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本日、市原市の工業地帯を訪問。
2010年03月03日
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3日前より土作りに入った。 0時~8時警備、9時~幼稚園送迎の帰りに消防機庫前の土木作業、昼食後に剣術稽古、保安警備の学習、土作りというこの繰り返しを3日間やった。 昨日からは種芋を切って干した。 土作りは、のみたやから出された蟹殻、どんどん焼きで使用済みになった木炭と、会社から出されたのと自宅から出されたコーヒーかす、野菜の切れ端を混ぜ、EMを混ぜ合わせた。 さらに頭髪もいいと聞いたので散髪し、細かく砕いた。日本人の頭髪には燐が含まれていて肥料に適しているそうで、床屋さんが自分の畑でやっているとのこと。しかし分解されるのに時間がかかるらしいので気長に待つことにした。日本人の頭髪は肥料に優れてはいるが、最近はパーマをかけたり、染めたりする日本人が増えてきて、それだと全く使い物にならなくなったらしい。 私は生まれてこの方、一度たりともカット以外床屋に頼んだことはないので肥料に適していると思う。 次に蟹殻は、昨年、埼玉岩槻にて清水さんに習ったもので、本来は、菜種かす、野菜かす、酒かす、魚かす、魚骨、木炭、ぬか、などと一緒に混ぜてEMを掛け合わせるのだが、それらは酒かす以外は全て土作りに徐々に入れてきているので、ほぼ同じ土作りができていると思う。 あのボカシ作りは、非常にいいと思うが、金がかかる。したがって、我が家や会社から出された排出物を使って肥料にしてきた。 わざわざ金を出してホームセンターから買ってくるのでは趣旨に合わない。 いかに貨幣経済から離脱して、土作りをし、食物を育て、石油や原子力依存から脱却してこその自然主義経済である。 武農一如とは、自然万物全てを生かすことにあり、排除たるは武にあらずということを教えている。 富を満喫した貨幣経済の時代は飽和状態にあり、必ず武に帰るのが歴史のサイクルであり、政治においても、法律や予算という基準から、実物・実態に移行していく。 今は、中央政府のやることに、イデオロギー中毒者たちがガタガタ騒いでいるが、必ず実態に帰る。 中央政府ほど実態のない者はない。永田町や霞ヶ関に何か生み出している物はあるだろうか。単なるお決まりの条文や、勝手に人為的に決めた貨幣というものはあろう。それが無力であるとは今のところほとんどの人は思っていない。実際問題、人生をそれに振り回されている現状があるから、それにどの人も従っている。 そうして、学識ある人たちや、富を多く持つ人たちは、そのような今までの決まりごとに従って『上からの改革』ができると信じている。 しかし、日本も世界も、行き詰まったときは、必ず上からの改革が失敗する。 このような時代環境のとき、必ず『内から改革』する者が天下を治める。 先日、九州ブロックは杉本支部長の同志であるHIROさんのブログに面白いことが書いてあった。 『天皇』の『皇』は1人の王様イコール独裁者が99人の民の下になって支えるというものである。 王が下であり、民は上にある。これが本来の天皇の姿であったが、歴史をみるに天皇は、変革期においては鎌倉時代以降、上にしかいない。 これを考えると、下から支えてきた『皇』は、常に武家であった。 天皇の専制支配は、平安時代末期には行き詰まり、民は反乱し、武家こそが実態に近い地方の場にあったので天下を治めた。天皇は上からの支配しかやらないが、血の通ったコミュニティーを知りたる武家によって政権交代がなされた。 しかしその鎌倉政権も末期になってくれば、地を忘れ、上からの支配になる。それがため、足利氏という武家の味方、地方の味方によって倒される。この間、公家も巻き返しを図ったが結局上からの支配しか抜けないのがお公家さん発想であるから無理であった。 室町政権も、その末期、上からの支配しかやらなくなると応仁の乱に始まり、地方政権時代になる。 江戸時代末期も、徳川政権が形骸化して、地方の各藩が力を持った。 戦後のGHQ支配もそうだが、常に実態の力、地方の力、農の力こそが、次の時代の基準を決めることになる。 都市力というのは、あくまでも農村力から搾取したものでしかなく、農村は農村のみで成り立つが、都市というのは農村なしでは成り立たない。このことを皆、忘れてしまい、『上からの権力』に溺れる。 えーと何の話だっけ。まあそういうわけだ。
2010年03月03日
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西千葉タクシー 千葉県千葉市 中央区末広4丁目 27-1 xxx-xxx-xxxxx 平成21年10月現在 西千葉タクシー株式会社 千葉県千葉市中央区末広4-27-1 http://www.nishichiba-taxi.co.jp/ xxx-xxx-xxxxx 資本金1600万円 従業員75人 車両76両 社長…山田耕司 業種…ハイヤー・タクシー業 これが京成電鉄グループの会社らしい。 本日、16時30分、千葉市中央区新田町にある千葉市立新宿小学校の交差点から1つ東側の交差点において、私は千葉中央駅方面に走り、交差点内で前の車が詰まったので交差点を開けて停車していた。 しかし前の車が無理に突っ込んでいるので前の車のケツがやや出ている状況。 左側の一方通行出口より西千葉タクシーの車が無理に右折しようとして交差点内に突っ込んできた。 どう見ても曲がり切れない状況であるが、自信まんまんで私の車の前を横切り右折しようとするわけだ。 しかし、そのチンピラ顔バリバリの西千葉タクシーの運転手は、窓を開けて「バックしろよ」と言ってきた。 こちらが優先道路であるのに実に面白いことを言ってくるので「ものの言い方があるだろう」と言ってやったところ、「二種免許のほうが偉いんだよ」と言ってきた。 かなり、もういい年のオッサンであるので思わず笑ってしまい「へぇ、二種免許は偉いんだ」と確認してみた。 「おまえ警備員だろ」と言い、警察に電話すると言う。要するに警備会社は公安委員会の認可なので、自分が違法行為をしていても、警察沙汰にすれば警備員は言うことを聞くという理屈なんだろうか。 それで、このチンピラ氏が交差点を塞いでいて周りは大変迷惑している。それで、こんなチンピラに付き合っているよりは渋滞を解除するのが先決であると考え、私はバックして彼が曲がりやすいようにした。 しかし彼にしてみれば、自分は二種免許を持っているので非優先道路であっても割り込んで当たり前ということらしい。 二種免許所有者は偉いのならば是非とも一発で曲がり切って欲しいものだ。
2010年03月03日
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政治の発生というのは、経済の構造にある。 人々が狩猟採取の経済システムで生きている時代に政治は要しない。 農耕を始めることにより、富は蓄積される。狩猟採取ならば穫った獲物は、数日以内に消費しなければ腐敗する。しかし農耕を始めると、収穫物を貯蔵することができる。 このため、泥棒が発生する。 自然万物の動物・植物を得て、自らの食料とするのは泥棒にはならないが、他人が所有している物を盗めば泥棒になる。 このため、貯蔵する者は、盗まれまいとしてその防備をする。 次第に、防備を本業とする者たちが現れ、また泥棒を本業とする者たちが現れ、争いが起きる。 これにより、統治を必要とする。 争いを上手く治めると、平和になり、人々は教養や文化、宗教や哲学に目覚め、学問は発達し、技術を生む。 その技術は、さらなる富の蓄積を生み出し、人々から税金を集め、統治機構を運営しようとする。 戦争というのは、この統治機構すなわち、富を民から収奪する利権を守ったり、侵出したりするために生じる。 これがため、政治が必要になってくるわけだ。 したがって、戦争をなくすには、政治をなくせば良いわけで、政治をなくすには、富の蓄積制度をやめれば良い。 富の蓄積制度をなくすにはどうしたらよいか。今更、狩猟民族に戻ろうにも、自然環境がそのようになっていない。 だから、貨幣制度を改めるしかないのである。 自然主義経済というのは、富の蓄積をやめさせ、富が流動することにより、人々を豊かにする仕組みがある。通貨を減価させることにより、流動化がなされ、流動化によって、地産地消を自動的に余儀なくされる。 これは政治力なくして、公共の利益を生み出していく。 そこには、人々の富を収奪したところで利益にはならない、今までにない仕組みができあがるわけだ。
2010年03月03日
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しかしなお、世界では医療大麻の恩恵を受ける人々は表向きには少なく、日本では大麻の所持さえ重罰である。しかし、ヨーロッパやアメリカの一部の州では大麻の少量個人使用については非犯罪化するというハームリダクション政策がとられ、その政策の下で多くの人が大麻を実質「医療用に使用している事実」がある。又、オランダの医療大麻普及プログラム、アメリカの一部の州での民間の医療大麻ディスペンサリーの実態は考えさせられる問題はあるが、それらを参考にして日本に医療大麻が導入されれば、日本に於ける医療事情については大きく「好転」すると期待されるのではないだろうか。 そして患者側の私が考えるに、今既にカナダで認可されている大麻製剤のサティベックスは大麻成分をTHCを主体として大麻のエキスを取り出したものだが、それよりも生の大麻の方が多発性硬化症患者の臨床例では成績が良いという事に興味を持つ。医療に於ける患者の立場は受け身である事よりも自らが治すという積極的実感も医療効果を促進させるものなのかも知れない。(サティベックスはその後も改良が重ねられ、成分のバランスも工夫されて良く効くという臨床結果も得られているようだ) しかし、まだ生の大麻の喫煙吸引による医療効果にも及ばないという例もあるようだ。使用方法で簡便さが劣ると言うことも指摘されている。口腔内舌下に大麻エキスをスプレーするという方式は一回の吸引で肺の中にカンナビノイド成分を多量に送り込む方式に比べ吸収が遅く、早くに脳内や其の他のレセプターにまでカンナビノイドが到達する喫煙吸引に比較するとその仕組みの差でより多くのTHCやCBDなどの一回当たりの多量の噴射が求められるのではないだろうか。 喫煙により摂取された大麻成分は肺で大量に取り込まれ、そのまま動脈によって酸素とともに脳へ到達する血脈のルートがある。サティベックス社は濃度を高めることで解決を図っているように見える。それは出来るのだろうか。肺は多数の肺胞の中に毛細血管を張り巡らせ、多くの酸素を取り込み、多くの二酸化炭素を排出する。そのための表面積の広さは人体の他の粘膜などの全く及ぶものではない。 又、大麻のどの成分が医療効果をもたらすのかという事もあるが、THCを始めとする各成分相互の働きについては、アメリカのディスペンサリーのみならずオランダのコーヒーショップでも患者自身が情報交換などを利用して自分で選んで自分に一番良く効く種類の大麻を決める事が出来る。 案外医師や看護師達は患者が求めている事はわからない。治療やリハビリは苦しみを我慢してこそやり遂げられ、その効果もあるというのは医療大麻導入が成し遂げられたら、必ずしも真実ではない事が立証できるのではないだろうか。 こういう見方(患者の主体性を重視する)で医療大麻を取り入れようとすれば、大麻の少量個人使用について全く認められない日本の大麻取り扱いについてゼロトレランス(完全不寛容?妙な言葉だ)政策では真の医療大麻の実現はないだろう。医療大麻は、流通の明確さと品質の良質さや清潔さ、効能の多様さや効力等、求められるものも多いが、もたらす物の最大な物は、治療における痛みや苦しさを伴ったものではないということが言える。 医療大麻について、少量個人使用目的の大麻所持については非犯罪化するというハームリダクション政策をとっているオランダはさらにコーヒーショップによる少量大麻の個人の自由な購入制度を設けていることでも有名だが、医療大麻についても積極的である。というか、積極的であった。しかし、既にコーヒーショップで個人使用が可能なオランダでは多くの人が医療大麻としてコーヒーショップで自分にあった効能がある大麻を購入して、医療大麻の薬局使用者は当初の見込みよりかなり少ないという事がわかった。 理由は、価格が高いという至極当然の事である。コーヒーショップのカビ、ホコリによる汚染された大麻であっても、清潔で効果、成分が明示された高価な大麻よりも値段の安い大麻を使用して、医療効果にもある程度満足している人が多い様である。5グラムだと3500円程度のコーヒーショップ大麻は、医療薬局大麻が5グラム7000円以上であるなら、安い方を選ぶだろう。 当然日本での医療大麻にもそういう懸念はある。原価が非常に安い大麻は医療用大麻が高価であるならば、ブラックマーケットが出来る可能性もある。 必然的に、医療用大麻のみの導入は多くの逮捕者を出し、多くの裁判官を困らせることになる。結局ヨーロッパ各国と同じ「民主主義国家」であり国民主権であり、自由と基本的人権に価値観を持ち、それらを法体系が一応具現する「法治国家日本」においては大麻についてはハームリダクション政策を採用しないで医療大麻導入という事は考えられないのである。 医療カナビスとは? http://www.cannabis-studyhouse.com/21_medical_practice/02_medical_cannabis/medical_cannabis.html オランダ患者、薬局よりコーヒーショップ http://www.cannabis-studyhouse.com/82_news/2005/050207_patients_prefer_cannabiscafe/patients_prefer_cannabiscafe.html 医療大麻の特徴は多くの患者の普段の生活の質を向上させる事に期待が出来ることである。慢性疼痛や筋肉のこわばり、リューマチや神経痛などで多くの人が通院しているが、必ずしも治療効果が上がってはいないと個々人の話で良く聞く話である。私の知人の奥さんはリューマチになり、共稼ぎをやめたのだが、その後しばらくして知人である夫の話を聞くと、益々悪化し、痛みで夜中に泣き出すため、毎日手を揉んだり、マッサージをするのだと目に涙を浮かべて話した。 【続く】
2010年03月03日
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以下転載 カナビススタディーハウスのレポートに見る医療大麻の驚くべき力 菅田一郎 2009/04/18 先日、NHKの衛星放送3チャンネルハイビジョン放送で、中国の広西チワン族自治区巴馬市の長寿村についての放送を視た。この村の山奥に恐らく世界最高齢と思われる123才というお婆さんが居て実際に登場した。 年齢も驚異だが、足腰も強く、身の回りの事が全部出来るどころか今でも山に柴刈りに行くという。女優の吉本多香美がレポーターとなって一緒に山へ入ったのだが、後をついて行くのも大変だとレポートしていた。容貌は100才以上と言われても不思議はないのだが、体の若さは日本の女性でも70代に相当するのではないだろうか。130才以上は生きるのではないだろうか。 彼女が毎日食べるという「麻の実のお粥」こと「大麻粥」は流動食状態で、箸で歯のない口の中に流し込んでいたが、吉本多香美も「ほのかな甘みがあっておいしい」と言っていた。栄養的に見ても、大麻の実には豊富なタンパク質が大豆に次ぐ含有量で含まれ、良質の脂肪も多くあり、それを混ぜて作ったお粥は合理的で完璧な栄養食ではないだろうか。見たところすり潰した殻の繊維も多く残っている。セルロース(食物繊維)もちゃんと摂れるということになる。 100才以上の老人達がこの地域では単に数が多いだけではなく、寝たきりのものは殆どいないという。その理由としては1)カルシウムなどのミネラル豊富な清潔な水。2)新鮮な野菜、とくに青菜類を毎日食べる習慣。3)家族の中で最も尊敬されて大事な役割を担っている事、等を研究している学者が述べていた。これは簡単には実現出来る事ではないが、又、この地域だけ特別という程の理由だとも思えない。中国南部に石灰岩で被われ雨の多いカルスト台地の土地はいくらでもある。必然的に似たような生活になると思う。 しかし、長寿を誇るお婆さん達の中でも最高齢123才のお婆さんの達者さは異常と言えるほど群を抜いている。長寿の秘訣は毎日の「大麻粥」にあるのではと番組では言っていたが、大麻の殻に微量に含まれているTHCなどの大麻成分の毎日の微量摂取が本当の理由ではないだろうか。 中国のこの地域では大麻の実が雑穀の一つとして普通に市場で手に入る様子も映されて、雑穀一般が体に良いとされていたが、特に大麻の実は血管を柔らかくして体に良い等と言っていた。 しかし、番組中、「大麻」という言葉は使わず、「麻の実」で通していた。何故、「大麻の実」とはっきり言わないのか。日本ではいろいろ騒がれる大麻は医療効果がある。単に「大麻は酒、タバコより害は少なく、言われているよりずっと安全」と言うに留まらず、21世紀になって、特にその医療効果が注目されて来ている。残年ながら日本を除いての話であるが。 後述する如く、私はいろいろな病気の患者としての経験はかなりあるが、医学的知識や医療事情に詳しいわけではない。しかし医療に対しては会社における株主以上に要求や期待は大きな物がある。 という事で、昨年相撲界で若の鵬の大麻不法所持逮捕によるマスコミの大麻バッシングをきっかけにして大麻に興味を持ち大麻取締法変革センター、カナビススタディーハウスの両サイトを知って良く読んだりして「医療大麻」という言葉すらある事を知り、世界の大麻事情と、その中でも医療大麻について良く述べられているカナビススタディーハウスは本当に役に立ったと自覚している。 【続く】
2010年03月03日
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午前9時より東金市中央公民館の大会議室にて、東金青年会議所主催の「さんぶ住民フォーラム」に出席。直前まで何の会合だか知らされてなかったが、ようするに街づくりのための政策提言など勉強会。分野は行政全般にわたり、主に医療センター、観光、交通の整備、子育て等学童クラブの問題。東金市、山武市、九十九里町、大網白里町の2市2町に別れ、4自治体それぞれより行政職員も招いてあった。 ここで私は、今日のグローバル化を踏まえて、地域の外に目を向けるよりも、地域内に閉じた地域通貨を提案した。住民の反応はいいが、行政は無反応といったところか。 昼食を挟み(昼食場所は平和党勉強会をやった会議室)、午後からは全体会合。 会合終了後、午後3時半、消防団機庫に直行し、春の火災予防運動回る。 雨天で機庫前のぬかるみひどかったが、なんとか切り抜ける。 午後7時より養老の滝東金店で10時まで団員と呑み(と言っても実際ガブガブ呑むのは大坂佳巨のみ)、10時10分に帰宅して終了。
2010年03月03日
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さんぶ住民フォーラムに参加中の写真。
2010年03月03日
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◆会津藩大窪山墓地に眠る藩士達(9)◆ 木村忠次・忠成 著者/河野十四生 木村忠次、忠成親子は、会津藩祖、保科正之に仕えた。忠次は、豊臣秀頼の臣であった木村重成の長男で、重成は大坂夏の陣で壮烈な戦死をするが、忠次はその直後に生まれた。 寛永11年(1634)7月、信州・高遠城主だった正之が上洛し、京都・柴野大徳寺に入った時に正之に召し出された。同13年、正之が高遠三万石から出羽最上20万石に移封されると、忠次は150石を賜わり、同20年(1643)、正之が会津23万石の大守になると、さらに50石が加増され使番に。 その子忠成は、父忠次が浪々の身で柴野大徳寺付近に住んでいた頃、忠成は、よく大徳寺で遊んでいた。正之が同寺を訪れた時も忠成がいたので、住職は、忠成にお茶を持たせました。 ところが、忠成はなんと立ったままお茶を差し出したのです。これには、住職は吃驚。しかし、正之は、その不作法を咎めることなく、「なぜ、立ったままお茶をだしたのか」と尋ねた。すると忠成は「われは豊臣家の家臣である。故に関東の士には膝を屈しない」と、堂々と答えたそうです。 正之は、忠成が将来、見込みのある器と見込み、「今は世変わり、時も移り、天下の士、みな関東に服している」と諭し、ただ今より、志を得てわれに仕えよ、といって父子ともに召し抱えた。父忠次は150石で、忠成は小姓となる。 寛永20年(1643)、正之が会津移封されると、名も忠右衛門忠成と改める。 正之自筆の色紙を添えられて仰せつかる。その後、町奉行、郡奉行を務め、最後は南山御蔵入り(現在の福島県南会津から栃木県塩谷郡)郡奉行になった。
2010年03月03日
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先日、アメブロのほうで、政治を討論するコミュニティー(アメブロでは『グルっぽ』と言うらしい)に誘われた。 非常に有り難いことだが、私は15年近くこうした政治討論の場に数多く出席し、たくさんの市民運動、政党活動、選挙運動に参戦してきたが、討論に意味がないことを近年痛感してきた。 議会も意味がないような気にもなってきた。 田舎の自治体議員はいわば名誉職的であるが、都会の議会は実質的政策討論の場にはなってきている。しかし、討論そのものが目的となり、実行と事前協議の乖離が多いと思う。 議会で数多く討論し、条例ができたり、予算を採決しても、条例は条例施行規則や施行規定ひいては行政通達まであり、ほとんどのさじ加減は行政に委ねられている。 政治家というのは能書きを述べるだけしか権力はない。 というところから、政治家というのは、知事や市町村長以外は無力であり、首長ですらハンコを押すだけに過ぎないくらいになっている。 知事の許可を要する申請について、どれだけ知事が一つ一つの申請を知っているだろう。実際には課長クラスにまでしかその情報は行ってない。 我が国は、明治以来、立法と行政を分けて考える西洋式を採用してきたが、近世まで、政治家と官僚を分けて考える方式はなかった。 果たして今の三権分立は、それで正しいのか甚だ疑問である。
2010年03月03日
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西千葉タクシー 千葉県千葉市 中央区末広4丁目 27-1 xxx-xxx-xxxxx 平成21年10月現在 西千葉タクシー株式会社 千葉県千葉市中央区末広4-27-1 http://www.nishichiba-taxi.co.jp/ xxx-xxx-xxxxx 資本金1600万円 従業員75人 車両76両 社長…山田耕司 業種…ハイヤー・タクシー業 これが京成電鉄グループの会社らしい。 本日、16時30分、千葉市中央区新田町にある千葉市立新宿小学校の交差点から1つ東側の交差点において、私は千葉中央駅方面に走り、交差点内で前の車が詰まったので交差点を開けて停車していた。 しかし前の車が無理に突っ込んでいるので前の車のケツがやや出ている状況。 左側の一方通行出口より西千葉タクシーの車が無理に右折しようとして交差点内に突っ込んできた。 どう見ても曲がり切れない状況であるが、自信まんまんで私の車の前を横切り右折しようとするわけだ。 しかし、そのチンピラ顔バリバリの西千葉タクシーの運転手は、窓を開けて「バックしろよ」と言ってきた。 こちらが優先道路であるのに実に面白いことを言ってくるので「ものの言い方があるだろう」と言ってやったところ、「二種免許のほうが偉いんだよ」と言ってきた。 かなり、もういい年のオッサンであるので思わず笑ってしまい「へぇ、二種免許は偉いんだ」と確認してみた。 「おまえ警備員だろ」と言い、警察に電話すると言う。要するに警備会社は公安委員会の認可なので、自分が違法行為をしていても、警察沙汰にすれば警備員は言うことを聞くという理屈なんだろうか。 それで、このチンピラ氏が交差点を塞いでいて周りは大変迷惑している。それで、こんなチンピラに付き合っているよりは渋滞を解除するのが先決であると考え、私はバックして彼が曲がりやすいようにした。 しかし彼にしてみれば、自分は二種免許を持っているので非優先道路であっても割り込んで当たり前ということらしい。 二種免許所有者は偉いのならば是非とも一発で曲がり切って欲しいものだ。
2010年03月03日
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「西千葉タクシー株式会社」というのがある。 黒塗りのタクシーでもちろん緑ナンバーの許可を受けているのだが。 千葉市のタクシー全体の様相がそうなのかは知らないが、少なくとも東京ではあまり見なくなったタクシー運転手に遭遇した。 それで西千葉タクシーについて調べてみた。社長は山田耕司さんという方で、よくよく考えてみたら、昔、傷害事件で逮捕された山田と同じ名前だった。 西千葉タクシー 千葉県千葉市 中央区末広4丁目 27-1 xxx-xxx-xxxxx 平成21年10月現在 西千葉タクシー株式会社 千葉県千葉市中央区末広4-27-1 http://www.nishichiba-taxi.co.jp/ xxx-xxx-xxxxx 資本金1600万円 従業員75人 車両76両 社長…山田耕司 業種…ハイヤー・タクシー業 これが京成電鉄グループの会社らしい。 本日、16時30分、千葉市中央区新田町にある千葉市立新宿小学校の交差点から1つ東側の交差点において、私は千葉中央駅方面に走り、交差点内で前の車が詰まったので交差点を開けて停車していた。 しかし前の車が無理に突っ込んでいるので前の車のケツがやや出ている状況。 左側の一方通行出口より西千葉タクシーの車が無理に右折しようとして交差点内に突っ込んできた。 どう見ても曲がり切れない状況であるが、自信まんまんで私の車の前を横切り右折しようとするわけだ。 しかし、そのチンピラ顔バリバリの西千葉タクシーの運転手は、窓を開けて「バックしろよ」と言ってきた。 こちらが優先道路であるのに実に面白いことを言ってくるので「ものの言い方があるだろう」と言ってやったところ、「二種免許のほうが偉いんだよ」と言ってきた。 かなり、もういい年のオッサンであるので思わず笑ってしまい「へぇ、二種免許は偉いんだ」と確認してみた。 「おまえ警備員だろ」と言い、警察に電話すると言う。要するに警備会社は公安委員会の認可なので、自分が違法行為をしていても、警察沙汰にすれば警備員は言うことを聞くという理屈なんだろうか。 それで、このチンピラ氏が交差点を塞いでいて周りは大変迷惑している。それで、こんなチンピラに付き合っているよりは渋滞を解除するのが先決であると考え、私はバックして彼が曲がりやすいようにした。 しかし彼にしてみれば、自分は二種免許を持っているので非優先道路であっても割り込んで当たり前ということらしい。 二種免許所有者は偉いのならば是非とも一発で曲がり切って欲しいものだが、それは不可能な二種免許ドライバーらしい。万が一、曲がり切れない場合は、一種免許の虫けらどもをどかすことにより、スムーズな交通になるということが西千葉タクシーの方針である。 以前にも、西千葉タクシーは、バス停に停車中のバスを追い越すために向こうから来る対向車にぶつからんばかりにぶっ飛ばしているのをみたことがあるし、赤信号突進は当たり前。蛮勇溢れる頼もしいタクシー。 そういうタクシー会社だからどんなもんだろうと、今日ホームページを見てみたら、京成電鉄グループだとのこと。これまたびっくり。 とりあえず西千葉タクシーには会社に電話を入れたが、とりわけ申し訳なさそうでもない態度であったので、年中そういう苦情は来てるのだろうと思われる。苦情受付は呼吸するがごとき。 一応、電話は入れたが、西千葉タクシー株式会社の苦情受付係は、私の連絡先を聞くこともなく、今回だけは勘弁してくれとのことだったので勘弁した。 それにしても、その西千葉タクシーのチンピラドライバーは後部座席に2人のおばあさんのお客さんを乗せていたが、実にそのおばあさんたちが不憫でならない。 おばあさんたちは、車の中から「前から知ってるタクシーだから」と言って信頼しているみたいだが、あんなチンピラドライバーの横暴なる運転に乗せられて何の疑問も抱かないのだろうか。 なお、西千葉タクシーの待機場所は以下の通り。是非とも今後使わせていただき、彼に再び合ってみたいものだ。ああいうのは東京にはもはやいないから貴重な存在だろう。 ●待機場 西千葉タクシーは、通常次の場所に待機しています。 京成線 : 千葉中央駅、みどり台駅 JR線 : 西千葉駅、稲毛駅、新検見川駅、稲毛海岸駅 その他施設・エリア : 千葉大医学部付属病院、長沼、千草台 さらには、なんとハイヤーで役員送迎もやっているとのこと。 役員送迎等、貸切予約に お気軽にご相談ください。 基本料金 1時間 4,830円 ・ 1日(8時間) 38,640円 用心棒付きだから安心。 ところで、西千葉タクシーは高齢者向けの事業をやっているらしい。一昨年の千葉日報の記事を読んだ。 高齢者世帯向けにマンションタクシー 西千葉タクシー 2008年 12月 15日 (月) わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。 2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。 わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。 人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。 そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。 介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。 今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。 『 京成グループの西千葉タクシー(千葉市中央区)が千葉市美浜区真砂地区のマンションに住む高齢者の利用を見込んで運行している「マンションタクシー」が開始から二カ月が経ち、徐々に地域に浸透してきた。 同地区は築三十年を超えるマンションが並び、子どもが独立して高齢の夫婦だけで住んでいる世帯も多い。今後、マイカーを手放す高齢者も増えるとみられ、移動手段としてタクシーを使ってもらおうと十月中旬からサービスを始めた。 マンション管理組合の了承を得て、約六百世帯が入る「東建検見川マンション」敷地内に平日の午前九時―午後四時半、一台を待機。乗務員はホームヘルパーやケア輸送サービス従事者の資格を持ち、車いすの乗降や移動の介助、荷物の持ち運びなどのサービスを提供する。料金は通常タクシーと同じ。病院への通院や買い物などで利用してもらいたい考えだ。 開始一カ月は利用が少なかったものの、周辺マンションにもチラシ配布などで宣伝した結果、最近は一日四―五件と増えてきた。基本的に同じ女性乗務員が担当しており、「いつもの乗務員、という安心感から利用してくれるお客も出てきた」(同社)という。 収支はまだ赤字だが、同社は「目的は地域貢献と会社のイメージアップ。もうけはなくとも、収支が釣り合うぐらいにまで利用を増やしたい」と、地域へのさらなる浸透に期待する。 なるほどそれで高齢者の方を乗せていたわけか。 是非とも頑張っていただきたい。たまには刺激というものがないと人生つまらないものだ。
2010年03月03日
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平和党東京ブロック支部幹部各位の尽力によりまして、以下の建議書を神社本庁の田中恆清副総長様に提出することができました。関係者の皆様方には深くお礼申し上げます。 また、今後は、実践の段階に入りますが、引き続き皆様方のご協力お願い申し上げます。 以下、建議書の内容です。 さて、今回建議申し上げますのは、「麻(大麻草、大麻)」の資源としての有効利用に関する事柄であります。 古来より、麻は我が国の文化、殊に神事には欠かせないものでありました。麻はあるときは神様の「依り代」とされ、またあるときは罪や汚れを祓う「大幣」として用いられてきました。本来「大麻」といえば、伊勢神宮から各神社が授かる御札を指すものとされます。 そして、我が国においては今なお伝統的な文化や食生活の中に麻の存在を見ることができます。例えば神事に用いられる製麻であり、神社の鈴縄であり、七味唐辛子の麻の実であります。これらを抜きにして、我が国の文化を語れるとは到底思われません。麻という植物は、我が国の長きにわたる歴史と共にあり続けたのです。 麻は現代においてその有用性が見直されています。具体的には、 ・茎の繊維から取れる高品質のセルロース(繊維やバイオ燃料の原料として利用可能) ・麻の種から取れる油(食用油、潤滑油になり、代替燃料としても利用可能) これらは、大豆や石油、綿実油といった、輸入に依存する各種原料を代替できる可能性を麻が秘めているということであります。グローバル化し、不安定要素が増す食料・エネルギーの自給率向上に、これほど有効な手段は他に見あたりません。 このような可能性を秘めているにも関わらず、麻はきわめて栽培しやすいという特徴を持っています。荒れ地でも育ち、生命力が強いため農薬や除草剤はほとんど使用する必要がありません。このことが意味するのは、既存の農地のみならず、耕作放棄地等の有効な活用手段となりうるということでございます。 麻の持つ可能性が知られるにしたがい、諸外国ではその活用に向けた取り組みが次々に具体化しております。 それにも関わらず、我が国はいまだに戦後まもなく定められた「大麻取締法」と、その存在に引きずられて流布された「大麻=麻薬」という誤ったイメージのために、麻の活用に向けた議論の端緒すら見えないのが現状です。 文化的に麻に親しみ、麻によってはぐくまれたと言っても過言ではない日本が、麻の有効活用について初めの一歩すら踏み出せずにいてよいはずがございません。 僭越ながら申し上げれば、現在の状況は、麻文化の復興を通じて、神社神道が伝統の担い手、真の日本的精神の発信元として社会に対する影響力を増すまたとない機会であるともいえます。貴庁が明確し得ないというのが、我々の確信であります。 つきましては、貴庁におかれまして、以下の各項目についてお願いを申し上げます。 (1)繊維・エネルギー資源としての麻の有用性についてのPR活動へのご協力 (2)今後増加するであろう「大麻栽培免許取得者」及びその予定者の販路確保へのご協力 (3)長期的には、大麻取締法改正へ向けた陳情等へのご協力なお、我が党は大麻の吸引を巡る論争には一切関わらず、資源としての有効利用のみを訴えております。その点において、貴庁にご迷惑をおかけすることはございません。 昨今の世界経済の混乱、環境問題等を見るにつけ、近代文明が限界を迎えているのは明らかであります。そのような時代にあって、今後の我が国は、自然の循環に即した無理のない経済社会システムに回帰せざるを得なくなると思われます。 その中にあって、神社神道の持つ文化的意義はますます大きくなることは明らかであります。どうか、本建議の趣旨をご理解いただき、ご協力を賜りたいと願っております。 平成22年2月 平和党代表 大坂佳巨
2010年03月03日
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常々、「武人」「知識人」「経済人」の3つにわけて、とくに「経済人」について私は非難することが多いけれども、それは次の時代に必要な批判であって、永遠に必要な批判ではない。 どころか、この3つの人々は、4つ目の身分である「奴隷」よりかははるかに公の利益を追求し、生み出している。 経済人はいかにも私腹を肥やしていそうだが、守銭奴と称される経済人時代末期のみが問題なのであって、総じて言えば、民に富をもたらしている面も多くあるので全てが全て悪なのではない。 しかし奴隷の人々は、己の生活・己の家族の生活に追われ、公を考える余裕がない。 武人・知識人・経済人は己のみ・己の家族のみということを考えずとも、公を優先する。それがまた結局は己の利益になることを知っているからである。 では奴隷は非難されるべきかというとそうではない。彼らは弱い存在であるから、武人・知識人・経済人が養護する立場にある。 そして民の八割は武人・知識人・経済人に属さず奴隷の立場にあるわけだから、奴隷が武人・知識人・経済人へのステップアップを望まぬ限りにおいては、厳しくしつける必要はないものだと思う。 今日、奴隷の立場にある者たちは、経済に支配される。 武勇よりも学識よりも、まずはカネを得ようとする。そのため公は置き去りにされる。それが現代社会の結果として現れている。 今日、武人の立場にある者は、「貯めておけるお金」に左右されず、まず行動を起こす。それは公を考えていたら、カネなどに支配されるわけがない。カネに支配される武人はたいがい政府や守銭奴の保護下で動き、守銭奴の私的利益を武力でもって守ろうとする輩である。 先ほどセコムの機械警備の警備員ともめたが、彼らは公を考えず私的利益しか考えていない。しかも顧客の利益よりも、自分の仕事における楽なあり方を優先している。ところがこちらもセコムに入っていると教えたら態度が変わる始末だ。 彼は最終的には私に謝罪したが、こういうのを守銭奴の奴隷と言う。 私はセコムの警備範囲であっても、チンピラがたむろしていたら蹴散らしてきたし、ガラスを割ろうとしていたバカ野郎も鎮圧してきた。それはいちいちセコムの機械が通報したところで来るのに時間を要するし、保安警備員の私がいるのにわざわざ出動するのも大変だろうから始末してきた。そのほか、消防団活動ではセコムの誤報でしょっちゅう出動している。それだけでいくら市の予算を消費しているのかわかっているのだろうか。セコムの火災警報で実際に火事だった試しは皆無である。 今ここで起きたセコム警備範囲の施設での異常警報音の場合、施設管理者に連絡がつかないのだからセコムに連絡するしかないので連絡した。その警報装置はセコム警備範囲外であることを私は知っているが、セコムが管理者に対してそこまでやったならば顧客である管理者に喜ばれるだろうし、常日頃こちらで機械警備の予備警備をやっているんだからお互い様だとは思うが、そのセコム警備員は「うちに連絡してもらっても困る」と言うので私は噛み付いたところ、「ケンカ売ってんすか」とかキレてきた。 「お宅がこの警報装置について範囲外なのは知っているが、私はセコムに電話したのは、警報音がうるさいからセコムから管理者に連絡してくれと頼んだわけで、この警報音を止める方法については知っているが私が勝手にやるわけにはいかない」と言った。 そして、うちの警備施設でもセコムを使っているのに、こんなことで呼んでもらったら困るとはどういうことだと言ったなら「困るなんて言ってない」と言い出した。いやいや先ほど確かに困ると言ってましたよねと数度聞いたところ謝ってきた。 顧客であるとわかったら態度が変わる。全てはカネが中心で、安全のことなど彼らは考えていない。これは警備業界全体に言えることだが、さわらぬ神にたたりなしの発想で、結局、警察も警備会社も他衛の考えなのである。 カネが安全に優先する社会を作っているために、平和党で国民公安という武民制度を始めたのだ。 今の世の中、カネがなければ何もできないと考えているため、武力を経済力の下に置くわけだ。それは自らそうしている自発的なものである。 平家というのは守銭奴支配下の武人であり、大陸との貿易を盛んになした。 比べて源頼朝は、流通の都である京都を避けて鎌倉に幕府を置いた。関東は土地が肥沃であり、開拓の余地がたくさんあったからだ。 したがって、コメ本位の経済システムを作っている。 平家は、まずはカネがないと何もできないと考えたから滅んだのである。もちろんそういう価値観で盛り上がる時代もあるが、源氏が勝利をおさめたときと現代では同じサイクルに巡りあわせている。 戦というのは9割は兵站で決まるのであり、さらに言えば今の時代は、ゼニ勘定で物事を基準にする守銭奴発想か、あるいは土地の力・実際の力を基準にする武人発想であるかで勝負は決まる。 だが、多くの奴隷たちはみな目先の考えばかりをしてゼニ発想ばかり選択してしまうのだ。公を考えず私的利益のために貯蓄と増殖ばかりを考える。それが結局自らの首を絞めることを見えないのは、時間軸を知らないからである。 また、行動をためらい、あれこれ考えている内に、どんどん自分の首は締まり、私的利益すら享受できない結果を招くのである。
2010年03月03日
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我々は、どの民族も関係なく、我々は地球人類であります。 しかしそんなことを世に言っても、偏見の目で見られるだけで支持は集まらないことを何度も経験しました。 未だに人類は自己の民族にこだわり続け、他民族はレベルが低いんだとお互いに言い合ってます。 そういうレベルに人類はあるので、彼らの立場にならなくてはいけないわけです。 だから私は、地球人は他の星の人よりも遅れているだろうと思います。しかしじゃあ私がここで「地球人は1つに心合わせよう」と言ったところで実現できましょうか。 大人は子どもにケンカするなと教えておきながら、国家間では常に争い、化かし合う。これは大人が未熟であるからだけれども、その未熟な大人にケンカさせておかないといけません。つまりは、未だに幼稚であるから次の事が見いだせないわけです。幼稚を経験しないと次には進まないでしょう。 私が再三言うに、これら争いの原因や、自己民族の正統性を主張する根源には、資源のストック性があるんだと、だから自然主義経済なんだとこのように言い続けていますが、そうは言ってもほとんどの人々はわからないでしょう。理解しても「ああこれはこれからの時代の経済政策には使えるなー」と、それぐらいは思うんだが、未だに民族主義を捨てない。ユダヤ人は偉くて他は貧乏人。中華帝国は偉くて他は鬼畜、アングロサクソンは偉くて他はバカ、イスラムは神に忠実だが他は悪魔、大和民族は偉くて他は環境破壊王。それぞれがこうした考えを持っています。 だから日本では、自然主義経済が実現できても、「これは日本人だからできたんだ」などと満足して終わりでしょう。 だから私は離陸をするために必要であることを説きます。国民にレベルを合わせないでひとっ飛びにやると必ず反動が起きて副作用が出てしまう。現実から乖離した理想を語るのは宗教であり、政治は現実と現代日本人に合わせてやらなければ実現不可能となってしまいます。 グローバルの方向に導いても必ず失敗するのでローカルへ。しかもナショナル未満のローカリズムへ導いていくことが重要でありますが、その過程(ナショナル未満を作るため)としての啓発はいいだろうと考えます。 これは日本人には日本人の導きようがあって、日本人に地球人類という意識がすでにあるのならばいいかもしれないが、それは今はないでしょう。だから外へ行かず内に行かないと地球人類の意識にはならない。 グローバルとローカルの有用性について理解し、それをその時その時に、目的完遂のために活用することが必要です。 そのためには、私に向かってきた討論者に向かって煽ったり、蹴散らしたりする中で、考えが変わった人々もたくさんいるけれども、いずれの人も、どこかに居着いているから身動きがとれないだけです。
2010年03月03日
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民主党政権は、彼ら民主党政治家の当初の野望とは食い違い、うまく行かない理由として、「射ってから的に当てる」という発想が挙げられる。 民主党は、私がいた時代からすでに「政権をとったらこうやる。しかし国民は我々に政権をくれないからできないのだ」ということをさんざん言ってきた。 では、政権をとった今、きちんと思い通りに官僚を動かせているのか?税金の無駄遣いがあってそれを浮かせば増税なしに行革ができると野党時代にやたら叫んでいたが、それができているか? できていない理由は、射ってから当てようとしているからである。 知識を得ないとわからないので勉強してから行動しようとか、カネがないと事業を起こせないのでカネを貯めてからやろうとか、これらは全て、射ってから当てようとしている。 戦いというのは、勝ってから戦わなければ必ず負けてしまうのだ。 例えば、昨今の少子化の要因として、「経済能力がないから子供を作らない」というのが増え続けている。 つまりは愛よりもお金が優先されているということだ。カネ勘定をしっかりやってからでないと子供を作れないというのは、ある面では経済優先社会の作り出した弊害ではあるが、その人自身が貨幣経済の奴隷として服従している証拠でもある。つまりは自分から率先して、家族愛を貨幣という悪魔に売り飛ばしているのである。 次に、ある人は、自分は将来学校を作り、夢のある若者をたくさん生み出したいと言う。しかし学校法人の認可を得るにはそれなりの経験と人数が必要で、しかも多額の金額を要する。だからできなくて困っているという。 しかし、私から言わせれば、その人の目標は夢のある若者を輩出したいというのだから、世間の常識たる学校法人の認可やら金銭やら全く関係ない。勝手に学校を作り、吉田松陰のように自由気ままにやればよいのだ。実際、栗本慎一郎先生は大学教授をやめた後、そのようになされ大学を勝手に作っていた。 自らが勝手に自分に手かせ足かせをはめている。 政治家になるのに金は必要でない。情熱が必要である。既存の枠組みの中で戦うから負けてしまうのだ。だから的に当ててから射ればよい。それをカネや知識に縛られて、射ってから当てようするからいつも失敗する。それを民主党が実際表している。
2010年03月03日
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次に、政治的暴力発生の理論について5人が述べたものがある。 ●毛沢東 貧困や抑圧は市民不安をおこす。政治的暴力はそれによって生まれる。警察の報復攻撃によって反逆者たちは圧力を加えられ、それをみた大衆は反逆者を支持するようになる。だが、警察のさらなる力によって反逆者たちの革命可能性は減少していく。 ●マリゲーラ 貧困や抑圧は市民不安をおこす。政治的暴力はそれによって生まれる。警察の報復攻撃によって反逆者たちは圧力を加えられ、それをみた大衆は反逆者を支持するようになる。それによって支持者が拡大し革命が発生する。 ●ヒアムス 貧困や抑圧は市民不安をおこす。政治的暴力はそれによって生まれる。それによって政府は貧困や抑圧を除外する政策を行う。これによって民衆の関心が薄れ、革命は行われない。逆に除外政策をしなかった場合、改善されるまで暴力は続き、政府が打倒されるまで行われる。 ●モス 貧困や抑圧は市民不安をおこす。政治的暴力はそれによっては生まれない。定職についていないエリートや知識人・学生などによって政治的暴力が行われる。貧困な国家よりも経済成熟国家によって生じやすい。政治的暴力発生後は政府がさらに抑圧的な政策を行うため革命は起きない。 ●グル 抑圧から生まれた政治的暴力は、暴動を次々に拡大し、やがてそれを文化として正当化していく。だがそれはフラストレーションの解消であり、それ自体が目的であるために革命にはならない。 毛沢東がこのように考えるのは、抑圧的な国家政策をそもそもなしている場合、革命は起きないということである。大衆はビビりあがって、なかなか拳を振り上げられないのである。現代でいえば北朝鮮はまさにそのようである。 マリゲーラの説はもっともらしいが、同じく北朝鮮のような国家の場合、すなわち抑圧的な国家では起きにくいだろう。旧イラク政府も、戦時中の日本でも同様で、日本の場合この体制を破壊したのは連合国でありGHQであるから、北朝鮮も国外からの圧力がかからないと変革は起きない。 ヒアムスの説は、抑圧的な国家の場合であり、実際にこのようにして延命させて革命を起こさせない独裁国家もある。 モスの説は、天安門事件がこれに相当する。そしてヒアムス説のように、除外政策を行った。政治的に自由主義をしていないが、経済的に自由主義を採用したことがあげられる。 グルの説は、よくわかる。破壊自体を目的とするためにあとあと息詰まるのである。テロではないが、青島幸男・横山ノック・田中康夫などの知事は反乱から生まれており、新たなる政治的アイデンティティをもちあわせていなかった。今日では、堂本暁子・東国原英夫などが相当する。彼らはいずれも前知事に汚職・腐敗・官僚談合権力にくみしており、この反乱の形として大衆に支持されるが、結局守銭奴支配に戻ってしまうのである。 それでこの5人の説をまとめたのが、心理学者ローレンス・ファミルトンである。彼は結論として、政治的暴力は貧困や抑圧によって生まれ、政府規制が強ければ強いほど発展するという。ただし独裁政府によっては発生しにくく、先進国のような自由国家で発生しやすいとしている。 政府規制というのは言うまでもなく、「弱者を保護するための経済規制」ではなくて、国民生活にとって苦しむことを言うわけだが、今まさにそのような状況下にある。ただし、ニートやフリーターにとって、暴動を起こすだけの気力も根性もないというのが現代社会なわけだ。 したがって、日本は大衆による投票手段によってテロ革命を成功させねばならない。ある日突然、脱資本主義・脱社会主義の新システムたる自然主義経済を提唱する政党に投票したならば大きく変わるだろう。既存の政治家にとってこれは新型無血テロにほかならない。自然主義経済がなされると彼ら政治家は当面は食うに困るからである。
2010年03月03日
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目標のない社会は、安易にカリスマ性のある人々を魅了してしまう。それによってテロが発生する。オウム真理教はその典型的な例である。現実の矛盾したものに疑問を感じるものの、誤ったものの見方、あるいは自己中心的な発想からこのような宗教を真理と信じ、あるいは当初はさほど信じていないが、その情報まみれになることによって、それを堅く信念としてしまい、やがて無益な殺人行為に走る場合がある。 人間は「これは正しい」と思っている以外の情報を遮断する癖がある。したがって正しくないと思う情報については、いかに「コケにしてやるか」と考えるものである。寛容性が調和を作る。日本人の知恵にはこれがある。その知恵を守るのが保守政治のありかただろう。 ところが、昨今の保守政治家のありようは、「こうでなければ駄目だ」として、度量がとても小さくなった。 平和党は自然主義経済を唱えているが、資本主義について否定せず、今まで通りの存続を認めている。だが、保守を自称する議員さんや政治活動家の中には「自然主義経済だけは絶対に駄目だ」とするものが多い。かつては「あれもあっていい、これもあっていい、だが選ばれるのは自民党だ。」という自信が満ち溢れていたのは冷戦時代であり、保守2大政党の現代ではこれが通じなくなったようだ。 共産党政権は自由主義政党の存在を認めないが、自由と民主主義を基調とする政権下では共産党の存在を認めるのである。認めないというのは、己の政治思想が「ある人に否定され抹殺される」のを嫌がるために、他の考えを抹殺しようとするのである。このようなやり方は結局自己崩壊を招く。それはソ連・東欧の崩壊で証明されている。中国・ベトナム・キューバなど社会主義国家はいまだ存在するものの、資本主義を認めるようになったゆえに生きながらえているのである。 このように、八百万の神々による発想を認めなくなった保守政治の時代には、自分の考えを否定する者に対しての抹殺が行われる。当初は言論だけだが、それが暴力に発展するのが時代の常のようである。故・石井こうき衆議院議員の暗殺などはそれに該当するだろう。 このような時代には、欲求不満からの攻撃行動がたびたび行われる。 米国の心理学者テッド・グリーは、『人はなぜ反逆するのか』で、政治的暴力の発生要因について述べている。欲求不満が存在すればそれは暴力として攻撃行動が現れる。 政治的でなくても、近年はさっぱり原因不明の殺人事件が多い。全く別のレベルでの欲求不満が無関係な人を殺しているのである。 富を著しく偏在させた社会は、それが間接的に多大なストレス社会を生んでいるのである。「競争は大事だ」「競争は発展だ」「金を稼いで何が悪い」「金を稼げないのは自分のせいだ」などとは言っておられないのである。
2010年03月03日
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総務省の外郭団体 明るい選挙推進協会が22日発表した世論調査で 16~29歳の若者の7割超が「国会や政党を信頼できない」と感じていることが分かった。 また、7割超が今の政治に不満を抱き、約3割が一番印象に残った政治的な出来事に首相の相次ぐ辞任など、首相に関する出来事をあげた。 (みんなの大好き毎日新聞からの引用) 国会なんぞをアテにするから不信になるわけで、初めっから相手にしてなけりゃ不信もクソもない。 まずは自分たちの自治を何もやらずして、ただネット上で文句をタラタラ述べている。こうしたお任せ政治が当たり前だと思っているから、いらん期待を抱きたがるのだろう。 「国会議員の中にだってマトモな人は少しはいますよ」という人はよくいるが、私は断言してもいい。そんな奴は1人としていない。 選挙など行って、政治家などに期待するよりもまずは自分で動くべきであるし、既成政党が気に入らなければ自分で作れば良い。それをせずに何も行動を起こさずに、机上でガタガタ言っている人のなんと多いことか。 この政治家にしてこの国民と、言われぬように行動をしていこう。そのためには法律や制度などではない。政権とらなきゃ何もできないなんてほざいてる人間は政権とったところで何も出来やしない。民主党がそのいい例だ。だからまずはやってみることだろう。
2010年03月03日
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一昨日から我が家の向かいのアパートで工事をやっている。 雑草がたくさん生えてくるので、コンクリートで埋めようというわけだ。そういうことをされると、こちらのプランター栽培の生態系が狂うのでやめてもらいたいんだが、それはまあ時代の流れだからいいとして、この工事請負業者が大坂工務店という。 それで昨日の朝、仕事から帰宅したところ、この大坂工務店の親方とおぼしきオジサンが話しかけてきて、「お宅も大坂さんというんですか。出身はどちらですか」と聞かれたので、うちは三代東京、その前は山形県鶴岡市で、その前は福島県の会津藩であると答えた。 すると、その大坂工務店の人は千葉県らしく、彼の血筋では、成東に一件、松尾に一件、長生郡にも一件あるとのこと。あとは千葉市。 その他、私の知る限りにおいてもたくさんルートがあるのだけれども、どうも大坂姓の出どころは、バラバラのようだ。 特にうちの場合は、木村重成の子孫が、先祖は大坂の陣で敗れたということを忘れぬようにしたため、明治維新後に木村姓をやめて大坂姓にしたとのことであるから、それ以前の大坂姓の人たちとはルートが異なるだろうと思われる。
2010年03月03日
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一宮の海岸を考える講演会、一宮町公民館に到着する。
2010年03月03日
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最初に登壇したのは十二社祭の石井理永蔵さん。 上総十二社祭りとは、千葉県の無形民俗文化財を受けているお祭り。 上総一宮駅近くにある玉前神社というのがあるが、この神社の祭神である玉依姫が上陸した、と伝えられる太東崎に、その一族である神々が年に1度集まることに由来する、といわれている。 大同2年(807)頃から始まったといわれ、神輿を担ぐ人々が裸に近い姿で波打ち際を走ることから「裸祭り」の名前で親しまれている。 一宮海岸の砂浜を走るという祭事をこの地域の若者たちは毎年やっており、この海岸を守りたいとのことであった。 次に、元東邦大学教授の秋山章男さんが話をされ、秋山先生は干潟の生態学を研究されておられる。 習志野市民時代までは、三番瀬再生会議にも参加していたとのこと。現存する三番瀬は、新浦安の埋め立て地の東沖に位置する、江戸川(江戸川放水路)の河口付近の干潟および浅海域を指し、船橋市、市川市、浦安市、習志野市の沿岸に接する。東端には船橋航路や千葉港があり、西端には猫実川河口や新浦安駅付近の埋立地が広がる。埋立が進む以前は、より西側の旧江戸川河口付近まで干潟や浅海域が広がっていた。ここで生態系を観察していたが、一宮町民となってからは、一宮海岸の観察もなされ、この講演ではウミガメの一宮海岸における過去15年の変化について述べられていた。 このデータを未来の子孫たちがどのように判断するかということに貢献されるに思う。
2010年03月03日
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話の続きは、一昨日2月20日のフォーラム「一宮の海岸を考える」から。 三人目の講演者は、プロサーファーの岡野教彦さん。 千葉県一宮町は、国際サーフィン大会が開催される場所で、実は海外の人々にはサーフィンをやらずともかなり名前が知られているとのこと。 サーファーからの立場からして、近年の一宮の波はずいぶん変わったという。 また、地方では過疎化が進んでいるが、一宮町ではサーフィンのメッカであるため、若いサーファーたちがどんどん移り住んで、一宮町で家族を持ち、子供も増え、小学校の数も増えているとのこと。人口増は地域の活性化につながるが、一宮海岸がますます砂浜をなくしていけば、サーファー移住者たちも増えてこない。であるからなんとかしなければならないのだと、こういう話でありました。
2010年03月03日
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4人目に、サーファーである茅ヶ崎市議会議員の柾木太郎さんが、 最後に衆議院議員の 金子健一さん(元・一宮町議会議員)が、話をされました。 結局のところ、日々削られていく一宮海岸にどのような手立てをしていくかについて結論を出していくのは難しかろうと思います。 総じて言えることは、海という大規模な大自然物は、人智では計り知れない。 そこで人間がどのように調和するかを考えさせられた。
2010年03月03日
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2月21日午前11時25分、東金市の我が家に平和党幹部集まる。
2010年03月03日
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昨日2月21日、昼から東金サンピアのサイゼリヤにて食事。平和党軍団13人で席を埋めつくす。 続いて、午後一時から東金市中央公民館にて、「地域通貨で考える地域福祉」と題して、私が立ち、国民公安委員会の警備研修をする。 その間、サイゼリヤでわめきちらすリエコ・デラックス。 続いて午後3時より、ろろ外務相による「地政学、自然主義経済」についての講演なされる。
2010年03月03日
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熱心に聴き入る受講者たちと、眠る巨象一頭。
2010年03月03日
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ろろ外務相による講演終わり、しわ官房長官によるヲシテの話。 よく考えてみれば、私はヲシテの勉強会などには参加したことがなかったことに気づいた。 時間がヲシテいて一時間弱しかなかったが内容はだいたい聞いた。 そして起きる巨象。
2010年03月03日
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東金市中央公民館で勉強会を終え、みなで17時過ぎ、東金駅前の居酒屋のみたやに向かう。 出席者は、 1.大坂佳巨[代表] 2.ろろ[北関東ブロック支部長] 3.しわ[東京ブロック支部長] 4.悪路王[南関東ブロック支部長] 5.たろー[南関東ブロック支部事務局長] 6.rie。[東京ブロック副支部長] 7.助☆[東京ブロック支部] 8.葉隠さつき[東京ブロック支部事務局長] 9.まつや[東京ブロック支部] 10.currency[南関東ブロック支部] 11.てぃーに[近畿ブロック支部] 12.愚樵[南関東ブロック支部] 13.優月[南関東ブロック支部] に、成田市の乙犬さんを加えて14名。ウチの子どもたちまで入れると17名。
2010年03月03日
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第2回平和党新年会は19時半に東金駅で解散。二次会は東金の魚民に。部屋はカラオケつきしかなかったのでその部屋に行く。 歌いまくるリエコ・デラックス。ひく関東3支部長。
2010年03月03日
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2月21日に行った東金市中央公民館での勉強会で、私が講演中、職員が入ってきて、公民館使用の申請書を出してないじゃないかと半ばキレぎみに言ってきた職員が入ってきて、私の話が中断された。 それで、私は会議室を出て、申請書を出したはずの妻に電話したところ、間違いなく提出したという。 そうしたら、別の職員がやってきて、すでに申請書は出しているとの説明をその職員にしていた。 この職員、人の講演を中断させておき、なおかつ確認もしないで半ば怒鳴りこんできておきながら謝罪ナシ。非常に良い教育を受けてきた素晴らしい大人の典型である。50歳は過ぎていると思うが、今の教育はどうのこうのと、論じられている昨今、こういう大人を始末することのほうが先だと思われる。 どうも、いろいろな市民の話をきくと、東金市中央公民館の館長や警備員は非常に親切丁寧で評判は良いが、職員は威張り腐って悪評高いらしい。 また1つ勉強させてもらった。
2010年03月03日
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●1月1日 南関東 田間神社初詣 ●1月14日 北関東 埼玉県ときがわ町大麻サミット ●1月22日 近畿 大阪市西成区ホーム薬局 ●1月27日 東京 国分寺法律事務所 神社本庁建議 ●1月28日 南関東 成田山初不動 ●1月29日 九州 福岡筑紫野二日市パープルホテル 地域通貨 ●2月11日 北関東 栃木県那須 非電化工房 ●2月13日 東京 三鷹地域通貨勉強会 ●2月18日 北関東 埼玉県ときがわ町太鼓研修 ●2月21日 南関東 国民公安委員警備研修・地政学・ヲシテ勉強会、平成22年旧暦新年会
2010年03月03日
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とりあえず、東金市内に数箇所のエリアを確保した。 これらの土地で廃食油を使用した精製機を置いて、ディーゼル燃料にしていく。 市内の食品会社及びセブンイレブンから排出されるフライヤーの廃油を確保できる。これについて高橋政調会長と今後審議するつもり。 成田の大麻栽培許可が降りる前に、大麻以外の方法でもバイオディーゼル燃料精製を実績として、やっていく必要がある。 販路としては、農家を考えている。農家が自給自足できないのは、石油が原因である。したがって、トラクターから乾燥機に至るまであらゆる軽油消費をバイオディーゼルに変換してもらうよう努力していく。その報酬として、地域通貨なりコメ現物支給なりにして、貨幣経済優先社会を徐々にブチやぶっていく。 なにしろ、東金市内に限らず、地方は疲弊しており、地元に仕事がなく、みな東京や成田空港に依存している。地方のどん底進行はやむところがない。いつまでもネット上でグダグダやっててもしょうがないだろう。 にも関わらず、再来月の東金市長選挙では、いまだに日本銀行券をいかに獲得するかという、古典的自治政策しか考えられない市長候補しか揃わないようである。 であるから、我が党で自治を作っていかねば、みな心中してしまう。 東京や中央政府や大企業に依存しない経済システムを作っていくことは急務の課題であり、まずは自分の生活など投げ出して、滅私の精神がなければ、みなが干上がってしまい、結局は自分の首を絞めることになぜ気づかないのか。ぬるま湯のカエルが熱湯になって死んでいくのと同じ原理が今働いている。
2010年03月03日
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地元での都区政時代、私は石原慎太郎東京都知事傘下にあって都知事推薦で区議にも立候補し、その後は自由連合代表・徳田虎雄衆議院議員の指令による「石原慎太郎を総理大臣にする勝手連」で、新宿御苑駅近くで事務所を開いて活動し、勿論都知事選挙で兵隊も出した。 そうして、私が気づいたことは、「武の政治の時代にも、『商の武』と『武の武』とに分けられる」ということであった。 例えば、治安を維持するに当たっても、経済のために治安を維持するのか、あるいはただただ治安維持自体、つまり土地を守るために価値を置くのかでだいぶ違ってくる。 前者の武は、守銭奴天下の時代を引きずっているが、後者の時代は、新たな開拓と新たな価値観を創造し、次の時代の礎になる。 石原知事の場合の危機管理行政の在り方、警察力の強化、性産業等に対する粛正、スポーツ振興などは武人政治の在り方としてありうるわけだが、築地の移転はオリンピック招致のための経済利権、新銀行東京の創設などは、金融優位主義から編み出された手法であり、まさに商の武路線と呼べる。 このような路線は、流通を主体に編み出されている。石原知事自身、よく江戸っ子の気質について語ることがあるが、彼の本籍地は兵庫県であり、生まれ育ちは神奈川県逗子である。世田谷の衆議院議員後継者として転居し、それが破談になって大田区に行った。 東京都知事は代々、東京都出身者がやっていたが、石原知事の代になってから実は、非江戸っ子によって都政がなされている。 東京というのは、もともと東京人であった人というのは、江戸時代から少ないわけで、そんなことにこだわるなと言われるかもしれないが、今後の時代、地元を愛するということが武の政治とは密接に関わるだろう。 どこの出身者であっても構わないのだが、アイデンティティをその土地に依拠するのか、流通に依拠するのかは重要な問題である。 固有の土地というのはそこにしかない。しかし流通はどこへでも移動し、貨幣はそこでのルールが許す限り、土地とは関係なく力を持つ。 そして、武の時代に突入する前、守銭奴が天下を治めていて、それが貧困の反乱によって瓦解するのだが、当初は石原知事のような「商の武」路線によってなされる。しかし瞬く間に「武の武」即ち土地を重視し、流通が下位に置かれる時代が来る。 1平氏→源氏 2織田・豊臣→徳川 3開国派→攘夷派 4貿易→アジア防衛 これは今までの日本史において、武の政治が誕生した際に起きている現象である。 平氏政権は大陸との貿易をなし、本拠地を京都という流通の中心地に置いた武力勢力である。しかし、源氏は流通よりも国内の土地を重視し、土地を守ること即ち御家人の利益のために動き、本拠地は流通の拠点ではない農業という実物産業の拠点たる関東に置いた。 織田・豊臣もやはり、楽市楽座を設置して自由主義経済を促進し、大阪や堺など流通を重視した政策を行った。だが、徳川はやはり未開拓の江戸を農産物の拠点とし、金銭基準よりもコメ基準に持っていった。いずれ守銭奴政権になってしまい、再び貨幣が力を持つようにはなるが、政権の出始めは必ず「流通よりも土地」なのである。 幕府が倒れるときも、外国から開国を迫られ、流通させ他国文明を流入させる路線と、我が国独自の天皇の土地であるとの考えが対立し、流通よりも土地基準が勝った。 昭和恐慌による守銭奴政権終了後の軍部主導政権も、日本の衣料輸出路線から、資源豊富なアジア国土を欧米列強から防衛するという意味で、流通力から土地力へ変換させている。 つまり商人というのは、その土地の自然産物について間接的な関わりしかないため、主眼は貨幣に置かれる。 貨幣は、国が未成熟であると人々を幸せに導くが、政権が長期に渡り腐敗してくると、一部の者たちが利権をむさぼり、貧富の格差が激しくなり、貧困の反乱を生む。それに乗じて、武勇なる勢力が出てくるが、当初はまだ流通力にやや支配されている。しかしその勢力は、土地を重視した勢力により消滅していく。このパターンを何度も繰り返している。 平和党が自然主義経済を言うのは、この「流通力→土地力」への転換を促すからであり、現在のプラス利子経済では必ずや破綻するからである。 そして、この新しいシステムに持ってくるためには、「情報や流通、学問の集積場」は全く無力であり、新たな場所とは未開拓な自然溢れる地域で、貨幣依存なく土地力だけで生きていける肥沃な大地を開拓することである。それが今までの武人政治家たちによってなされている。
2010年03月03日
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自営業の場合、売上を上げることは勿論ではあるが、多少売上に背くことはあっても、自らがやりたい仕事であるため、損益については度外視して仕事にあたる場合はあろうかと思う。 無論、損ばかりしていては経営が成り立たなくなるので、やりたいことばかりではなく売上も出さなければならない。 ところが昨今、売上中心主義の合理的な大企業の地方進出によって、そうしたことはできにくくなっている。 牧歌的な時代は、多少の売上を上げながら、自らの家族と遊び、地域のために貢献することは可能であった。 しかしここまで資本の力が隅々まで行き渡るとそうもいかなくなる。 先日譲り受けた雛人形であるが、これも普通ならば、人形を買わせて商売が成り立つわけだが、昔から買うよりも、いらなくなったものを近所からもらったりする外部経済の部分がかなりあったろうと思う。 ところが現代は核家族化を進め、すべての家庭を別々にすることによって市場を広げている。 そのため、常に貨幣に追われる生活になり、人々は貨幣の奴隷と化した。 こうなってくると、子供を育てるのは、親が将来自分の経済生活を安定させるための投資でしかないという発想になり、全てを金銭で考えるようになり、愛情の欠如から、地域相互協力のネットワークなどいろいろなものが破壊されていく。 これは第一に、資本主義経済という増殖する不自然な経済システムが巻き起こしたことであるのだ。 例えば駄菓子屋というのがある。街からどんどん姿を消していっている。それは採算が合わないからだ。 では昔は採算がとれたのだろうか。 いや、今も昔も経済的には採算はとれていない。しかし社会的には採算がとれていたのだ。 まず、駄菓子屋のばあちゃんが毎日働くことによって、生き甲斐を持つので、医療・介護の手間がなくなる。子供はコミュニティーをそこで形成するので、地域社会の目が届きやすくなる。 このように、ありとあらゆる場所において、経済的利益以外の社会的利益を生み出していた。 しかし現代では全てをお金に換算しようとする。 「そんなんじゃGDPが減る」だとか、「財政赤字が膨らむ」とか、カネを基準に全てが作られている。 このような社会は、経済成長期はいいが、もはや現代では破壊しか生まない。 これを富の再分配方式でなんとかしてみようとしても、「お金の力は絶大」であるため、何回再分配しても結局お金だけが有利になり、誰をも幸せにしないのだ。これは小渕内閣の頃から現れてきた「ケインズ政策の限界」である。だから新自由主義路線を小泉内閣以降にやってきてこれもまた弊害が指摘され、またもう一度「富の再分配方式」が支持されつつある。 しかしそんな政策はとっくのとうに無力であることが証明されているのである。これは経済のグローバル化が原因である。いくら国際競争に勝ち上がっても、いくら政府が富の再分配をしても、結局はごく一部の金持ちにしか残らず、まず地方には入らない。ばかりか、日本の金持ちですら外資のおこぼれにあずかるありさまだ。こうしたことが続けば、日本は永続しないだろう。まして、他国から資源を輸入し加工して、他国に輸出し外貨を稼ぐという方式は自殺行為に等しい。一瞬の食糧危機で一斉に餓死者を出すだろう。 したがって、自然主義経済はこの逆を行く。つまりは、モノをお金よりも強くさせるという方式であり、そのためには担保がなくてはいけない。だからこそ、もはや東京の時代ではなくて地方の時代なのである。
2010年03月03日
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10/2/27 07:52 平和を盾にする平和桶バカ、うぜ~~~!先ず1回死ねっ! ] 公共電波使って科学無智な老人をだましていんじゃね~ぞ薬物テロTBS薬物売人殺すぞ! 公然薬物詐欺「皇潤」・「グルコサミン系クソサプリCM」流してんじゃね~ぞ薬害厚生官僚天下りTBSゴラッ!!! 薬害漢方から裏金受け取ってる薬物テロ小沢一郎天下りガリガリカタワTBS広告売人カタワ!皆殺しにすんぞゴラッ!!! ゴミ事務所に殴り込んで皆殺しにすんぞタゴッ!!! ▼▲10/2/27 07:57 藁 >平和ボケというより、平和主義を盾に悪事を働いてるやつの典型だろうね。 いくら悪事を働いても平和主義を盾にし、体罰や処罰されないための言い訳してんだから悪党にとってこれ以上都合のいい話はないよね♪ ▼▲10/2/27 08:01 ヒットマン では俺も、やりたい放題他人に迷惑をかけ、殺しまくり、好きなだけ金品奪ってから、捕まった時に平和主義を唱えて堂々と無罪になるかwww ▲10/2/27 08:04 藁 >ヒットマンさん、ソレいい案だね。 俺も平和主義唱えて裏でやりたい放題やろうっと♪ 10/2/27 07:50 www タイムマシンはSF産物なんだよ現実と非現実分別もできない机上の空論バ~~~カwww この国は科学にこうもバカなのか。 上のいいなりに情報詰め込んできた学歴宗教カタワバカ、残念!!! 昨日の朝ほど、Yahoo!ブログにおいて寄せられたありがたいお言葉である。 まず、平和党の趣旨を全く理解してないで勝手な妄想を抱いている典型的な今まで通りの方であるが、この手の人はたくさんいたので驚くこともない。しかしよくよく考えてみると、今まで平和党に対して、左側の立場から批判する人にこうした人は今までいなかったと思う。それに平和党に対してに限らず、憲法9条信者でここまで狂った人もあまり見かけない。 つまり、「ゲハハハハ、おめえの発想は軍国主義で天皇の為に死ぬのか。じゃあ死んでみやがれタコが」とか、そういう表現をした人がいない。 愛国心溢れ、そのうちにますます内にこもり、考えすぎて半ばノイローゼぎみになった人間ほどこのようになるのである。 天皇云々にこだわっている人などによく見られるのだが、彼らは自分から対立する他者の思想の排斥に常に躍起になっている。 国をどのように良くしていくかよりも、日教組だの中国・朝鮮が気になってしかたがない人たちであり、ほとんどの人が精神を衰弱させ、身体までも病気にさせてしまう。 私は現実の世界で政治活動をしてきたが、このようなタイプは永田町にも都区政の場にもいなかったに思う。 インターネットというものが発達し、現実的でない政治思想が乱立し、精神を病ませている。 あんなに素直で人間らしかったのに、ひとたびネットに引きこもり、政治を考えていったらあれほどまでに妄信し、人間を変えてしまうものなのかを近年知ることができた。 とりわけ、一般民衆の右翼洗脳は飛び抜けている。 冒頭引用したような発言が年がら年中飛びかっていれば、日本の伝統たるものについて破壊していくのに等しい。 彼らはいずれも皇室を尊重する立場にありながら、そもそも人間としての儀礼を身につけもしない。頭でっかちの政治思想から人を罵倒することしか考えていない。これでは彼らはおろか、彼らの政治思想すら支持されない世の中になるだろうと安易に想像がつく。 儀礼云々の話をしたが、儀礼をある程度わきまえている人間であっても、一皮むけば実態はあの類とさほど変わらないのである。 おそらくこのような、醜い愛国主義者や醜い保守主義者がどんどん進出して、「日本を守れ、日本人の人間関係を壊すな」と言っている人たちがどんどん壊していくだろう。 平和党にとって、左派側の論理というのは形式上のことであるから、今までに論破はしてきたが、彼らは行動力に乏しい。それがため、単なる学者の論争で終わる。しかし右のそれは感情剥き出しであり欲望そのものである。 日本国内に混乱が生じたときに、このようなニワカ右翼思想の彼らはいったん支持を受けるだろう。 今度は奴隷の反乱による時代だから、私は今まで左派側の立場の労組系に私は警戒をしてきた。しかしどうもそうではない気がしてきた。 昨日まで政治に無関心だった輩が、多少の本を読んで切り替わった「インスタント右翼」が最近増えている。私が二十代のときはこうした人はいなかった。私の場合は本物の街宣右翼、暴力団系右翼などからの知識しかなかったが、今ではリアル右翼のほうが少数派ではないか。 それでこのインスタント右翼、ニワカ右翼ほどたちが悪い。なぜなら暴力団系右翼は、我々のような無学や愚連隊が更生するため、あるいはカッコいいからというノリ、さらには地元の先輩にさらわれて右翼になるものであって、政治思想なんぞは後付けである。しかし、たかだかネットに影響されて生まれたニワカ右翼の場合、頭でっかちであるから思想から入っている。ケンカもしたことなく、刃物の振り回し方一つ知らずに「私は天皇のために死ねます」と言い切ってしまうわけだ。 バーチャルのゲームかなんかで人を殺したことはあるんだろうが、現実から乖離して、本から読んだ右翼思想を身にまとっているので、言うこととやることに大きな開きがあるのだが、ご本人たちは一向に気づかない。 さて、こうした人々が増えてくるといったいどうなるのであろうか。 彼らはいずれも、いろいろと思い詰め、精神的にも肉体的にも弱っていく人々がほとんどだが、中にはそうした悪のエネルギーに徹底できる人間が必ずある。 弱った人々は彼をリーダーとして立ち上がっていくだろう。 当初は、既存を打破するのに成功するだろう。だが、彼らの寄りどころは「人や国の欠点を徹底的に訴追する」というところにある。 こうした集団は近年まで左派系の市民団体に多く見られた。だが今では共産党・社民党が弱体化し、保守二大政党になってからは保守に余裕というものがなくなってきたため、むしろ極右や保守系にこうした「余裕のない」「他者罵倒型」の運動家が増えてきたのである。 このような集団は、他者罵倒自体が主な目的であるため、結局は仲間内で他者罵倒を始め瓦解していくのがパターンである。 だが、人間は愚かであるため、これを何度も経験しないとわからない人々がたくさんいる。だから温かく見守っていくしかない。そしてその先について、準備していくことが必要であり、日々の我々の実践はそれに尽きると言ってよいだろう。
2010年03月03日
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もしもヲシテを日本語の公用語にするとなったならば、このような反発があるかもしれない。 「そのヲシテというのは果たして信憑性があるのか、本物なのか?」という点について。 では、今我々が使っている言語は本物なのか。今使っているという事実だけがそれを証明しているにすぎない。かつての権力者によって変更されたかもしれない。 したがって、必要なのは、それが事実として正しいかということよりも、政府権力がどれだけ力があり、どれだけ人々が納得させられたかというところにあり、それが何年か続き、学者たちにより定式化されるというところにある。 だから、いくら歴史の事実を研究したところで、正しいか正しくないかは、時の権力によって決まる。 学者たちは、そうしたものを排していろいろ検討したいという気持ちはあろうが、歴史の切り替わりは必ず武人政権によって鍵を握られている。武人政権によって新しく樹立されたものが、後々に学者政権によって追随されるだけだ。 我々がタイムマシンを持たないのは、歴史について過去に遡って確認することは不要であり、今現実に何を必要とするかに論点があるということだ。今の時代に必要なものであればそれを採用すればよい。 私はそのように考えている。まだドラえもんがテレビ放映されていない小学二年生のときから私は机の引き出しがタイムマシンになってないかどうかよく確かめたが、結論としてはこのような考えに至った。
2010年03月03日
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トルコ革命は国王を排斥し、大統領制度を敷いた。日本に当てはめようとすれば天皇を外すということになろうが、他国とは事情が違うのでそれはできまい。 それに我が国は、天皇がありながら征夷大将軍が統治するという、二重権力か、或いは実質将軍・形式天皇という時代も永きに渡ってなしてきた。 したがって、我が国の場合、大統領という名称ではなく、征夷大将軍に相当するポストが、防衛省、警察庁、消防庁、海上保安庁等を直接指揮し、国防・治安以外には政治はやらず、全て民間が主導してやっていくという制度であるなら、自然主義経産は政府なしに弱肉強食なしに運営が可能であるため、これが理想的な制度であるまいか。 私がこのように考えるのは、危機管理について民主的手法を取り入れていると弊害が多いということがある。したがって、リーダーシップを発揮するものについては、危機管理行政だけで良いという考え方をする。 この場合、自衛隊は文民統制(現実には文官統制)でも武官統制でもなく、武民統制になる。 したがって、総務省消防庁などは、警察庁と同じく都道府県本部別として、災害時には都道府県本部長に指示して動くという改編が必要になる。また、警視庁も各道府県本部よりも上に立つのではなく、東京都警という横並びにする必要がある。この総合指揮者を選挙により選出する。 次に海上保安庁については、平時官庁である国土交通省の外局から除外し、自衛隊指揮権と同じ効力を与えるという点にある。 なにしろ、国王のいる国には大統領という名称は今のところ有り得ないわけで、別の役職名にする必要があるので日本独自の方式となろう。 よく「世界の常識、日本の非常識」と言われることがあるが、世界の常識というのは欧米の常識なんであって、ヨーロッパで生み出された近代政治学が正しく、それ以外は野蛮であるかのような振る舞いを国際社会でなし、それを無理やり世界各国に押し付けるのはいかがなものかと思う。 歴代の征夷大将軍は天皇に任命されてきたわけで、国民が民間の中から、国を守るリーダーを選挙により選出し、天皇がそれを任命する。文教政策や経済政策については、各自治体に委ね、自発的自治を促し、国内外の治安については政府が保障するという自由な制度を提案したい。
2010年03月03日
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反平和党であるWikipediaより引用。 トルコ革命(トルコかくめい)は、トルコにおいて、第一次世界大戦後のオスマン帝国解体の危機において、アンカラに樹立された大国民議会政府が祖国解放戦争に勝利、オスマン帝国を打倒して新たにトルコ共和国を樹立する過程で行われた一連の運動。ケマル・アタテュルクがその指導者となり、トルコ共和国の初代大統領に就任した。 トルコ革命によりトルコは共和制を宣言し、オスマン家を頂点としイスラム教を国教とする帝国からトルコ民族による近代的・西欧的・世俗的な国民国家への転換がはかられた。この革命の結果、トルコは中東諸国において支配的なイデオロギーであったイスラムを政治の場から引き離すことに成功し、国民国家の要件である均質化された国民と自国民による自立的な国民経済の創出をかなりの程度に実現したが、東部の経済開発の遅れ、都市と農村の経済格差などの問題は先送りにされ、クルド人問題やイスラムの社会参加をめぐる軋轢が21世紀まで大きな課題として残された。 トルコ革命は軍人ケマル・アタテュルクによる民主的革命。 ここでも武人による開祖がなされている。この革命は、西欧化・世俗化をなしたが、日本の場合はその逆に脱欧米化ということになろうかと思う。 トルコ革命では、イスラム使用の文字をやめて、本来の文字に戻しているという。 それを考えれば、日本はヲシテ文字を使うことになろうか。 日の丸も、近代国家の考えによって制定された国旗であることを考えれば、本来に戻すためには数々のことが必要になってくるかもしれない。
2010年03月03日
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社会に対して働きかける場合、何らかの力を必要とするのは間違いはないが、それはイコール政治力であるから、政治によってものをなすという考え方がある。しかし私はこの方法はとらない。 その方法は、「政治であってもいい」という考えはするが「政治でなければできない」という考え方はしない。 政治でなければできないようなことならば、多分実現できないだろう。今の民主党を見ればわかる。彼らは中央政府の権力をとりさえすれば、それでなんでもできるというような考え方をしてきたわけだが、今現実に政権を取って何ができているか。相変わらず官僚支配である。 政治支配にできていると思っているのはご本人たちだけで、今日もなお、財務官僚の意志によって、あるいは金融の力によって政治経済は動かされているのである。 だから、政治に依存してなにかを成し遂げようなどと言ったところで、何ができるわけでもない。 したがって、何か理想を掲げて選挙を戦い、当選して議会や執行機関を通じるよりも、今実際にまるで自分が政府かのようにしてやってしまったほうが早い。 例えば平和党は、食糧とエネルギーの完全自給を訴えているが、それをマニフェストにして選挙を戦うよりも、今実際にできるところから稲を作ったり、燃料を作ったほうが手っ取り早い。もしもこれに参加したくないという理念バカがいたとしたら、それはこの国を良くしたいのではなく、ただ自分の権力や地位が欲しいためにやっているだけだ。だからそういう人間をいくら集めても実現には程遠い。 議会に対する陳情や要望を出したり、政策を立案するのもけっこうだが、デスクに向かう前にまずできることはないか今一度確認してみるべきである。 政治というのはこのように、机にばかり向かっていって、たくさんのイデオロギー馬鹿を生み出して、自分一人で思想にふける自己満足に走り、自分の思想以外のものを罵倒しはじめ、罵倒自体が目的化していくのである。 だから我が党のように、頻繁に集まっては農業や武道やエネルギーの実践についてやっているような政治団体は皆無だろう。 自己満足のための議論のために集まって、偏った思想同士の人間がお互い傷を舐めあっていていったいどうなるというのか。 私が今までの政治人生において一番虚しかったのは自由連合のときである。民主党のときも野党ではあるが、これから政権を取るかもしれないという意味で、演説していても、やや現実が見える。 しかし自由連合の場合は、当選が不可能であるのに、日本をどうすべきか演説するわけで、選挙に出ているにも関わらず、飲み屋でオヤジが政治を語っているのに等しいくらい、単なる願望の呟きなのである。 自由連合で仕事をしたときは、俺もここまで落ちたかと嘆いたけれども、今となると非常に良い勉強になった。あの政党はわざわざ選挙に出なくても、医療の面ではすでに政策を民間レベルで実行できていたのである。貧困層に無償で医療を施すのも、24時間365日の緊急医療もできていた。だからあとは政府にそれをさせるべきとしたのだろうが、今考えてみるに、既存の政府の土台に乗らず、各地域において自治体のような形式でやれば、中央政府の権力などいちいち相手にしなくてすんだのである。それができなかったのは貨幣の仕組みにある。中央政府の貨幣という財源を当てにするため、政治権力を欲した。 しかし、それは自然主義経済という自発的貨幣システムと、自治的土地システムによってそれらを解決可能なものにした。 今、平和党九州ブロック支部で、杉本支部長が地域通貨を発行して流通体系を作っているが、お金というものは自分たちで作れるのだということが肌見で感じて理解されている。 私は6年にもわたり、このことをブログで訴えてきているが、当初である6年前、ほとんどの人間がバカにした。「カネは日本銀行が発行するものである」「自給自足には意味がない」「日本では食糧の完全自給は無理だ」「武人の時代など現代にはありえない」。こうした意見を言う人々の共通性というのは先見性に著しく乏しい面があるので、全く気にしてこなかったし、現実に年を経るごとに私の予測通りに社会が変わっていき、政府によるその後手後手対策もほとんど読み通りであった。さらには、我が党の政策に対して人々がどのように批判するのかも面白いくらいに、ことごとく台本通りであった。 九州でなしている地域通貨が良い例になるかと思うが、ほとんどの人は実際になってみないと支持しない。だが、今の時点で、実際なされていないにも関わらずそれを想像できる人というのは力になる。しかし実際なされていないと理解できないという人は、常に勝ち馬にしか乗らないので私利私欲に生きるタイプが多いので、彼らは社会の中で悪役を演じることになる。 私がいくら言っても、自然主義経済について、いったいどうしてこれが今世紀の目玉なのかさっぱりわからない!と言う人々がたくさんいる。しかしそれはそれでいいのである。なぜならば次の時代の新しい価値観というのは、当初はごく一部の人間しか理解できないからである。
2010年03月03日
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2010年3月1日現在 平和党自然主義経済の広場 人数:57名 設立:08年12月5日 ID:3886879 管理人:大坂佳巨 副管理人:斯波克幸 平和党国民公安委員会 人数:17名 設立:08年12月4日 ID:3883997 管理人:大坂佳巨 副管理人:飯村亮太郎 平和党常任幹事会議 人数:10名 設立:09年7月26日 ID:4444890 管理人:大坂佳巨 平和党北海道・東北ブロック支部 人数:3名 設立:10年1月1日 ID:4754665 管理人:大坂佳巨 副管理人:星野政希(宮城県) 平和党北関東・信越ブロック支部 人数:6名 設立:09年5月8日 ID:4259284 管理人:大坂佳巨 副管理人:芹澤康成(栃木県) 平和党南関東ブロック支部 人数:13名 設立:09年5月8日 ID:4259288 管理人:伊藤裕典(神奈川県) 副管理人:飯村亮太郎(神奈川県) 平和党東京ブロック支部 人数:11名 設立:09年5月8日 ID:4259290 管理人:斯波克幸(東京都) 副管理人:有川りえ子(東京都) 平和党東海・北陸ブロック支部 人数:2名 設立:10年3月1日 ID:4870356 管理人:大坂佳巨 平和党近畿ブロック支部 人数:9名 設立:09年5月8日 ID:4259293 管理人:大坂佳巨 副管理人:韓寿男(大阪府) 平和党中国・四国ブロック支部 人数:3名 設立:10年2月1日 ID:4815743 管理人:大坂佳巨 副管理人:高橋真(愛媛県) 平和党九州ブロック支部 人数:9名 設立:09年5月8日 ID:4259295 管理人:杉本一之(福岡県) 副管理人:永江操(長崎県)
2010年03月03日
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昨日も本日も21時から田間1区内を消防車で回る。 昨日は部長含む4名。本日は班員のみで2名。 両日ともに異常なし。 なお、福岡の川端商店街での大火災は、先週分団役員らが旅行に行ったばかりの場所だったとのこと。
2010年03月03日
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ここ数日の保安警備では、窃盗もないし素行不良客もないし、災害もない。もちろん強盗事件もない。 盗まれた形跡がないだけで、捜せばあるんだろうと、徹底的に捜したが、それもない。 不気味なくらいに静寂さを保つ平和に違和感を感じる。 おまけにパトロールに来ている警察官もなぜか親切だし、仕事も張り切ってやるようになったみたいだ。 店員から言わせると、警備員さんが常日頃しっかりやってくれた成果だと言ってくれるのだが、こちらがいくらしっかりやっていても、聞き分けのない野郎共はどれだけこちらが制圧しても言うことは聞かぬわけで、先ほども座り読みを注意したところだが、素直に聞く人ばかりになってきた。 あとは、店員に内引きをしているのが一名いるだけで、それが問題だが、店の幹部はその店員を信用しているので私が報告しても信用しない。 というわけでそりゃもう、こちらには責任がないだろう。 とりあえず平和を維持している。
2010年03月03日
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本日は午前10時より、千葉市で保安警備の現任研修があるため深夜の警備なし。 ただいま、午前7時50分、東金市東新宿にて一般建物火災発生の報あったが、電話確認したところ緊急確認とのこと。 緊急確認は出動するのかどうか部長に聞いたところ、今まで出たことはないとのことなので引き返す。 昨日は、ときさんが来て、娘のひな祭りを祝ってもらい、押し寿司をいただきました。 夜は河野太郎より電話あり、平和党各支部の実施状況を伝えた。カエルのオヤジがまだ生きているとのこと。小沢一郎民主党幹事長を持ち上げてただならぬことをしているらしい。中国での利権開拓に忙しいようだ。おそらく大失態を演じると思われる。 また、東京都人会の加入者が続々増えてきたのは嬉しさかぎりである。
2010年03月03日
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「西千葉タクシー株式会社」というのがある。 黒塗りのタクシーでもちろん緑ナンバーの許可を受けているのだが。 千葉市のタクシー全体の様相がそうなのかは知らないが、少なくとも東京ではあまり見なくなったタクシー運転手に遭遇した。 それで西千葉タクシーについて調べてみた。社長は山田耕司さんという方で、よくよく考えてみたら、昔、傷害事件で逮捕された山田と同じ名前だった。 西千葉タクシー 千葉県千葉市 中央区末広4丁目 27-1 xxx-xxx-xxxxx 平成21年10月現在 西千葉タクシー株式会社 千葉県千葉市中央区末広4-27-1 http://www.nishichiba-taxi.co.jp/ xxx-xxx-xxxxx 資本金1600万円 従業員75人 車両76両 社長…山田耕司 業種…ハイヤー・タクシー業 これが京成電鉄グループの会社らしい。 本日、16時30分、千葉市中央区新田町にある千葉市立新宿小学校の交差点から1つ東側の交差点において、私は千葉中央駅方面に走り、交差点内で前の車が詰まったので交差点を開けて停車していた。 しかし前の車が無理に突っ込んでいるので前の車のケツがやや出ている状況。 左側の一方通行出口より西千葉タクシーの車が無理に右折しようとして交差点内に突っ込んできた。 どう見ても曲がり切れない状況であるが、自信まんまんで私の車の前を横切り右折しようとするわけだ。 しかし、そのチンピラ顔バリバリの西千葉タクシーの運転手は、窓を開けて「バックしろよ」と言ってきた。 こちらが優先道路であるのに実に面白いことを言ってくるので「ものの言い方があるだろう」と言ってやったところ、「二種免許のほうが偉いんだよ」と言ってきた。 かなり、もういい年のオッサンであるので思わず笑ってしまい「へぇ、二種免許は偉いんだ」と確認してみた。 「おまえ警備員だろ」と言い、警察に電話すると言う。要するに警備会社は公安委員会の認可なので、自分が違法行為をしていても、警察沙汰にすれば警備員は言うことを聞くという理屈なんだろうか。 それで、このチンピラ氏が交差点を塞いでいて周りは大変迷惑している。それで、こんなチンピラに付き合っているよりは渋滞を解除するのが先決であると考え、私はバックして彼が曲がりやすいようにした。 しかし彼にしてみれば、自分は二種免許を持っているので非優先道路であっても割り込んで当たり前ということらしい。 二種免許所有者は偉いのならば是非とも一発で曲がり切って欲しいものだが、それは不可能な二種免許ドライバーらしい。万が一、曲がり切れない場合は、一種免許の虫けらどもをどかすことにより、スムーズな交通になるということが西千葉タクシーの方針である。 以前にも、西千葉タクシーは、バス停に停車中のバスを追い越すために向こうから来る対向車にぶつからんばかりにぶっ飛ばしているのをみたことがあるし、赤信号突進は当たり前。蛮勇溢れる頼もしいタクシー。 そういうタクシー会社だからどんなもんだろうと、今日ホームページを見てみたら、京成電鉄グループだとのこと。これまたびっくり。 とりあえず西千葉タクシーには会社に電話を入れたが、とりわけ申し訳なさそうでもない態度であったので、年中そういう苦情は来てるのだろうと思われる。苦情受付は呼吸するがごとき。 一応、電話は入れたが、西千葉タクシー株式会社の苦情受付係は、私の連絡先を聞くこともなく、今回だけは勘弁してくれとのことだったので勘弁した。 それにしても、その西千葉タクシーのチンピラドライバーは後部座席に2人のおばあさんのお客さんを乗せていたが、実にそのおばあさんたちが不憫でならない。 おばあさんたちは、車の中から「前から知ってるタクシーだから」と言って信頼しているみたいだが、あんなチンピラドライバーの横暴なる運転に乗せられて何の疑問も抱かないのだろうか。 なお、西千葉タクシーの待機場所は以下の通り。是非とも今後使わせていただき、彼に再び合ってみたいものだ。ああいうのは東京にはもはやいないから貴重な存在だろう。 ●待機場 西千葉タクシーは、通常次の場所に待機しています。 京成線 : 千葉中央駅、みどり台駅 JR線 : 西千葉駅、稲毛駅、新検見川駅、稲毛海岸駅 その他施設・エリア : 千葉大医学部付属病院、長沼、千草台 さらには、なんとハイヤーで役員送迎もやっているとのこと。 役員送迎等、貸切予約に お気軽にご相談ください。 基本料金 1時間 4,830円 ・ 1日(8時間) 38,640円 用心棒付きだから安心。 ところで、西千葉タクシーは高齢者向けの事業をやっているらしい。一昨年の千葉日報の記事を読んだ。 高齢者世帯向けにマンションタクシー 西千葉タクシー 2008年 12月 15日 (月) わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。 2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。 わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。 人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。 そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。 介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。 今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。 『 京成グループの西千葉タクシー(千葉市中央区)が千葉市美浜区真砂地区のマンションに住む高齢者の利用を見込んで運行している「マンションタクシー」が開始から二カ月が経ち、徐々に地域に浸透してきた。 同地区は築三十年を超えるマンションが並び、子どもが独立して高齢の夫婦だけで住んでいる世帯も多い。今後、マイカーを手放す高齢者も増えるとみられ、移動手段としてタクシーを使ってもらおうと十月中旬からサービスを始めた。 マンション管理組合の了承を得て、約六百世帯が入る「東建検見川マンション」敷地内に平日の午前九時―午後四時半、一台を待機。乗務員はホームヘルパーやケア輸送サービス従事者の資格を持ち、車いすの乗降や移動の介助、荷物の持ち運びなどのサービスを提供する。料金は通常タクシーと同じ。病院への通院や買い物などで利用してもらいたい考えだ。 開始一カ月は利用が少なかったものの、周辺マンションにもチラシ配布などで宣伝した結果、最近は一日四―五件と増えてきた。基本的に同じ女性乗務員が担当しており、「いつもの乗務員、という安心感から利用してくれるお客も出てきた」(同社)という。 収支はまだ赤字だが、同社は「目的は地域貢献と会社のイメージアップ。もうけはなくとも、収支が釣り合うぐらいにまで利用を増やしたい」と、地域へのさらなる浸透に期待する。 なるほどそれで高齢者の方を乗せていたわけか。 是非とも頑張っていただきたい。たまには刺激というものがないと人生つまらないものだ。
2010年03月03日
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本日は警邏3日目。異常なし。
2010年03月03日
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