はにわきみこの「解毒生活」

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2005.02.13
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 ホリデーパークに置いた車まで戻ると、木立がつくる日陰が心地よかった。

 なんか、いいかも。ようやく一息つける感じ。

 私は今、日本からものすごく離れた土地にいる。
 海も鳥も食生活も、何もかもが違う場所に。

 世の旅人はこの違和感を感じるために飛行機に乗るのだろうか。
 日本の日本らしい美しさは、すでに何カ所も巡って目にしてきた。
でも、こんな風にまるで違う空気の中に身を置くのは、ほとんど初めてのことだ。初めてだけど、悪くない。いやむしろ心地よい。

 私は、木に寄りかかって、また水を飲んだ。深く息を吸い込んで、はき出す。


 欲が深いことは浅ましいことだ。
私は今まで、強烈に何かを求めることを避けてきた。もし何でも好きなことをしていいと言われても、何を欲しがっていいかわからないほどに。
 いつでも人の望みをかなえることを優先してきた気がする。それにつけ込んでいたのが、妹の奈々だ。あの子は自分のやりたいことのために、他人が協力してくれるのは当たり前だと考えている女だった。 あの子を見ていると、ああいう風にだけはなりたくない、と思ったものだ。わがままで自分勝手。人の幸せをかすめ取っていく小ずるい立ち回りをする女。

 汗が引いて涼しくなったところで、私はバッグから龍一の顔写真が載っているあの雑誌を取り出した。ここは龍一が何日間かは過ごした場所のはず。人に聞いてみたらなにかわかるかもしれない。
 それにしても、ホリデーパークっていうのは宿泊者以外が足を踏み入れてもかまわない場所なのか。誰にどう質問したものだろう。
 ぼんやり対策を考えているところへ、サーフボードを小脇に抱えた青年が海の方角から歩いてきた。
 さっきみかけたサーファーの一人に違いない。

「ハーイ」
 彼は私に笑いかけるとボードを芝生の上に置き、近寄ってきた。上半身はピタリと体に貼り付くウェアに包まれているが、たくましい筋肉がつまっていることがわかる。一歩ずつ距離が縮まるごとに、不安で心臓がきゅっと絞られる。

 この人は私に何を言うつもりなのか。その英語を私は理解できるのか、そしてそれに対する正確な答えができるのか。 ああ、こんなことなら日本にいる間に駅前で留学しておけばよかった。やはり語学を身につけるには体験を重ねるしかないのだ。こんな見知らぬ土地でパニックに陥りながら実践するのはしんどすぎる。 私は地道な努力が出来る女だったはず。どうして出発前にもっと対策を練ってこなかったのだろう。いやいや、旅程が決まったことが急すぎた。それまで海外旅行を予定していなかった私が準備不足なのは当然なのだ。私は怠け者ではない。



「どっからきたの?」
 たぶんそう言っている。私はぎこちなくフロムジャパン、と答えた。
「ひとり?」

 そう聞かれて初めて、背中に冷や汗がつたった。

 言葉の通じない国で、日本人で、女で、一人歩き。いくら太陽がカンカンに照っているといっても、ちょっと嫌なシチューションではないか。



「見つからなかったの?」
 私はうなずく。
「でも、彼はここにいたことがある」

 私はあわててバッグから絵はがきを取り出した。これが証拠よ、とばかりに。どこまでも青い海の写真を見せてから、さらにひっくり返してメッセージが書いてある面を出して見せた。彼の身体からはまだ水が滴っている。そのまま手渡すことは避けたかった。

「彼の名前は?」
「リュウイチ」
 そう答えてから、ニックネームで呼ばれることがあったかもしれない、と思い立ち、言葉を続ける。

「リュウはドラゴンという意味」
 リックはうなずいた。長く同じ場所でサーフィンをしている人ならば、もしかして横のつながりがあるかもしれない。芝生に放り出していた雑誌を取り上げると、龍一の顔写真とサーフボードを持った姿を見せた。

「ムムム」
 彼は首をひねった。知り合いではないようだ。落胆のあまり私はうなだれた。
 すると彼は、管理棟らしき建物を指さし、そこで聞いてみろと言う。そうか、ひょっとすると利用者の名前くらいは記録が残っているのかもしれない。

「ここには、今、日本人は来ていない。たぶん、バイロンベイまで行けばだれか見つかると思うけど」

 彼は私の車においてあった地図を指さして、それをもってこいというジェスチャーをした。バイロンベイ、という地名を一緒になって探す。あった。すでに通ってきた道沿いだ。彼は私からボールペンを受け取ると、その場所に丸印をつけ、宿の名前を書き込んだ。
 そこは通称バッパー、バックパッカーが集まる宿だという。
「町は小さいけど、この宿なら人は大勢いるよ。もちろん日本人も」

 青年に礼を言うと、彼は笑いながらボードを手に去っていった。
 さっきまで強烈な早さで脈打っていた心臓が、少しだけそのスピードを緩める。
 バイロンベイ、か。とりあえず、次にどこにいったらいいかが決まって少し気持ちが落ち着いた。管理棟に行ってみようじゃないか。

 私は車に乗り込み、もと来た道を北上した。
 ホリデーパークの受付で聞いてみたら、龍一は確かにそこに長く逗留していた、ことがわかったのだ。しかも3日前まで!
 本当にわずかの差だった。

 でも、もしも彼がこの近辺のビーチに移動しただけならば、会えるチャンスはあるはずだ。日本人滞在客がいるというバイロンベイはサーフィンのメッカだという。だとしたら彼がいる、もしくは彼を見かけた人がいる可能性は高い。
 希望がつながった。

 気分が萎えそうになったときは、気心の知れた道づれが欲しくなる。こっちがへこんでいても、相手にまだ元気があればひっぱりあげてもらえる。そんな期待がわき上がる。

 でも私にはそんな権利は無かった。かつての私がしたことはなんだったのか。病気で心細くなっている道連れを放り出して、奈々と一緒に旅先で出会った男と出歩いていたのではなかったか。
 エリさんが怒るのも当然だ。 部屋をシェアしない? といって始まった関係だったけど、その意味は物理的な相部屋だけではなかった。それ以上の心の支え合いが含まれていたはずなのだ。それが友達っていうものではないか。私は友達を持つ資格のない女だった。

 思い出したくない過去なのに、あの時のハワイの光景が、枯れることのない湧き水のように頭の中に満ちてくる。私は頭を振ってその幻想を追い出そうとした。





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最終更新日  2005.02.13 11:38:25


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