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・・・しかしながら六〇年代の半ばには、少なくともひとり、ジョン・マネーに異議を申し立てた人物がいた。・・・ ウクライナから移住してきたユダヤ教徒を両親に持つミルトン・ダイアモンドは・・・一九五八年の秋にカンザスにやってきたが、・・・カンザス大学のチームは・・・成長中の胎児の脳や神経系統にホルモンがおよぼす影響を解明しようとしていた。・・・「人間の性行動における存在論の批判的な評価」と題されたその論文のなかで、ダイヤモンドは・・・ジェンダー・アイデンティティは胎児のときから脳に組み込まれていると・・・また、半陰陽者における性心理の柔軟性を唱える理論に対して、ダイヤモンドは、そのような人びとは子宮内で「遺伝子、あるいはホルモンの不均衡」を経験しており・・・神経系統や脳の組織が、半陰陽者のせいきと同じように子宮内であいまいに構成されたことを単に示しているにすぎないと・・・ さらに、解剖学的にあいまいな点が見られないトランス・セクシュアル(体の性と自己が認識する性が一致せず、生得上の体を手術により変えることなしには自己のアイデンティティを表現できない者たち)に関しては、自分たちの体の性とは反対のプログラムを脳に組み込まれた、生物学上いまだ解明されていない状態にあると仮説をたてた。・・・ この仮説は、アメリカに於ける性科学の第一人者ハリー・ベンジャミンが唱える主張を根拠にしており、実際ベンジャミンも、患者八七人のうち四七人において、「自分たちが間違った性を生きているという確信に、幼年期の心理的条件付けか関連しているという証拠はひとつも見つからなかった」と最近になって報告している。・・・ ミルトン・ダイヤモンドが言うには、一九六五年に論文を書いた当時は・・・古い伝統に縛られた科学の分野を発展させる試みに過ぎなかった、・・・実際、その論文を出版したあとでダイヤモンドは、共同研究を行っていっしょに記事を書くことをジョン・マネーに提案している。・・・ お互い逆の立場にいることはダイヤモンドも理解していたが、・・・ 「知性を重んじる者として、私はそれが正しいことであると疑わなかった」・・・ 「私はマネーの理論に対して挑んだにすぎないのだが、マネーはそれを自分自身に対する反論だと受け取った。ほんとうはそうではなかったというのに」 とはいえ、非難に対して敏感なジョン・マネーでなくとも、科学者であれば、冷静にして執拗なダイヤモンドの批判的な論理には自尊心を傷つけられたかもしれない。・・・ 男性と女性のテストステロンの概要 カンザス大学のチームが掲げたテーマは、出生前の体に起こるこれらのホルモンの作用が脳にも影響を及ぼすかどうかだった。 チームは答えを確かめるために、妊娠したモルモットの子宮に多量のテストステロンを投与し、意図的に半陰陽のモルモット群をつくりだした。・・・ テストステロンの影響を受けた雌のモルモットの体の男性化に伴い、性行動にも男性化の傾向が見られるかを調査したのである。・・・ カンザス大学のチームは驚くべきことを発見した。・・・ ホルモンが人間の行動に及ぼす作用について、何か興味深いものを発見したいという思いと共にカンザスにやってきたミルトン・ダイヤモンドは、・・・ヤング教授をはじめとするチームのメンバーたちが・・・その結果を人間の状況に直接結び付けることができずにいると感じていた。 「私は進化というものを信じている」・・・ 「そういう意味では、人間がほかの動物と違うという根拠はひとつもなかった」 そんなダイヤモンドの信念は強く・・・生物学、心理学、精神医学、人類学、内分泌学と、さまざまな分野から証拠を集め、ジェンダー・アイデンティティは胎児のときから組みこまれているとする・・・
March 19, 2009
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「性革命の煽動家」と、『ニューヨーク・タイムズ』紙はジョン・マネーのことを呼んだ(一九七五)「性の伝道師」と、自伝的エッセイの中で、ジョン・マネーは自らのことを呼んだ(一九八五) 父親の死後、マネーは母親と未婚の叔母たちに囲まれ、極めて女性的な環境で育てられた。男性に対する彼女たちの非難は痛烈で、それが一生涯マネーに影響を与えた。 「私は自分が男であることに罪の意識を覚え、苦しんだ」・・・ 「私はよく思ったものである。家畜だけでなく、人間の男も誕生時に去勢されたら、世界は女性にとってより良い場所になるのではないかと」・・・ ある種の言葉が禁句とされることによって、世間の人びとの上品ぶった態度が助長されると確信していたマネーは、同僚や患者たちとの通常の会話の中に、意識的に「ふぁっく」、「こっく」、「かんと」などの卑猥な言葉を入れた。・・・ 性に関してはタブーをものともしないマネーの実験的な姿勢は・・・いままで誰も手をつけようとしなかった領域をあえて探そうとした。・・・マネーにとってはそれがハーマフロディティズムとの最初の出会いだった。・・・ハーマフロディティズムという用語は、古代ギリシャの愛の神、ヘルメスとアフロディーテに由来し、推定によれば、半陰陽者は新生児の二〇〇〇人にひとりの割合で生まれ・・・、それをテーマに博士論文を執筆(一九五二)・・・それがきっかけとなって、ジョンズ・ホプキンズ大学に招 される。 一九七五年・・・精神医学部の学部長で、研究所内の長年の後援者だったジョエル・エルクス博士が、ポール・マクヒュー博士と交代したのである。 熱心なカトリック教徒であり、精神医学における一時的な流行や傾向をことごとく目の敵にするマクヒューは、ほとんどすべての点においてマネーとは正反対の人であった。・・・ マクヒューは、成人したトランスセクシュアルが「性転換手術」を受けることに対しても・・・トランスセクシュアルは人格障害というさらに大きなコンプレックスの一症状にすぎないと考える博士は、精神科医はそうした患者たちに、極端で取り返しのつかない外科的処置ではなく、カウンセリングによる治療を施すべきだと長年考えてきた。 マクヒューは、「性転換手術」を「二〇世紀の精神科医たちが奨励した、最も過激な治療法」であると非難し、・・・一九八三年、マネーは・・・人間性科学の夜間講座が即決で打ち切られたことをつげられ・・・その三年後、・・・構内から出て行くよう通告された。 マネーがまさに撤退という戦略を実践したのは・・・一九九七年の春、・・・世界中のメディアがダイヤモンドとシグムンドソンとが発表した双子の症例に関する論文にたいして、いっせいにに反応を示したときのことだった・・・ 半陰陽の子どもの手術は、子どもが自分の意志を明確に表現できる年齢になるまで待つべきだというダイヤモンドの主張について・・・マネーはハーヴァード大学在学中に自らが執筆した卒業論文 で、二五〇人を超える治療前の半陰陽者を調査して得た結論をすっかり忘れているようで・・・ ダイヤモンドの勧告は、自分を恥じて内に閉じこもり「サーカスの見世物」となっていた時代に半陰陽者たちを引き戻すものであると付け加えた。・・・『男と女、男の子と女の子』がいまだ版を重ねており、そのなかで双子の症例が成功例として取りあげられていることについて・・・ 将来的に内容を改訂するつもりはないのかと尋ねた。マネーはにべもなく・・・ 「その前に私は死んでいるさ」と答えた。to be continued.
