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働くことに疲労困憊しております。というよりも、生きることに疲れている。生きること、すなわち、消費し続けること。消費するためには生産しなければならない。それは当然ながら「お金」である。しかし、その「お金」を生み出すためには自身の体を使い、頭を使い、心を使う。(もちろん、地球上のあらゆるものを消費していることも忘れてはならない)どんなに動かず家でじっとしていても、呼吸をしているだけでも消費は行われている。暇つぶしにテレビを見れば当然ながらお金が消費されていく。何もしなくてもこの世に行き続けるためには、お金を生み出し続けねばならないのである。働かざるもの食うべからず、なのだ。消費をするには働かなければならない。それがつらい。いや、働くこと自体がいやなわけではない。(と思う)。が、仕事をすることでともなうもろもろがつらいのである。職場のノリに合わせたり、同僚のノリに合わせたり。女性陣との付き合いも適度にこなさないとならない。通勤もめんどうだけど、これが一番つらないのだ。本当は人見知りで知らない人たちに囲まれることが大嫌いな私。もくもくとやるべき仕事をこなすことが好きな私。だって人と話さなくていいから。でも、どんな仕事であっても誰かと接しないといけない。誰かと話をしないといけない。一緒にいないといけない。死んで火葬されるまで誰かとい続ける必要があるのだ。生きていてよかった!そう強く感じられることがない限り、命を全うするのはかなり酷なことのように思われる。生きていることが修行ってやつだ。(だからさー、いろんな宗教あるけど、俗世で必死に生きることが一番の修行なんだよねー。お金出してまで人に迷惑かけてまで修行する必要なんかないんだよねー)逃げ込むのは現実逃避のため。つらいって落ち込むのも現実逃避のため。立ち向かっていけていた若いころが懐かしい。年齢のせいにはしたくないけど、いろんな意味でタイムリミットがある女性は、どうしても落ち込みやすいと思うのだ。早めの更年期障害なのかもしれないが、体がついていかないと心もついていかない。いや、その逆なのかもしれない。将来を考えるようになればなるほど、つらさが増してきた。年を重ねれば重ねるほど、先行きをおもい不安がつのる。人は死ぬ瞬間に何を思うのだろうか。その瞬間に満足を感じるためにのみ、全人生を注いでいるのだろう。納得いくためにはいましばらく踏ん張らなければならないのはわかっているのだ。孤独死しないためにも。消費するより生産することを考えることが、生きる力、なのかもしれない。
2012年05月28日
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おそばを食べるのにそば猪口を持たずに食べている女性を発見。左手をテーブルの上から一切出さない。おそばだよ! ざるそばだよ!そば猪口を持って食べるのが基本であり、ルールである。テーブルにおいてあるそば猪口につけて食べるから、必然的に犬食いになっている。そんな下品な食べ方を上品と勘違いしている(のだろう、その人)。おちょぼ口でちまりちまり食べてたから。そんな食べた方でもよしとした男性がいたのでしょう。その人、結婚指輪をはめていたから。前にも書いたが、世の中、下品な食べ方の女性が多い。というか、日本人して当たり前の食事の仕方を知らない人が多い。古いとかいわれるかもしれないが、フランス料理などのマナーには従うのであれば、日本人として当然身につけておくべき、日本での食事のマナーを実践すべきだと思うのだ。お箸で食べるようになった古代からのしきたりであるのだから。
2012年05月16日
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