はにわきみこの「解毒生活」

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2005.02.11
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 翌朝。私は車でパシフィックハイウェイを南下していた。

 日本から予約してあったレンタカーの受付で地図をもらうと、SCOTTSHEADは簡単にみつかった。といっても人に教えてもらわないと見落としてしまうほど小さな文字で書かれているが。しかし問題は距離だ。今いる場所から軽く300キロ以上離れている。大型地図でみるとずいぶん近いような気がしていたのだが。

 それにしても。せっかくこんなイケイケ観光地なんだから、レンタカーだってもっと派手にしたらいいのに。地味な紺色のセダンをあてがわれてせっかくの冒険心がしおれる。

私のイメージでは、海沿いを車で走るなら、真っ赤なオープンカー。ハリウッド映画に属されていると笑わば笑え。

 運転には慣れているつもりだったが、初めての土地だし、走行距離は長いしで、緊張感がぬけない。
 それでも1時間も走ると交通量がグッと減り、プレッシャーが軽くなった。
 そういえばハワイでも車に乗った気がするけど、あのときはどうしたんだったっけ?
 私は助手席にいたような気がする。
 免許は持っていたはずなのに、なんで助手席なんだろう? うまく思い出せないまま、10年前の記憶は意識の底へゆらゆらと落ちていく。


 スーパーで買い物をするのに言葉はほとんどいらないし、買ってきた荷物はきちんと整理されたまま、散らかされる心配もない。人に煩わされることなく、自分のペースで動けるのだ。支度の遅い母やあちこち動きたがる父の運転手役をしていたころとは雲泥の差だ。

 唯一の不満点は食事だが、それもホテルのレストランを使っている間は特に不便は感じない。優雅なムードが、女の一人旅というもの寂しさをカバーしてくれる。それに、街を歩いてみると、フィッシュアンドチップスをはじめ、テイクアウトのスナック類がいくらでもあった。味にこだわらなければ気楽なランチに困りはしないだろう。私は助手席においたペットボトルから水を飲んだ。なぜだかとてものどが渇く。

 車の窓を全開にして、オープンカーの気分を味わおうとしたが、これは失敗だった。太陽で熱せられたアスファルトはフライパンのようだし、吹き込んでくる風はどこかじゃりじゃりとほこりっぽい。結局、窓を閉めてクーラー全開、強風モードにすることで落ち着いた。

 太陽が白く反射するアスファルトを、サングラス越しに眺める。
 この強烈な日差しの下に、裸同然の格好で飛び出していくなんて、恐ろしくてできない。
 もしかしてその気になったときのためにと、服の下には水着を着込み、体中にサンスクリーンを何重にも塗っていたが、とても勇気がでなかった。
 体に赤い水玉が出るのもイヤだが、体中が真っ赤に腫れ上がってサンバーンに苦しむのはもっとゴメンだ。

 交通量の少ない道路をひたすらまっすぐに走る。海岸線を望む道路ではなく、海から何キロも入ったところを海と平行している道路だ。これもまた計算外でがっかりする。




 いくつも現れる小さな街をゆっくりと通り抜け、ガソリンを補給しながら進む。車はオートマチックなので、いったんリズムに乗ってしまえば運転は難しくない。ハンドルを握る手と踏み込むアクセルにだけ気を配ればよかった。目は景色を楽しんでいるが、頭に浮かぶのは別のこと。

 無事に龍一をみつけたあかつきには、なんと言って声をかけたらいいのか。

 いくら雑誌に乗っていた写真を見たと言っても、実物を拝むのは10年ぶりなのだ。不安はつのる。

 朝早く出発したにも関わらず、目指す土地の標識を見つけた時は、昼をとっくにまわっていた。
 心臓がドキドキと飛び跳ねる。私はついに龍ちゃんのすぐそばまで来たのだ。再会までは秒読み段階? 額に汗の玉が浮かぶ。

 左折すると、森の中をくねくねとうねる細い道に入った。本当にこんな道でいいのか、と不安になったとき、目の前が開けた。

 そこには公園が広がっていた。ホリデーパークという看板が出ている。

 木の上からは、小鳥の声が響いている。

 辺りにはキャンピングカーや、カラフルなテントがいくつも立っていた。見わたせば、規模の大きな炊事場や、シャワーやトイレが入っているであろう棟もある。
 私はバッグから絵ハガキを取り出した。

 テント暮らしでサーフィン三昧って。
 テントだなんていうから、よっぽど貧乏な暮らしをしているのかと思っていたのだ。あるいは、雪山登山隊が作るベースキャンプのようなストイックな暮らしを。オーストラリアにはこんな文化があるのか。

 知らない国では驚くことがいっぱいだ。
 龍一に会えるというドキドキは、この新しい発見によって少し落ち着きを見せていた。

 車にもどって水や道具をバッグに詰めると、スリップオンのコットンシューズを脱ぎ、ビーチサンダルに履き替える。捜索活動のスタートだ。
 私は怪しい日傘を開いてビーチへ向かう。一歩ごとに、足下でキュッキュッと音がする。鳴き砂だ。
 青い水面から盛り上がって白く崩れていく波が見えた。その波の向こうで波まちしているサーファーの数はまばらだ。全部で7人といったところか。

 それにしても、この海の色! なんて透明な深い青なんだろう。いや、青と言うより青緑? 波打ちぎわで水は完全に透明になり、白い砂が透けて見えている。

 海岸線は岩場に遮られ、そこで波が割れている。

 建物に遮られることのない、大きな空間が広がる。こんな場所に立ったのは何年ぶりだろう。これまでは海沿いの観光地には足を向けてこなかった私である。年寄り夫婦を連れての旅に海水浴は向かないし、なにより日本では泳げる季節に海がこんなにすいていることはないのだ。

 海は広い。そして大きい。

 童謡の歌詞を改めて思い出した。人間なんて小さな存在なのだ。この大きな水と空気の中にぽつんと立つと心の底からうなずける。胸一杯に潮風を吸い込んだ。なんて気持ちがいいんだろう。

 ただし陽差しの強烈さだけは別として。

 私は、武岡が持たせてくれた黒い日傘に感謝した。ビーチまで出てしまうと日光を遮るものがないのだ。見回しても、ビーチパラソルを使っている人すらいない。私の傘は非常に目立ったが、この殺人光線のごとき太陽の光にあぶられるのは耐えられない。

 傘をさしたまま、岩場を見渡せる場所にあるボードウォークにむかった。ここが観戦場所の役割を果たしているらしい。

 双眼鏡を取り出す。

 板にのった人物に焦点を合わせるのはけっこう難しい。そもそも、拡大率が大きすぎて少しでも角度が狂うとあっという間に人影が視界から消え、何もない水面だけがアップになってしまうのだ。

 と、その中の一人がうまく波をつかまえて、ボードの上にすっくと立った。その姿をよく見ようと双眼鏡をおろし、肉眼で小さなサーファーの姿を追う。白く崩れていく波は右から左へと一本の線のようにつながり、そのエッジ部分を板がすべっていく。波に乗った若者の頭は金色に輝いていた。優雅な動きにしばし見とれる。

 ひとつの波には、ひとりの人。波乗りにはそういうルールがあるという。私は持てる鍵りの集中力を使って、ひとりひとりの観察を続けた。が、黒髪の人物は一人もいない。

 龍一はここにはいないのだ。

 うそでしょう? 私はなんのためにこんなに長い距離車を走らせてきたの?
 へなへなと膝から力が抜けた。

 でも、龍一はたしかにこのビーチにいたはず。少なくとも数週間前までは。もしも、今は違う場所に移動していたらどうしよう。この大陸は広いのだ。ここまでの道のりにだって数限りなくサーフポイントはある。

 なぜ私は龍一がひとつの場所に落ち着いていると信じ込んでいたんだろう。うかつだった。ハガキにその土地の名前が書いてあるからって、何ヶ月もそこに暮らしている証拠にはならないではないか。

 サーファーがいるであろうビーチをひとつひとつ探し回ったら、いったいどれくらいの時間がかかるのだろう。
 絶望感がこみ上げてきた。私はいったいなんのためにここにいるの。彼が見つからなかったら、この旅に意味なんかないじゃない。

 ため息をつくと、その分、体が縮んだ気がした。いや、体がとても水を欲しているのだ。汗でベタベタ、という感覚はないのに、確実に体賀から水分が抜けている。慌てて大きなペットボトルからミネラルウォーターをラッパ飲みする。口元から水がこぼれて、胸へ一筋つたっていった。
 ボトルをおろして、ぷふーっと息をつく。水で濡れた口の周りを手で払う。

 しっかりしろ、阿南。

 私は探偵でもないし、海外旅行にも慣れていない。最初からうまくできなくて当たり前。
 でも、龍一に会いたい気持ちは人一倍だ。
 最後の最後、ブリスベンから日本に帰るその日まで、彼を捜して走り続けよう。やるだけやってダメだったら、初めてそこで失敗に納得できる。私はショッピングにも観光にも興味はない。だたら最後までビーチに龍一の姿を探し続けることだ。

 私はもと来た道へと歩き出した。
 宿に帰るにはまた何時間も車を走らせなければならないのだから。





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最終更新日  2005.02.11 12:56:18


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