今年になって、我が家へ母が、よく来るようになりました。
賄 (まかな) いの仕事をしている母は、20数人の昼夜の食事を 毎日ひとりで作っています。わたしが、腰痛で動けなくなった時も 「子どもたちは食べ盛りなんだから…」 と言って、自宅とは逆方向の我が家へやってきては、夕食の準備をしてくれました。さんざん、仕事で、たくさんの人のご飯を作っているのにもかかわらず、頭が上がりません…。
これも 「美味しいっ、美味しいっ」 って言って食べてくれる、孫達のためなのでしょう。
そんな、母とわたしとは、一緒に生活をした時間が、とても短いです。
13歳のとき、両親が離婚。わたしは、父親に引き取られました。…というより、わたしが、父親を選んだって言った方が正解かな。。。母は、いつか別の人と結婚をするかもしれない...。
けれど、父は...。そんな父のことを考えると、可哀想だなぁ~って思って、父の元に残ることにしたのです。
なので、母とは、8歳くらいまでで、その後は、時々帰ってくる母と、短い時間を過ごす別居状態が続き、洋服を買ってくれる月に一回の面会を楽しみにするだけでした。(そう、離婚した夫婦のどちらかの親と、子どもが会うときは、法律的は “面会” というようで…ちょっと悲しいよ ね
...)
それも、父と離婚し、母が仙台へ引っ越すことになったことで、ジ・エンド。
7年近く会わないまま、わたしは、20歳になりました。
ある日、駅をぶらぶらしている、わたしの目の前に 見覚えのある服を着た女性が歩いていました。 「まさかなぁ。。。」 と思いつつも、近寄って顔を見ると、ビックリッ!
それは、仙台にいるはずの母でした。もちろん、わたしから声をかけましたよ。
なんと言う、偶然~。本当に驚きました。その日、仕事だったわたしは、体調を崩し、病院へ行った帰りだったので、普通だったら、そんな場所をぶらぶら歩いている時間でもないのに…
こうして、その日から、わたしと母の見えない絆が復活したのです。
今では、時々やってくる 母の仕事の愚痴
を聞きながら、食事を作る母の姿を見て、7年間の時間の隔たりを修正しているような気がしてなりません。
あの偶然の再会は、ただの偶然でもなんでもなく、あらかじめ人生に用意されていた出来事だったような気がします。
わたしたち人間は、 たましいが、必要だと感じたときに、必要な出来事を引き寄せるチカラ
があるように思えます。
予期せぬことが起こると、たいてい、偶然だと言って 簡単に片付けてしまうけれど、それは、とっても大切な出来事なのかもしれませんネ。
人生に用意されたハプニングを感じ取り、楽しめるココロでいたいものです~(*^_^*)
あっ!母からのお米が、今、宅配で届きました。ありがたぃ、感謝、感謝です.。o○
時の浪費は お金の浪費っ☆ 2007.07.13
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