March 17, 2009
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『ブレンダと呼ばれた少年』 14 あいまいな性---より抜粋です。 Milton Diamond(ミルトンダイアモンド)はデイヴィッドに会うためウィニペグへ飛んだ。・・・ David Reimer(デイヴィッド・レイマー)は自分が医学文献のなかで有名な存在であること、自分の奨励が成功例として報告され、それにしたがって以後何千もの「性転換手術」が行われてきたことをはじめて知った。一九九四年の冬に書かれたその論文には・・・ ダイヤモンドは五〇年代後半に行われたカンザス大学チームの研究を例に挙げ、デイヴィッドの症例は、ジェンダー・アイデンティティと性的指向がおもに先天的なものであるという証拠であり、それは出生前のホルモンの分泌や、脳と神経へのホルモン以外の遺伝的影響によって形成されるもので、だれでも性転換に対して容易に順応できる能力があるという柔軟説には限界がある、と論じた。・・・ ダイアモンドは性別再判定手術は、デイヴィッドのように正常な生殖器と神経系を持って生まれた新生児にとってだけではなく、半陰陽の新生児にとっても同様に謝った方法であると説明した。・・・以上のことを踏まえた上で、ダイヤモンドとシグムンドソンはあいまいな生殖器を持つ幼児の扱いを示す新しいガイドラインを提案した・・・自分がどちらの性に近いかを子供たち自身がはっきりと自覚し、明確に表現できる段階に成長するまで・・・「どちらかの性に一貫して子供を育てる。ただし絶対にメスで切るのは避けること」ということである。・・・ 少なくともひとりはダイヤモンドたちの主張を強く支持した者がいた。 ウィリアム・レイナーはその二年前から、「性転換」をした患者に対する、はじめての長期にわたる包括的な追跡調査を行っていた。 一九九五年、精神医学の助教授としてジョンズ・ホプキンズ大学に雇われた彼は・・・一六人の患者の調査を行い、遺伝学的には男性だがぺにすのない状態で生まれてきたため、去勢して女の子として育てられた六人について・・・二年にわたる研究の結果、この六人全員が態度や行動において女性より男性に近いことが発見された。そのうち二人は、男性(XY)の染色体を持っていると知らされていないにもかかわらず、自発的に男性に戻っているような状態だった。・・・ レイナーは、一九七一年にオックスフォード大学で行われた、いまや古典とされている研究を例証として出している。それはネズミのメスとオスの脳の解剖学的な違いを示したもので、その六年後、カリフォルニア大学の研究者たちは、その違いを視床下部の細胞群にまでしぼりこんだ。 一九八〇年半ばにアムステルダムで行われたある研究では、人間の視床下部内でそれに相当する位置が突きとめられ、同性愛者の細胞群が異性愛者のそれよりも二倍に大きいことが注目された。 さらなる研究も、この発見を支持している。 一九九三年と一九九五年、同性愛者の兄弟を対象にした異なる二つの実験で、研究者ディーン、ハマーは、同性愛者のX染色体にいくつかの特徴的なパターンを発見したと発表した。これは性的指向が遺伝的な要素による可能性を示唆するものだった。 サンフランシスコを拠点にした活動家、シェリル・チェイス(性腺の中に卵巣と精巣の両方の組織を持つ「真性半陰陽者」、幼少期にくりとりす切除手術を受けた)は・・・「男の子と女の子」、「男と女」といったニ分法では性を捉えることのできない世界に足を踏みいれ・・・ジョンズ・ホプキンズ大学病院で始められた半陰陽の治療に関するプロトコルの危険性を医療機関に訴え始めた。 チェイスは決して、生命を救う手段としての生殖器手術に反対したのではなく、新生児に施される医学的に不必要な外科処置を「野蛮」だと糺弾していたのであった。・・・チェイスの究極の目的は、「他人と違うことがまるで怪物であるかのような考えをなくすこと」だった。 ブラウン大学のアン・ファウスト=スターリンは・・・「この分野において大規模な改革を行うとしたら・・・要するに専門家を育てるのです。そういった家族と長期的にかかわりあいながら、感情的、或いは実際的な疑問を解決する手助けをするわけです。実際的な疑問というのは非常に日常的なことです。 体育の授業に服を脱ぐときどうしたらいいのか?学校のシステムとどう関わっていけばいいのか? このように新たな基盤を築き上げて、諸疑問を解決していかなくてはならないのです。医療専門家にはそうする責任があると思います」 一九八九年、『泌尿科学ジャーナル』に・・・ジャスティン・ライリーとC・R・J・ウッドハウスの研究は、同じ症状を持つわずか二〇人の患者の生活を追ったものでしかない。・・・さらに徹底した研究は・・・一九五五年以前に・・・赤ん坊のときに手術を受けなかった二五〇人の半陰陽者を綿密に調べ上げた。・・・研究論文は以下のことを明らかにした。・・・ 「半陰陽が精神病と神経症の大いなる要因になりうるということであれば、だれも驚きはしなかったであろう。」・・・「しかしながら、半陰陽のなかでも最も両性的な者たち、つまり自分の性がどっちつかずだと気づかずにいられない人びとのいわゆる機能的精神『』障害の発症率は、著しく低いことが証明されている。同様に、非常に深刻で典型的な神経症性精神『障害』の発症率も、著しく低かった」 この論文のなかでとりわけ興味深いのは、成人して本人が決断を下せるようになるまで、外科的手術もホルモン治療も受けずにいた半陰陽者一〇人にたいする綿密なインタビューである。 「その子が驚くべき持久力と確信を持って、その複雑な問題を自分のなかで処理したことは賞賛に値する」・・・「人付き合いにおける要領のよさと安定した精神」・・・ 「成人したきょうだいよりもよほどしっかりしていた」・・・「精神『障害』の気配も見受けられず、最も成功した人生を歩んでいる--- ---彼の人生は、まさに自我の力というものの存在を雄弁に物語っている」・・・「この青年がもうひとりの生き証人である--- ---つまり、部分的にバランスの取れていないあいまいな性に直面したとき、自我の力はたいへんな威力を発揮する」・・・ 市販も配布もされていないこの論文は、ハーヴァード大学のワイナー図書館に文書による請求をしないかぎり入手することは出来ない。ちなみに一五五一年、博士号取得のため大学に提出されたこの学位論文の著者は、三〇歳の博士候補で、その名前をJohn Money(ジョンマネー)という。
March 14, 2009
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『As Nature Made Him』 ・・・その表情からするに、彼女がデイヴィッドの股間を見てしまったことはあきらかだった。「事故」にあったんだ、とデイヴィッドは説明した。数日もしないうちにみんない知れわたってしまったよ、とデイヴィッドは言う。・・・ 翌日、デイヴィッドはいっそのこと死んでやろうと母親の抗鬱剤をひと瓶分飲み込み、両親のソファに横になった。 意識不明のデイヴィッドを発見したのはロン(実父)とジャネット(実母)だった。・・・ 「もうこのままにしておいたほうがいいのかもしれない。この子はなんにも悪い事をしてないっていうのに、ずっと苦しみ続けているわ。この子はほんとうに死にたいのよ」 しかし数秒後、ジャネットはそんな思いを振り払い、ふたりはデイヴィッドを病院に運び、そこで胃を洗浄してもらった。 一週間後、デイヴィッドは退院するなり再度自殺を図り、またしても母親の抗鬱剤をひと瓶分飲んで、今度は溺死しようとバスタブに水をはりはじめた。 「おれは頭の中でくりかえしていたよ。死んだら何も感じなくなる。心にもカラダにもなんの痛みもなく、そこには屈辱もない。だけど、結局おれはバスタブまでたどり着けなかった。一歩一歩が、まるで片足に一〇〇ポンドの重しが載っかってるように重かった」 抗欝剤の過剰摂取がその効果を現しはじめると、デイヴィッドはソファに横になってそのまま意識を失った。今度はブライアン(双子の実弟)が命を救った。 デイヴィッドは世界と隔絶し、ウィニペグ湖近くの森の小屋で、ときにはたったひとりで半年も過ごすようになった。・・・マッケンティ(信頼できる主治医)は小屋にテープレコーダーを持っていって、それに思っていることを吹き込むように説得した。一九八五年一月のある晩、デイヴィッドは医師の指示に(一度だけ)したがった。
March 11, 2009
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『ブレンダと呼ばれた少年』(無名舎)より抜粋(頁三〇六~三〇七) おれがいちばん幸せを感じるのは、ひとりきりでいるときさ。別に人付き合いが悪いってわけじゃない。ただ、自分ひとりでいるほうがずっと居心地がいいんだ。それは孤独とは違う。リラックスして、とてもおだやかな気持ちになるんだ。そう、祖父の農場にいたときのような感じかな・・・ でも、おれは自分の子供たちを愛しているし・・・そしておれは、自分の身に起こったことを、あの子たちに伝えたいと思ってる。こんなに大事なことを内緒になんてしておけないからね。・・・ じつはもうすでに、いちばん上の娘には話したんだ。娘が一五歳のときにね。さすがに驚いてたよ。『お父さんが女の子の服を着ていたの?』ってな顔で。でも、だいたいのところはわかってくれた。『別にそれで父さんのことを嫌いになったりしない、いまでもおんなじように愛してる』って言ってくれたよ。・・・ 娘たちに真実を告げるよりも、息子に対しての方がむずかしそうだな。息子と父親の関係は微妙だからね。息子はおれに対する考え方を変えるかもしれない。『おれのお父さんは昔、女の子の服を着て、女の子の名前で呼ばれ、女の子として生きてきた』、そんな事実は容易に信じられるもんじゃないだろう。 相手が何かをなかなか受け入れられなかったり、ばつの悪い想いをしてるのは、その顔を見ればすぐにわかるさ。もし息子がおれを軽蔑の目で見るようになったら--- ---。 自分のことを恥じながら生きるのはもううんざりなんだ。その思いは、一生消えないだろう。いまのおれは、自分は何も悪いことをしていないのに、まるで自分を恥じるように訓練されたような状態なのさ。おれはかつて女の子の服を着て、女の子の名前で呼ばれて、長い髪をして、頭のてっぺんから足のつま先まで女の子だったっていう思いを、一生背負って行きていかなくちゃならない。 その記憶を消すことなんて不可能なんだ。おれはただ精一杯、生き残りを賭けて闘いつづけていくしかない。『これはおれのせいいじゃない。おれのせいで起こったことじゃないんだ』って自分に言い聞かせながらね。 母さんにしても父さんにしても、すべてはおれの幸せを願ってしたことだった。親ならだれだって子どもの幸せを願うものさ。でも、おれは両親のために幸せになることはできない。自分自身のために幸せになる必要があるんだ。結局、人間は自分以外の何者にもなれやしない。自分はいつだって、自分でなきゃならないんだ。 でもまあ、もしおれが普通の人生を送って、いっさいこんな目にあってなかったら、いまごろはおそらく、あの連中のような男性優位主義者になってただろう。 仕事に行って、へとへとになるまで働いて、家に帰ってビールを飲みながら、テレビでスポーツ番組を観る。 で、たまたまいまのおれのような人間がテレビに映っていると、『うぇー、気持悪い』なんて言うのさ。もしかしたらそれがおれの姿だったかもしれない。 俺が父親から教わったのは、男っていうのは、妻を大切にし、家族の上に屋根を築き、良き父親であってはじめて一人前と言えるってことさ。 そういうことをひとつひとつ積み重ねて、人は男になる。せっくすはその次なのさ・・・あの子たちは俺の手で育ててるんだ。俺にしてみれば、それこそ男ってことさ。
March 9, 2009
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自分には、トランス・セクシュアルに対するネット上のパッシングの大半が、解剖学上「男性」の書き込みである背景には、男性差別(男性の人権が蹂躪されていること)があると思われてきました (YouTube)David Reimer Edited clip「これを聞いているみんながすばらしい人生を送ることを願うよ」(二一八頁) 実際、異常な幼少期を送ったことで女性の気持もわかるようになったかと尋ねると、ディヴィッドはあっさりと否定した。ディヴィッドは一度として女の子であったことはなかった。少なくとも心の中では。 一四歳のときブレンダからディヴィッドに転換したことも、単に名前を変えたという表面的なものにすぎなかったと彼は言う。 まるで左右の乳房切除、二度にわたる人口ぺにす形成手術、そしてかつて受けた去勢手術の埋めあわせのために生涯テストステロンを注入しつづけなくてはならないことなど、取るにたらない些末な問題だとでもいうように。 「たしかにおれは変った」とディヴィッドは言う。 「だけど、それはおおもに名前が変ったにすぎない。あとはどれも外見的なことさ。ダメージを受けた箇所を修理した、それだけのことだよ」 (頁二四八~二四九) たとえば両腕、両足を失って、車椅子の生活を余儀なくされて、口にくわえた小さな棒ですべてをこなさなくてはならなくなったとしても、それでおれという人間の価値が劣るわけじゃない、そうだよね? でもどうやら、ぺにすを失うと、お前はもう人間じゃないってことになるらしい。 ぺにすを失った瞬間、人は何ものでもなくなる。それじゃいけないっていうんで、医者たちは手術を行い、ホルモンを投与して、その患者を何がしかの人間にする。まるでそのままじゃ、その患者の価値はゼロだとでも言わんばかりに。 人格---すまり人間に備わっているものすべては、股のあいだにあるものに集中しているかのように。おれに言わせれば、それは無知以外の何ものでもないね。おれには科学者や心理学者が持っているような教養なんてないけど、それでもやっぱり無知としか言いようがない。 たとえば女の人が胸を失ったら、はい、それではって感じで男に変えてしまうかい?それで彼女が『完全で正常』だと感じられるように? (頁三〇三)『ブレンダと呼ばれた少年』 ジョン・コラピント著 村井 智之訳 出版 : 無名舎 発行年月 : 2000.10
March 5, 2009
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