『とんとこひ・セクスアリテ』

May 9, 2007
XML

大西巨人「神聖喜劇」全5巻★文春文庫




大正十一年(1922)初冬のある夕

 照美 兄ちゃん。ナシお金をあん水ん中に投げ込んだとな?
 富太 そうせろ、ちおっかちゃんが、言うたもん。店屋の小父しゃんも、そげに言いよんなった。
 照美 ナシじゃろうか。
 富太 知らん。
 照美 それでん、ほかの小母ちゃんも子供も、店屋の小父しゃんやら姉ちゃんやらにお金をやりよったとに。
 富太 ありゃ、橿原の者じゃなかったろうが?橿原の者は、誰でも、大人も子供も、あの中に入れにゃならんと。
 照美 ナシな?
 富太 うぅ、おれが知るか。
照美は、しばらくだまってから、またつぶやく。
 照美 ナシじゃろうかなぁ。
 富太 せからしい(うるさい)。聞きたかったら、おっかちゃんにワガミ(お前自身)が聞け。
墓地の雑木林をゆすぶる木枯らしの音。
 富太 暗うなってきた。早う帰らにゃ、幽霊出るぞ。エズカ(恐ろしい)。
富太は駆け足になる。
 照美 兄ちゃん。エズカ。
照美も駆け足になる。

 冬木 母親にたずねたとは、そげな変な目に五、六ぺん会うてからのことじゃった。
「もちっと大きゅうなったら、お前にもわかるけん、・・・」ち母親は答えた。
それしか言わんじゃった。ほかにゃ言いようがなかったとじゃろう。
自分が部落のそとで生まれとっただけに、なおさら言いようがなかったとかもしれん。
そんときの母親の、なんちかんち悲しゅうしてたまらんごたぁる・涙ぐんだごだぁる顔持ちが、
いつまでも内にゃ忘れられんとじゃ。・・・

 そん時分が、始まりじゃった。そしてそれが、あの裁判事件まで続いた。
うんにゃ、いまも、ここでも、続いとる。・・・
いま思や、こっちから頼んでそうしたかった、ちゅうとが、おれの心底の本心じゃったごたぁる。
今日までそうせんじゃったとは、東堂とか橋本とかに橿原生まれのこと、
執行猶予のことなんかを隠したがっとったとじゃ全然なかった。---誘うてくれて、ありがとう。






◇『部落・根っ子ばなし 第一集』田中 龍雄
『部落・根っ子ばなし 第一集』田中 龍雄







どこ吹く風の佐兵衛は一寸釘を三十匁、二寸釘を五十もんめ、三寸釘を十本、四寸釘を五本注文してな。
 品物をそろえさすと、よんべのうちに自分で作った柄つきのざるをおやじの目の前に差しだすと、あごで指図して買った釘をざるのなかへ入れさせたと。
 そうしといてから、素直に釘の代金をおやじのざるに入れると、あっ気にとられるおやじの目の前で表の天水桶へ自分のざるを突込んでざぶざぶと水をはねとばして釘を洗い清めてな、ひょいと肩にかついで部落へ戻ってきたとよ。
 さあ、佐兵衛のやり口が、またたくまに部落の噂にのぼってな。
 なるほどあきんど共はいままで部落のもんをこけ扱いしとった、佐兵衛のやり口なら五分と五分の扱いじゃ、とて、真似するもんがおったと。
 めんめがざるに柄をすげてや城下にでて、洗えるかぎりの品もんを買っては相手のざるに代金を入れといて、これ見よがしに店の天水桶に品もんを突込んでや洗い清めたんであきんどたちは大騒ぎしたと。







 ここに佐兵衛とおなじ部落の与平というじんがおったと。
 がきのころ高いところからぶち落って、のうを打っていらい人さまより少しばかりおくれとったと。
 与平もな、婆さにせついて銭をもらうとざるに柄をすげて城下へ行ったとよ。
 行ったまではよいんじゃが、入るにこと欠いて味噌、たまり屋へ入ってな。
 「こんなかへ、塩、五合わけちょくれ」
 と、店のおやじの目の前へざるをつきだしたとよ。
 あきんど仲間から耳ごとを聞いとった店のおやじはな、与平のおもわくが手にとるように分かったんで、思わずくっくっくっと笑いをこらえとったと。
 いまにも与平が塩の入ったざるを天水桶に突込んで洗うのが目に見えるようで、そのうえ洗った後にどんな顔して空っぽのざるをのぞくやら、それがおかしゅうておかしゅうて、うわ目づかいに与平のおくれた顔をながめながら、ざるのなかへ塩のかたまりを五合どころか、手掴みでぎゅっぎゅっとつめこんでやったと。










 ところがな、柄も曲るほど重いざるを、与平がみんなのやっとるとおり、いざ、天水桶のなかへざぶりと突込もうとしたときじゃ。
 いまのいままで笑いをこらえて眺めとった店のおやじがな、とたんに真顔になると、いきなりはだしで表へ飛び出して与平にしっかりと抱きついて
 「やめちょくれ」
 と、大声あげたとよ。
 「このわしが汗水たらして運んだ塩じゃ、そんなもったいない真似だけはやめちょくれー」
 とな、声ふるわせて頼んだとよ。
 与平はおやじが何んで止めたか分からずじまいのまんま塩をかついで部落へ戻ったもんの、やっとかたって塩の代金を払っとらんのに気づいたと。


 岐阜の町にもな、なんと大正の初めどろまで部落のもんの銭をざるで受けとる店があってな。
 親の使いでもの買いに行って、ざるのなかへ銭を入れた子供がな、いまはそれぞれ長老にならしやって、達者でばなしをしてござるよ。




 時々このような民話も平行して読みたく思い、合わせご紹介しました。
 文字での記録はなく、語り伝えで残されたというこの民話は、語る側にとっては覚えやすく、読む側にとっては(字面も大きく)読みやすいのですよね。みなさまもよろしければぜひご一読くださいね(苦笑)。

 蛇足ながら、こどもの日も終わりましたが、今の子どもたちは(部落内外に関わらず)「相対的に幸福」だなどと愚かなことを暗に言っているのではむろんありません。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  May 10, 2007 03:07:31 PM
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

himeda

himeda


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: