織音 orion

織音 orion

PR

×

プロフィール

栗々坊主

栗々坊主

カレンダー

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月

お気に入りブログ

みけの日記 田舎の猫みけさん
ようこそ さくらの… しーちゃん9458さん
風の吹くまま 気の… Hirospaceさん
むーちゃんのフォト… むーちゃん1239さん
昼寝の寝言 しっぽ2さん
2009年09月26日
XML
カテゴリ: 歳時記
曇り
午後は晴れ間も見えている。
秋の風が気持ちよく吹いています。

今日は峠越えに挑戦してみた。
初めての峠越えである。
以前からこの峠を制覇することの
一つの目標に掲げてきた。
どんな感じかは大体は予想はつくものの
やはり少々不安であった。

今日は会津若松市の
「滝沢峠」 に挑戦してみることにした。
戊辰戦争 の際に重要な峠として
知られており
今もその峠の歴史も度々語り継がれている。
あの 「白虎隊」 も西軍に追われ
この峠を通って引き返した峠である。

今日はそんな由緒ある峠を上ることとした

朝8時20分に出発し市内を滝沢峠入り口
向け出発
約30分後に 「会津藩御本陣」 前に到着。
ここまで約8km。
峠に上る前に疲れてしまった感がある。

honjin

ここ会津滝沢本陣(たきざわほんじん) は
国指定重要文化財でもあり
白虎隊の悲劇で有名な飯盛山
(いいもりやま)の山裾にある。
会津藩の歴代藩主の休息場所として使われ
参勤交代や領内巡視や
土津神社祭礼の時などにも使用された。

戊辰戦争のときは会津藩の本陣となり
藩主松平容保がここで
白虎隊に戸ノ口原への出陣を命じた。


建物内には西軍が撃った弾丸の跡や
刀傷も生々しく残っています。

ここからいよいよ 滝沢峠 へ突入!
高低差は約300メートルあり
急勾配でかつ99箇所の屈曲の連続・・・。

touge2

最初から勾配が続く・・
ペダルをこぐ足も重くなり
息も荒く額からは汗が流れ落ちる・・。
足は疲労感でモモが痛くなってきた。

touge1
峠から見る会津若松市内。
近くの大きな木は会津五桜のひとつ
石部桜 です

いったいどのくらい登ったのだろうか・・。
メータを見るとまだ峠の入り口から2kmしか
進んでいない・・。
予想はしていたもののかなりキツク感じる。

touge3

しばらく上ると途中に集落が見えた。
喉がカラカラだったので
自販機で飲み物でも・・と思ったが見当たらず・。
あきらめてさらに進んだ。
しばらく進むと下り坂となり楽チン!!
周りには収穫間際の田んぼの風景が見えました。

touge5

金堀という集落で記念に写真を。

touge4

その先はまた急な上り坂が・・。
また息を切らして上りきると
きつかった峠は終わり
やっと 「強清水」 へつきました。
上り口から約8kmか?
時間は40分かかりました。

kowa1

ここで乾いた喉を
冷たい清水で潤しました。
うまい!うまい!!
体中に染み渡っていく感じで美味い!柄杓で2杯ほど飲み干した。

kowa2

ここ強清水は
「親は諸白(もろはく)、子は清水」
民謡“ 会津磐梯山 ”にも唄われている名所です。

kowa3

親が飲むと諸白(清酒)で
親不孝の放蕩息子が飲むとただの清水。
子は清水・・(強清水)。
これが地名の由来といわれます。

kowa4

天ぷらが有名で
にしんや納豆、饅頭の天ぷらが美味いのです!
本日は残念でしたが食べずに・・・。

kowa5

やっと一息ついて今度は国道49号線を
猪苗代湖方面へ進んだ。
交通量が多く少し怖い・・。

途中から河東のナリ会津カントリー方面へ左折。
しばらく軽快に飛ばした。

kawa1

・・・・・あちゃ!途中から砂利道が現れた!!
ハンドルを砂利に取られないようにしっかり握り
パンクにも注意を払い
ゆっくり進んだ。
慎重に走って行くとやがて舗装道路が

kawa55

しばらくすると舗装道路に・・ほっとする・。
kawa2

猪苗代第1発電所が現れてきました。
hatu1

hatu2

ここで少し休憩。
セルフで初めて撮影してみました。

急いで自転車のところに行く
自分の後姿しか映らず
ひとり嘲笑しながら何度も撮影

hatu3
何度写してもこんな感じに!!

この時点で今日の出発から
約2時間たっていました。

そして磐梯駅前を通過し
県道7号猪苗代塩川線を西進する。
磐梯町から塩川町に入る直前
道路北側に 「猪苗代第四発電所」 が現れた。
すぐ前を流れる日橋川に鉄橋が架かっている。

kiri1

「切立橋」 と呼ばれる橋です。
(きったてばし)と読む。

この発電所を建築するために
磐越西線の広田駅から
資材を運搬するための軌道が敷設され
その際に設置された鉄道鉄橋です。

この橋、実は中古品だったそうで
明治23年(1890)ドイツ・ハーコート社で
製造されて次の年に福岡県に
に架設されたが、大正期になって
列車重量の増加に伴って
架け替えられたのだそうです。

kiri2

現在の重量制限は6.0ton とあり
大正10年(1921)にここに移設された。
最初は列車が通っていたが
発電所完成後はレールが撤去され
その後は道路橋として一般車が通行している。

その橋の横を通過し
河東、湯川村を経由し会津若松の自宅へ

さすがに峠越えは疲れました。
今日も初めてのコースで楽しく走れました
文面が長くなってしまったが
まだまだ感じた事や景色風景など
ほんの一部です。
載せ切れませんでした。

本日の走行距離:51km
走行時間:2時間52分。
いや~心地用疲労感!!
無事に行ってこれてよかった

次はどこへ行こうか・・






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009年09月26日 18時50分39秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: