週末の二日間でどうにかできるレベルの問題じゃない。なんていっても南半球にいくのだから。

 さっきの軍鶏ばあさんは私になんて言った?
 塩水につかれ、太陽をあびろ、休みをとって気分転換をしろ。それに我慢をやめて自分を解放しろ、だっけ? もしかして、龍ちゃんに会いに行くことって、すべての条件を満たすことにならないかしら?

 休みをとってオーストラリア。
 それも人を捜すためだけに。


 居所の分からない旅をしているといっても、いずれは龍一だって帰国するのだ。何を慌てる必要がある。だいたい、じんましんの治療に旅行が効くだなんて、誰が信じるというのだ。私は、頭に浮かんだ旅のイメージを振り払った。

 会社に戻ると3時を回っていた。仕事をしないまま一日の半分が終わってしまった。心身ともに不完全燃焼。武岡の姿を見つけて、戻ったことを報告する。
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません」
 武岡はくねっと振り返ると、眉をひそめた。
「病院に行ったからすぐ消えるってもんでもないのね。お肌、さっきと変わらないじゃない」

「そりゃそうだけど。ね、あっちで一緒にコーヒーでもどう?」
「お医者さまからコーヒー禁止令がでたんです。他のお茶でよければもちろんつきあいますけど」

 給湯室で飲み物を作ると、武岡のオフィスに入った。オフィスと言っても閉鎖的なところはなく、腰から上はアクリル板になっていて明るい。イスに腰掛けると、武岡はマグカップの向こうから質問した。

「で、病院ではどうだったの?」
 私は、清水医師を訪ね、さらにその足で漢方クリニックに向かったことを説明した。
 休暇をとって気分転換を薦められた、と切り出そうと思ったところで、武岡が口をはさんだ。
「ね、亜南ちゃん。精神的なショックが原因って、一体なにがあったの? プライベートなことを無理やり聞き出すのは趣味じゃないけど、やっぱり気になっちゃって。
 もしかして、恋愛関係のトラブルじゃないの。ほら、祥二くんとのつきあうきっかけは、うちでのホームパーティでしょ。私があのとき二人を引き合わせなかったら、あなた達は恋人にはならなかった」
「なに責任感じてるんですか。私は大人ですよ。どこで知り合ったにしたって、その関係が行き詰まったからって、人を責めるほど子供じゃないです」
「だって。美咲ちゃんはうちのパーティで結婚相手に出会ったでしょ。美咲ちゃんは結婚できて、あなたは浮気に苦しめられてるなんて理不尽よ。私にもっと人を見る目があったら、祥二くんをあなたに会わせやしなかったのに」

 どうして武岡が、祥二の浮気グセについて知っているのだろう。私は会社の同僚はもちろん、武岡にも話したことはない。

「別の女がいたことを知ったのは昨日です。確かにそれまでも他の女の陰がちらついてモメることはあったけど、彼の浮気の証拠を押さえたのは昨日が初めてなんですよ」

 武岡は、はっと手を口に当てた。まずいことを言った、と思ったらしい。

「ごめんなさい。彼の芳しくないうわさが耳に入っていたのよ。あなたに言おうかどうしようか悩んだんだけど」
「そうですね、武岡さんに言われるよりは、自分で発見するほうがマシですね」
 私はクールに言い放った。
 人に情報をコントロールされるのは好みじゃない。私は子供じゃないのだ。

「亜南ちゃんには幸せになって欲しいのよ。何か協力したかった」
 武岡はうなだれた。

「お気持ちは嬉しいんです。でも、結婚しない女は不幸ですか? それは決めつけじゃないですか? だから末吉さんをけしかけたんですか」
「末吉さん、なにか言ってきたの?」
「ええそれも昨日。まじめなおつきあいをしたいって。結婚を前提としたつきあいだって言われましたよ。すこし先走りすぎじゃないですか。まだ何回も会っていないのに」

 武岡は、大きな手のひらをおでこにあてて、上半身をのけぞらせた。
「あああ。いくらなんでも直球すぎるでしょ、末吉さん」
「私についての情報を流したんでしょ、武岡さんに。お堅い娘だからまじめにアプローチしないとダメだって入れ知恵したんですね」
「亜南ちゃん。怒った? こういうのもセクハラになるかな」
「怒ってません。セクハラって感じもしませんよ。私は武岡さんと奥さんに、とても好意を持っています。ただ、昨日はびっくりすることが続いた、それだけのことです」

「そう。あなたって本当に冷静なのね。その分、顔に出たみたいだけど」
「そうですね、私は、自分で思うほどタフじゃかったってことです」
「で、どうすればその肌は治るのって言われたの?」
「そんなことが治療になるのかなって、私、今ひとつ納得できないんですけど」
「専門家が言うなら間違いないんじゃない?」
「でも」
「だから何て言われたの」

「みどり先生は、最初、心療内科を紹介してくれようとしたんです。結構ショックでした。心療内科を薦められるなんて、精神的にものすごく問題があるみたいじゃないですか。だから漢方のクリニックへ行ったんですけど。でもそこでも、妙なアドバイスがあって」

「妙ってどういうの」
「ま、コーヒーをやめるとか、お風呂に塩を入れろとか。そういうのはまだいいんです。でも。太陽に当たれとか、海に入れとか。サンスクリーンを使えば肌にはダメージは出ないはずだ、なんてことを言われて」
「つまり、少し仕事を離れて休息した方がいいってことじゃない?」

「いやですよ」
 私は間髪入れずに否定した。

「なんで。阿南ちゃん、毎年毎年、使わなかった有給がムダになってるじゃない。調子が悪い時くらい、まとめて休んだってバチは当たらないよ」
「病気じゃないですから!」

 肌にでたブツブツくらいで病人扱いされてはたまらない。その原因が精神的なものだと断定された日には自殺したほうがマシだ。

「まあ、考えてみてよ。美咲ちゃんが旅行から戻ったら、早めの年末年始休暇に入るっていうやり方もあるし。治療なんて大げさな考え方しなくてもいいじゃない。気分転換するだけ。いつもとは違うことをすれば、気分が変わるものよ」
「そうでしょうか」
「一般的にはそう言われてる。阿南ちゃんもたまにはのんびり旅でも楽しんできたらいいのよ」
 私は、力無く、考えてみます、とつぶやくとその場を辞した。

 会社に来なくていいと言われると、まるで自分が世界の誰からも必要とされていない気分になってしまう。すっかり勤労意欲がなくなった私は、定時のチャイムとともにオフィスを出ることにした。





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最終更新日  2005.02.02 10:35:51


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